06
後継とされる王子のお披露目式を終えて数日。
王宮の一室ではその張本人である少年の言葉に頭を抱える者がいた。
「モスだってきたじゃないか!あいつでさえも認めたこの僕を、近衛ごときが拒絶するなどあってたまるものか!!」
まだ幾分幼さの残る声が苛立ちも露わに張り上がる。
つい先日バルコニーから微笑んでいたその顔には、とても民には見せられない真逆の形相がはりついている。吊り上がった眉にわなわなと震える口元は、堪えられないと言わんばかりの憤りを物語る。
それが正当な理由かはさておき、傍に控える中年やや手前の男は、出来るだけ穏便に運ぼうとゆったりとした調子で、言葉を選んだ。
「ごもっともではございますが殿下‥、何もあの者にこだわらずとも腕に覚えのある騎士は他にも」
「いるとでも言うつもりか?シリウス・ガーナーより上が?」
いるはずがない。その眼はそう言っていた。
受けた側もこの問いに是ということができすに、暫しの間言葉を詰まらせる。
「‥しかし、彼は此度の代替わりを機に、もともと退団を申し出ておりました。西の総指揮もそれを条件にこれまで‥‥」
「そんなもの知ったことか!近衛は王族を護るのが仕事だろ、次期王たる僕を護れる以上の誇りが何処にあるというのだ?その誉れを喜びこそすれ、拒むなど‥っ!あってはならないことだろうが!!」
身勝手とも言える主張を当然のように振り翳す少年に、相対する彼の様子は目に見えて沈んでいった。
国の未来を憂う色がその瞳にははっきりと浮かんでいる。
宰相付の文官、ゲイルは改めて痛感していた。
この先に訪れるであろう混乱を
またそれを招くであろう種を
自分ではどうすることもできない‥、と。
今し方目の前の少年が誇らしげに出した名でさえ、本当は同席などしていなかったというのに。
民までもを巻き込んでのこの茶番、なんと嘆かわしいことか。
溜息を飲み込む臣下の心境など微塵も読み取ることなく、既に権力者を気取った少年は面白くなさそうに吐き捨てる。
「三日後の夜会に無理やりにでも出席させろ。公で指名してしまえば奴も否とは言えぬだろう」
「‥畏まりました」
場を終えるために頷きはしたものの、ゲイルには分かっていた。
彼の青年は簡単に退けるであろうと。
それがどんな体を要旨た場であっても、流されてくれるような簡単な相手ではない。
そもそも説得できるものならばとうにしているのだ。手放すには惜しい逸材であるからこそ、床に伏せる現国王でさえも下の者である青年に幾度も「願い」出たときく。
しかしそれでも青年がその意に降ることはなかった。
王の側近たちに鋭い眼差しで射抜かれようと、懇願のそれを向けられようと、彼の考えは変わらなかったのだ。
要らぬ恥を掻くのは間違いなくこの子供。
部屋を辞した彼は扉を背に幾人かを思い浮かべる。
シリウス・ガーナー
近衛騎士団副団長にして西軍の総指揮を任された恐らくこの国で最も才のある若き騎士。
多少子供じみた歳相応の面もあるが、その剣技の右に出るものはなく、有事の際の冷静な判断力は部下の信頼を集めるにも相応しい。
貴族の御令嬢方の間で「ラ・ターナ」と称されるほどの容貌は、他者を寄せ付けない酷薄さを浮かべてもいたが、それすら彼自身を引き立てる一部となっていた。
先陣をかけるその背中は、揺らぐことのない指標のようだと感じたこともまだ記憶に新しい。
『本物の騎士とは、或いはこの国の血筋よりも気高い存在かもしれないぞ』
いつか直属の上司である閣下が仰っていた言葉を思い出す。
国の血筋とは即ち王家を指す‥それゆえとても開かれた場で言えることではないが、
「今四方の護りに就いている四人とその長。そしてあの王子をみれば、確かにそう言えるのでしょうな‥閣下」
騎士団長のジョシュ・タイラーを筆頭に、近衛から選出された四名。
東のアルベルト・ハインリッヒ
西のシリウス・ガーナー
南のミリー・ダイアン
北のセオドア・L・ノーヴィス
「サイモンを含め、若く優秀な彼らが次代を支えてくれるというのなら‥、まだ希望が持てるというものを」
諦めきれない、しかし叶うことも難しい理想に思いを馳せ、後にした部屋を振り返ることなく遠ざかる。
力ない足取りはつくられた影に吸い込まれるように、宮の奥へと消えていった。
次回出会いへ。