最高の一枚 2
グラウンドで練習する生徒の中でも、彼女だけ明らかに違う。見かけ云々だけではなく、彼女の醸し出す雰囲気が他の生徒よりも熱を帯びていて、風を身に纏いながら煌びやかにグラウンドを駆ける姿は完全にアスリートのそれだった。
おそらくこの学年で彼女を知らない生徒はいないだろう。彼女はこの学校ではとても有名だ。僕が聞いているだけでも、その経歴には目を見張るものがあった。
一年次の学年成績は常にトップという優秀な頭脳をもち、陸上部に所属していて大会で何度も賞を取るほど運動神経が抜群。家も相当なお金持ちらしく、帰りは黒塗りの高級車でお出迎えが来るそうだ。おまけに容姿も超絶美人という絵にかいたような完璧超人。まさに才能の寄せ集めである。
そんな彼女が、部活中だろう。もう日も暗くなり始めた校庭で今もなお熱心に練習している。しかし、不思議なことに彼女以外の陸上部員は一人も見当たらなかった。
そう言えば今日は陸上部の練習日ではなかったはず……。一年間放課後学校に残り続けてきた僕の脳がそう記憶している。
おそらくは次の大会に向けて独自に練習しているのだろう。
……………。
なぜか今、先ほどこの席で独り黄昏ていた彼女を思い出していた。
その理由は僕も理解していない。
理由を探るため、手に持っているカメラを操作し先ほど撮った写真を再び見てみる。
写真に映るのはどこか哀愁漂う彼女の後姿と、夕日に照らされ輝きを放つ栗色の髪。風になびくそれは、絹糸の様にしなやかで、瑞々しく、透き通っていた。そして、彼女が覗く窓枠の向こうには美しく連なっている南アルプスの山々が見え、夕日に当てられた空が、幻想的な雰囲気を醸し出している。更にそれらを引き立たせているのは、我が校の淡白だけども清楚でポイントをしっかり押さえているセーラー服。
「……これは――――」
……完全に傑作だ。
僕が数々撮ってきた写真の中でもこれはずば抜けて傑作。見れば見る程写真の良さが見えてきてしまう。家の自室のパソコンのデスクトップに留めておくにはもったいない!
この写真で自前のカレンダーでも作ってしまうというのはどうだろうか。コンクールに出展というのも悪くない。そのためには一度彼女に許可を取る必要が……。
……などと耽っていると、時刻はいつの間にか過ぎ、完全下校の時刻を知らせる鐘が鳴った。
このまま教室に残っていると教師が見回りに来てしまう。何回も注意を受けている僕はそろそろ生徒指導室に呼ばれてもおかしくはないので、急いでカメラをバッグに仕舞い教室を出た。廊下と階段を駆けて昇降口で靴を履き替える。
外に出ようとドアを開けると、冷たい風が流れ込んできた。
「さむっ」
四月も始めは始め。朝ほどではないにしろその寒さは制服を突き抜けて肌まで届き、寒さに弱い僕を心 底痛めつけた。ろくな寒さ対策もせずに家を出た自分が今になってひどく恨飯く思えてくる……。
「マフラーぐらいして来ればよかったなぁ」
なんて恨み言を唱えながらドアから出て校門まで小走りで駆けていく。
門が閉まる時間は6時45分だ。これを過ぎると校門の隣の扉からしか出入りができなくなる。これは教師か門の管理人に頼んで開けてもらわないと通ることができない。
僕はよくこの時間を過ぎるまで学校に残っていたが、その時は優しい管理人さんに毎度扉を開けてもらっていた。しかし、今年度から新しい管理人に代わってしまいそれは難しくなった。
「はぁ、なんでかな」
校門に着いた僕は溜息を吐き、もはや時間を確認するだけの役割しかない腕時計型タイムリープマシン、通称『TM』で時間を確認した。
「6時39分」
デジタルで表示されたその数字は、門が閉まる時間には若干の余裕があった。
門を出るとTMの右上には『圏外』の文字が表示された。
「ふぅ、今日は良い写真が撮れた」
僕はTMを見ながら今日の事を思い出していた。
こことは違う空間にいたような、魂揺さぶられたあの感覚が再び思い起こされる。
もしこれを使ったなら、またあの時の感動を体験できるだろうか。
……いや、おそらくそれは無理だろう。
きっとあの教室で見た光景は、今日という日を何度繰り返したとしても遭うことはできないだろう……。
日もほとんど暮れた肌寒い空の下、一番星がどれかも判別できなくなった空を見上げ、僕はそんなことを思った。
すみません!ただいま夏のホラーイベントに向けて別作品を鋭利製作中ですので、次話の投稿は8月8日に変更になりました。