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レーチェ  作者: ナオ
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07

 私を励ましてくれる小さなこは、あれ以来よく顔をみせるようになった。

 時には口の回りをびしょびしょにして。時には鼻の頭に木の実の皮を被って。

 私はそんな姿に頬を弛めながらも、水や食糧の在処を教えてくれるそのこに救われている。

 最初はただ単純に、可愛いらしさに慰められていただけ。けれど出会ってから三日、表情や行動、キュイと愛らしい声を出すタイミングなどをみていると、小動物とは思えない頭のよさに驚かされた。

 

 水や食べ物を運んできてくれたこともそうだが、何よりもじんときたのは人の心に寄り添うような行動だった。

 私が俯いているとお尻の横にくっついてマリモのように丸まってみたり。眠れないことを明かせばどこからか藍色の布を引き摺ってきてくれたり。

 人間だって皆が皆持っているわけではない優しさを、このこは持ってるんだって思った。

 やってきて暫くすると何処かへ行ってしまうけれど、戻ってくる頃、調度膝を抱えている自分に気付いて、何だか面倒をみてもらっている気分になった。

 本来は逆の立場のはずなのに‥と情けなくもなって、鼓舞されたところもある。

 しっかりしろ、って自分で思えた。


 そろそろ森の中の生活にも区切りをつけなくちゃ。


 小さな背中を撫でながら現実と向き合う準備をする。

 心構えというものは、言うほど簡単なものじゃない。特に今の私にとっては。

 足元の正の字をみると、あと二本で二つ目が完成というところ。

 これが早かったのか遅かったのかは正直よくわからないけれど、ここで止めようという気持ちになれたのは大きな進歩だと信じよう。


「頑張るね」


 挫けないように言葉にした。宣言というわけではなく、そう思わせてくれたこのこへ、精一杯のありがとうを込めて。

 すると膝の上にいたそのこが鼻を上げてキュイとなく。

 やっぱり、通じてるんだね。

 感じる暖かさに泣きそうになった。


 と、膝の上のそのこが今の今まで伸ばしていた後ろ足を瞬時にひっこめたかと思うと、正面に茂る木々に向かって今度はキュイと高く発する。

 私との遣り取りの延長線上には決してないその様子に一抹の不安が過った。

 耳をすませると微かにきこえる‥。鳥の声…?違う、それだけじゃない。

 葉が揺れる音は確実に近付くる何かを伝えているが、ここからでは間の木々が邪魔をして、中々その元を辿ることができなかった。


 どうしよう‥、違う、どうしようじゃない。逃げちゃダメ。人が来たなら、それはむしろ願ってもないチャンスなんだから。


 ざっと一際大きく音をたてた枝に、思わず拳を握り締める。

 大丈夫、言葉が通じなくたってやりようはある。伝える努力もしないで逃げていてはダメ。


 腹をくくれ。

 

 固く瞑った瞼の裏でその一言を浮かべて、ごくりと喉をならす。


 不意に膝にあった重みが消えた。


 離れていく気配に思わず視界を開けば、その先には駆けていくあのこと、黒いつま先。

 ドクンと大きく身体に響く鼓動に、それ以上顔を上げることができない。


 そんな私をどう見ているのか、つま先の主はそこから動くことなく視線だけをこちらに投げかけているようだ。どんな顔で見られているんだろう?やっぱり不審者にしか見えないだろうか‥。折角貰った勇気を、私は発揮できるだろうか。いや、するしかないのだけれど。


 緊張と不安でぐちゃぐちゃになる。

 けれどその沈黙を破ったのは、




「チョビが世話になったみたいだね」



 

 耳に馴染んだ「言葉おと」だった。



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