岩鉄の戦士
昼休みの窓際の席。頬杖を付き、黄昏るように空を眺める。空は晴々として、過ごしやすい日だ。しかし、天気とは裏腹に星奈の心は曇り模様であった。
「なっちゃん?どうしたの?」
「冬華……」
そんな星奈を見かねた、高校で最初に出来た親友の真崎里菜は星奈に声をかける。綺麗な黒髪で一見、お淑やかなお嬢様のような彼女。だが、口を開けば最近の女の子で、そこが似ているのか、星奈とは気が合うようで一緒にいる時間が多かった。
「らしくないね、なっちゃんが黄昏るなんて。そんなことは知らないみたいなイメージがあったなぁ。」
「うん、ちょっとね。」
ぼんやりと外を眺めながら、ぶっきらぼうに答える星奈を見て、冬華は顔をしかめることなく話す。そして、ある1つの理由が思いうかんだ。
「あっ、もしかして!」
冬華は顔を星奈の耳元まで近づけ、周りに聞かれないように小さな声で囁く。
「好きな人でも出来た?」
その途端に星奈は立ち上がり、顔を真っ赤にしながら必死に反論する。
「ち、違うよ!そんなのじゃないよ!」
「ええ?そんなこと言う割には顔が乙女になってるけどな〜」
しかし、その反応は疑惑を助長するだけであった。そんな星奈を冬華はニヤニヤと見つめる。
「もう!からかわないで!」
すると、風船の空気が漏れるように、冬華は笑い出し、星奈は思わすポカンとした表情をしてしまう。
「にしし、やっと元気出してくれた。」
「あっ、本当だ。」
「うん、やっぱりなっちゃんはこうでなくっちゃ!」
満面の笑みを星奈に向ける冬華。そんな冬華の心遣いに星奈の心は洗われる。
「ありがとう、冬華ちゃん。」
「どうってことないよ。では最後に私からアドバイスがあります。」
そして、冬華は得意げな表情で右人差し指を立て、まるで教師のように振る舞い、とあることを言った。
「恋愛は行動あるのみだよ!」
「だから違うって!」
その瞬間、チャイムが鳴り、冬華は舌を出し、誤解が解けないまま席に戻ってしまった。
「行動あるのみ……か……」
星奈は再び窓の外を見る。そして、冬華の言葉をきっかけにあることをするのを決めたのであった。
♢♢♢
「ふむ、なるほど。」
放課後、近くの商店街でとあることについてたくさんの人に聞き込みをしている。最近、何か不可解なことがあったか?見慣れないモノに出くわしたりしていなか?とにかく妖が関係してそうな事件を隈なく捜査したのだった。その最中、ある噂を知ることに成功した。
それは最近、行方不明者が増えていること。そして、行方不明者が出る日には必ずと言っていいほど目撃される大きな飛行物体の存在。
(これは、明らかに妖が関わっている。)
足取りは掴めた。後は進むために一歩を踏み出すだけだった。だが、あの襲われた時のあの恐怖が蘇る。襲われても始が助けに来るとは限らない。今度こそは本当に死んでしまうかもしれない。ただ純粋な恐怖が星奈を襲う。しかし、その恐怖よりも強い意志があった。
それは始の力になりたい。純粋な願い。
「……行こう。」
声を震わせながらも意を決してとある場所へと歩みを進めた。とある場所とは日暮山と呼ばれる山。この前襲われた場所の西側に位置する、文目町の中でも一番低い山である。目撃情報から推測すると、どうやらその妖はその山から町に降りているらしい。
だから、そこに行けば妖を見つけられるかもしれない。星奈はそう考え、覚悟を決めたのだった。
♢♢♢
星奈が山の中に入ると、木々で光は遮られ、昼間だというのに薄暗く、不気味な雰囲気を感じている。特にこの雰囲気は鬼に襲われた時に感じた雰囲気と酷似しており、不安こそ感じるが同時に安心も生まれる。
(確実に妖がいる。)
そう確信し、星奈は小一時間、ずっと妖を探索していた。しかし、手がかりは一向に見つからず、険しい山道が歩いているため、疲労が溜まる一方だった。
「とりあえず休もう。」
そう言って近くに木の幹に腰掛ける。バックからミネラルウォーターを取り出し、二口だけ飲む。乾き始めていた体に潤いで満たされるような感じがした。
「よし、元気出た!」
そう言って、妖が見つからず沈んでいた気持ちを奮い立たせる。
「あれって……」
すると、頭上に何かが通り過ぎたような気がした。もしやと思い、期待を抱きながら恐る恐るその影を追った。
「ここは?」
無我夢中で追っていると、一つの大きな木へと辿り着いた。その大きな木は何やら神秘めいた雰囲気を醸し出しており、周りの木々とは圧倒的に違っていると星奈は感じた。
だが、星奈は肝心なことに気づいていなかった。自分が次の獲物と狙われていることに。
「え?」
星奈が気づいたのは襲われ始めた時であった。頭上から星奈目掛けて妖が向かってきたのだ。それを何とか反射的に避ける星奈。
「あ、妖……」
星奈を襲うことに失敗した妖は直ぐさま木の幹へと戻り、再度様子を伺う。その妖はまるでムササビのような姿であったが、顔には可愛らしさなどはなく、悪魔のようなものだった。
星奈の呼吸が荒くなる。確かに覚悟していたものの、いざ妖と対峙すると、脳裏に鬼に襲われたあの光景が映し出され、恐怖が呼び起こされる。
「く……あっ!」
だが、そんな恐怖を振り払い、星奈は立ち上がる。全ては始のため。少しでも始の力になりたいという願いが星奈を突き動かしたのだ。
「私だって!」
そして、足元に落ちていた大きな木の棒を手に取り、先を妖へと向ける。これで少なくともやられぱなしではないと星奈は意気込んだが、それは直ぐに崩れ去ることになる。
妖は口から火の玉を吐き、星奈の持っている木の棒に当てた。
「熱い!」
火傷をしまいと咄嗟に木の棒を離す。そして棒は地面に着く前に、消し炭となってしまった。
「嘘……」
まさか飛び道具まで持っているとはつゆ知らず、星奈は酷く動揺する。その隙を妖を見逃さず、咄嗟に星奈に襲いかかる。
星奈はうずくまり、攻撃に備えた。しかし、攻撃は一向にこなかった。何事かと星奈はゆっくりと顔を上げると、目の前に弾丸が通り過ぎた。そしてその弾丸は妖に向かっており、それを妖は咄嗟に避けていたのだ。星奈は弾丸が発射された方を向く。そこには男がゆっくりとこっちに向かってくる姿があった。
「おい、そこの女。どっかに隠れていろ!」
男は星奈に冷たく忠告する。体格が良く、白髪のオールバックで一見、不良にも見えなくはない。ただ、異様な殺気を漂わせており、その見た目も相まって、星奈は恐れてしまい、動くことは出来なかった。
「……まぁいい。」
言うことを聞かない星奈を無視して、男は妖と対峙する。
「野衾か……確かにあいつにとっては面倒な相手だな。」
「ギャア!」
野衾と呼ばれる妖は威嚇をして、近寄らせまいとする。しかし、そんなことに動じず、男は平然としていた。
「やる気かい。……こっちは話をつけに来たってのな。」
気だるそうに男は呟きながら、胸にかけてある、茶色の丸い三角の宝石を出し、右腕に巻かれた腕輪にセットする。
「結……着‼︎」
男の言葉と共に周りの岩がまとわりつく。数秒後、その岩が弾け、中から男ではなく、岩の鎧を纏った戦士が現れた。
悪を壊し、弱きを守る岩鉄の戦士。その名はガント。
「あれは⁉︎」
野衾はガントに対し、危険を感じ、その素早い動きで襲いかかってくる。鋭い爪で切り裂き、体当たり、火の玉などを攻撃を与えるが戦士には傷一つつかず、ひたすら仁王像のように立ちはだかっていた。
「ググゥ‼︎」
自らの攻撃にビクともしないことに焦りと恐怖を抱いた野衾は否応無しに突っ込んでいく。そんな単純な攻撃にガントは顔面を掴み、動きを止める。
「フンヌっ‼︎」
そして、腹に強力な拳をねじ込み、地面に叩きつける。その威力は絶大で、野衾を通じて地面にひびを入れるほどであった。
「まぁ、とりあえずだな。」
野衾の動きが止まったのを確認し、ガントは鎧を外し、人の姿へと戻った。
「あなたも……装像式使い⁉︎」
男は星奈の一言にピクッと反応し、振り向いた。
「てめぇこそ、何故装像式のことに知っている?」
これが星奈と2人目の装像式使い、稲田 剛との出会いであった。