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化け猫のりんごさん  作者: 石山乃一
化け猫ことはじめ
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りんごの朝

朝である。


「ほーらほらほら!ほーらほらほらほら!」

「ニャー!ニャニャニャニャ!」

ドタンバタンと動くたびにホコリが舞う。


しかし、そんなホコリなど気にせず、一室で女の子は赤く染められた鳥の羽の猫じゃらしを激しく動かし、小さい猫はその鳥の羽に喰らいつこうと必死に動き回る。


子猫の動きは俊敏で、すぐに猫じゃらしに取り付きそうになる。


しかしどうやら猫じゃらしを操る女の子のほうが一枚上手のようで、すぐに子猫の手の届かない位置へと素早く移動させ、子猫の手は空を掴んでは転がり、再び身を翻して飛び掛る。


その度に女の子の軽い癖毛の髪の毛はふわふわ揺れ、育ち盛りの体はしなる。

まるで華麗に踊っているかのようにも見えるが、実際は猫をじゃらし続けて手に入れた動きだ。


「ちょっと、八重。まだ遊んでたの?」


「あ、お母さ……あ」


急に声をかけられ、女の子…屋久島家の十四歳の長女、八重の動きは止まった。


その瞬間を子猫は見逃さずに飛び掛って猫じゃらしに飛びつき、そのままの勢いで女の子の手から猫じゃらしを奪い取った。


「もう、早くしないと中学校に遅刻でしょ!」


母は、もう!と頬を膨らまして怒った。

しかし、どうも実際の年齢より顔も性格も若く見えるので、あまり怖くも無い。


「だってぇ…朝に五分運動すると体にいいって、お母さん言ってたじゃん」


八重も同じように頬を膨らませて抗議するが、キッと母親に睨まれた。

怖くは無いが、怒らせると後が面倒くさい。


八重は口を尖らせてスゴスゴと部屋から出て行った。


屋久島家の二児の母親…良子は娘が去って行ったのを見てから、ふと子猫に目線を移した。


子猫は八重から奪い取った猫じゃらしに噛み付き、必死に猫キックをお見舞いしている。


そんな姿を見て良子はデレッと顔を崩した。


「あら~りんごちゃーん、そんなに攻撃して~」

良子はりんごと呼ばれた子猫を両手で包み込むようにしてワシワシと撫で付けた。


なぜりんごと呼ばれているのかというと、この猫の両頬には黒くて丸い模様がついていて、赤かったらりんごホッペみたいだね、という話になり、りんごと名づけられたのだ。


「シャ!」


しかし、りんごは触られて不快だったのか、短く威嚇してから口で猫じゃらしを咥え、その場に背を向けて歩き出した。


「ああ!待ってりんごちゃん!どうして!どうして~!?」


良子は嘆かわしく手を伸ばすが、りんごは止まること無く進んで行く。


「おーい、俺のネクタイ知らんか」


りんごが向かう先に、眼鏡をかけた男が現れた。


「あ、あなた。ネクタイならいつもの所にかけてるでしょ」

「そうかぁ…?見つからないんだよな」


その男…屋久島家の大黒柱、和義はそう呟いて去ろうとするが、何かに引っかかって足がもたれた。


和義が足元を覗き込むと、りんごが猫じゃらしを咥えて目を輝かせながらこちらを見上げている。


何となく遊んで欲しいと言っているような気はするが、自分はこれから会社に向かわなければならない身分である。


いくら期待しているような目で見られても構ってやれる時間がない。


「…お母さんに遊んでもらいなさい」

和義はそう言うとその場を後にした。


その一言に良子はパッと顔を輝かせ、りんごににじり寄った。

「そうよ、りんごちゃん!私が遊んであげる!」


良子は専業主婦である。家での家事仕事を終わらせたら後はいくらでも構ってやれる立場だ。


しかし、当のりんごは嫌そうな顔で良子を一瞥し、鼻で「ふー」とため息をついてその場を後にした。


「…どうして…」

良子はその場で崩れ落ち、悲しみにくれた。


「おい、邪魔」


そこに学生服を着た男子がやってきて、悲しみにくれる良子に冷たい一言を投げつける。


「母さん、今りんごちゃんにため息つかれてハートブレイク中なの…」


屋久島家の長男…龍二は眉間に皺を寄せて床に転がっている母親を冷たい目で見下ろす。


「馬鹿かよ、猫ごときで…」

もはや母がどく事はないと思ったのか、龍二は母親をまたいで通り過ぎる。


この家に「親に馬鹿とは何だ、親をまたぐな」と叱る祖父母はいない。典型的な核家族である。


するとそこにりんごがトコトコとやってきて、龍二と目があった。


その瞬間、りんごの顔に緊張感が漂い、次第に体の毛がポワポワと逆立って行く。


「シャ!」


りんごは短く鳴いて、横にヒュンと飛んだ。


「シャ!シャ!」


そして威嚇を続けながら右へ左へと反復横とびのように飛び続ける。

龍二は進もうとするが、足元を素早く横に動き回るので中々進めず足が泳ぐ。


龍二は眉間に皺を寄せ、チッと舌打ちをしてりんごを軽く蹴飛ばした。


「邪魔だ!ボケ!」

「ギニャー!」


体重の軽いりんごは吹っ飛んだが、半回転しながら床に着地し、自分を蹴飛ばした龍二のことを睨みつけた。


「ちょっとー!お兄ちゃん何でそうやってりんごの事イジメんのー!信じらんなーい!」


制服に着替えた妹の八重が、いつの間にか騒ぎを聞きつけてやってきたらしくヒステリックに叫んだ。

そういわれると龍二はイラッとした表情で八重を睨みつけた。


童顔の母譲りの八重とは違い、龍二は代々人相が悪いと言われている父親譲りの凶悪な目つきである。


ちなみに父の和義は仕事で支障が出るということで逆光で目が見えにくい伊達眼鏡をかけ、目の威力を半減させている。


眼鏡も何もしていない龍二の一睨みは並の人間ならば逃げ出すほどだが、家族である妹には通じない。


「人の目の前でウロチョロするからだろうが。毎日毎日人のいく手を遮りやがって…」

龍二はそう言いながら自分のバックを持ち、靴を履いた。


「動物に優しくない男はモテないぞー!」


八重が捨て台詞のように叫ぶと、龍二は一言「うっせー」と毒づいて家から出て行った。


「もうー、りんご可哀想ー」

八重はりんごを抱きかかえると、その小さな背中に頬をすりつけた。


「ニャー」

りんごは先ほどあったことすら忘れたかのようなケロッとした顔で鳴いた。


「じゃあ父さんも行って来るぞ」

和義もきっちりとスーツを着こんで外へと出て行く。


「ほら、あんたも早く行かないと」

母親にせかされて八重は渋々とりんごを手放し、部屋の奥からバックを持ってきて靴を履いた。


「じゃーいって来るね」

「はい、いってらっしゃい」

良子は玄関で八重を見送る。そして八重がバタンと扉を閉めた。


誰も居なくなると、家の中が一気に静まり返り、先ほどの慌しさと皆が居なくなった静寂が家の中に広がる。


しかし、そんな中で良子はニンマリと笑った。


「ふっふっふっ…実は昨日通販で頼んだ『どんな猫でも飛びつく猫じゃらし』が届いたのよ…」


良子は自分の服の下から猫じゃらしをスルリと取り出し、


「さーりんごちゃん、二人っきりになったわね!お母さんと一緒に遊びましょー!」

と意気揚々と振り向いた。


しかし、先ほどまで座っていたところにりんごの姿が見当たらない。


「…あら?」

良子がキョロキョロと辺りを見渡すと、玄関の扉からカタン、と音がした。


良子が玄関の戸を見ると、猫が行き来する扉からりんごの尻尾がスルリと出て行くのが見えた。


どうやらさっさと外に出かけたようだ。

「……どうして……」

良子はその場に崩れ落ちた。

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