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化け猫のりんごさん  作者: 石山乃一
化け猫ことはじめ
8/29

まぁまぁやる気の出てきたりんご

「でね、それが変死体だったんだって…」

まるで怪談話の締めを語るように、八重が重々しい口調で話し終えた。


「ふーん、良かったな」


対する龍二は興味無さそうに週刊の漫画雑誌を読みながら聞き流している。


それを見て八重は口をとがらして話しかける対象を母に変える。

自分の話を聞き流す人には話したくないのだ。


「それでね、それの死に方が変だったんだって」

「止めて!母さんそんな話聞きたくない!」


しかし母親の良子は人が殺されたなどのバイオレンスやグロテスクな話が嫌いな質だ。


八重はしょうがなくまた話す対象を変える。


「詳しくは分からないけど、死んだ人の出血した跡は多くなかったんだけど、死んだ原因が出血多量だったんだって」

「ニャー」


残念ながら父の帰宅がいつもより遅いので、猫のりんごにしか話す相手が居なくなってしまった。


それでもりんごは話しかけるとタイミングよくニャーと返事をするので、なんとなく会話のキャッチボールができているような気がするのだ。


絶対に家のりんごは人の言葉が分かってる、と色んな人に力説して回るが、猫を飼ってる猫好きは皆そう言う、と笑って片付けられてしまう。


八重はりんごの言っていることはもちろん分からない。

それでも何を言っているのか分からないから自分の言いたい事を言えるし、それになんとなく自分の意見を受け入れてもらってるような気がするのだ。


「まあ、帰りに通りすがりにおばちゃんたちが話してるの聞いただけだから、本当なのか嘘なのか分からないんだけどね」

「ニャー」


「けどああいうおばちゃんたちって、どこから情報仕入れてるんだろうね。警察の人に聞いたのかなぁ」

「ニャー」


「早く犯人捕まればいいよねー。やっぱ事件起きた所って家と近いし、もしかしたら犯人がそばにいるかもしれないじゃん?怖いよね」

「ニャー」


大体話したいことは話し終えたのでりんごの顔を見ると、りんごはどこか自信あり気な顔で自分を見ていた。


まるで「自分に任せろ」とでも言いたげな表情だ。


「…なにその顔」


たまにりんごと話していると、ひどく人間じみた表情を浮かべている時がある。


それが余計人の話を理解していると思う理由の一つでもあるのだが、実際りんごが何を考えているのかはよく分からない。


今も世間話程度の話をしているのに、なぜ自分が何とかしてやるというような表情を浮かべているのか分からない。

りんごは自信満々の表情を浮かべたまま、ふいと立ち上がって奥の方へと行ってしまった。


「お前、猫にすら相手にされねぇじゃん」

漫画を読む手を止めて、龍二がせせら笑う。


なんでお兄ちゃんはこういうあんまり見なくてもいい所はバッチリ見ていて、それをいちいち馬鹿にしてくるんだろう。

そう思うと腹が立って来て八重は龍二の肩を叩いた。


奥へ引っ込んでいったりんごは誰もいない廊下の隅で含み笑いをする。


「ふっふっふっ、どうやら妹もこの事件の事で色々と困惑しているようニャ。

どれしょうがない、やはり強い僕がドバーンとやっつけてこの町の平穏を守って、ついでに世界征服の第一歩を進めるしかないようニャ」


誰に言っているわけでもないが、りんごは呟いている。何となく独り言を言いながら考え事をする図というのがカッコいいと思っているのだ。


ちなみにりんごは八重の事を妹と呼んでいるが、別に自分の妹だとは思ってはいない。


りんごは基本的に八重の使う呼び方を使っている。


和義なら「お父さん」良子は「お母さん」龍二は「お兄ちゃん」呼びである。

しかしそれだと八重のことを表す呼び方が無いため、家族構成である妹と呼ぶのがりんごの中で定着したのだ。


「妹にあんなこと言われちゃー頑張るしかないニャー。ふふーん、しょうがないニャー」


その言葉とは裏腹にどこかしたり顔だ。


そしてりんごがゴロンゴロン転がっていると、聞きなれた足音が響いてきた。


りんごは立ち上がってダッシュで玄関まで駆けつけてその足音の主を待ち構える。その音はどんどん近づいて来てドアの前で一瞬動きを止め、鍵をガチャガチャと開ける。


そしてドアノブをゆっくりと回し、ドアをスーッと開ける。


「おかえりニャーお父さーん!」

りんごは玄関に一歩足を踏み入れた和義に飛びかかってしがみついた。


和義も最初は驚いて叫んだものだが、毎日帰るたびにこの猫ロケットが飛んでくるので、次第に慣れてしまった。


それでもドアノブに手をかける時には多少緊張感が押し寄せるが、このりんごは全く気にしない様子で和義が帰宅する度に飛びかかってくる。


しかしこの『帰宅時猫ロケット』は和義以外の家族にはやっていないと最近知ったので、少し勝ち誇っている。


しかし全く構ってもいないし世話もしていないのに、なぜこんなにもりんごに好かれるものかと内心不思議でならない。

毎日甲斐甲斐しくりんごの身の回りの世話をしているのに見向きもされない妻の良子がたまに哀れになってくる。


りんごは構わずスーツ姿の和義の体をよじ登って背中に周り、そのまま肩の上へと登っていく。


「りんごってお父さんの肩好きだよね」

おかえり、という定番の言葉の後に八重はだいぶ羨ましそうな声で言い、

「私もりんごにお出迎えしてもらいたーい」

と文句のような願望を口に出す。


良子も奥からやってきておかえりという言葉の後に、

「今日はいつもより遅かったね、忙しかったの?」

と言った。


和義の仕事は都内の中学校の事務職である。よく残業をしているのは知っているが、それでもこの時期なら残業するほど忙しくないはずだ。


和義は肩からりんごを両手でつかむと良子に渡し、スーツを脱ぎ始めた。


「いつものあの道使えなくなったから、道が遠くなって…」

その一言で良子の動きは一時停止し、そして和義を見た。


「うそ、こんなに帰る時間変わる?」

「うん」


和義はスーツを外し、ネクタイを外し良子に次々と脱いだものを預けていく。

「こんくらいじゃねーの」


それまで静かに週刊の漫画雑誌を見ていた龍二が口を挟んだ。

「あの道使えねえと本当遠回りなんだよな」


その言葉に妹の八重も賛同する。

「そうそう。学校で痴漢が出るから通るなって言われても、やっぱりあの道近いからつい通る子いっぱいいたもん」


「あ…そうなの」

良子もたまには駅前にママ友とお茶をしに行ったりする。


しかしお洒落なショップは多いが値段は高いような気がするし、見た目が可愛くても実用的な物がないし、どちらかというと学生向けの店が多くて入りにくい所が多い。


それよりだったら駅とは正反対の方向にある昔ながらの商店街の方が良子は落ち着く。

顔を覚えられたら話しかけてくれる人もいるし、物をおまけしてくれるという交流もあるのが嬉しい。


「…っていうか、三人ともその道通ってたの?」

そもそも良子はその道があること自体よく分かっていなかった。

あまり駅前へ行かないので長年住んでいてもあまり道筋は分かっていないのだ。


「まあ、帰りに買い食いとかの時、あの道近けぇし」

良子が聞くと龍二がうなずく。


「休みの時とか、友達と駅前に遊びに行くときはたまに使ってたかなぁ。痴漢が出るって聞いてから私は使ってなかったけど」

八重もうなずきながら軽く言う。


良子はゾッとした。


もしかしたら、自分の家族が事件に巻き込まれて死んでいたかもしれない。そうと思うと気が気でもない。


「お願いだから、皆、犯人捕まるまでその道通らないでちょうだいね!」


良子が言うと、龍二は煩わしそうに眉間にしわを寄せた。

「だからしばらく通れねーだろ」


「そんなんじゃなくてぇ…」

反抗期のせいか、龍二は声を荒げることこそ少ないが、ことごとく良子に反抗するような態度を取る。


全部言わなくても分かってはいるだろうとは思うが、分かった、の一言を素直に言ってもらえたらそれだけで少しは安心できるものなのに。


「だって被害に遭った人は男の人だっていうじゃない。男だから狙われないとかそんなのじゃないのよ?」

「分ーった、分ーった」


気のない返事である。そこまで適当にされると腹も立ってくる。

良子は口を尖らせて龍二の頭を両手で掴むと「生意気ー」と頭をグシャグシャにした。


その様子を、りんごはジッと陰から見ていた。そしてうなずいた。


「よし、さっそく今夜決行ニャ」

まるで悪だくみを考えているかのように、ニヤリとりんごは笑った。

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