蒼炎の煌めき
星奈はその後、無事に祖母の家に到着し、十数年振りに祖母と再会した。久しぶりに会った祖母は星奈の記憶の祖母とはまるで違い、始めは戸惑った。背は縮み、白髪としわも増え、昔のような元気な姿ではなかった。
それでも、内面は変わっておらず昔と同じように明るく星奈を迎えてくれた。
「おばあちゃん、今日のご飯は何?」
「星奈の大好きな肉じゃがだよ」
「やったー!」
おばあちゃんの肉じゃがは甘めのつゆがよく染み込んでおいしのだ。子供のようにはしゃぐ姿を見て、おばあちゃんはにこやかに笑う。
「そうそう、そういえばね。今日ね、早速友だちが出来たんだ」
「流石、星奈だねぇ。」
おばあちゃんは関心する。
「それでどういう人なんだい?」
「大きいお屋敷の人」
すると、おばあちゃんの表情がみるみるうちに暗くなっていく。そして、うつむき何かを考えこむように黙り込んでじまう。
「おばあちゃん?」
「星奈、あの家の人とはあまり関わっちゃいけないよ」
「何で⁉︎……お屋敷……まさか?」
もしかして、堅気とかヤクザ系なのかと疑う。
しかし、それにしては始の屋敷は異様な程静かで、到底他の組員達が居るようには見えなかった。
「とにかく、これからあまりあのお屋敷に周辺にはいかないようにね?」
星奈は渋々了承する。だが、心の中に疑問がダマとなって不愉快な気分になった。
♢♢♢
引っ越してから1週間後、ようやく学校生活が始まった。まったく知り合いもいない状況に不安を覚えたが星奈の持ち前の明るさで何とか周りに溶け込むことが出来た。
「何とか終わった」
さらにそれから3日後、星奈は学級委員として夕方6時まで仕事に明け暮れていた。本来ならもう1人の男子も手伝うはずだったが、急用が入ったらしく、仕方なく星奈1人でやる気はめになった。
「もうこんな時間!」
外を見ると日は落ち、ほとんど夜になりかけていた。祖母に迷惑をかけてはならないと急いで帰宅する。
「うわぁ、綺麗!」
完全に夜になり、ふと空を見上げる。そこにはたくさんの星が一つ一つ綺麗に輝いていた。
星奈は星が好きだ。自分の名前の一文字に入っているからというのもあるが、純粋に綺麗だから好きなのだ。
特に幼い頃から見ていたこの町の星空は思い出も相まって、1番好きな星空だ。
ふと、思い出が蘇る。町外れの小さな丘に寝っ転がって星奈は真っ暗な夜空に宝石にように輝く星に見惚れいた。
星奈の隣で子供が持つには大きく、分厚い星の図鑑をめくりながら、彼は星奈に星の名前や星座などの知識を披露していた。
「……あれ?私、この景色……誰かと見たことある?」
ふと、その相手が誰なのか思い出そうとするも、頭の中に霧がかかり、まともに思考が出来なくなってしまう。
モヤモヤとしたその状態に不快感を感じていると、ふと頭上に何かが通り過ぎるのが見えた。最初は流れ星かと思ったが、それにしては距離が近いと思った。
それが何かを確認する間もなく、もう一つの何かが頭上を通り過ぎる。
「あれって……」
それは少なくとも人に見えた。だけど人が建物から建物へ、ジャンプして移動するか?いや普通はしない。だから星奈はそれが人である確信が持てなかった。因みにその人型の何かは山の方へと向かっていった。
(確かめないと……)
好奇心が掻き出される。一体あれは何か?何物なのか?星奈は思うがまま、山の方へ向かった。
♢♢♢
山の中は真っ暗で右も左もわからない。景色も木が立っている以外変わらず、目立った目印もなく、自分が何処にいるかすらわからなかった。
つまり迷ったのだ。星奈は思いつきで行動した昔の自分を嫌気がさした。昔からだ。衝動的に行動して、最終的には後悔する。直そうと思ってもなかなか直らない。深くため息を吐きながらもスマートフォンのライトであたりを見回す。
(そういえば……夢と似ている)
最近よく見る夢もこのように森で迷って、怪物に襲われそうなり、そこに少年が私の名前を呼んで終わる。だが、夢が現実になるわけがないと高を括った。
その途端、背後に寒気を感じる。恐る恐る背後にライトを当てるとそこには大きな角を生やした怪物が星奈を見下ろしていた。
「は……あっ……」
怪物の大きさは軽く3メートルくらいあるだろう。目は真っ赤に光り、闇の中で不気味に光る。
「う、うわぁぁぁぁ!」
咄嗟に星奈は振り返り、話し合おうともせず全速力で逃げ始める。
冷静になって頭で考えれば、逃げる必要などなかったかもしれない。しかし、本能が逃げろと叫弾していた。
暗闇の中でがむしゃらに走り回る。しかし、暗闇のせいで地面の木の根っこに気づかず、派手に転んでしまう。体勢を立て直し、逃げ続けるようとうつ伏せの状態から起き上がろうとする。起き上がった目の前には怪物がほんの1メートル先に立っていた。
(回り込んでいたの⁉︎)
怪物がニタリと笑い、大きな脚で一歩ずつ星奈に迫ってくる。
星奈は絶望していた。このまま怪物に殺されて自分は死ぬ。何故、あの時あの影を追おうた思ったのか。好奇心による軽率な行動が死を招く自体になるとは悔やんでも悔やみきれない。
ゆっくりと瞳を閉じ、星奈は最後の時への覚悟を決める。すると今までの思い出が走馬灯のように瞼の奥に映し出される。友人達との思い出。家族との思い出。
数々の思い出が過ぎる中でただ一つだけ、場違いな夢が過った。
(あの時の……夢)
幼い頃の星奈が謎の少年に助けられる夢。何故、そんな夢が走馬灯に混じったのか。
「違う……あれは夢なんかじゃなかった!」
霧がかかった記憶が段々と薄くなり、徐々に少年が明確に見えてくる。
ツンツンとした髪に神秘さえ感じてしまう青い瞳。そして、その少年が段々とある人物と重なっていく。
「そっか……私は……あなたと友達だったんだね」
「そうだよ!」
怪物が腕を振り上げ、星奈を潰そうとしたその時、暗闇に一筋の光が現れる。
「グオッ!」
光は怪物に目掛けて飛んでいき、直撃すると怪物は青い炎に包まれる。
だが、強靭な肉体を持つ怪物にはほんの少し、熱さを感じさせる程度で、直ぐに火を振り払い、2、3歩だけ星奈から離れる。
「その声は!?」
星奈は背後から気配を感じ、振り向く。桜の衣裳の青い羽織を着こなし、左腰には刀を携えた始--成長し夢の中の少年がいた。
「……来てくれたんだ……」
「だいじょうぶ?星奈ちゃん!」
始と再会した途端、星奈の霧のかかった記憶が完全に晴れる。
始は地面にへたり込む星奈の下に急いで駆け寄る。
「始君……私……」
霧が晴れ、全てを思い出した星奈は思わず涙を零す。零れる涙を人差し指でそっと拭うと始は柔らかな笑みを浮かべ、星奈を安心させる。
「今はいいよ。後でゆっくり話そう。」
そして、始は立ち上がり、既に立ち上がっている怪物に睨み付ける
「妖め!よくも星奈に手を出したな!」
「グゥゥゥ」
お互いが静かに怒りを露わにする。先手を打ったのは始。羽織のポケットから赤い式札を取り出す。
「喰らえ!」
赤い式札から青い炎の玉が現れ、鬼に直撃する。だが、あまり効いておらず、鬼は始に拳を振り下ろす。それを後ろに跳んでかわし、着地と同時に右手も地面につく。鬼は驚異的なジャンプで襲いかかる。間一髪、始は左に避ける。
「かかった!」
鬼の足下には青い式札が置いてあり、そこから水柱が立ち、巨体の鬼を宙へと誘う。
始はすかさず、鬼の落下予測地点に灰色の式札を設置。式札からは鋭い鉱物の柱が現れる。
そして、数秒後に鬼が予想通り落下してくる。が肝心の罠は鬼の前では無力。着地時点では鬼に刺さることなく、むしろ踏み潰され粉々になる。
「チッ!」
始は傷一つつかなかったことに狼狽えるがすぐに気を取り直し、緑色の式札を使う。
すると、周りから棘が現れ、鬼を拘束する。だが、圧倒的な力で引き千切り、始に蹴りを喰らわせる。
寸前、始は茶色の式札を取り出し、土の壁を貼って攻撃を防ぐ。
しかし、完全には防ぎきれず、壁は壊れ、破片が始がに直撃する。
「ぐはっ!」
破片が腕に深く突き刺さり、始は苦悶の表情を浮かべる。しかし、始は倒れることなく、まして膝を付くことすらない。
腕からゆっくりと破片を抜いて、その場に投げ捨てる。傷口からは噴水のように血が噴き出るのを確認すると、始は式札を取り出し、絆創膏のように貼る。
すると、瞬く間に傷口は塞がれる。
「流石は鬼だ。全属性喰らわせても、ピンとしてるか」
冷静に鬼を判断し、最適の行動を練る。夜の冷たい風が、熱くなった戦場を冷ます。
「仕方がない。これを使うか」
そう言って、羽織の右袖をまくる。右手首には真ん中が丸く窪んでいるブレスレットが巻かれていた。そして首にかけていた青色の丸い宝石を取り外し、その窪んでいる場所にセットした。
「結着‼︎」
掛け声と共に右腕を挙げる。すると、ブレスレットのはめられた宝石から蒼炎が吹き出て、始を包まみこむ。
蒼炎によって辺りが青白い光に照らされ、まるで昼のような明るさになり、思わず星奈は目を瞑る。
「何…これ…」
星奈はゆっくりと開ける。そして、その綺麗な瞳に希望を見る。青い炎から現れたのは始ではなく、青い鎧の騎士。大きな黒いマントを翻し、鳥をモチーフにしたような兜の奥に光るその赤い瞳は鬼を睨みつけている。
青い騎士の名前はカルラ。青い炎で敵を焼く、正義の騎士。
「行くぞ」
カルラは先程とは段違いに速さで鬼の懐に入る。そして、脇腹に青い炎を纏った蹴りを決める。よろけたところに同じく青い炎を纏った右ストレートを腹にねじり込む。
「ぬぅぅぅぅぅ‼︎」
鬼は右手の拳を振るうがカルラは片手で簡単に攻撃を防ぐ。そして、高く跳び、鬼の頭上を跳び越える。
「かたをつける!」
鬼の背後を取ったカルラは腰に携えた刀を手に取る。
「炎…斬‼︎」
抜刀した状態から炎の斬撃を撃ち、鬼を両断する。
鬼は蒼炎に包まれ、黒い炭となって跡形もなく消えていった。
「す、すごい…」
カルラの獅子奮迅な戦いに星奈は目を奪われていた。その姿はまさにテレビの中のいるヒーローのようであった。
「だいじょうぶ?星奈。」
結着を解除し、始は右手を差し出し、優しい笑顔を向けるのを見て、星奈はこみ上げるものを抑えきれず、咄嗟に始に抱きついた。
本当の意味で再会できたことに喜び。そして何故こんな大事な人を忘れていたんだろうという後悔は涙として目から零れ落ちる。
「……始君…ありがとう…でも、忘れていてごめんなさい……」
「別にいいさ。今、こうやって思い出してくれてなら、僕はそれで十分さ。」
胸元ですすり泣く、星奈を優しく頭を撫で、励ます。何事も真摯に受け止める。その心はまるで果てにまで広がる海のようだった。
「……再会は嬉しいけど、もうこんな時間だ。帰ろう。おばあさんが心配してるはずだしね。」
始はゆっくりと手をとり、王子のようにエスコートする。
「懐かしいね。」
「そうだね。」
昔の記憶が湧き水のように湧いて出る。迷子になった時はいつもこうやって手を引いてくれてた。あの頃が懐かしいと思いにふける。
「ねぇ、そういえばさ?」
「どうしたんだい?」
「おばあちゃんにね、あまり関わらないで言われたんだけど。何で?」
「……明日の放課後。あの家に来て。そこで話す。」
「うん、わかった。」
そのまま始に手を引かれる。明日になれば全てがわかるのかな?そう期待込め、始の後に続いて、暗闇の中を歩き始めた。