カルロス、届け物をする
ロジーナが部屋の掃除をしていると、ゲートの設置してある小部屋の方から大きな音がした。
「おい。ロジーナ、居るか?」
ロジーナが部屋の前にたつと、扉の向こうから兄弟子カルロスのばかでかい声が聞こえてきた。
そんなに大声でわめかなくても聞こえてるのに、と思いながらロジーナは返事をし、扉を開けた。
「よぉ、ロジーナ。元気そうでなによりだ」
カルロスは片手をあげてロジーナの肩を叩こうと振り下ろした。
ロジーナは反射的に避ける。
カルロスの手は空気を叩いただけだった。
「お?」
カルロスはそう言うと、大声で「ガハハハ」と笑った。
「なんの用でしょうか?」
ロジーナは低く冷たい声で尋ねた。
「んだよ、せっかく持ってきてやったのに。ほらよ、師範服」
カルロスはロジーナに風呂敷包みをポンと投げるように渡した。
「わざわざすみません」
ロジーナは受け取ると、ニコリともせずにお礼を述べた。
「おい、少しは愛想笑いでもしたらどうなんだよ」
カルロスがあきれ顔で言った。
「してほしいんですか?」
ロジーナは上目づかいで窺うようにカルロスを見る
「ったく。ほんっと、おめぇは可愛げの欠片もねぇよな」
カルロスは舌打ちをしながら毒づく。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
ロジーナは深々と頭を下げた。
「なんだそりゃ。ったく、誰に似たんだか……」
カルロスはブツブツ言いながら、回れ右をした。
「あ、先輩、お茶でもいかがですか?」
帰ろうとしたカルロスに、ロジーナが声をかけた。
「茶?」
カルロスは振り向く。
「おめぇも少しは人並みなことを言えるようになったんだな。せっかくだから、いただくとするか」
ロジーナは無言でカルロスを客間に誘導した。
ロジーナはカポカポと音をさせ、湯呑みに茶を注ぐと、無言でカルロスの前に出した。
「おう。サンキュ」
カルロスは無造作に湯呑みをとると茶を飲もうとした。
「あちっ」
カルロスは慌てて湯呑みを茶托に戻すと、口をおさえた。
「火傷させる気かよ」
じろりとロジーナを睨む。
「熱すぎましたか?」
ロジーナは首をかしげた。
「熱いも何も、ほとんど熱湯だろがよ。しかも色、全然ついてねぇぞ」
カルロスは湯呑みの中を見ながら言った。
ロジーナはカルロスの湯呑みを覗き込む。
湯呑の中は、カルロスの言うとおり、気持ちうっすらと色がついているだけだった。
「おめぇ、茶も満足に淹れられねぇのかよ」
カルロスはため息まじりにつぶやくと立ち上がった。
「いいか。煎茶っていうのはだな……」
カルロスはロジーナから急須を奪い取り、煎茶の淹れ方の説明をしはじめた。
カルロスのレクチャーは一度はじまったら止まらない。
そのことをよく知っているロジーナは、無言でじっと茶托を眺めながら終わるのを待っていた。
「ほら見てみろ。色も香りも抜群に良くなっただろ」
カルロスは自分の淹れた茶を眺めながら悦に入っているようだった。
「はぁ……」
ロジーナはとりあえず生返事をする。
「じゃ、今度はおめぇが淹れてみろ」
カルロスはそういって、急須をロジーナの前にドンと置いた。
ロジーナは眉間にしわを寄せたが、逆らうと厄介そうなので、しぶしぶ急須の蓋を開けてお湯を注ごうとした。
「ダメだダメだ。さっき温度の話をしただろが」
カルロスの制止にロジーナは心の中で大きなため息をついた。
めんどくさい。
引き留めるんじゃなかった。
ロジーナは激しく後悔したが、後の祭りだった。
やっとカルロスの煎茶の淹れ方講座から解放され、ロジーナはホッとしながらソファに腰かけた。
「おめぇ、仕事の方はどうだ?」
カルロスが煎餅をバリバリ食べながら言った。
「普通です」
ロジーナはお茶をすする。
「普通ってんじゃわかんねぇよ。まさかトラブルとか起こしちゃいねぇだろうな?」
カルロスはロジーナの顔を覗き込む。
「起こしてません」
ロジーナは首を左右にふった。
「ならいいんだけどよ。おめぇは、ほらアレだ、アレ。トラブルメーカだったからよ。師匠も心配してたぞ」
ロジーナは無言で自分の湯呑みの中を眺めている。
「おい。ホントに大丈夫なんだろうな?」
カルロスは身を乗り出して尋ねる。
「大丈夫です。今のところは……」
ロジーナは顔をあげ、カルロスをじっと見ながら言った。
「なら、いいけどよ」
カルロスはホッとした様子で、ソファの背もたれに寄りかかった。
「おめぇよぉ。たまには師匠んとこに顔を出せよな」
「はぁ……」
ロジーナの生返事にカルロスはわざとらしく大きなため息をついた。
「とりあえず、認定式だけはすっぽかすなよ」
カルロスは腕を組みながらロジーナを見据える。
「大丈夫です。ちゃんと出ます」
ロジーナはうつむきながらこたえる。
カルロスはそんなロジーナの様子をじっと見つめる。
「なーんか、怪しい気がすんだよなぁ」
しばらくの間の後、カルロスは首をひねりながらつぶやいた。
「とにかく、絶対来いよな」
カルロスはそう言いながら立ち上がる。
「すっぽかしたら、師匠が許しても、俺は許さねぇかんな」
ロジーナを見下ろして釘をさすと、カルロスは姿を消した。
「ちゃんと行くって言ってるのに……」
ロジーナは頬を膨らませながらテーブルの上を片付けはじめた。
何の気なしにソファの上に目をやる。
カルロスの持ってきた風呂敷包みが目に入った。
師範魔術師の正服。
それは師範魔術師のみ着用することが許された、特別な服だ。
魔術師ならば、誰でも一度は袖を通してみたいと憬れる。
師範魔術師になることは魔術師の夢だ。
先日、その師範魔術師にロジーナは認定された。
ロジーナは急にその実感がわいてきて、ルンルン気分で風呂敷包を開いた。
服の上に一通の手紙がのっていた。
ロジーナはしばらくその手紙をじっと見つめた。
だんだん鼓動が早くなっていく。
ロジーナはゆっくりと手を伸ばし、手紙を手に取った。
そして、大きく息を吸うと、震える指先でそれを広げた。
目に飛び込んできたクレメンスの手蹟に胸が高鳴る。
ロジーナは切なげな吐息をもらすと、手紙を読みはじめた。
手紙の内容は、ロジーナへの簡単な祝いの言葉と正服が仕立てあがったということを知らせるだけの、何の変哲もない、当たり障りのないものだった。
それでもロジーナは何度も何度も読み返す。
嬉しかった。
内容などロジーナには関係なかった。
ただ、クレメンスが自分のためにわざわざ手紙を書いてくれたということが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
「師匠……」
ロジーナは手紙を胸に抱きしめながら呟いた。