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化け猫のりんごさん  作者: 石山乃一
化け猫ことはじめ
7/29

りんごの現場検証

それからりんごとチビは、ニュースで流された現場にたどり着いた。


その場はいつものようにひっそりと静まり返っておらず、たくさんの人で溢れかえっていた。


「見てください!このたくさんの人!私たち以外にもたくさんの報道陣が詰め掛けております!」


「こちら現場でございます。見てください、あちらが事件現場のようなのですが…ブルーシートで一切が隠されております」


「警察の方にお話を伺おうと思いましたが、今は調査中で詳しい事は言えない、の一点張りです。あ、あちらの方に少しお話を伺ってみましょうか…」


「ええ、この道は公園の隅っこだし、木が生い茂ってて暗いうえに電灯が少ないでしょう?だから夜となると歩く人も少なくて…」


「こんな閑静な町でこんなことが起こるだなんて…」


たくさんの人々が、マイクやごついカメラに向かってゴチャゴチャと話し、その周りを暇な野次馬が取り囲んだり、事件現場をのぞき見ようと遠巻きに見ていたりしている。


そこに報道陣を規制する警察官や捜査官たちが入り乱れ、口早にかつ、迅速に動き回っていた。


「ひゃー、いつもはこんなに人居ないのに…」

チビが目まぐるしく動き回る人々に驚き、驚愕の声を上げた。


「ま、事件があったらこんなもんニャ」

りんごは人に踏まれないようにと動き回りながら辺りの様子を眺めた。


目まぐるしく動き回る人の群れに、おかしなモノが紛れ込んでないかと別の目で視るためだ。


霊視である。


一通りみて、いつも通りだとりんごは感じた。


しかし昼で人が多いせいか、この世の者ではないモノたちの影は薄れ、ひっそりと静まり返っている。

やはり生きている人間のエネルギーのほうが強いのだ。


そしてりんごは気になった。あの古い石碑である。


やはりこの事件の裏にあの古い石碑が絡んでいるように感じるのだ。あの石碑はどうなったのだろうと思ったが、石碑はブルーシートの向こう側にあるようだ。


りんごはウロウロと辺りを巡るが、やはりすべて外から見えないようにブルーシートで覆われている。


「見てください。ここから先は関係者以外立ち入り禁止、となっています。今もこの向こう側では事件の真相を調査中だということです」


マイクを持った人がそう言いながらりんごの隣まで歩みを進めてきた。


「ふふふ、僕は人間じゃないから入っても大丈夫なのニャ!さらば人間ども!そこで爪でも噛んで悔しがるといいニャ!」


りんごは勢いよくダッシュで立ち入り禁止のテープを通り抜け、ブルーシートの下から中へ潜り込んだ。


報道陣や野次馬の目ざとい人が「あ、猫入ったぞ」と声をあげるが、他の雑多な声と混じってかき消える。


「さすが師匠っす、思い切りが良い!」


チビもりんごの後を追わなければ!とばかりに追いかけた。


先にブルーシートの内側にりんごが中に入り込むと、同じ服を着た人が入り乱れて作業している真っ最中であった。


外側も人が多かったが、中で作業している人数も中々多い。


被害者が倒れていたのだろう。小道脇の雑木林の地面には白いテープが貼られている。

所々に血痕の跡が点々とついていて、そこも白いテープで囲っていた。


りんごはその跡を一瞥してから石碑を見た。


被害者の倒れた所と例の石碑は近い。ほとんど一歩か二歩歩いたくらいの距離だ。


「で、犯人のって分かる証拠品、何かあったの?」

「まだ見つかって無いみたいですよ」


地面を丁寧に探る二人が会話している。りんごは立ち止まって二人の話に耳を傾けた。


「ってか、ここで亡くなったやつ、ロングコートの下は素っ裸だったんだろ?この辺に痴漢が出るって噂があったみたいだけど、そいつだったんじゃねえの?」


人に聞かれたら憚れる内容のためか極端に声は低く小さくなったが、猫であるりんごの耳で十分に聞き取れる範囲だ。


「あんまりそういう事言うなよ」

もう一人はそういって諌めた。


しかし色々思う節はあるようで、すこし沈黙した後で口を開いた。


「けどさ、亡骸運ぶときに明らかに変死体だって言ってたじゃん?」

「え、俺それ聞いてない。俺の乗ってた車ちょっと遅れてきたから」


それを聞いたもう一人は辺りをキョロキョロ確認すると小さい声で話し始めた。


「どんな死に方だったと思う?」

「知らん」

もう片方もヒソヒソ声になる。


「それが―」

りんごが聞き耳を立てているとき、


「師匠ー!今到着したっすー!」


と遅れてやってきたチビが勢いよく突っ込んできた。


が、巨体がスピードを出して突っ込んできたので急に止まれずりんごにぶつかり、りんごを巻き込みながら転がっていく。


「ギニャー!」

りんごは叫んだ。


「人が集中してるときに後ろから突っ込んでくるな、ばか!」

りんごはムキー!と怒りをあらわにした。


「悪りぃっす。ちょっと止まれなかったっす」


チビは怒られても気にしない。チビもりんごに負けず劣らずケロっとした顔であっさりと謝る。


「あ、話の続き…」

りんごは慌てて人間の会話に耳を戻すが、

「うっそ、マジ何それ」

「な?ありえねえだろ?だから変死体だって言われてたんだよ」


と会話している。りんごが聞きたいところの話は終わったようである。


「お前のせいニャ!」

りんごはピシっとチビの巨体を叩いた。


「えっマジすか」

当たり散らされたチビは何がなんだか分からない。


「ん?あ、猫だ」

あまりにも喋りすぎたのか(人の耳にはニャーニャーとしか聞こえないが)人間に気づかれてしまった。


「ホレホレ、邪魔邪魔!」

人がどかどかと足音も高く追い立ててくるが、それくらいで引き下がるりんごではない。


なにしろ毎日出会う度に蹴とばしてくるようなお兄ちゃんのいる家庭で過ごしているのだ。

本気で足で蹴とばそうとしているのか、ただ蹴散らそうとしているのかは大体見分けがつく。


しかし自分の見たい石碑は自分を追い立ててくる人間の向こう側だ。


「えーい、こんな近くに居るのに調べられないなんてー」


りんごはイライラと人間の足をよけながら石碑を見ようとするが、そのたびに人間が自分の前に立ちはだかって邪魔をする。


「お前のせいニャ、チビ…」


りんごが後ろを振り向くと、チビは人間の腕の中にすっぽりと収まってこちらを見ている。

そして「師匠ー」という言葉を残してそのままブルーシートの外へと連れ出されてしまった。


チビは警戒心の少ない温和な性格なので、人間にあっさりと捕まりやすいのだ。


すると、りんごの視界が急に高くなった。

「しまった!」

この視界の上がり方は知っている。


誰かが自分の首根っこをつまんで持ち上げているのだ。


「こらー!僕より弱い人間のくせに僕をつまみあげるとはー!」


りんごはじたばたと暴れるが、つまみあげている人間たちは「おい暴れてるぞ、痛いんじゃないか?」「ちゃんと首根っこ掴まないと逆に痛いらしいぞ」などと会話している。


「僕は首根っこ掴まれるほど子供じゃないのニャ!えーい、離せ離せ」


などといってもりんごの言葉が人間に通じる訳がない。


いや、人間の言葉を話そうと思えばりんごは話せる。だが、人前では堂々と話せない。

そんなことをしたら正体がばれてどこかへ去って行かないといけない。


りんごもあっさりと近くのブルーシート脇から外に放り出された。


「もう入ってくるなよ、捜査してるときに猫の毛が混じったら面倒だからな」

人間はそういい、ブルーシートを下に下げる。


「師匠、おかえりっす」

チビはどこか楽しい場所へ立ち寄った後のように足取りも軽くトットッと近づいてくる。


「馬鹿!」

りんごがそう怒鳴ると、謎の衝撃波がりんごから発生し、チビはその衝撃はに飛ばされ後ろへ一回転して着地する。


「お前があっさりと捕まってるのを見てたら僕も捕まってしまったニャ、お前のせいニャ、お前の!」


りんごは前足でビシビシとチビの背中へとパンチを浴びせるが、直接攻撃だと格段にりんごは弱い。体格的に。


チビはほんの少し眉間をハの字にして、

「悪いっす」

と簡単に謝った。


しかし口調が軽いのでそこまで悪いとも思っていないだろう。りんごもすぐにカッと怒りはするが、元々あっさりした性格だ。


「まあいいニャ」

とあっさりチビを許した。


「本当はもっと近くに寄って、あの石碑がどうなってるか見たかったんだけどニャー」

「いや~、今は人間が多いから無理じゃないっすかぁ?」


チビもたまにはまともな事を言う。りんごも流石にここまで人間が多いとは思っていなかったので「うーん」と首をかしげながら悩む。


「じゃ、しょうがない。帰るニャ」

「そっすね。これじゃ近寄れないっすもんね」


勢いよく家を出た割にはあっさりとした引きである。


りんごは何歩か歩くが、チビは足をモタモタさせてその場で立ち上がって空中を飛んでいる虫を追いかけるような仕草をしている。


「何を馬鹿なことをしているニャ」

「違うんすよぉ」


チビは前足を激しく震わせる。


「前足に何か絡まっちゃって」

りんごがチビの前足を見る。

最初は何もないと思っていたが、よくよく見てみると確かに長いものが絡まっているようだ。


「なんだ、それ髪の毛ニャ」


りんごの家では、母親の良子の髪の毛が一番長い。

たまに歩いていると良子の髪の毛が体の毛にくっつくときがある。


それを見たときに良子は掃除をする頃合いと思っているらしいが、そうなる前にいつも綺麗にしておけとりんごは思っている。


しかし今チビの前足に絡まっている髪の毛は良子の髪の毛よりはるかに長い。


良子の髪の毛の長さは背中の肩甲骨くらいまでだが、この髪の毛の長さは異常なほど長い。

ここまでの髪の毛の長い人間をりんごは見たことが無い。


「ずいぶんと長い髪の毛だニャー」

りんごは素直に感想を漏らした。


「師匠ー、助けてくださいっす」

長い髪の毛は取ろうと手を振るたびに絡みついていく。

ここまで来たらもう自分の力だけでは無理と判断したチビが救いの目をりんごに向ける。


「ふふふ、どうだ、人間の髪の毛は絡まるだろうニャ」

特にりんごが凄いわけでもないが、とりあえず偉そうだ。そして助ける気もなさそうだ。


「だって、うちのご主人の髪の毛だってここまで長くないっすもん」

チビの飼い主は一人暮らしの会社勤めの女だ。


年齢は若めだが、お母さんの良子と気が合うらしく、お互いの家に遊びに行ったり、招いたりする仲である。


「ふふふふふ、頑張れ頑張れ」

チビの困ってるのが楽しいのか、りんごは愉快そうに笑いつつチビを眺める。


「師匠ー」

チビが情けない声でりんごに助けを求め、りんごはしょうがないなぁと呟き、辺りを見渡した。


ここは手入れの届きにくい場所であるためか周りの草の丈は長い。人間たちも事件現場の方に集中しており、茂みにいる猫のことなど気づいてもいないようだ。


りんごはチビに手をかざし、

「それそれそれそれ」

りんごが手を軽やかに動かすと、髪の毛がするするとチビの前足からほどけていく。


「うおおお、すげぇっすねえ」

「ま、こんなのネズミを捕るより楽…」


と、りんごの背筋に冷たいものが走った。


瞬間的に飛びのき、自分の背後に視線を向ける。

そして左右、そして木の上など至る所に目を向けた。


「師匠?どうかしたっすか?」


チビはりんごの毛が逆立ってるという異様な状況に危機感などを抱くことなくいつも通りのノリで聞く。


りんごはチビの言葉には答えず、辺りを注意深く見渡した。


そしてふっと力を抜く。

「今…」

「ん?」


「なんかゾワゾワーってするニャ…」

「風邪っすか?」


「いや…」

今の感覚は確かに風邪などではなく、ただ、とにかく不気味でどこか絡みつくような…そうだ、さっきの髪の毛のように、自分に絡みつく視線を感じたのだ。


意識を集中してその絡みついてくる視線の正体を探ろうとする。


しかし駄目だ。


周りにいる人間の念のほうがはるかに上回っていて特定の一つのものに集中できない。


「…帰るニャ、チビ」

先ほどのあっさりとした帰るという言い方ではなく、深刻な言い方だ。


「見られてるニャ」

そんなりんごの様子をチビは変な物を見るような目で見る。


「けど本気だせば師匠の方が強いんでしょ?」

「そりゃーそうニャ。だけど…」


りんごは後ろを一瞥する。

「一方的に見られてると気持ち悪いニャ。どうせ何も探れもしないし、こういう時はさっさと帰るニャ」


りんごはトットコと歩き出し、チビも素直にりんごの後をついていく。


二匹がその場から去っていくと、葉の生い茂った木の枝が揺れた。


その隙間から見える黒い目は、りんごが人波に消えるまでどこまでも追いかけた。

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