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鋼鉄花  作者:
7/11

第五咲 狩猟花

今回はちょっとスケールでかいですよ。


あと、今回だけですが、ちょっと間接的な嘔吐描写もあるので、食事中の閲覧はやめといて下さい(遅い)。

[Klara]

 「その事件」の発端(ほったん)は、いつも通りのはずのテレビのニュースだった。

 最近、どこの国営放送でもセントマイケル帝国『平和省』各庁大臣会議を報じている。それだけ、どの国も帝国の動きを警戒しているのだろう。

 あるいは、ギネヴィア女帝の人気のせいかもしれない。

 目はヘーゼルなものの、ゴージャスな長い金髪に白い肌、文句無しのプロポーションといういかにもお姫様な超絶美人。

 所作は優雅で聡明な教養人。

 冷静沈着で侵略にも否定的。さらに被侵略地域の言語や文化の保護に尽力している。

 これで人気が出ないわけがない。20歳半ばにして既に2歳の姫の母だが、それでも男性ファンは多い。侵略された地域の住民も、彼女に対してだけは同情的である。アッシュさんでさえも、彼女ら親子には危害を加えないと宣言している。

 総督に実権を握られているのが惜しい。

 その日テレビを点けた時にも、彼女は各庁大臣に地域文化の保護を訴えていた。

『確かに現代に合わない風習もあります。しかしそれを無くす為だけに全てを捨てさせるのは、彼ら民族が積み重ねてきた歴史そのものへの冒涜ではないでしょうか』

 名前にそぐわず外交もとい対外侵略を率いている『友好庁』大臣がすぐさま反論する。

『いいや!!我ら西洋人の文化こそが最も高貴なのです!それを説き伏せる事のどこが悪いんです!?』

『それは100年近く前に既に否定された理論、骨董品ですわ。貴方は魔女狩り、宗教戦争、植民地政策なども高尚な文化とおっしゃるのかしら?』

『確かに、植民地政策は宗主国の傲慢な行いでことごとく失敗しました。我々は同じ道をたどってはなりません』

 財政や公衆衛生を担当しており、唯一納得できる名前とされる『平等庁』大臣が女帝に助け船を出した。

 しかし、

『それでは我らの建国理念に反します!我々は、世界を統一し、欧州・北米以外の二流国あるいは三流国を一流の文化を持つ国とするために建国したんですよ!』

『そうですとも!世界解放の為ですよ!』

『民衆は、我々の崇高な理念に協力してしかるべきだ』

『もう種は世界中に蒔きました。我らの勝利は近い』

 立法を司る『正義庁』、宣伝を行う『好意庁』、何か研究しているらしい『英知庁』、よく分からん『福音庁』の各大臣が、こぞって女帝に野次を飛ばす。

 その時、かつて保安官コンビが所属していた(今はやめる予定らしい。命令に逆らったら死あるのみという職場からはどう退職するのだろうか)、民衆の監視を務める『安全庁』の大臣が、不意にサッと手を上げた。

 すると、彼を取り巻いていた保安官らが、女帝に向けて銃を突き付けた。

『なっ……!どういうつもりなのです!?』

 ギョッとして後ずさる姫を見やり、男はニヤリと笑う。

『もし逆らうなら、貴女も反逆者ですよ。女帝陛下』

『――っ!!』

 ギネヴィア女帝は、歯を食いしばり拳を握り締める。顔面は炎のごとく赤みを帯び、体は震えている。

『……もう勝手になさい!!』

 ついには彼女は席を蹴り、ドレスを翻して立ち去ってしまった。

『あっ!ちょっ、陛下!』

 引き留めようとしたのは2~3人で、あとはすっきりした面持ちだった。

 ただ、そんな様子を、銀髪をオールバックにした眼鏡紳士風の男、クリフォード・アンダーアース(噂によると仮名らしい)総督は冷たく見据えていた。

 彼はあくまで冷たく、ぼそりと呟く。

『それでは本題、「Psyche」の討伐についてだ』

 画面の向こうにもこちらにも、ざわめきが起こった。

『「Psyche」といったら、あのアンドロイドの女共か!』

『向こうは機械人間とはいえ、妙齢の女性が多いんですよ?そんな連中の元に軍隊なんぞ送り込めば、我々に批判が集まります!』

「何で!?」

「私達は何もしていないわよ!?」

 しかし、アッシュさんだけは、冷静だった。

「――ついに『平和省』も動き出したね……」

『しかし、奴らは危険です。我らが最悪の敵、「Olive Branch」と接触しており、我々に対して明確な敵意を表明しています。それに、「福音庁」が行なった調査によると、イタリアでは敵う者はいない戦闘集団だそうです。早めに手を打っておかないと、後々取り返しのつかない事態になるやもしれません』

『なるほど。それがこの資料か。だが、たかだか十数人、「Olive Branch」を含めてもせいぜい40人強という集団だ。それを倒すのに1000人は多すぎるのではないか?』

『念には念を入れてです。ナポリ近辺には力の強いマフィアも多いですから、奴らと組まれても対処できるような人数が必要でしょうし』

『海軍はいらんな。陸と、空を少しか』

『そうしましょう。爆撃機を導入すれば早く片付くでしょう。向こうが空の戦力を確保しているとは考えにくいですから。SEUの各国も、我々の側にはつかないでしょうが、かといって向こうに協力もしないでしょう』

『ただ、精鋭を導入すべきだろうな』

『そうですね。ただ、精鋭ばかり投入すると、万が一、絶対にあり得ないでしょうけれど万が一、我が帝国軍が敗北した時に状況が苦しくなるので、そこ辺りは調節しましょう』

 総督と『友好庁』大臣の掛け合いの後、また別の話に入った。

 リーネ達は呆然として、画面を虚ろに見つめていた。

 ただ、イレーネさんだけが、冷静にアッシュさんと何やらひそひそ話していた。


 『友好庁』が正式に『Psyche』の討伐を発表したのは、その翌日の事であった。

 その日、私はあの酒飲みカモッラ、ロッセリーニ・ファミリーのボスと酒場にいた。

 例の発表を知ったのは、そこのテレビで、だった。

『えー。我々「平和省」は、えー、正式に「Psyche」の討伐を決定しないわけにはいかない状況となり、えー、彼らは一見穏やかであるものの、我々の敵である「Olive Branch」に接近しており、えー、彼らは我らの理念である世界解放に対する大きな障害となるといっても過言ではなく、えー……』

 よく言うよ、と呟いてしまった。

「『えー』っちゅーの消してもよう意味分からへんがな」

 隣でボスが一言。まぁそうですわな。

 次には、アナウンサーが専門家と話していた。

『先生、「Psyche」とは一体何ですか?』

『現在の人間と過去の歴史的人物の記憶をインストールされた、人間と瓜二つの精巧なアンドロイド、「鋼鉄花」の先駆的存在ですね。2013年に脳科学者、故ルドルフ・シュタイナー博士とその妻で技術者の故荻野若葉さんの手によって創られて、元々は人に愛してもらう目的のものだったのですが、シュタイナー夫妻が殺害されてからは、その仇を討つために武装し、今やイタリア全土が恐れる存在です』

『そうですね。ただ、住民に対しては非常に友好的なので、うまく犯罪者、もっと言うとシンジゲートなどに対する抑止力として機能しています。ナポリにおいて単純な戦闘力で彼らに(かな)う存在はいないうえ、経験のせいか非常に不条理を嫌うので、仮に市民に卑怯な手で危害を加えようものなら、容赦なく攻撃されますからね。現に、この間マフィアが1つ潰れましてね。イタリア全土に悪名が届く大組織が、それもたった2人の手によって、です』

『え!?』

 アホ丸出しな反応だが、仕方ない。私だって驚いたし。

 2人ってのは、実行犯のリーネと露払い役のイレーネさんか?

 今度は別のアナウンサーの質問。

『あ……えっと、実際問題、イタリアの犯罪は減っているんですか?』

『ええ。例のマフィアが潰れてから、ナポリどころかイタリア全土で犯罪が減りました。劇的にです。やはり、遠く離れた町にいるとはいえ、怖いんでしょうね。ですからもう、警察も野放しですよ。特に彼ら自身は悪くはありませんから』

『なるほど……』

「――まあ確かに、わてらもあの子らとは衝突せえへんようにしとるわ」

 ボスが、不意に呟いた。

「そうなんですか?意外」

「どこが意外やねん。わてらもぎょうさん気い使っとりますで。あの子らほんまにええ姉ちゃんばっかやし、あんま戦いとぉないんですわ。……んー……。ほんまやったら今回の件、あの子ら後押ししたいねんけど、ほんだらイレーネちゃん嫌がんねん。でも気持ちは分からんでもないわ。多分やけど、ゴタゴタ終わって落ち着きよったらドイツに帰るつもりなんやろな。せやから借りは作らへんでって」

 そこで彼はグイッとウイスキーを飲み干した。

「あーめっちゃうまい!」

 あまりにも溌剌とした笑顔に、こちらもつられてニンマリしてしまった。

「お、兄ちゃん、やっぱわろた方がかわええやん!」

「…………え?ああ、はい……」

 忘れてた。リーネと再会してからもっぱら女扱いされてたから忘れてた。そうだ。私は世間では男なのだ。

「どないしたん?」

「や、何でもないです」

 ……これからどうしようか。

 兄様のあの反応で、防衛など無駄だという事は分かった。かと言って、仕事上男装をやめるのは躊躇(ためら)われる。

 しかし、ありのままの自分を解放したいのも事実だ。

 ……決めた。何がともあれ、今日から髪を伸ばしてみよう。まずはそれからだ。

 少し身が軽くなった。そんな感じがした。



[McCartney]

 実に不愉快だった。

 彼、ダグラス・マッカートニー(ポール・マッカートニーとは縁も所縁(ゆかり)も無い)は、自信過剰で傲慢な、野心に富んだ男だった。

 彼はアメリカ陸軍、そしてセントマイケル帝国陸軍で、富豪の娘であった過保護な母親のコネもあるものの、ほぼ自らの士官学校首席卒業を勝ち取った頭脳と運動能力で、弱冠40歳にして中将まで成り上がった。

 そんな彼の今回の任務は、あろうことか1000人の軍隊で若い女ども十数人を倒す事なのだ。これでは彼のエベレストより高くそびえるプライドが傷つけられてもおかしくない。

 上司は懸命に、これは決して簡単な事ではないと熱弁していたが、これはどう考えても、そこら辺の動物園のサルにでも出来る任務としか思えない。

 セントマイケル帝国の輸送船のデッキ、そこで黒髪に灰色の目の美丈夫は、煙草(たばこ)を引っ切り無しに吸ってはデッキの床に捨てて足でねじり消している(いい大人は真似をしないでね)。

「……俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ……!?この任務が終われば、あのふざけた愚かな上官どもに一矢(いっし)報いてやる……!!」

 マッカートニー中将は苛立ちも露わに、最後の煙草の火を靴で踏み消した。



[William]

 一方、カリフォルニア州はアラメダ郡の小さな町、かつてGMとトヨタの合弁会社NUMMIの工場があったがあっても無くても少々田舎っぽい町、フリーモントでは、(さか)りの過ぎた三十路(みそじ)男がソファーに身を預けて物想いに(ふけ)っていた。

 彼はウィリアム・クラーク・ハリソン。生身の人間でありながら『種』を脳に植え付けられた人型生体兵器、『Adam』の1人である。

 しかし今となっては、彼を人間でも『鋼鉄花』でもない存在にした張本人、『Ultrasonic』とは絶縁し、同じ存在であった仲間も失い、自分の元部下である青年、キース・ハッチソンと、かつて聖ミカエル島で殺人を働いていた少年、トレバー・ロギンスとダラダラした締まりの無い生活を送っていた。

「ですが、ダラダラした生活の方が心地良いです。あまりにも生活がめくるめく変わったら疲れるです」

「おい。めくるめくっつったら、目が回るって意味だぞ。というか、動詞が2個連なってるぞ。日に日に、の方がいいんじゃないか?」

「あう」

 キースは、先天的にちょっと変わった子である。

 1. 他人の感情を読みとるのが苦手。

 2. こだわりがやたらと強く、臨機応変な対応が苦手。

 3. 趣味や興味のある事に対する集中力はすごいが、逆に興味の無い事に対してはすぐに集中が切れてしまう(彼は機械が大好き)。

 4. 感覚が偏っており、体の動かし方をよく知らない。

 5. 記憶力が高い。

 6. 大きな音、強い臭いや光、いきなり触られる事を嫌がる。

 7. 早口の言葉や文字の認識が苦手。

 これらの特徴はアスペルガー症候群によくあるものらしいが、大部分の人と同じように普通に生活している。というか、ウィリアム的にはそんな事関係ない。

 一方のトレバーは、13歳の時に島に渡って以来3年間にわたって殺人を行なって来た。しかし『安全庁』に捕まって拷問を受け、拘禁精神病という一過性のストレス障害を発症してしまった。そのため島外の病院に入院させられ、解放されて症状が治まった数日後に退院した。

 彼をここに連れてきたのは、ウィリアムの盟友であるベルンハルトであった。彼は少年の父の知り合いでもあるが、父は彼を引き取ろうとはしなかった。というのも、少年の父、バーナード自身も殺人を重ねており、色々と悪い要因が重なって結果的に彼を犯罪の道に引きずり込む一因となってしまった多重人格症のせいで入院していた過去を持つのだ。彼は未だに、凶暴な人格が残っていて息子を殺すかあるいはさらなる犯罪に誘ってしまうのではないかと危惧しているのだった。そこで、父の知り合いのまたその友人の家で、社会復帰前の模擬実習をする事になった。

 てなわけで、ウィリアムはベルンハルトのせいで、2人もの少年の面倒を見るハメになってしまったわけだ。

「ウィリアムさん。『Psyche』とセントマイケルがドンパチするって」

「ん?」

 まだギクシャクした調子の敬語に促され、テレビを注視する。

 すると確かに『友好庁』の大臣が会見で、えー、我々はー、『Psyche』をどうのこうのーとか言ってた。

「本当にやりやがるのか……」

「どうしたんですか?」

「知ってたですか?」

「んー……。噂にゃ聞いてた」

 ウィリアムは苦笑いしつつ、手に持った1通の手紙に目を落とす。

 封筒の差出人欄には、こうあった。


『St. Micheal Empire Department of Friendship』



[Klara]

 酒場から帰って来た私は、さすがに立てばふらつくほど酔っていた。

 自分の酒代?私が払いましたよ。だってブラッディ・メアリー10杯飲んじゃったんだもの。

 私はどうも、世間で言う酒豪らしい。挨拶代わりにハイボール1瓶空けた時には、さすがにロッセリーニのボスも驚いていた。

 しかし、ブラッディはウォッカがベースのカクテルだ。結構キツイ。

 アパートに帰り、シャワーをサッと浴びるとベッドに直行した。

 ゴロリと寝転がっていると、枕元に置いてあった携帯電話が鳴った。

「んも~……。誰からぁ?」

 イレーネさんからだった。

「もしもしぃ?」

『クララ君か。初めましてかもしれないね』

 声は彼女……のはずだが、何か違う。男口調だし。

「裏人格さんですか?」

『そうだ。ご名答だよ』

 となると、あの聖ミカエル島と三角形になる島になにやらトラウマティックな思い出があるあの人か。

『随分と機嫌が悪いらしいね。どうしたんだい?』

「カクテル10杯空けたら、フラッフラになってしまいまして」

『羨ましいね。僕は下戸でな』

 うっそぉ。めちゃめちゃ飲みそうなのに。

『煙草は飲んでいたがね。……あぁ、そうそう。本題なんだが』

 忘れてた。

『今宵7時より大事な話がある。是非とも来てほしい』

「あの討伐話ですか?」

『もちろんだ。今うちの嬢ちゃんはその事で頭が割れそうになっていてな。だから代わりに電話したわけだ。僕も相談には乗っているが、戦略面では自信が無いのでな』

 へー、そうなんだー。

『しかし、戦闘では大いにサポートさせてもらおう。これでも軍人なのでな、運動能力では自信はある』

 うそん。運動オンチそうなのに。

『さすがに若い者には負けるだろうけどね。――あぁ、アッシュ君か。それじゃあ切るよ。7時までゆっくり休んでくれ』

「心得た」

 電話を切る。

 あと4時間くらいは寝れそうだ。

 私は、携帯電話(超薄型の3D&タッチパネル仕様)を枕元に放り投げ、再びベッドに飛び込んだ。

「そういえば、元米軍兵のアッシュさんとあの人って、馬合うのか……?」



[Ash]

「ごめんくださーい」

 アッシュは『Psyche』のトップ、イレーネに相談に来た。

 しかし、

「あぁ、アッシュ君か」

 彼女の様子は、どこかおかしかった。

 まず、声がいつもよりかなり低い。口調も男っぽいし、自分の呼び方も違う。

「本当にイレーネさんですか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるね。何せ、彼女の裏人格なんだからな」

「え!?」

 いるとは知っていたが、実際に話すのはこれが初めてだ。

「だ、誰なんですか?」

「君は米軍兵かい?それなら僕は名乗らない方が良いね。まったく、もう100年経ったってのに、まだ恨みを忘れていないでやんの」

 声は低く優しそうだったが、どこか擦れた、吐き捨てるような喋り方だ。

「嫌がるか否かは聞いてから決めます」

「ふーん……」

 すると『彼』はゆっくり自らの名を名乗った。

 アッシュの眼差しが、冷たいそれに変わる。

 と、彼は突然その男に向けてライフルをぶっ放した。

「だから言わない方が良いと言ったのにな」

 向こうは、苦笑いして弾をさらりとかわす。

 対してアッシュはというと、涼しい顔で、だが忌々しげに『彼』に鋭い眼光を投げつけていた。

「父さんから噂は聞いていたよ。かつてのアメリカの宿敵だったんだってね。別に個人的に恨みは無いけど、アメリカ軍代表として、君には少し痛い目に遭ってもらうよ」

「結局他の兵士と同じか。行動原理がまるで分からない。要するに父親の言いなりだろう?」

 再び銃声が響く。

「短気だな」

 『彼』はあくまで顔色を変えずに、また弾丸を()ける。

「僕は父さんの言いなりじゃないよ!『Olive Branch』に入ったのもトップになったのも、全部友達のためだ!父さんのためじゃない!ふざけた事ばかり言ってるなら殺してやろうか!?」

「――へぇ……」

 激昂しかねなかったアッシュの心が、一瞬にして冷やされた。

 一瞬、『彼』が飛んだように感じた。

 次の瞬間には、『彼』はライフルの銃身に立っていた。

 重さを感じたと思ったら、このザマだ。

 『彼』の澄んだ瞳が見える。

 澄み渡り過ぎて、心の中まで読まれているような錯覚に陥る。

「……どうした?」

 頭が真っ白になる。

 何かが、違う。

 これからどうすればいいんだろうか。

「おかーしゃーん!大丈夫?」

 ビクッとなって、後ろを見る。

 そこにいたのは、オロオロしたロッテだった。

「お母しゃん、あのね、お母しゃんの部屋から、銃で撃ったみたいな音したから、大丈夫かなって、見に来たの」

「そうかそうか。確かに撃ってたぞ、こいつが」

「あ、え、おじしゃんですか。え、アッシュしゃん何で撃ってたんですか?だめですよ、人を撃ったりしちゃ。おじしゃんもケンカはやめて下しゃい」

「わーったわーった。僕らは大丈夫だ。帰っていいぞ」

「仲直りして下しゃい!」

 おー。喋りに似合わずしっかりしてるじゃないか。

「ごめんなさい」

「いや、こちらこそ」

「そこから降りてから謝って下しゃい!」

「は~い……」

 もはやどっちが子供なんだか。

「すみませんでした~っ!」

「一件落着です!」

 ニコニコして去るロッテを、『彼』は優しい眼差しで見送った。

「あいつ……何だかんだ言って大人になってるな……」

 本当の親子みたいだ。

「あぁ、そうだ。うちの嬢ちゃんは君らと手を結ぶ予定らしいね。人事は現在考え中だ。あと……確かもう少しでジャクリーヌ君の誕生日だろう?プレゼントなんかあげた方がいいんじゃないか?」

「――あ」

 そうだ。あと1カ月くらいで彼女の誕生日だった。

「おなごってのはプレゼントに弱いからね。誕生日やクリスマスには、何かあげておいた方が良い」

 こらこら。それはナンパの理論でしょうが。まあ大体あってるけど。

「でもどうしようかな?」

「別にオリジナルの香水でもいいんじゃないか?材料はまだあるんだろう?」

「あ!そうか!」

 そういえばこいつ、最近全然本業に手ぇ付けてなかったな。

「ありがとう。早速やってくる!」

「…………気が早いな……」

 『彼』は今度は呆れて、小走り気味のアッシュを見送った。



[Sergio]

「気が早いな……」

「べ、別にお前を待ってたわけじゃないし!」

 セルジオがいつも通り壁のブラインドを解除すると、カーチャがべったり壁に張り付いていた。ちょっと可愛い。

 壁を開ける。

「最近調子はどうだ?」

「それはお前が一番知ってるんじゃないか?」

 よく見れば、彼女の顔は上気していた。

 セルジオは少し間を置くと、透明な壁を叩きつつ言う。

「朗報だ。少し事情があって、お前を解放する」

 少女は一瞬ポカンとした。

「え、何で?」

「それがな……。近々俺らとセントマイケル帝国とが一戦()わす事になってな、この建物を空けないといけないんだ。向こうの軍が攻めて来るやもしれんしな。壁の向こうの研究所本体には攻め込まないだろうが……。だからお前も危ないだろうから解放する事にした。ゴタゴタが終わったらまた逮捕なんてそんな辛気臭えマネもしねぇ。もう無罪放免だ。悪くないだろ?」

 すると、どういう風の吹き回しか、カーチャの表情が少々曇った。

「おいおい、どうした?いや、もし戻ってきたかったらそれでもいいんだぞ?」

「な、何言ってんだ!?別に寂しくもねえし、そもそもお前の事嫌いだし、むしろせいせいするぜ!!」

 慌てて差し伸べたセルジオの手を振り払い、彼女は壁を抜けて走り去った。

 残された彼女は、空っぽになった部屋を見渡した。

 重い吐息の音だけが、(むな)しく響いた。



[Klara]

 6:30に起きた。

 急いで身支度、アパートを出る。

 そこで、見覚えのある少女とすれ違った。

「ん?カーチャちゃんじゃないか」

「あ、キアラ……や、クララだったな」

 あれ?何でこの子がこんな所にいるんだ?

「解放された。研究所にいたら危ないからって」

「家はあるのか?なんなら泊めてやるが」

「ある。信乃(しの)とルームシェアしてる。ここのすぐ三軒隣り」

「近いなぁ」

 あのアパートか。結構最近に出来たから綺麗なんだよな。セキュリティもしっかりしてるし。高いけど。

 ま、でも今時、都市って警官でも1人で夜歩けないような治安の悪さだしな。少々高くてもセキュリティがしっかりした所に住まないと。

「でも、解放されて寂しくないのか?」

「なっ……!」

 急に彼女の顔が赤く火照(ほて)った。

「さ、寂しくなんかないよ!むしろ解放されてもう嬉しいったら!」

 ……あれ?ひょっとしてこの子、一般名ツンデレってやつ?珍しい。

「それじゃあもう帰る!」

「あ~い」

 彼女は顔を真っ赤にして走り去った。

「そんじゃ、もう行くか」


 集会場に着くと、『Psyche』・『Olive Branch』両者が緊張した面持ちで集まっていた。

 何となく、リーネとガウェインさんの間に座った。

 間もなく、イレーネさんとアッシュさんが静かに入って来た。

「今日は皆さまお集まりいただき、誠にありがとうございます。早速本題ですが、今日セントマイケル帝国の『友好庁』が、私達の討伐の為軍を派遣すると発表致しました」

「すいません。その期日と人数を教えて下さい」

「2週間後に、1000人の軍を送り込んでくるようです。どう贔屓目(ひいきめ)に見ても、私達13人では勝てません。そこでまず、日頃より交流のある『Olive Branch』の皆さまにご協力いただく事になりました」

 会場が、惜しみない拍手で沸いた。

 今度はアッシュさんがマイクを取る。

「しかし私達を合わせてもせいぜい40人強で、これでもまだ足りません。ヨーロッパ中の反『平和省』団体が協力を申し出てくれてますが、それでも100人にも満たないでしょう。しかし、ナポリに多くいるシンジゲートに借りを作ると後々厄介です。最新兵器を導入したとしても、向こうも最新兵器で対抗してきますからね。救いと言えば、兵力で劣る軍が大軍に勝利した例が世界中にあるという事くらいですか」

「そこで私は、名将を『種』に持つメンバーを指導者とする事を提案します。――カロリーネ・フォン・メンデルベルグさんです」

「えええ!?私ぃ!!?」

 隣のリーネが、ガタンと椅子を蹴って立ち上がった。

「いや、えぇ!?何でですか!?」

「貴女の裏人格は、日本でも有名な名将でしょう。あんなに戦の天才と呼ばれる人間が多いのに」

「で、ですが馬の時代の人が、出来ますかね?」

「大丈夫。いつになっても人間は変わらないわ」

「んー……まぁそうでしょうし、九郎さんもやりたそうにしていますが、国際法とかは……」

「貴女の生まれる前に廃止されたでしょうが。だから九郎さんの暴れる余地は十分あるわよ。それに、噂によれば貴女だって東西戦争で夜襲かけたらしいじゃない」

「そこを突かれると……。――分かりました。やってみましょう」

 場が、少しざわついた。

「でも、新人さんにいきなり大将になれというのは、いくらなんでも……」

「もちろん反対はしません。今一番頑張ってくれてる子ですから。ですが、サポートを付けてあげた方がいいんじゃないでしょうか。彼女の裏に匹敵するような人間とか」

「そうね……。私としては、正確に言うと『Psyche』ではないけど、セルジオなんてどうかしら。貴女自身はいい?」

「いいですよ」

「なら、このお2人に私達の軍を率いていただきますわ」

 拍手の中、リーネは苦笑いを浮かべていた。


 帰る間際、アッシュさんに呼ばれて彼の部屋に入った。

 彼がジャクリーヌさんと住む3人部屋は、寝室がベッド1つ分板で仕切れるようになっており、ちょっとした小部屋になっていた。

「あら。クララちゃんじゃない。アッシュ、仕事部屋に連れ込んで浮気なんてしちゃダメよ」

「しないよ」

 悪戯(いたずら)っぽく笑うジャクリーヌさんに、彼氏もタジタジのようで。

 部屋の中は、他が綺麗すぎて乱雑に見える。机の周りの棚には精油の小瓶がズラリと並んでいた。クローゼットやベッド(棚の関係で少し移動させていた)は部屋に元々あった物で、籠もって仕事をする時に使うらしい。

 入るなり、プンと花の良い香りが漂って来た。

「女性のみんなに、この3つの内どれが好きか聞いているんだ」

 3つの匂い紙を渡される。

 1つ目は、フルーツの香りをミックスしたもの。

 2つ目は、木の香りをベースにしてハーブの匂いを少し混ぜたもの。

 3つ目は、花の香りをベースに、少し木の香りを入れたもの。

 どれも捨てがたい。

「3番……ですかね?」

「ありがとう。……大体の人が3番だな……」

「でも、調香師が人に香りの好みを聞くなんて珍しいですね」

「プレゼント用なんだ」

「誰にですか?」

「えっと……言えない」

 しかし、赤く染まった顔を見れば、大体予想出来た。

「それじゃ、頑張って下さいね」

 部屋を出ながらも、ちょっとニヤリとしてしまった。


 翌日、私、アッシュさん、ジャクリーヌさん、マイリーさん、イレーネさんの大人数で「高野工務店」を訪れた。

「よぉ、マイリー」

「久々じゃねえかミハイル!」

 御無沙汰のカップルが熱くハグした。

「あっちいな~。お、アッシュにジャクリーヌも久し振りだな。そこの嬢ちゃん……えっと、キアラだっけ」

「ごめんなさい。あの時はそう名乗りましたが、本当の名前はクララなんです」

「クララ?……ああ、確かキアラってクララのイタリア語版だったな。――ところで、そのお嬢さんはどちらさんの娘さんで?」

 慣例通りのお辞儀をするリーダーであった。

「私はイレーネ・モルゲンシュテルンという者です。『Psyche』のリーダーを務めております。今後ともよろしくお願いします」

「は、はぁ……。俺は石原剛だが……」

 彼女の肩がヒクッと動いた。

「……え!!?あの石原さんですか!?あの『青空と焔』の!?」

「ま、まあな……」

 このような女性らしい女性に接するのは慣れていないらしい。少し照れ臭そうだ。

「ところで、今日はどのような御用で?」

 マイリーさんとキャッキャウフフ状態だったミハイル君が戻って来た(現実に)。

「貴方がたもご存知でしょうが、セントマイケル帝国が私達『Psyche』との交戦を決定致しました。しかし私達は携帯武器しか持っておりません。申し訳ございませんが、貴方がたに兵器においてサポートをお願いしたいのです。ただとは言いませんから……」

 ビクビクしている彼女を見下ろし、石原さんはニコリと男らしい微笑を浮かべた。

「当然だ。ロハでも良い。いや、むしろ参加させてくれ。俺も一応『Olive Branch』の一員だ。出来れば久し振りに飛んでみたい」

「ほ、本当ですか!!?」

 パッと、イレーネさんの表情が華やいだ。

「ああ!よろしくお願いするぜ、リーダーさんよ!」

「はい!」

 互いに、固い握手を交わす。

 その直後であった。

「ん?何だあの音」

 飛行機の風切り音が聞こえてきた。

 しかし何かおかしい。プロペラ音も響いている。

「プロペラ航空機!?そんな馬鹿な!!」

「あら。何でしょう」

 皆、外に出て空を見上げる。

 近所の人間も目を丸くして空を指差している。

 すると、見覚えのある機体が目に()まった。

 あの、ハンナとかいうパイロットの爆撃機だ。爆破されたはずの飛行機が、白昼の空を飛んでいた。

「Ju-87!!?骨董品ってレベルじゃねーぞ!!」

 へー。あれってそんな名前だったのか。

 そのユンカースなんとかは、なんと私達の目の前に降り立った。

 強風が吹き荒れる。

 降りてきたのは、意外や意外、金髪碧眼で長身の、飛行服を着た20代半ばと思われる美女であった。クールな感じですごく綺麗。

 彼女の正体を知りたい。

「姉さん!久し振り!」

「姉貴~!」

「アッシュにマイリー!元気だった?」

 !!??

「まさか……兄弟、ですか?」

「そうです。私はグウェン・クロードという者でして、『Olive Branch』の一員です」

 どちらにしろ味方だった。

 彼女は、そこで指を鳴らす。

 チラリと、飛行服の襟元の隙間に首筋が見えた。

 そこには、『Athena』のシンボルマークである矛があった。

 兄妹はあっと声にならない叫びを上げ、表情を曇らせた。

 そうだ、彼女の表人格は既に死んだと聞かされた。もうこの2人の姉は帰らぬ人なのだ。

 グウェンの人格が変わり、顔も自信に溢れたそれになった。

「君達とは、あの島からの脱出の時に会った以来だな。あの時は自己紹介すら出来なかった」

 ドイツでは人気のある軍人さんだが、他の国ではどうなんだろうか。確か日本では、某政治麻雀漫画に出たり、女体化されて某パンツじゃないからはずかしくないアニメとか美少女ゲームに出たりしたらしいけど。

「さて、リーダーは研究所か?」

「いえ、ここにいますよ。しかしこんな所で話すのもなんなので、1回研究所まで戻りましょうか」

「ぜひそうしてくれ」

 リーネと一悶着ないか、少し心配になった。


 集会場についた私達――正確にはグウェンさんに、リーネは仰天していた。

「え!?あなた……、壊れたんじゃないの!?あの爆発の時に……」

 ……そうか!確か彼女は爆発に巻き込まれて……。

 どうやってあの状況から……。

「頭はやられなかったからな。後で自力で逃げた。まあそんな事はどうでもよろしい。とりあえずシャワーとスピリッツを寄越してくれ。牛乳味で頼むぞ」

 あーそれなら……いや、やっぱりおかしい。頭は無事だったからって体はただでは済まないでしょうが。

「どうしました?お嬢」

 ガウェインさんが来た。

「あのパイロットですか?確か『Olive Branch』の一員でしたっけ。なら私達の味方になるんですかね」

 冷静な人がいるって安心する。

「こうなったのは死んでからです。昔はギャングでしたよ」

 マジでか……!

「ご名答だ。私達は、奴らが君達の元に攻めてくると知って、昔兵量チート共と戦っていた記憶が蘇ってな、多勢に無勢許すまじと加勢に来たわけだ」

「――姉御は、いかがですか?」

「もちろん良いですよ。――さて、貴女が良ければ、作戦会議をしましょう」

 そこで、イレーネさんは指を鳴らした。

 裏人格は、フゥと伸びをするなり、遠慮無しに言い放った。

「1つ聞きたい。君は未だにあんな物を使っているのかい?」

 グウェンさん(正確には『種』の人)は、腹を立てるそぶりも見せなかったし、案外気にしていないらしい。

「残念ながら、私が監修した機は急降下出来ないからね」

「やめておいた方が良かったんだぞ?急降下なんて。あれは肺が出血して寿命が縮むんだ。もしかしたら、君の相棒の医者だって、決死の覚悟で君について行ってたかもしれないぜ」

「早く言って欲しいね。もうどっちも60そこらで死んでしまったよ。それに、生きた人間ではないんだから何やってもいいだろ?」

「……そう言われたら立つ瀬ないな。せめて新しい爆撃機に替えないかい?」

「それなら、石原にやってくれ。彼は良い男だよ。良いパイロットだ」

「そうか。なら君には対陸中心で動いてもらおうか。ただし、石原君が危なかったら加勢してやってくれ。詳しい指示はそこのカロリーネ君から受けてくれ」

「ええ!?私ぃ!!?私も九郎さんも空は守備範囲外ですよ!?」

 たまげるのも無理は無い。彼女、実は数えるくらいしか、というのも1往復しか飛行機に乗った事がないのだ。

「なら仕方ない、彼らに自由に動いてもらおう。ただ、効率を良くするためにも作戦は教えてあげてくれ。通信機を持って行こうかな。空からの方が戦場の全体像が見えやすいだろうから、その情報があった方が作戦を練りやすいに決まっているからね」

「それでは、通信機を4つ、手配しておきますね」

「よろしく頼むよ、ガウェイン君」

 と、ここでリーネとセルジオさん(後からのそっと現われた)から追加注文が入る。

「ごめん。人形100体、精巧なのをお願い」

「人形?……なるほど、作戦用か」

「マッチとガソリンも、大量に仕入れてくれ」

「マッチよりライターの方が良くないか?あと、火矢はいるか?」

「それも一応頼む」

 イレーネさんは彼女達を笑いながら見つめていた。

「どうも古典的な戦いになりそうだね。しかし、今の兵は鎧すら着ていない。効果は低くないだろう。戦車もグウェン君達にとっては獲物かおもちゃでしかない。そうなると待っているのは、最新科学と東洋の伝統芸の一騎打ちか」

 2人の司令官が不敵に笑う。いや、もしかしたら無敵と言った方が良いかもしれない。

「ハイテクを制するのは結局ローテクですから、ポッと出には負けられないですよ」

「奇襲の条件は、味方の状況が明らかに不利な事、そしてそのせいで相手が油断している事です。今回はどちらの条件も満たしています。奴らの荒肝をブッ潰してやるには丁度良い」

「よし。作戦は大体整っているらしいな。少し僕にも教えてくれないかい?」

 ――戦いまで、あと1週間も無い。



[William]

「えらく荒れた会議だな……」

 結局ウィリアムは、例の『友好庁』からの手紙に従い、帝国軍の会議に来た。

 もちろん罪悪感はあった。いや、今でもある。彼は、ベルンハルトだけではなく、むしろその妻との方が縁深いのだ。もっとも、敵として、だが。それでも、今は何だかんだ言って協力してしまっている。

 躊躇(ちゅうちょ)しつつベルンハルトに相談すると、なんとまあ、答えは「OK」だった。

「君の立場で申し出を断るのは危ないと思うよ。それに僕達は、むしろ向こうの出方を知りたいんだ。出来たら報告して欲しいな」

 言ってみれば、彼は即席のスパイなわけである。相手もそれは承知だろう。

「しかし、この状況どう伝えればいいんだ?」

 というのも、将官共が荒ぶっているのだ(決して他意は無い)。

「士官達は、『なぜ十数人の女を倒すのに1000人もの軍隊を使うのか』と不満を述べておる!これではまとまらんだろう!」

「この出資は多すぎる!削減すべきだ!」

「なぜ我々陸軍が1000人出すというのに、空軍は10も出さんのだ!!」

「向こうが航空機を持っているとは考えにくいからである!かくいう君達はどうかね?戦車100台配備など、臆病者の思考ですな!!」

「ええい!黙れ黙れぇっ!!」

 これはひどい。(はた)から見れば、単なる罪のなすり付け合いだ。

「――まあ、その事は後にしたまえ。さて、ハリソン氏は連中について情報を持っていると聞いたが、教えてくれんかね」

 いきなり、かなり上から目線のフリが来た。確か、ダグラス・マッカートニー中将だ。

『……俺ァ、あいつみてぇな奴は好かん。マックの野郎を思い出しちまう』

 不意に、ウィリアムの『種』が囁きかけてきた。

『アイクは良い奴だったんだが、あいつは俺の部下も嫌っていたな』

「似ているんですか?」

『そっくりだぜ?イラッとくるくれぇにな』

「……何を1人で話している」

「え?ああ、すみません」

 マッカートニー中将に白い目で見られ、慌てて気を取り戻す。

「まず、元々リーダーであり生前開発者の娘でもあったイレーネ・モルゲンシュテルンですが、あれは危険な女です。普段は連中の中でも一番しとやかなんですが、怒ると手に負えません。戦闘力は表人格も裏も高いと聞きますから。あとは、カロリーネ・フォン・メンデルベルグについてですが、イレーネから聞くに……」

「すまん。先に『Psyche』自体の事も教えてくれ」

 空軍少将の一言に、彼は脱力してしまった。

『こいつら、何も調べてねえのかよ。……詰んだな』

「『Psyche』ですか?脳科学者のシュタイナー博士と技術者であるその夫人……若葉さんだっけ?とにかく博士夫妻が、人に愛される事を目指して作った、人間と瓜二つのアンドロイドです。元は夫妻の娘が、生前日本で教師をしていた時に原子爆弾で被曝して……間もなく白血病で帰らぬ人となったんですが、彼女を復活させようと夫妻が開発したのが最初だったわけです」

「戦闘力は?」

「どうやら、イタリアでも随一のようです。マフィアもちょっかいを出せないとか」

「なるほど。ありがとう」

 ここで、またマッカートニー中将が首を突っ込んできた。

「さて、話はカロリーネ・フォン・メンデルベルグの事だったな。続きは?」

「あいつは2025年にドイツで勃発した東西戦争で一族の先頭に立って活躍し、最後には捕縛されたものの、今やドイツを代表する女性戦士として有名です。『種』も日本を代表する名将であり、死後850年近く経った今もなお、色々な小説や漫画の題材となっているようです。……しかもこの男、味方が不利になればなるほど力を増す恐ろしい男だと言われています。注意した方が……」

 しかし、中将はまるで聞いていなかった。

「注意などいらん。貴様ももう帰れ。用は済んだ」

 その時、ウィリアムの心が体から離れていく感覚を覚えた。

 彼の『種』が、体の主導権を得たのだ。

「テメッ……!ふざけんじゃねえ!!」

 彼は、他の軍人共に目もくれず、中将目掛けて拳を振るおうとする。

『やめろ!』

 ウィリアムは咄嗟(とっさ)に左手を動かさせ、今にも殴りかからんとする右手を押さえた。

『やめて下さい!今彼を殴ったとしても何一つ変わりません!あちらに睨まれるだけです!』

「……くそっ!」

 右手の力が弱まり、苛立ちも露わに振り下ろされる。

 陸軍少将の1人が首を傾げた。

「ん?何をしている?」

 隣の部下は冷笑していた。

「あの男は『Adam』の最後の生き残り、ですから1人分の脳に2人分の人格があるんですよ。お分かりですかな?」

 知らなかったの?とでも言いたげだ。

 すると、

「無礼者!!」

 少将が、部下の頬に平手打ちを喰らわせた。

「ちょっと私より物を知っているからと言って図に乗りよって!!」

「ちょっ!やめろ!!」

「止めろ止めろ!!」

「こん畜生!放せ!!」

 なおも部下に殴りかかる彼を他の軍人達が被害者から引き離した。

 その光景をまざまざと見せつけられたウィリアムは、だらりと机に突っ伏した。

「帰りてえ……」

『まったく、荒れた会議だな……』



[Klara]

 日が経つのは早く、ついに決戦の日が来てしまった。

 『Psyche』・『Olive Branch』連合軍(以下:連合軍)は、ヨーロッパ中の反『平和省』団体を集めたものの90人弱。武器も一部を除いて古典的だ。だが、司令官はどちらも一級品だ。2人のセッションが今からでも楽しみだ。

 一方の帝国軍は、1000人という大軍だ。装備も良く、普通に戦えば負ける。ただし、モルゲンシュテルン夫妻の知り合いであり、いつぞやに警告メールを送って来た張本人でもあったハリソン氏によれば、上層部はかなり荒れており、それに比例して士気も低くなっているようだ。

 ただし、石原さんはこう言っている。

「兵共は、間違いなく洗脳されているだろう。きっと、昼には普段のまま攻めさせて油断させ、夜に洗脳状態を誘発する電波を出し、操った兵で(とど)めを刺すつもりだろうな。しかし、電波を受け取って人間を操る本体を取り除く方法は既に知っている。俺が戦時中にタンザニアの村に助けてもらって住んでた時に見つけてな。それを使ってやりゃあっちは単なる人間だ」

 戦場は、あのナポレオンが生まれたコルシカ島(現地ではコルス島)。今や島の半分の面積を『Hazard Area』が占めるため、無人島となってしまっている。

 フランス政府が出してくれた船に揺られ、ニースからカルヴィという港町に着いた。

 赤い花崗岩が剥き出しになった断崖は、かつてスカンドラ自然保護区と呼ばれ、多くの観光客の目を楽しませていた。今となっては人っ子1人いない。

 久々に、陸に降り立つ。

 ぞろぞろと、船の中に溜まっていた人々が降り立つ。リーネ、セルジオさん、イレーネさん、ガウェインさん、アッシュさん、ジャクリーヌさん、マイリーさんなど、主要人物もぞくぞくと姿を現わした。

 さらに、船酔いしていたカテリーナちゃんが、フラフラと出てきた。

「ぎぼぢ悪い……」

 でしょうねぇ。

「どうするお嬢?これからなるべく高い所に陣を置くんだろう?」

「えー。ちょっと低めにしてね?帰ってくる時にへばっちゃうから」

「それじゃああの山にする?」

「山登んのかよ!」

「でも高台の方が見晴らし良いし向こうも攻めにくいし……」

 結局、頑固なうちの妹に根負けして、オリーブ色の軍服を着た軍団90人あまりが山を登ることになった。

 運動が得意ではない私はへばってしまったが、ガウェインさんが私と一緒にゆっくり歩いてくれた。

 どれだけ歩いただろうか。やっと一段に追い付けた。

「ここに陣を置くわ」

 そこは、1000m弱の山の頂上付近にある、ちょっとした平地だった。これなら200人くらいは入れそうだ。

「景色が良いわ。――ほら、あれが帝国軍の空母よ」

 皆、リーネが指差す方向に目を向ける。

 青い海に、大きな船が浮かんでいた。

 船は港に着き、(いかり)を下ろす。

 直後、迷彩服を着たおびただしい数の兵士がぞろぞろと陸に降りた。

 双眼鏡を取り出して覗くと、先頭に一際きらびやかな装備の美丈夫がいた。

「あれかしら?あれは今回の相手の司令官、マッカートニー中将ですよ」

 イレーネさんには、双眼鏡無しでも見えるらしい。

 岩に片足を置き『薄緑』を杖にして、リーネは敵軍をその大きな眼で睨んでいた。

 と、兵が散らばった頃合いに、空母の甲板にあった戦闘機が一斉に飛び立った。10機ばかりとはいえ、すごいエンジン音だ。

 その時、1機が爆発音と共に、黒煙を立ち昇らせながら墜落した。

 撃墜した戦闘機には、連合軍側のシンボル、オリーブのマーキングがあった。共に舞い上がった爆撃機にも、同じマークがある。

 司令官が、ニヤリと笑う。

「――始まったな」



[A Certain Soldier]

 戦闘機が落ちた。

 敵の戦闘機によって。

 僕はその光景を、ただ茫然として眺めていた。

「おい、サム!」

「え!?」

 いきなり手を引かれたので目を向けると、友人のロニーが僕の手をつかんで走っていた。

「何をボケっとしてんだ!逃げるぞ!」

「う、うん……」

 間もなく、開けた草地に出た。

 広いけど、逆に敵に見つかりやすい。注意深く辺りを見渡しつつ前に進む。

 周りには戦友がいる。少し安心した。

 前には林がある。その木々の間から、オリーブ色の軍服が覗いた。

「気を付けろ!敵だ!」

 ハッとして、銃を向ける。

 仲間が一斉に発砲すると、兵は呆気なくバタバタと倒れた。

 彼らの遺体を脇に見て、林の中に分け入る。

 少し進むと、また敵が現われた。

 また撃つ。また倒れる。ずっとその繰り返しだ。

 ……しかし、それにしてもおかしい。敵がこんなに無抵抗なことなんてありえるのだろうか。

 まさかと思いつつ、遺体に目を()らし――思わず、あっと声を上げてしまった。

(何かおかしいと思ったら……これ、全部人形だ!)

 兵だと思っていたのは、精巧に作られた人形だった。ご丁寧な事に、傷が付いたら血液みたいな赤い液体が出るようになっているらしい。きっと、『Psyche』を参考にしたんだろう。

 でも、なぜこんな面倒臭いマネをしなくちゃいけなかったのか――考えがまとまるにつれ、顔から血の気が引いていった。

(これは罠だ!あいつら、僕達に銃弾を無駄遣いさせる上に、次の罠に誘うつもりなんだ!)

 僕の小声は震えていた。

「ええ!?」

「本当か?」

「やべえよ!!」

(ちょっ!声小さくして!)

 だが、もう遅かった。

 カサリ、と、草むらが音を立てる。

 ギョッとして目を音の方向に向けると、そこには敵軍の兵士、ざっと20人がいた。

(散らばろ!)

(おう!)

 視線で皆に別れを告げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 僕はあえて草の(かげ)に隠れて兵をやり過ごしてから、金属部品に泥を塗って木々に身を潜ませつつ進む事にした。

 ライフルやマシンガンなどの様々な銃声、飛行機の風切り音、爆発音、断末魔の叫びなどが、嫌でも耳に入ってきた。

 生きた心地がしないまま、小銃を握り締めてただただ前進した。


 どれくらい進んだだろうか。すっかり皆とはぐれ、1人で子犬のように怯えながら草をかき分けていた。

 先程から、飛行機が墜落する音がしばしば耳に入ってくる。見上げてみれば、煙を上げているのは全て帝国軍の戦闘機だった。

 ふと、自分達がこのまま負けてしまうのではという予感が頭をよぎった。首をぶんぶん振ってそれを振り払うと、再び歩を進める。

 すると、いつの間にか林は途切れ、目の前に自軍の戦車が現われた。

 助かった、そう思って駆け寄る。

 が、その瞬間、爆音と共に戦車が木っ端微塵に砕け散った。

 空を見ると、敵軍の爆撃機の影があった。

「――っ!!!」

 絶叫すら喉を通らぬ状態で、這いつくばるようにして命からがら逃れた。その間にも、機銃の乱射音が僕の精神を抉っていた。

 さらに、悪い事は重なる物だ。

「あ、敵かな?」

「嗅いだ事無いにおい?」

「うん。女の子かな。まだ20にもなってないや」

 僕の存在に気付かれたらしい。すぐさま草陰に隠れる。

 しかし、

「あれ?どこにいるの?」

「え、あそこにいるよ?」

 顔面から血の気が引いた。

 草から顔を覗かせたのは、金髪碧眼で少し童顔の美青年と、ウェーブのかかった栗毛にヘーゼルの目の少し色が黒い美人だった。オリーブ色の軍服、やはり敵だ。

 慌てて立ち上がり、引き金を引く。

 しかし弾丸は、茶髪の女のナイフに弾かれてしまった。

「今回はあたしが行くよ!2対1なんて嫌いだもん!」

「うん。分かった」

 茶髪の女は、僕が銃を持っているにもかかわらず突進してくる。僕も発砲するが、かわされるか弾かれるかで、かすり傷1つ付けられない。

 ついに、彼女は僕の目の前までやって来た。

 冷や汗が頬を伝う。

「本当にびっくりしたよ!まさかあたしらの作戦が読まれるとはね!本当なら、あのまま一網打尽にするつもりだったんだよ?」

 彼女が、続けざまに鋭い突きを繰り出してくる。

 僕はそれを受け流すことしか出来なかった。

 押されっぱなしだ、反撃しないと――そう決意すると、汗が滲む手で銃をダガーに持ち替え、彼女の懐に突き立てんとする。

 すると女は、自分から武器を投げ捨ててしまった。

 観念したかと思い、僕は油断してしまう――それが命取りとも知らずに。

 ナイフが彼女の腹に届くか届かないかというその時、女はそれよりさらに速く、僕の腹に拳をめり込ませた。

「ガハッ……!」

 激痛は全身に届き、そのせいで脚の力が抜け、膝をついてうずくまってしまった。

「どう?降参する?」

「別に殺しはしないよ?」

 考えた末、さらに戦っても無駄と悟り、大人しく縄についた。


 敵軍は、山にあるちょっとした平地を陣取っていた。

 そこで僕の縄はほどかれ、少しは自由になった。

 それから、なぜかぺーぺーの兵士なのに司令官の前に引き出された。

「おめぇが始めの捕虜っちゅーわけか。おらぁセルジオ・カンパネッラの裏人格だ」

 なぜべらんめぇ口調なのだろうか。

「おらも昔は悪党呼ばれてブイブイ言わせとった時期があったからなぁ。その名残だ」

 名前は聞いたけど知った人ではなかった。

「おめぇは?」

「サム・オースティンです」

「サム?男みてぇな名前だなぁ」

 よく言われる。

「そんじゃ姉ちゃん、ちと今から『虫抜き』ちゅーもんやってもらう。そん時ァ気持ち(わり)ぃけど、後スッキリする」

「?」

 僕が手渡されたのは、とろみのある透明な液体だった。

「ばおばぶとかいう木の葉を煮詰めた液らしい」

 ん?確か赤道付近にある大木だったっけな。

「こいつをグイッと飲み干せぃ。ちと(にげ)ぇけどな。で、吐き気がしたらこの壺にゲロしろ」

 やってみた。結構苦い。しかしやがて、何か大量の固形物が口の方まで上がってくるのを感じ、たまらず吐いた。すっきりする。

 一体何だったんだろう。

「おっと、壺ん中ぁ見ねぇ方が良いぞ?おめぇに付いてた虫だかんな」

「虫!!?」

 目の前が暗くなりそうだ。

「おめぇ、もしかして夜記憶がぶっ飛んだりしねぇか?そりゃあこの虫に操られとったんだ。でもこの虫ァばおばぶの油の匂いが大好きで、しかもなぜかそいつこの葉っぱの成分でコロリとまいっちまうんだ」

 言うなり、彼(?)は巨大な薬壺を僕に手渡した。

「この薬を仲間に飲ませてやれ。おめぇもダチが虫に操られてるってのは嫌だろ?」

 少し後ろめたい気分だ。もしかしたら、仲間を裏切る事になるかもしれないからだ。しかし、目の前の男(?)の言う事も事実だ。

「……分かりました」

 少し罪悪感を心に残しつつも、大量のバオバブエキスを受け取った。



[Gwen and Go]

 グウェンの心には罪悪感は無かった。

 あったら、人が乗っていると分かっている戦闘機や戦車を破壊出来やしない。少なくとも、今は人情を封じている。それでもやはり、中の人間が逃げているのが目に入るとホッとする。そのすぐ後に悔しさが込み上げるのだが。

 裏人格はというと、久々の出撃にはしゃいでいるらしく、何度も操縦桿を奪ってくる。楽しいから良いのだが。

 後部機銃手はイレーネだ。彼女も射撃も見事。……裏か?

「うちの上官は、死んだ時から飛行機が苦手になってしまったんです。表面上は平気なフリしてますがね」

 そりゃそうだわな、と納得し、地上に目を凝らす。

 『鋼鉄花』の目は高性能カメラであり、望遠機能もついているのだ。

 じっと見ていると、林の奥の開けた所に、敵の戦車とそこに近づこうとしている兵の影があるのを認めた。

「あの兵士女の子じゃないの。すごい可愛い」

 確かに例の影は、10代後半らしきセミロングの栗毛をもった可愛い少女のものだった。

『ああいう娘も戦場にいるとはな……。よし、とりあえずあの戦車を撃とうか。あの娘も逃げるだろう』

「そうしますか」

 実際に破壊してみたら、案の定少女は一目散に逃げ去った。

 上を見る。すると今度は、石原の愛機が敵機に取り囲まれているのを発見した。

 慌てて無線をつなぐ。

「石原さん、そちらは大丈夫ですか?」

『これくらいなら蹴散らせる。お前さんは巻き添え食らわないように離れていてくれ。敵の戦車もまだ残っているんだろ?』

「それではそちらは頼みます」

『ああ。もし駄目そうだったら連絡する』

 無線を切り、連絡があればすぐに駆けつけられる範囲で急降下をかます。それでも、敵は面白いくらい消し炭になった。

 一方の石原はというと、機関砲やミサイルなどを駆使して確実に敵機を撃墜していた。

 そして気付けば、1機と対峙していた。

 鷹のデザインが施された、磨き抜かれた白い機体。

(あー、こりゃデキる奴だな……)

 彼の本能がそう告げた。

 先に機関砲をぶっ放してきたのは向こうだった。

「おっと」

 こいつは挑発した方がやりやすい――そう推測し、わざと当たるぎりぎりでスリップしてかわしてやった。

 猛スピードで近付くと、パイロットが見えた。まだ成人してそれほど経っていないであろう金髪の美青年。初老の男にとってはまだ青い坊っちゃんだ。

 その坊っちゃんが、突然消えたと思ったら次の瞬間には自分の後ろについていた。少し急降下してからのインメルマンターンで180度向きを変えたのだろう。

 敵に後ろを取られたら撃たれっぱなしになる。慌ててバレルロールで敵の後ろに回ろうとする。だがそれと同時に、敵はループして速度を落としていた。後悔してももう遅い。再び後ろに回られてしまった。

 それからは後ろを取る競争のようなものだった。2機の軌道が互いに絡み合い、ねじれていく。軌道が交わるごとに互いが砲撃し、かわしていく。その最中、石原機の左翼が大規模な損傷を受けてしまった。

(これじゃ、早いとこケリつけねぇと墜落するぞ……)

 覚悟を決めると、彼の機体は急上昇を始めた。

 敵には一瞬で消えてしまったように思えるのだろう、何もアクションを起こしてこない。

(レッドアウトしねえように気を付けねえとな……)

 そして急降下、白い機体とかみ合った。

(行けるか!?)

 意を決して、敵目掛けて機関砲を発射した。

 爆音が轟き、破片が飛び散る。黒煙を立ち上らせて墜落する戦闘機は、操縦席も鉄くず同然となっていた。おそらく、中のパイロットも生きてはいないだろう。

(惜しい人間を亡くしたな。俺が殺したんだが)

 石原は、夕日に照らされた空を仰いで敬礼した。



[Sam]

 僕は、アッシュとかいう人の白鳩につけられつつ巨大な薬壺を背負い、林を彷徨(さまよ)っていた。

 武器は全て奪われた。ただし、この壺を離さず持っている限り敵には攻撃されないという。ちょっと得した気分。

 ……でも、どうしたら怪しまれずに飲んでもらえるんだろう。仲間に、特に上司に勘付かれたらおしまいだ。

「サム!!生きてたのか!?」

「ロニー!!」

 その声は間違いなく、ロニー・ギブソン(前に書いた時は、フルネームにするのを忘れていた)のものだった。

「無事だったの!?」

「なんとかな。……ん?どうしたんだ?その壺。そこの鳩も」

「実は……」

 彼なら信用出来ると判断し、経緯を説明してこれを仲間に配らないといけないと悩みを打ち明けた。

「本当か?ならそれ飲ませてくれ」

「うん」

 もらった柄杓(ひしゃく)でエキスをすくい、飲ませた。

 あとは……僕と同じように、あらかじめ掘っていた穴に何かを吐きだした。

「うわーこれ夢に出る。銀色ってなんだよ銀色って」

「虫で銀色!?」

「おぉ」

 出来るだけ穴の中を見ないようにしつつ、それを地面に埋めてしまった。

「効果絶大だな。これを敵は飲ませたいんだな?」

「うん。あの人の話じゃ、僕達はその寄生虫に操られてるんだって。その洗脳が活発になるのが夜だから、それまでに駆虫したいって。洗脳されたら凶暴かつ狂信的な国家主義者になっちゃうみたいだから、それが厄介なんじゃないかな」

「なるほど。で、どうやって飲ます?」

「一応3つくらい考えてる」

 1.正直に言う。ただし、上司がいると危ない。

 2.黙って飲み物に混ぜる。ただし、毒を入れたと勘違いされる可能性大。

 3.「寄生虫駆除」と、半分本当の事を言って飲ませる。一番安全性も高い上、1人があの虫を持っていると分かれば皆飲んでくれると考えられるので、一番お勧めの方法。

「3番だろ」

 支給品のカロリーメイトをパクついていると、いつの間にか夕方になっていた。

「そろそろ行く?」

 僕が薬壺を背負おうとすると、ロニーが代わりに持ってくれた。

「お前も肩こってんだろ?俺が持つぜ」

「……ありがとう」

 顔が火照るのが、自分でも分かった。


 2人引っ付くようにして。自軍テントに向かって歩く。

 ……こうしていると、昔を思い出す。

 僕とロニーは、幼稚園の時からの幼馴染だ。ずっと仲良しだったが、なぜか僕の父さんはロニーと会う事を快く思っておらず、彼に会いに行った時はいつも怒ってた。そのせいで、かつては同級生に「お前ら絶対結婚する!」と予言されてた僕達も段々疎遠になり、今僕はロニーではなくケビン・クルーズというエースパイロットと交際している。そんな父さんもつい先日死んだ。死の直前、なぜかうわ言でずっと誰かに謝っているようだった。

「そっか……親父死んだのか」

「うん」

「…………」

「どうしたの?」

「……いや、何でもねぇ」

 口は悪いが優しい彼があんなに険しい顔をしたのを見たのは、父さんに絶交しろと言われてそれを伝えた時とケビンと付き合うと告げた時、それ以来だった。

「父さんと何かあったの?」

「俺と直接関係ねぇけど……あったっちゃあった」

「何なに?」

「……また話す」

「?」

「そういや、ケビンとは上手くいってるのか?」

「微妙。彼プライド高すぎるし、なんていうか自信過剰なんだよね。そこも好きなんだけどさ」

「そっか……もし別れるってんなら俺が後釜狙おっかなーとか思ってんだが……。無いか。あいつプライドの高ささえ取り除けば完璧だからな……」

「んー…………一応キャンセル待ちしといて。分かんないけど」

 その矢先だった。

「オイ見ろ!!戦闘機が落ちてるぞ!鷹のデザインだ!!」

 ドクン、と、心臓が高鳴った。

 ケビンの愛機には、鷹のデザインが施されているからだ。

 指差す方向を見やると、紛れも無いケビンの愛機が鉄くず同然になって横たわっていた。大破どころじゃない。特に操縦席は悲惨だ。

「ちょうど屋根が壊れかけてる!外せるかもしんねぇ!」

「本当!?」

 祈るような思いで、2人屋根を持ち上げる。

 そこには、頭にガラスが刺さって血塗(ちまみ)れになった青年がいた。ブロンドも白い肌の美貌も赤く染まっている。

「ケビン!!」

「大丈夫か!?返事しろ!!」

 屋根を放り、ぐったりした体を引きずり出す。

 ――しかし、妙に軽いと「その下」に目を移した瞬間、僕は悲鳴と共に手を離してしまった。

 彼は、上半身だけになって息絶えていた。

 下半身は単なる肉片と化し、座席の下に転がっていた。僕らの1つ上の20歳。早過ぎる死だった。

 冷たくなった恋人を抱き締めたら、自然と涙がこぼれる。

 すると、後ろから誰かに抱き締められた。ロニーだった。

 彼の胸に体をうずめ、さらに涙を絞る。

「絶対に……絶対に仇を取ってやるんだから!」

「駄目だ!」

 僕を抱き締める力がさらに強くなる。

「絶対に駄目だ!復讐は新たな復讐を招くだけだ!絶対にいけない!」

 どうしてだろうか、当たり前の事を言われたに過ぎないのに、正論なのに、少し気に(さわ)る。

「何?それじゃあ君は、ケビンの為に何もするなって言ってるの?」

「そうだ!仇を取っても何にもならない!ケビンは戻って来ない!」

「……君に何が分かるんだ!!好きだった人を失った人間の何が分かるっていうんだよ!!!」

 カッとなり、ついロニーを突き飛ばしてしまう。

 胸を押さえて痛そうにしている彼に、罪悪感が頭をもたげる。

「分からない事はねえよ……」

 彼の表情は荒れていたが、眼差しは悲しげだった。

「分からない……わけ……ねぇだろ……っ!」

 その目から大粒の涙が溢れる。

 突然の事にびっくりする僕に向けて、ロニーは声を絞り出して叫んだ。

「俺の親父は……俺の顔を見る前に殺されたんだ!!――お前の父親にだ!!!」



[Klara]

「―で、その女の子に薬を運んでもらったんだ」

「すごい可愛い子だったよね?20そこそこかな?」

「可愛いの?見たかったなー」

「ジャッキーの場合、からかうんだろ?」

 リーネから『ちょっと夜の打ち合わせしたいから、アッシュさん達を連れ戻してきてくれない?』と言われ、ガウェインさんと林を歩き回って呼び掛けていると、ちょうど例の『Olive Branch』幹部4人組と鉢合わせになった。

 すぐに声を掛けようとしたが、彼らは死体の生産に夢中だった。アッシュさんとジャクリーヌさんは背中合わせになってライフルとマシンガン(こっちが女性の得物かよ)をぶっ放し、マイリーさんとカテリーナちゃんは敵に素手で突っ込んでいた(それで死者が出ている)。

 これでは反戦団体の名が廃れると、すぐさま制止した。

「皆さん、集合時間ですよ」

「ん?集合時間?」

「はい、全員陣に来いと」

「うん、分かったー」

 4人は手を止めて私について来る。残された兵達は皆安堵していた。


「それにしてもあんな精巧な人形、一体誰に注文したんですか?」

「バーナード・ロギンスっていう職人さんよ。内気ではあるものの手先がものすごく器用で色々作っているけれど、人形の評判が一番良いの。世界中で歓迎されているわよ。まともに更生出来たかもしれないって」

「更生?」

「ええ。かつては『Apple Seed』と名乗って、ヨーロッパ中で殺人を働いていたのよ。ただ、元は被害者側が軍隊内で、彼を慰み者にするわ食糧が無いからといって先に死んだお姉様を無理矢理食わせるわと、虐待に近い事をしていたから、その復讐として殺したらしいんだけどね。今は……実行犯だった彼のもう1人の人格は消えてるし、心配は無いと思うわ」

「……そういう問題ですか?」

 帰ってきたら、暇を持て余したリーネとイレーネさんがダベっていた。

「帰って来たぞ」

「お帰り。もう打ち合わせ始めるわよ」

 そこで私はおかしな事に気付いた。

「あれ、テントは?」

「全部麓に下ろした」

「……今夜どうするんだ?」

「夜襲仕掛けて、敵の大将討ち取ったら帰るもの。皆野宿は嫌でしょう?」

「まぁ確かに嫌だが……そんなに早く終わるか?」

「終わる終わる。さっきお姉様が、上官がやたらと兵士を叱責しているって言ってたでしょう?あれは部下をまとめるのに必死だからよ。士気は低い、だから向こうの統制は崩壊寸前だわ。セルジオが尋問した子、サムちゃんだっけ?彼女もそんな事言ってたらしいし。となると、大将の首さえ取れば、あとは自然に崩れるわ」

 彼女の口元に浮かんだ笑みを見るに、司令官自身がマッカートニー中将と一騎打ちするつもりらしい。

 気が付けば、ワラワラと仲間が集まって来ていた。自動的に会議に突入だ。

「ガソリンとライターはどう使うの?」

「相手を追い込むのに、火攻めするんです」

「いつなんだ?」

「今指示します。まず、本隊が敵陣に夜襲を仕掛けて相手の混乱を誘います。それから、別働隊が焼き討ちして相手を追い詰め、司令官の首を取るんです。アッシュさんとセルジオは、本隊のリーダーを頼みますね。私は別働隊を動かします。ちなみに、別働隊は『Psyche』が努めましょう。私達は、火に焼かれても皮膚以外は大丈夫なんで」

「分かったよ。混乱させれば良いんだね?」

 アッシュさん達3人は納得したようだが、マイリーさんは膨れている。

「えー!俺達の出番ほとんど無し!?」

「マイリー。僕らは一応反戦を掲げた団体を率いているんだ。戦争では前に出ちゃいけない」

「はーい……」

 ジャクリーヌさんは、そんな兄妹をクスクス笑いながら楽しそうに見守っていた。大人だ。

「それで、何時頃行けばいいのかしら?あまりに早い時間から火を使っても効果は無いでしょう?」

「7時……くらいですかね。今の時期は冬ですから、日没も早いでしょう。……あ、冷水で攻めるのも良かったかも……」

「海水でも使う?」

「…………いえ、このまま行きましょう。――私達は敵陣の近くで待機しておきます。相手が混乱したと思われた時、あるいは戦況が思わしくない時には無線で連絡をお願いします。頃合いを見計らって一気に叩きます」

「うん。僕から指示するね」

 戦の終わりはもう近いようだ。



[Sam]

 薬壺と白鳩(ちょっと懐いてきた)と共に歩む小さな旅も終わりが近付いているようだ。

 しかしその感慨は無かった。あるのは、目の前の幼馴染に対する罪悪感。

「本当なの?父さんが君のお父さんを殺したっていうのは」

「あぁ……。戦時中に2人が属していた小隊が飢餓状態になってな、お前の父親が親父を口減らしに射殺したらしい。別の小隊じゃ、戦死した兵を食べた上1番美形だった兵を慰み者にしていたっていうから、マシっちゃマシなんだろうが……でも、仲間を殺さなくったっていいだろう……?」

 ロニーは、血が出るほど拳を握り締めた。

「当然、そう知った俺は復讐しようと思った。お袋も周囲の人間も止めずに後押しした。――でも、お袋のダチを訪ねに行ったナポリでたまたま出会った、ヨハネっていう神父だけは止めたよ。こう言ってな」


『君の気持ちはよく分かるよ。確かに、そんな理不尽な理由でお父さんが殺されたらたまったもんじゃないよね。私だって怒る。それは何の不思議も無い。そして、仇討ちを誓うのも当然の流れだろうね。

 でも、未来を考えるなら仇討ちは思いとどまった方が良いと思うよ。なぜだか分かるかい?

 まず、実行してさらに成功したとしても、得られるのは一時的な満足だけだからだよ。お父さんも帰って来ない。それは分かるでしょう?

 そして何より、復讐は新たな復讐を生むからだよ。例えば仮に、加害者のオースティンさんを殺したとしよう。すると、何も知らない奥さんか君の友達だっていう娘さんは、ほぼ間違いなく君を殺そうとするだろう。なら次は君のお母さんか親戚の人……あるいは将来の君の奥さんか子供さんかが、その子を殺そうとするはずだ。そしてその先に待っているのは、家族や友達だけではなく赤の他人も巻き込みかねない、負のスパイラルさ。

 それを防げるかもしれない方法は実質的には1つ。――加害者一家を皆殺しにする事さ。

 さて、君は友達に殺されるのと友達を殺すの、どっちが良い?どっちも嫌だよね』


「俺の周りの人間は、自分の怨みを晴らすために後押ししてるだけだった。けど、俺の未来の事も考えてくれたのは神父だけだった。だから思いとどまったんだ。サムにも、俺が歩むかもしれなかった道を行って欲しくはねぇ」

「ロニー……」

 ついに味方のテントに到着した。ずっとついて来ていた鳩は近くの木の枝で待機するようだ。暗い表情を無理矢理笑顔にし、火を囲む仲間に近付く。

「サムにロニーじゃねえか!……で、その壺は何だ?」

「駆虫薬だよ。作ったんだ」

「すげぇ効き目だぜ。マイケル、毒見しろ」

「え~!!オレぇ~!?」

 グダグダ言うのを何とか説得して、薬を飲ませた。

 すると案の定、虫が駆除された。

 皆青ざめて、転がる銀色の虫を凝視した。

「俺にもその薬くれ!!」

「俺にも!怖くて仕方ねえ!!」

「それちょうだい!」

「僕にも寄生してるかも!」

「早くくれ!!」

 ある1人が叫んだのを皮切りに、全員パニック状態で薬に群がった。僕達2人は手分けして薬を配る。

 あっと言う間に全員に駆虫薬が行き渡った。

 僕とロニーは、先程のわだかまりも嘘のように微笑み合う。

 その時だった。

「――おい貴様ら、何をしている」

 どきっとして後ろを振り返ると、木々の間に人影が見えた。

 それは、僕達をギロリと睨みつけて仁王立ちしている、マッカートニー中将閣下と将官・佐官の面々の姿だった。

「こ、これは閣下方……」

「何をしていると聞いているのだ。オースティン二等兵」

 真実を話すかハッタリで乗り切るか……当然後者だろう。

「駆虫薬作ったんです。ここら辺寄生虫が多いって聞きますから……」

「馬鹿をぬかすな。私は見たぞ。貴様が敵からその薬を渡されるのをな」

 周りが一気にざわめき始めた。

「でもよぉ、あの薬本当に効いてただろ?普通、敵に本当の薬渡すか?」

「やっぱサムが作ったんじゃね?あいつ頭良いしよ」

「つか、何で駆虫したくらいで騒いでんだ?喜ぶ所だろ?」

 その光景を中将は冷めた目で見ていた。

「やはりクズだな、下士官と兵共は。所詮駒か。――馬鹿には教えてやろう。貴様らは、その『銀虫』に操られた、(てい)の良いロボットに過ぎんのだ」

「なっ……!」

 兵達は、怒りの形相で銃を手に取った。

「まさか閣下方……私達を騙していたんですか!?」

「騙してはいない。言わなかっただけだ」

「テメッ……!」

「何?反抗するのか。なら仕方ない」

 中将は躊躇無く自らの部下に拳銃を向け、渋るそぶりも一切無しで引き金を引いた。

 唖然として恐怖心も追い付かない。瞬間、僕の右胸に、あの茶髪女に殴られた時でさえ及びもつかない衝撃と激痛が襲いかかった。

 見ると、胸に銃弾ほど穴が開き、赤い血が軍服にじんわり滲んでいた。

 痛みに耐え切れず、膝からくずおれてしまう。頬に当たる草の感触がベッドみたいで心地よい。

 右手で胸に触れる。すると、掌にべっとりと血が付着した。

「サム!大丈夫か!?」

 声と共に、仰向けに転がされる。

「ロ、ロニー……?」

 僕の頭を持ち上げる右手が温かい。その感触が、さらに僕の意識を薄らげる。

「大丈夫か!?すぐに治療してやるからな!行くぞ!!」

「待って……。この壺から、離れたら、連合軍が……」

 その時、鋭い雄叫びが林にこだました。それと共に耳に届く銃声や絶叫。

「連合軍だ……!」

 彼は壺を引き寄せてそれを盾代わりにすると、自分のシャツを破き、水筒の水で僕の傷口を洗って布を巻いた。

「ここは一か八かだ。壺を持っていれば命は助かるって約束を信じて……奴らに投降しよう。一応応急処置はしたが、しっかりした手当が必要だ」

 上着を体に掛けられ、頬を撫でられる。

「お前は寝て体力を温存しとけ。な?」

 言われなくても睡魔は既に僕に襲い掛かっていた。

 最後の力を振り絞って、右手を差し出してロニーの頬に触れようとする。

「ねぇ……」

「何だ?」

 震える手を、彼の温かい手が包み込んだ。

「ロニー……。好き、だったん、だよ?ずっと、ね……」

 僕の頬に、大粒の涙が落ちた。

「遅ぇんだよ……!いっつも言うのが……。俺だって、ずっと好きだったんだぞ?お前の事が……」

「本当に……?」

 安心して顔がほころぶと、目の前が段々霧がかってきた。白鳩が飛んできた気もするが、よく分からない。

「それじゃあ、お休み……」

 そして、僕は目を閉じた。



[Ronny]

「本当にありがとうございます。セルジオさん、ロビンさん」

「いや、あんた達が作戦を手伝ってくれたその借りを返したに過ぎない。礼はいらんよ」

「やっぱりこいつが言った通りですか……」

 連合軍の攻撃開始からしばらく後、宣言通り敵軍に投降したロニーは司令官の1人、セルジオ・カンパネッラと医者、ロビン・ウォルトンに頭を下げていた。

 彼らの目の前にあるベッドには、安らかな寝息を立てるサムが横たわっていた。しかるべき処置は既に終わったらしく、胸にしっかり包帯を巻かれている。

「使用されたのが拳銃という事もあってか、幸い傷は銃創としては浅い方でした。一応心臓に近い場所を負傷しているので細心の注意を払いますが、よほど体調が急変しない限り命に別状はないとみて良いでしょう」

「良かったァ……」

 安堵したロニーは、気が抜けた拍子に崩れるように座り込んでしまう。

 司令官と医者はというと、彼を立たせようとするわけでもなく、さりとて放っておくわけでもなく、2人でぼそぼそと話し出した。

「それにしても、よくこんな入口が分かりにくいシェルターを見つけられましたね」

「地面を探っていたらフローラさん――裏人格さんが見つけまして。おそらく第三次世界大戦の際に使われていた防空壕でしょう。20年以上放置されていた割には綺麗ですし、崩れていない。放射線反応もマイナスでしたので、少し掃除して病院に使わせていただく事にしましたわ」

「あれ?フローラなんていう名前でしたっけ?」

「少しもじったんですよ」

 彼らがいるのは、林の地下にあった強固な防空シェルター。地上の様子は、カメラを通じて天井近くに設置されたテレビに映し出されていた。

「ですが、なぜ地上にテントを張るのではなくわざわざ地下に野戦病院を造ったんですか?負傷者を地下に運ぶなんて重労働ですのに。もしかして、地上は危ないからですか?」

 あ、ロニーやっと立ち上がった。

「そうだな。ま、見てれば分かる」

 首を傾げつつ、テレビ画面に目を凝らす。

 その向こうでは、金髪で童顔の、肩に白い鳩を乗せた美青年が、整列した連合軍の前列で拡声器を取っていた。

『敵軍に告ぐ!我々が狙いを定めているのは佐官以上の幹部のみである!従って、下士官・兵士については我々に敵対する者以外は攻撃しない!命の惜しい者は銃を置いてここを立ち去るがよい!!そうすれば君達は生き延びられるだろう!ただし、我々を迎え撃とうというなら容赦はしない!もし君達がもう一度故郷の土を踏みたいと願うなら、今すぐ戦線を離脱せよ!!』

 帝国軍の兵士達は互いに顔を見合わせ、バラバラと銃を置いて逃げだした。ただ、20人程は残っていた。

 それを確認した青年は、背後に控える連合軍を激励した。

「さあ、皆行くぞ!狙うは幹部だ!隊列を整えろ!進め!!」

 彼を戦闘に、軍は勇敢に帝国軍へと攻め込む。

「あいつ……何モンだ?」

「アッシュ・クロード。反『平和省』団体、『Olive Branch』のトップだ」

「あれが……!」

 連合軍の中には、可憐な美女も数人混ざっている。しかも、彼女達が特に前線で活躍していた。

「あれが『Psyche』とかいうアンドロイドですか?」

「いや、『Olive Branch』のメンバー、人間だ」

「嘘ぉ……」

 他人事のようにダベっている間にも、帝国軍側の将官・佐官達は次々と倒れていく。ただその中であっても、マッカートニー中将は軽機関銃片手に敵を蹴散らしていた。

 ロニーはサムの額を優しく撫でながらも、苛立ちを隠せなかった。

 その時だった。

「……何だアレ」

 画面の奥に、火の手を見た。

 身を乗り出し、液晶の向こうにじっと目を凝らす。

 紅蓮の炎が、木々を包み焼き払っていた。

 帝国軍は目に見えて動揺しだし、マッカートニー中将さえも唖然としていた。

 すると、燃え盛る炎の中からオリーブ色の軍服を着た一団が現われた。またしても連合軍だ。

 その先頭に立つのは、長い黒髪を風になびかせ、抜き身の日本刀を手に鋭い眼光で敵を睨みつける絶世の美女であった。

 彼女が、おもむろに指を鳴らす。

「ああして人格を交代させるんだ。今は……九郎か」

「!という事は、あれが……!?」

「そうだ。あれが『Psyche』、それももう1人の司令官、カロリーネ・フォン・メンデルベルグだ」

 少女――カロリーネは刀を高く掲げ、それを振り下ろして前方を指した。

「皆の者!いざ参ろうぞ!!」



[Klara]

 私が物陰から見守る中、ついに両司令官が対峙した。

「――うむ、そなたが大将であるな。相手として申し分ない。かかってまいれ」

「強い強いと聞かされていたが、まさかこのような小娘だったとはな……。――まあいい」

 一方のアッシュさんは、自軍に向かってくる兵士達の扱いについて考えあぐねているようだ。しどろもどろしながらリーネに指示を仰ぐ。

「ねぇ、兵には危害を加えない話だったけど、攻めてきた子はどうすればいいの?」

「徹底的に叩きのめせ。退()くならそれも良し、懲りないようなら(あや)めてもよし」

 ――連合軍が、凍り付いた。

 一瞬の躊躇も無く、そんな冷酷ともとれる事を口にするとは思ってもみなかったのだろう。しかし、今のリーネの人格は九郎さん。戦の申し子が敵に容赦するとも思えない。

「そもそも私達は、(つわもの)に危害を加えるなとは言うておらぬ。敵を混乱せしめ、幹部を倒せとは言うたがな」

「でも……」

「何ゆえ、己から向こうてくる兵を慈しなばならぬ。武士(もののふ)とは戦で死ぬものと心得たり。何ゆえ己から死なんとする敵を生かさねばならぬ」

「…………」

 アッシュさんは、唇を噛み締めつつなおも彼女に食ってかかる。

「でも、生きている人を殺すのは簡単だけど、死んでる人を生き返らせるのは無理だよ?だからさ、殺さなくてもいいんじゃないかな?敵を追い払えば自動的にその情報が世界中に伝わるから、見せしめもいらないしさ」

「されど、士気が落ちぬか?」

「むしろ今回は殺し過ぎた方が落ちるよ」

「しかし……」

 必死の説得にもかかわらず、九郎さんは渋っているようだ。仕方ない。生前の生き方を完全無視する事になりかねないのだから。

 正にその時、隙ありと見たのか、マッカートニー中将の拳銃が火を噴いた。

 同時に、リーネの刀も動く。

 弾頭と刃が見事に噛みあい、銃弾は真っ二つに斬られてポトリと落ちた。

 おそらく、弾丸の速度を相殺するような文字通り超音速で刀を振るったのだろう。その一閃は一筋の光に見え、金属がぶつかる音の代わりに破裂音と共に火花が散った、いや、小爆発か?いずれにしろ、普通の人がこんな事をしたら自分が危ない。

 皆、特に至近距離にいたアッシュさんが気が抜けたようになる中、当の本人だけ何事も無かったように太刀を構え直した。

「待たせてすまぬ。今度こそお相手致す。――アッシュ殿……好きなように致せ」

「え……あ、うん……」

 いきなり話を振られてビクッとしたが、どこかホッとしているようだった。

「…………ふん。泣いても知らんぞ」

「泣けと言われようと泣かぬ。戯れはせんぞ」

 マッカートニー中将が、ゆっくりと軽機関銃をリーネに向けた。

 対峙する2人の間を、一陣の風が吹き抜けた。

「いざ、勝負!!」



[Sam]

 目を覚ますと、僕は地下室らしい部屋の業務用ベッドに寝かされていた。胸に包帯を巻かれている。ベッドサイドでは、ロニーがパイプ椅子に座り僕の顔を覗きこんでいた。

「大丈夫か?」

「うん……。ちょっと痛いけど、大丈夫だよ……」

 彼は温かい手で僕の手を握った。

 近くには、ショートカットで男っぽい方の栗毛の女性と、セミロングで白衣を着た法の栗毛の女性がいた。前者は知っている。セルジオ・カンパネッラさんだ。

「あんたには随分と助けられたな。薬を届けてくれてありがとう。代表として礼を言っておく」

「いえ……。あの壺のおかげでどんなに助かった事か。……そういえばカンパネッラさん、口調違いますね」

「だろうな。俺は表人格の方だからな」

 さて、もう1人は誰だろう。

「私ですか?私は『鋼鉄花』の一派、『Hestia』の1人であり医者の、ロビン・ウォルトンという者です」

 本当に医者だった。

「まず、あなたの御容態から申し上げますと、外傷は右胸部のみで、それもギブソンさんが止血して下さったので、出血量も比較的少なく抑えられたようです。ですので、一応は念入りに観察致しますが、命に別状は無いと言ってもいいでしょう。処置は緊急手術を行ないました」

「あ、はい、分かりました」

 どうやら意外に大丈夫らしい。

 ぐるりと周囲を見渡すと、この瞬間にも負傷者が運ばれて来ていた。まだ戦闘中らしい。

「今、どうなっているの……?」

「地上の様子でしたら、あちらのテレビで確認していただけますよ」

 地上は、炎に巻かれていた。

 別の角度から見ると、その中心には黒髪にオリーブ色の軍服の美女とマッカートニー中将閣下の姿があった。どうやら戦っているらしい。閣下の軽機関銃が火を噴くも、女性は軽やかに身を翻してかわしている。閣下の方も、女性の日本刀の斬撃を機関銃で受けている。どちらも疲弊しているようだ。

 どちらが勝っても複雑だ。帝国軍の兵士としては閣下に勝ってほしいが、彼に撃たれたという事を考慮に入れれば女性の方に勝ってほしい。

 重い頭を枕に預け、僕は固唾を呑んで映像に見入った。



[Klara]

「ふむ。そなた、かような物も持っておったのか。鉛の玉がこれほど多く出てくるとは。避けるのもやっとだ」

「貴様こそ、まさか銃の用途を知っておったとは……」

(いな)。あれはカロリーネがやりおった」

 会話だけ聞けば余裕綽々(しゃくしゃく)のようだが、実際の2人はぼろぼろになっている。顔にも疲労の色がありありと浮かんでいた。

 仕方ない。マッカートニー中将はずっと軽機関銃の反動に耐え、リーネの方は中将の背後をとろうと何度となく跳躍し、軽いわけがない日本刀を振り回している。

 一進一退の状況。これからは消耗戦、先に隙を見せた方が負けだ。

 先に動いたのは中将、リーネに照準を合わせて引き金を引く。

 すると彼女は横に転がって銃弾を避けた。マシンガンの照準が彼女を追うが、なんとかかわしきる。

 リーネはスッと身を起こすと、その低い姿勢のまま「薄緑」を上段に構えて突進した。しかし敵も馬鹿ではない。軽機関銃の肩当てで彼女の腹を思い切り殴った。

 体重の軽い彼女は弾き飛ばされてしまったが、まだ諦めない。両足でしっかり踏ん張ると、再び突撃する。

「ふん。また同じか」

 敵は鼻で笑い、迎撃する。

 だが今回、リーネは横に飛び退()くと同時に脇差を相手目掛けて投げ付けた。脇差は、真っ直ぐマッカートニー中将の左脚を斬る。

「――っ!!」

 彼は痛みと怒りに顔を引きつらせ、血が滲み出るほど銃のグリップを握り締めた。

 既に彼の後ろに回っていたリーネは知るよしも無く、背後から斬り付けようと駆け出す。

 その時、敵が憤怒の形相で振り返り、彼女に銃口を向けた。

 アッと声を上げた時にはもう遅く、マシンガンの弾頭がリーネの全身に噛み付いた。

 さしもの彼女も顔を歪め、小さな呻き声を上げる。満身創痍、血だるまだ。

 これで決着が付いた――と思いきや、

「これごときでは倒れぬわ!!」

虫の息と思われていた少女が、ニヤリと笑い力強く地を蹴って跳躍し、軽機関銃の銃身に飛び乗った。

 連合軍も帝国軍も、マッカートニー中将でさえ放心状態になっている。そんな中、イレーネさんだけはスッと微笑んでいた。

 パチン、と、指を鳴らす音。

 リーネは中将に走り寄り、歯を食いしばって、弾をも落とす剛腕でその首を斬り落とした。

 首は、太刀のあまりの速さに、慣性の法則で真下にゴトリと落ちる。同時に胴体もドタリと倒れた。

 沈黙の後、連合軍の歓声が林に響き渡った。司令官は笑顔で血糊を拭い、刀を納めて皆の元へと走って来る。

 一方の帝国軍は、頭と胴が離れた司令官を呆けたように見つめ、黙りこくっていた。


 まさか本当に、島からの帰還が凱旋になるとは思ってもみなかった。

 帝国軍兵士を大陸に送る事もあり、帰りは小ぶりの、しかし船全体からすれば十分大きな客船を寄越してもらった。今夜はここで寝泊まりだ。

 船長さん曰く、

「お(かみ)の使いさん、こんなでけぇもん頼みやがってっておかんむりでしたぜ」

 そんな事言うなら、「どんな船でも寄越すぜ」って言うなよ、最初っから。

 デッキに無理矢理航空機2つを載せ、その代わりバランスを取るために、客室は後ろ側を使うようにした。船は小ぶりと聞いていたが、これで十分だ。皆もすっかりリラックスしている。さすがに、今から騒ぐ元気は無い様子。

 そんな中、司令官2人とアッシュさん達4人はというと、作戦に協力してくれたという帝国軍兵士、サム・オースティン二等兵とロニー・ギブソン二等兵の船室に行っていた。

 サム二等兵は名前からして男だと思っていたが、意外や意外、栗毛の可愛らしい女の子だった。灰色がかった大きな瞳が印象的。ロニー二等兵の方は、ライトブラウンの髪の、気が強そうな表情をしていながらも優しそうな好青年だ。2人は相思相愛らしく、絶対安静状態のサムちゃんをロニー君は付きっきりで世話していた。

「や~ん!かわい~!」

 ツインベッドの片方に寝ている彼女のプニプニほっぺを、ジャクリーヌさんがコネコネしていた。当の本人は、どうやらまんざらでもないらしい。

「気持ち良い……」

 そうなんだ。

「おーいジャッキー。あんまりからかってやるなよー」

「そうだよー。寝たがってるでしょ?」

 マイリーさんとカテリーナちゃんに止められ、彼女はわざとプッと膨れっ面をして手を止めた。

「もーっ。良いトコだったのにー」

「えぇ?どう良かったの?」

「流れでアッシュのほっぺをプニプニ出来たのにー」

「……いっつもやってるでしょ」

「プニプニプニプニプニプニプニプニ」

「にゃー!!」

 ……さて、場はカオスになってしまったが、どさくさに紛れてロニー君が愛しの彼女におやすみのキスをしていた。

 よし。シャッターチャンス。

「ちょっ!!撮らないで下さい!!今すぐデータを……!」

「消さんぞ。そもそも永久保存されるのが嫌なら、こんな所でそんな事するな」

「永久保存!?いや、これお互いにとってファーストキスですから恥ずかしいですよもう!!」

「ファースト?それならなおさら残さないとな。焼き増ししてやるから額に入れて飾っとけ」

「嘘!……お、おい!お前はどうなんだ!?…………って、あれ?」

 こんなに騒がしい中だというのに、サムちゃんは完全に夢の中だった。

 きっと、他国の戦いに巻き込まれ、捕虜にされ、重い壺を持たされ、元恋人を失い、幼馴染の葛藤を知り、挙句の果てには胸を撃たれたというのだから、おそらく人生で1番疲れたのだろう。

 安らかな笑顔で寝息を立てる彼女に気付くなり、(おの)ずと場は静かになった。

(それじゃあロニー君、何かあったら隣のロビンさんに知らせてね)

(お休みなさい。また明日ね)

(相手が動けないからって襲っちゃダメだぞ)

(もー。そんな事しないでしょ?)

(ゆっくり休めよ。今日は本当に助かった)

(本当、ありがとね)

(お休み)

(お休みなさい)

 小声で挨拶を交わし、2人の船室を出た。



[Gwen]

 グウェンは、パイロット2人で一杯やろうと、石原の船室に向かった。

 するとそこには、物憂げに窓から海を眺める男の姿があった。

「ああ、お前さんか……」

 元気の無い彼に、船に積んであったビールをおすそ分けする。

「すまんな……」

「随分と元気が無いですね。どうなさったんですか?」

「いや、若いパイロットを殺してしまってな。そりゃ兵ってのは死ぬためのもんだって事は分かってる。俺も腹くくってるから、それだけじゃ何ともないんだが、その元彼女と顔合わせちまってな。一番応えるんだな、これが」

「はぁ」

 自分は、そんな他愛も無い事を考えている暇があれば戦車を破壊していた。一体操縦桿は何人の人間の血を吸ったのだろう。

「あの嬢ちゃんも馬鹿じゃない、俺が殺したって事も悟っただろ。それでも恨み(ごと)1つ言ってこなかった。それが向こうに気ぃ遣わせてるみたいで、やり切れなくてだな……」

「――お気持ちは分かりますが、悔んだ所で時間は戻りません。少し疲れているんじゃありません?今日はゆっくり休みましょう」

「…………そうするか、ってお前さん、酒なんて飲んでも意味ないだろ?」

「それがですね、このスピリッツ、なんとほろ酔い状態を再現できるというとんでもない代物でしてね。まぁイレーネさんが開発したんですけど。ささ、乾杯しましょ」

「……だな」

 2人は、グラスと充電器で奇妙な乾杯をした。



[Ash]

「――あ、そうだ。ちょっとイレーネさんの所に行ってくる」

「すぐ帰ってこいよー」

「浮気しちゃダメだからね!」

「しないよ!あの人人妻だよ?そもそも実年齢じゃ20歳離れてるし!外見はずっと26歳らしいけど!」

「リゾット作って待ってるよ」

「うん」

 アッシュだけ(きびす)を返し、『Psyche』のリーダーの元に向かう。

 彼女は船室で家族に電話していた。通話を切るのを見計らって声を掛ける。

「あ、アッシュさん。どうなさいましたか?」

 彼には、彼女の笑顔がとぼけているようにしか見えなかった。

「イレーネさん……みんなが見てない間、露払い、してたでしょ?」

「何の話ですか?」

 本当に首を傾げてとぼけてきた。

「戦車の露払いはグウェンさんがなさいましたよ?」

「そうではなくて、陣に攻め込む前くらいですよ!林で後片付けしてる時に、昏倒した兵がゴロゴロ見つかってびっくりしましたよ!道理で、1000人の軍勢の割に敵陣が静かだったわけだ!とりあえず駆虫薬飲ませて船に収容しましたが。やりそうな人はいっぱいいますがね、マイリーもそうですし、ガウェインさん……は紳士ですからそんな事しませんか、カテリーナもあれで意外と力ありますから出来そうですし。ですがあなた、会議の後いつの間にかいなくなって、いつの間にか戻って来てたでしょ。あなた以外はみんないましたから、あなたが犯人かと」

「……半分合っていて半分間違っていますわ。確かに露払いはしましたが、それは私と裏人格が行なったものですわ。やろうと言いだしたのはあの人のほうでしてね」

「あの人が!?」

 そのおかげで大分襲撃が楽に進んだのは否めない。しかしなぜだろう。納得出来ないのだ。まるで甘やかされているようで。

「もしそうであったとしても、どうか受け止めてあげて下さい。シャイなあの人が、1回くらいしか話していない方相手に、あそこまで親切にするのは本当に珍しいんですから」

「そ、そうなんですか?」

 どうも、気に入られてしまったらしい。あれほど滅茶苦茶な言いがかりをつけて、殺すとまで言っていたというのに。

 嬉しがったら良いのか、拒んだら良いのか、少し複雑な気分だった。



[Klara]

「お疲れ、リーネ」

「お姉様ー、一緒に寝よ!」

「はいはい」

 サッとシャワーを浴びて着替えた私と妹は、ダブルベッドにゴロリと寄り添うように寝転がる。ルームライトを消し、ベッドサイドのランプを()ける。

「それにしても、今日はよく頑張ったな」

「そう?でも(なま)ってたなー」

「ん?体がか?」

「今の体に鈍るもクソも無いよ。それよりも心が、よ。最近、戦いはあったけど、殺すなんて事は無かったでしょ?だから久し振りに人間を手に掛けて……罪悪感とか可哀そうとかそういうのじゃなくて、なんだか気持ち悪い感じ」

「だが、それが無くなれば、際限なく人を殺める事になりかねない。まだブレーキが利いているんだろう。良いじゃないか」

「そう?」

 ふと、妹がこちら向きに寝返りを打った。

「お姉様、戦いはまだ終わらないわ。あの帝国の事だから、もっと違う手を使ってくるに違いない。そうなると、お姉様が狙われるかも……」

「分かっている。確かに私も不安だよ。体力も無いし、スタンガンではどうにもならない事だってあるだろう。――しかし大丈夫だ。私には、コネクションという強固な防護壁がある。それにあの兄様の事だから、総督が何と言おうと承知しないだろう」

「んー……でも夜道は気を付けてよ?」

「分かった」

 リーネは笑顔で頷き、ベッドサイドのプラグにうなじからコードを伸ばしたコンセントを差し、間もなく眠りに就いた。

 姉妹一緒に寝るのは久し振りだ。だが、目の前にいるのは妹に似たアンドロイド。本物は、蜂の巣にされた上ビルから落下するという壮絶な最期を遂げた。

 それを思い起こすにつれ、少し胸が苦しくなり、リーネの頭を抱く。

 と、その時、私の携帯電話のバイブレーターが作動した。メールだ。

「何だ?一体……」

 こんな時間に、と言おうと思ったが、よく考えたらまだ午後9時にもなっていなかった。

 差出人、そして文面を見る。

 たちまち、眠気が吹き飛んだ。ベッドに戻っても、寝る気が起きず、ただ激しい胸の鼓動を聞いていた。

 そして直感した――ついに過去の軋轢を清算する時が来たのだと。

『平和省』のやからどもが勝手な事言いやがってますが、許してやって下さい。


ちなみに、ダグラスさんのモデルは、皆さんご存知のあの、外見も能力も超イケメンなのに性格がかなり残念なアメリカの軍人さんです。もっとも、お母さんは本家ではショーガールだったらしいですがね。あの、幼少時代女装してた人ですよ。


今回は姉御の裏人格祭です。いろんな所に顔出してます。


最近、本当ならモブだった帝国軍の兵コンビの影が濃くなってきた気がします。本当なら普通の子らにするはずだったんですが……結局彼らもワケありになっちゃいましたね。


さて、やっと長い長い1話が終わりました。次からは、色々な関係にケリをつけていく展開になるかと。


そんじゃ、また今度。

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