?日目 大家と猫と2人目の夫
暗い部屋で目が覚める、薄暗い…天井に一つだけ豆電球のような明かりがあるのみだが、それでも部屋の広さが分かるほど狭い部屋だった。窓はない、そしてひどく蒸し暑い…汗が滴り落ちる…
立ち上がると、自分の汗で床に池が出来ている…それを見て思い出す…自分の姪が頭を殴られて、血の池を作ったこと…トドメを刺そうとした人間に駆け寄って、自分は黙ってついて行くと言って救急車を呼ばせた。正直…今すぐにでも発狂しそうな気分だった。姪の頭から溢れだす血の映像が脳裏に焼き付いて離れない…紗弥は大丈夫なのだろうか…今すぐに紗弥のもとに行きたい…加奈はちいさな膝を抱えながら座りこんだ…でも…もし紗弥がもうすでに…と、最悪のケースを考える…もしそうなら自分もここで早く死にたい…
脱水でも殴られても刺されてでもいいから早く死にたい…死んで紗弥の元に行きたい…。
自分の娘ではないが、自分の娘のように可愛がっていた。手料理を美味しそうに食べてくれて、肩も揉んでくれて…ご機嫌な時は後ろから抱き付いてジャレあったりもした。
紗弥に会いたい…早く会いたい…生きてるの?あの子は生きてるの?
心の中で問い続ける。自分の姪の安否を。その時だった、足音がだんだん近づいてくる音に気が付く。
階段を下るような足音…そのままドアの前で止まり、ガチャリ…と鍵が開けられる…
ドアが開けられるのと同時に一人の男が入ってきた…自分の2番目の夫…あの意味深な写真に、自分の姪双子そっくりの女の子と手をつないだ男だ。でももう問い詰める元気も意味もない、もしかしたら紗弥はもう死んでしまったのかもしれない…それなら…
「助かったそうだ」
男の口から告げられる一言…頭を起こす…男の顔を今にも泣きだしそうな顔で見つめた。
「偶然医大生が居合わせたようだ、それで助かったそうだ、良かったな」
男の口から語られる…医大生…そうだ、あの姪も医大生だ…きっと、あの時出かけていたのは友達とあっていたのかもしれない…美咲ちゃんだろうか…と大家は紗弥の高校時代からの女子を思い浮かべる…
男はゆっくりとした動きで、部屋にある押し入れのようなものを開いた…その存在すら私は気づかなかったが…
「飲んでいないのか、あいつめ…気のきかん…」
押し入れの中から淡い光が漏れだす…冷蔵庫の光のようだ…そこから冷たい水を出して、蓋を開けて大家に渡す男…大家はその水を手にとった瞬間…一気に水を飲みほした。自分の姪が助かったと聞いて、安心したのか、体は素直に水を吸収していく
「あいかわらずの見た目だな…まるで宇宙人だな…」
相変わらず…変な男だ、まだその妄想にとらわれているのか…と大家はあきれる…まさかその妄想のせいで姪があんな目にあったのか…もしそうだとしたら絶対に許せない。
「さて…お前は呼べるのか?あの子を」
…? あの子と言われても分からない…どの子だ…と考えると、真っ先に楓が思い浮かぶ…
紗弥と由良にソックリなあの不思議な居候…紗弥が猫とともに拾ってきて、それから自分が警察に連れていった。捜索願がでていないか調べるために…しかし驚いた事に警察は9年前の捜索願いを出してきた。
その時点で自分にはワケがわからなくなった、楓を見た時に違和感はあった。どこかでみたことがあると…でも黒髪ロングに白いワンピースの女の子なんて、テレビやホラー映画で良く使われるから…たぶんそんなデジャブ的な意味合いで、そう思っただけだろうと楽観していたが…昔の由良の捜索願いの写真を見て愕然とした。そっくりなんてもんじゃない、そのものだったのだから。
「どうやら意味が分かっていないようだな…お前は知らないのか…まあ、いい…すべて終わったら帰す…それまでここに居てくれ。そこの押し入れの中に食料と冷蔵庫がある、好きにしろ、無くなったらまた持ってくる」
淡々とした声で男は喋り続けると部屋を出て行こうとする…
大家は声を振り絞って…
「紗弥ちゃんの所に…行きたい…」
それだけ行った…それが今の自分のすべてだった
「悪いがもう少し我慢してくれ」
それだけいって男はドアを締める…ガチャンという鍵をかける音が絶望的に聞こえる…
紗弥の元に行きたい…ここを出て姪の所に…
にゃー
と、猫の鳴き声が聞こえた…辺りを見渡す…すると弱弱しい姿でこちらに歩いてくる脚の短い猫が…
「あらあら…貴方も…連れてこられたのね…そっか…あの時一緒にいたもんね…」
この猫は紗弥が拾ってきたものだが、なんか自分にすごい懐いてくれる、そんなにお手製のキャットフードが口にあったのか、ほぼ毎日のように私の部屋に来てはご飯を食べてくれる
「ごめんね…巻き込んで…お水…飲む…?」
押し入れの中にちょうどいいお皿があった。それに水を…と思ったが、もしかしたら冷蔵庫の中に牛乳とかあるかもしれない…と中を漁る…さすがに牛乳はなかった。そういえばあの男は牛乳が飲めなかったな…と思いだす。二人目の夫のあの男は私が経験した男の中でも変人だ。今回の事でぶっちぎりの変人ランキング堂々の一位になった。お皿の上に水を垂らして猫の前に…
猫も喉が渇いていたのか小さな舌で水を飲み始める…
「いつまで…ここにいればいいのかな…」
その言葉に猫は首を上げて…何か訴えるように…いや、自分を慰めようとしてくれてるのか、可愛い前足をヒョコヒョコと動かしている…思わず笑みがこぼれる…よかった…自分だけだったらすでに何もかも投げ捨てていたかもしれない…でも猫のおかげで少しだけ楽になった。
肩の力が抜けるのを感じる…とりあえず、あの男は嘘をつかない、紗弥が助かったのは本当だろう。
あとは自分が無事に帰ることができれば…あの男が帰してくれるといったのだ、それが何日先になるかは分からないが…。
何時間たったか分からない…この部屋には窓もない、今が夜か朝なのかもわからない…部屋の温度は若干下がったのか…それとも自分が慣れてきたのかは分からないが、そこまで蒸し暑くはなかった。
ということは夜なのかもしれない…と、その時、再び足音がする…今度は複数の人間…
2人か3人か…降りてくる…全員が部屋の前で止まり…鍵を開けると、いきなり自分の2人目の夫が部屋の中に縛られた状態で投げ込まれて来た。驚いて後ろに下がりながらドアのほうを見ると…
「あ、貴方達…なんで…」
知っている…この二人は知っている…
そのまま無言でドアが締められる…ガチャンという鍵を閉める音…
なんだ、わけがわからない…何が起きたのか…
「ちょ、ちょっと…あなた…ぁ…」
あなた…なんて言ってしまった…もう夫じゃないんだ、この男は…
「はぁ…皮肉なもんだ…ほどいてくれないか…」
男はムク…と起き上がって後ろ手に縛られたビニールひもを見せてくる…かなり頑丈に縛られている…
爪をたててほどこうとするが、なかなか…ほどけ…
にゃー!
という猫の雄たけび…?が聞こえ、男の後ろ手ごとビニールひもを掻きむしる様に切った。
痛い…痛っ…という男の声が部屋に響く…でもなんとか紐はほどけたようだ
「この猫は…君に付いてきたのか…まったく…下品な猫だ…」
猫が抗議するようにニャーニャー鳴く…
「なんで…ここに…閉じ込められてるの…?」
男は冷蔵庫から水を取り出すと、飲みながら…
「見てわからないか、意見が食い違って…裏切られただけだ…」
そういいながら男は少し離れた場所に陣取って座る…
「私…出れないの…?」
この男がここに閉じ込められた…そしてなによりあの二人…
「出れるさ…私と連絡が取れなくなると助けに来てくれる様頼んである…」
誰に…と聞こうとして止めた…これ以上、やっかいな事に巻き込まれるのはゴメンだ…
こんなことをしてる場合ではない…私は紗弥の元に行きたいのだ…でも…一つだけこの男に聞きたい事があった…
「ねえ…この子…誰なの…?」
例の写真を取り出して男に見せる…裕に20年以上前の写真だ。自分はまだ20代後半の頃だったか。
「あぁ、懐かしいな…今だから言うが…この子は私の親友なのだ、かけがえのない仲間なのだ…」
いいながら写真を返して来る…
「その子…家のアパートに居た子にソックリなんだけど…」
「知っている…本人から聞いた…」
本人…?楓ちゃんからってこと…?いや、というか、この50台後半…もうすぐ60になる男の親友って…そもそも楓ちゃんはまだ見た目小学生だ…
「お前がそれをいうのか、お前だって小学生並の見た目だぞ」
ガクっと肩が落ちる…そもそも…私のこの見た目は母譲りなのだ、私達の母が…
「あ、れ?」
そうだ、母だ…この写真に写ってるのは…楓でも紗弥でも由良でもない、私の母だ…すでに母は他界している…母の記憶はほとんど無い…というのも私を生んですぐに死んでしまったからだ。
でも、そうだ、この写真に写っているのは母だ…母も私と同じようにある年齢まで幼児体系だったと聞かされては笑い話にしてた父…いつかぶん殴ってやろうと思っていた矢先、父も数年前に他界した。
その父の遺品整理をしていた時、父と母の結婚式でとったであろう写真を見つけた…
あの写真は化粧をして着物を着て髪を纏めていたから気づかなかったが…私の母と姪達は…
「あ、あなた…私の母と…」
「ああ、ようやく気付いたか…彼女は私の初恋の人だった…」
いきなりなに話し出すんだこのオッサン…
「そんな話はどうでもいいから!なんで母が親友なの?!」
「どうでも…ぐ…まあ、いい…この人から私は宇宙の神秘たる…」
「そんな話もどうでもいい!!いいから答えないさい!なんで…なにがどうなって…」
何を聞いたらいいのか分からない…同じ見た目の人間が一体何人いるんだ。
紗弥に由良に楓に…そして母に…私の姉は違う…普通の見た目だ…私のようにいつまでも小学生並の姿じゃない…姉は羨ましがっていたが…
「まあ、時期に助けがくる、その時に全部話してやる」
それだけ行って男は黙る…水を飲み終えると、眠ったように静かになる…
いつからだ、いつからこんな…こんな事になった、私の人生はたしかに波乱だらけだったけど…
夫にも子供にも恵まれなかった私の…
ゴン…という鈍い音が上から聞こえてくる…
それから車の音…?数台…そこから足音が無数に…争っている…
何か…怒鳴り声のようなものも聞こえてくる…
「来たようだ…そろそろ終わりだ、行くか…」
重い腰をあげる元夫…それと同時に鍵が開く音…
ゆっくり開かれるドア




