第二咲 好敵花
第2章です。
こっから本格始動していく予定。アッシュ君達も久し振りに顔出します。
[Chiara]
あの後、私は女武者――カロリーネちゃんを件の研究所まで運んだ。
彼女に肩を貸して歩いていると、話通り白い綺麗な建物数棟が見えてきた。
彼女曰く、正門の東側に『Psyche』用住居棟に続く門があるそうだが……あった。
門の脇には守衛室みたいなものがある。
「どうしました?」
その中から声を掛けてきたのは、カロリーネちゃんと同い年くらいの、栗毛の短髪に凛々しい碧眼の、どう見たって男物な白いタンクトップと迷彩柄のカーゴパンツ姿の、男前な……性別不明の青年だった。
名札には「Selgio」と書いてある。男だろうか。
「いえ、俺は女ですが、とにっかく女扱いが嫌いなものですから、名前も変えたんです。本名は忘れたという事にして下さい。……ところであんた誰ですか?リーネといるんだから敵ではないでしょうが」
「私はこの子を送りに来たんです。ちょうど戦闘を見かけまして」
「敵の方はどうしました?放置ですか?」
「え?あぁ、そういえば背負ってましたね」
あまりに軽かったから今まで気にしてなかった、気を失っている赤毛の少女を背中から下ろした。
セルジオというらしい男装の少女は、カロリーネちゃんとその女の子を、住居棟らしい建物から出てきた女性達に預けた。みんな揃いも揃って美人だ。
「あの敵の女の子、どうするんですか?」
「とりあえず向こうの情報を吐かせます。それからは考えてませんが、殺しはしないでしょう。出来ませんし」
ほっとした。私が運んできたせいで彼女が殺されたりしたら、気まずくて仕方がない。
「――あら、お客さん?」
セルジオさんと喋っていると、いきなり下の方から声がした。
見下ろすと、さらさらの黒い短髪に大きな濁りの無いヘーゼルの瞳の、小柄な美人さんがいた。
「姉御、こちらはリーネをここまで送って来てくれた……えっと……」
「フィリベルト・デルヴェッキオです」
ここでは男性名を名乗っておこう。
「私はイレーネ・モルゲンシュテルンです。……あら、貴方もセルジオみたいに男装をしていらっしゃるのかしら」
いきなり度肝を抜かれた。一発で見破られたのは初めてだ。
さすがは謎のアンドロイド集団のリーダーだ。
「いえ、褒められたものではありませんよ。人間として生きてきた年月を合わせればもう40代半ばですから、年寄りの勘ですよ。まぁその事は置いておきまして、私達も中へ入りましょうか。春も近いですがまだ寒いですし」
「いいんですか?」
「ええ。仲間を送ってきていただいておいて、おもてなしもせずにはい、帰って下さいというのは寂しいですもの。少々散らかっておりますが、どうぞお入り下さい」
「それでは、お言葉に甘えて……」
なんだ。チビ警官と話が違うじゃないか。マフィアよりもやばい的な感じで言ってたもんだから内心ビビってたっていうのに、むしろマフィア屋さんよりずっと物腰柔らかじゃないか。少なくとも第一印象は最高だ。
さて、建物の中の話だが、装飾面でも衛生面でも非常に綺麗で、ホテルをも連想させられた。いや、もっと汚いホテルなんてザラだぞ。
5階建てで、1階には緊急時用キッチン(人間用)に小さいランドリー、共同浴場(『Psyche』には綺麗好きが多いらしい)まである。
その中で私が通されたのは、2階の集会場であった。集会場って言っても、ちょっとしたサロンに見える。
「どうぞー」
向かい合って座っていた私達に熱いココア(イレーネさんは甘い物が好きらしい)を持ってきたのは、綺麗な黒の長髪に灰色の瞳を持つ、爆乳・美脚・美尻の三拍子が揃った、少し肌の色が黒い妖艶な美女だった。水着みたいな服なのは何のサービスだろうか。腕には薔薇のマークがあった。『鋼鉄花』の、また別の一派だろう。
「彼女はリーネの友人であるマリッサさんです。清く美しくある事を目指した『Aphrodite』の1人なんですが、神話と違って両者の仲は良好なんです」
「……服的に清らかとは言えんがな……」
「つっこまないで下さい……」
その後も、彼女たちとグダグダ世間話をした。
それで、ココアも無くなってマリッサさんにおかわりを頼もうとした時だった。
コンコン
「あら、ロビンかしら」
イレーネさんがドアを開けると、そこには25歳くらいの優しそうな白衣の天使がいた。
「リーネさんの修理が終わりました。既に目を覚ましております」
「ありがとうロビン。……キアラさん(本名はバッチリ教えました)、一緒に整備室へ、どうですか?」
「あ、え?はい……」
促されるまま、私は彼女達の後をついて行った。
階段を降り、住居棟を抜ける。
敵との戦いの被害が研究所に及ばないよう棟の周りに設置した高い壁の出入り口を出ると、ゲストハウス(意外に見学者が多いらしい)、共用棟(食堂なんかがあるようだ)、研究棟(生物・化学・工学・その他モロモロと、色々研究しているらしい)、研究者用宿泊棟(徹夜したい人用)、『Hestia』用住居棟(ここの所長によって開発されたのだ)、実験用植物園(見学者に大人気らしい)、そして、研究所内の癖に病院があった。
「あそこはカヴァリエーリ総合病院です。もちろん実験なんてやってませんよ。所長の息子さんが院長ですし、そもそも所長自身が、まぁユダヤ系というのも影響しているのかもしれないですが、とにかく人体実験が大っ嫌いなんです。そんなわけで、悪い評判は無くて、むしろリピーター多数です」
なるほど、メモメモ。
「リーネさんはあの病院地下の整備室にいます。行きましょう」
病院内は清潔感溢れる白で統一されており、それでいて変な威圧感は皆無であった。
地下も手抜き無しだ。さっぱりしている。
「リーネさーん。入りますよー」
ロビンと呼ばれていた白衣の女性が、「整備室A」と書かれたドアをノックする。
「はーい」
返事があったので、遠慮なく乗り込んだ。
カロリーネちゃんは、手術台みたいなものに腰掛けて、頬にUSBメモリーのような形状の棒を刺して、左腕の一部が蓋みたく開いた所を見つめていた。
「えっと、カロリーネちゃん。何刺してんだ?」
「これはスピリッツって言って、エネルギー補給するための物でね、ほら、こうやって頬の蓋を開けたら差し込み口があるでしょ?ここに差すと、人間で換算すると食事1回分くらいの電気エネルギーを補給できるの。これ、差してる時は味も感じるの」
言いながら彼女は、すぴりっつとやらをちょっと外して差し込み口を見せてくれた。
「まぁこれは言ってみれば補助用で、大方はこのうなじの所にあるコンセントから直接電気を取り込んでるわ」
「そんなに充電が必要なのか?」
「もちろん。機能が多いもんだからその分電力の消費が激しくてね。ほら、高性能の携帯電話なんてやたらと電気食うでしょ?」
「そっか。……で、その左腕のやつは?」
「あ、これ?これは話にもあったメーターよ。ちなみに体の異常は普通に痛みで感知するの。それが一番安全なのよ。無痛症の子とかって、目とかも平気で引っ掻いたりするもんだからゴーグルつけたりしないといけないし体傷だらけだしって感じで結構大変らしいから」
そういえば、そんな話聞いた事ある。
「――よし、充電完了」
カロリーネちゃんがスピリッツを外し、手術台から降りる。
「もう部屋に戻れそう?」
「ええ、大丈夫です。……ロビンさん今日もありがとう!」
「お大事に。もうこんなひどい怪我してきちゃ駄目ですよ」
整備室を出た私達は、再び集会場に戻った。
この時既に、『Psyche』への興味がムクムクと頭をもたげていた。
それを2人に打ち明け、取材をしたいと言うと、予想通り反対された。
「え、危険だけど、いいの?流れ弾が来ないとも限らないわよ?」
「私達は別によろしいですが、命の保障までは出来ませんので……」
粘ってみよう。
「命の保障なんていいんです。取材によって何か残せればそれでいい」
「でも、巻き込まれる事必至よ?」
「そうです。きっと『Athena』は、貴女を私達の同胞と見なすでしょう。そうなったら、貴女が彼等に狙われる可能性だって十分にあります。やめておいて損は無いでしょう」
……うぐ、なかなか手強い。
しかし、諦める気は毛頭無い。
それを悟ったのか、イレーネさんからこんな事を持ち掛けてきた。
「私達だけでは貴女をお守りする事は不可能に近いです。その代わり、貴女が自らの責任で身をお守りになるとおっしゃるのであれば、許可しましょう。ただし、何が起こっても恨み合いは無しです」
なるほど、自分達は責任を取りませんよ、という事か。
「分かりました。大丈夫です」
「それなら許可しましょう。いつでもここにいらして下さい」
「は、はい!」
思いがけず声が上擦ってしまった。
こうして、見切り発車で私の『鋼鉄花』取材は幕を開けたのであった。
私は家に帰って睡眠を取り、昼頃に再び研究所を訪れた。
集会場には、リーネちゃんとイレーネさん、そして灰色の髪と目の少し小柄な老人がいた。60歳くらいだろうか。すごく優しそう。
「あ、キアラ」
「キアラさん。こんにちは」
2人共ニコリと微笑みかけてくれたので、私も微笑み返す。
するとおじいさんが、
「あぁ、君がキアラちゃんか。話は聞いたよ。この子達を取材したいんだってね」
と、フレンドリーに歩み寄って来た。
「私はべネデット・カヴァリエーリ。ここの研究所の所長をやっているよ。昨日はカロリーネちゃんがお世話になったみたいだね。この子達を取材したいのなら私とも少しは関わるかもね。よろしく!」
そう言えば私、所長を顔合わせてなかったな、と思いつつ、博士(……で合ってるよな?)が差し出した手を握り返した。
……何だか、深く取材すればするほど印象が良くなって来る。これは、あの頭硬そうなチビにも教えてやった方が良いかもしれない。
「実は今日、『Athena』からカロリーネちゃんに向けて直接果たし状が来てね。と言っても、決闘の前には絶対来るんだけどね。でも個人宛は初めてだよ。それも向こうのルーキーからだ」
「ルーキー、ですか?」
「うん。九度山信乃っていう若い女の子らしいんだけど、結構強いらしいんだ。……ねぇ、イレーネちゃん」
「そうですね。若いですけど優秀な槍使いですし、知略も長ける。下手な戦はしない人ですよ。もっとも、仲間には新人という事で軽蔑されているようですが、将来がある。だからこそ、我々にとっては脅威です」
……結構やばそうか?
「と言っても、負ける気はさらさら無いですがね。リーネも新入りではあるものの刀の扱いは達人級で戦略家、十分対抗できるでしょう。連日の戦闘というネックがありますが、あちらも同じ条件らしいですし」
「大丈夫でしょう。ここは一応ガウェインと行きましょう。向こうが雑魚を連れて来ている可能性もゼロではないですし」
「それなら頼むわよ。深夜2時にあの広場に、ね。私もちょっと顔出すから」
「分かりました。お任せ下さい」
彼女はキリリとした凛々しい笑みをたたえ、力強い足取りで去って行った。
昼に睡眠を取った私は、リーネちゃんとガウェインさんと共にあの寂れた広場の血染めの煉瓦を踏んだ。夜型人間キアラ。
目の前に、アジア系と思われるポニーテールの少女がいた。白い小袖に黒い袴に赤い胴丸と鉢巻が映える、スタイル文句なしの美人だ。リーネちゃんと同い年くらいだろうか。
「話は聞いていた。あんたがカロリーネとやらか。私は九度山信乃だ」
リーネちゃんが指を鳴らす。
「そなたが件の手練れか。さすれば話は早い。お手合わせ願う。……弁慶、そちはあの者が手の者を出すまで下がっていよ。その代わり、手の者が現われた時には背中を預ける」
「承り申した」
「いや大丈夫だ。私は手下なんて使わんよ。1対1で正々堂々とやろう」
信乃ちゃんが1本の十文字槍を構えた。
「ん?あんたは入れ替わらないのか?」
「裏は昨日暴れ回って疲れているだろうからな。私も武道の心得はある」
「それなら良い。かの巴御前とて女子じゃ。手練れに男も女もあらぬ。いざ勝負!」
言うや否や、九郎さんは疾走して信乃ちゃんに向けて居合い斬りした。
しかし信乃ちゃんは、槍でその一撃を受け止めた。
「今度は私の番だ!」
彼女は槍を構え直し、鋭い突きを繰り出した。
「……速い」
九郎さんが冷や汗を流す。
それでも、何とか刀で槍を跳ね上げさせた。
そのまま、腕を返して斬り込む。
だが、信乃ちゃんは突きで弾き飛ばし、槍の先端を九郎さんの脇腹に食らわせ――ようとしたが、彼は槍を足掛かりにバク宙してかわした。
この間、3分も無かった。
2人は一旦下がり、体勢を整える。
「そなた、なかなかやるな」
「あんたこそ」
呼吸は乱れていた。
少し休むと、2人は再び武器を構え直し、そして
「せいやぁああああああっ!!!」
「うおぉおおおおおおおっ!!!」
雄叫びと共に全力でぶつかった。
両者の実力はほぼ拮抗していた。
しかし、やはり昨日の疲れが残っているのか、次第に九郎さんが劣勢となっていった。
刀も、いつもより重そうに見えた。
それでも彼は、フラフラしつつも突撃する。
が、信乃ちゃんはいち早く九郎さんの懐に入り込んだ。
彼が、しまった、と焦りを露わにした。
信乃ちゃんがニヤリと笑う。
そして、彼女は喉元を焦点に槍をぶち込む――その時だった。
「!!何アレ!?」
「……!!?」
「え……!?」
今はもう博物館にしか存在しないはずの戦闘機が、ナポリの大空を駆けていた。
信乃ちゃんも九郎さんも私も、呆気に取られる。
戦闘機は、まず噴水に爆弾を――ってあれ?これって爆撃機?
噴水の近くで戦っていた2人は慌てて飛び退る。
爆発音と共に水柱が立ち上がった。すると、それに驚いてか、武器を持った男女が20人くらいバラバラと路地から出てきた。
「チッ!いらないって言ったのに!」
舌打ちする信乃ちゃん。どうやら勝手に上が寄越した彼女の援軍らしい。
爆撃機のパイロットは、この光景を不気味に見降ろしているようだった。
「何だ貴様は!」
対空砲を持った男が、よせばいいのにパイロットを挑発して発砲した。
その時、広場を旋回していた爆撃機が動いた。
空に上がって高度を上げたかと思うと、いきなり機首を下に向けて垂直落下した。同時に、機体に取り付けられた、アホみたいに巨大な機関砲(バランス完全無視な設計のくせに機体は安定してる。ワケ分からん)をぶっ放す。
たちまち、援軍の数人が消し炭と化した。金属部分くらいしか残っていない。
そのまま機体は低空飛行する。廃墟とはいえナポリの市街地で、である。もうムチャクチャだ。
しかし、これはスクープになりそうだ。
密かにリーネちゃんvs信乃ちゃんの戦いをバッシャバシャ撮ってメモリ残量がやばいカメラを構える。
ちょうどその時、爆撃機(というよりむしろ空砲機とでも言った方がいいかもしれない)が、私の目の前で砲撃した。
シャッターチャンス、連射!
……いい写真が撮れた。やっぱり戦いは連射に限る。
次はアングルを変えようと、パイロットに目を付けられないようにと金属の塊もとい元『Athena』を横目に走り出す。
カメラを爆撃機に向けたその時、例の対空砲野郎が操縦席に向けて発砲した。
が、機体は大きくホップし、高く舞い上がった。
そして再び急降下し、野郎を的に機関砲をぶっ放した。
「すごいな……」
撮影しながらも、思わず口笛を吹く。
……ったく、これ以上何かやらかしても撮れな……いや、空のSDカードがあった。ラッキー。
メモリを取り替え、再びカメラを構える。
するとパイロットは私が撮影している事に気付いたらしく、嫌がるどころか逆にノリノリになったのかアクロバティックな変態飛行を見せてくれた。
すげぇ、余裕だ……。
――ちょっとファンになりそうかも。
……あ、そう言えばリーネちゃんとか信乃ちゃんとかガウェインさんとかはどうしてるんだろう、と思っていたら、リーネちゃんが機関砲の標的になったらしく、低空飛行した機体が彼女の背後から迫りつつあった。
彼女がエンジン音に気付いて振り返る。
しかし時は遅く、機関砲は爆音とともに発砲した。
万事休すか。
と、
「ハァァッ!!」
リーネちゃんが、雄叫びと共にビルの3階くらいの高さまで飛び上がった。
パイロットでさえも唖然としているのが肌で分かった。
彼女は近くの煉瓦造りのビルの3階に窓ガラスを突き破って転がり込んだ。
もちろんこれもシャッターに収めた。
リーネちゃんはビルの中に、信乃ちゃんとガウェインさんはそれぞれ路地裏に隠れて反撃の機会をうかがっているようだ。
一方の爆撃機は、再び急降下して別の『Athena』に襲いかかった。
さて、どうなるか……。
その時だった。
「――あら、随分と騒がしいじゃないですか。どうしましたの?」
透き通る低い声と共に、路地の暗がりからイレーネさんが現われた。
「ちょ、ちょっと危ないです!1人で来ては――」
リーネちゃんが窓から身を乗り出す。
――だが、『Athena』は、イレーネさんを一目見た瞬間、凍りついていた。
「う、うわぁあああああああ!!!バケモノだァァッ!!!」
誰かがそう叫んだのを発端に、『Athena』達は脱兎のごとく逃走した。
爆撃機も、獲物が去った事を嘆くように帰って行った。
信乃ちゃんも、気が付けば姿を消していた。
「あ、キアラ。随分撮ってたねぇ!」
リーネちゃんがビルから飛び降り、ガウェインさんと共に走り寄って来た。
「姉御!奴ら本当に失礼ですね!何ですか化け物って!こうなったら黙っていられません!今度の決闘でボッコボコにしてやりましょう!!」
ガウェインさんは苛立ちを隠そうともせず、ただ自分達のリーダーが化け物呼ばわりされた事に立腹していた。
――しかし、イレーネさんは力なく笑って項垂れていた。
悲しげに。
翌日、私は本業の取材でイタリア3大犯罪集団の1つ、カモッラの中でも片手の指の中に入るヘタレ組織、ロッセリーニ・ファミリーの事務所を訪れた。
事務所に入るや否や、ワインの匂いがプンプンしてきた。朝っぱらから酒をかっ食らってるらしい。皆当然のようにダーツやトランプに勤しんでいる。
組長自ら受けてくれたインタビューの最中も、彼の奥さんや組員達がしきりに酒を勧めてきた(しかし、挨拶代わりのグラス2杯でやめておいた)。
……この人ら、カジノやらバーやらで稼いでいるらしいが、収入は足りているのだろうか。と思ったら、組長が今度合法な商売に手を出したいとか言ってきた。まったく、どこぞの賄賂ひったくってる警察諸君一部なんかよりよっぽど健全な市民やってるじゃないか。
取材を終え、帰路に就いた(帰り際、プライベートで1杯やらないかと言われた。どんだけ酒飲みたいんだこいつら)。
その道すがら、チンピラに遭遇した。
連中と絡んでもロクな事は無い。制御が利かないという面で言えば、マフィアよりもずっとタチが悪い。
しかし、他の道にそれる前に連中に囲まれてしまった。
「テメェ、オレらのシマ勝手に入ってんじゃねぇよマッポが」
……はぁ?
整理すると、つまりは私が警官に見えるという事か?目の病気なのか?大体、ここロッセリーニの陣地だし。
そう言うと、何かキレてきた。ビタミン不足。
「うっせークソ野郎!!とりあえず金寄越せっつったろ!!」
初めて聞いたぞンな事。こいつらのIQ調べたら面白い値が出てきそうだ。
「悪いが、私は今日金を持ち合わせていなくてな、そもそもこちとら貧乏で持ち歩ける金は無い」
そしたら、優しく言ってやったのに余計キレやがった。こいつらは「衣食足りて礼節を知る」の逆の例を地でいっているようだ。
「あァ!?ナメてやがんのかテメェ!!ぶん殴ってやる!!」
で、実際にぶん殴られた。
本当にムカつくなら手元の銃を使えばいいのに。さてはこいつ、まだ人を殺すようには肝据わってねぇな?
「くそっ!スカした顔しやがって!テメェらこいつ押さえてろ!」
その声と共に、私は2人の男に体を押さえられた。
さすがに覚悟を決めた。
と、その時だった。
「――君達、何やってるのかな?」
少し高い若者の声が路地の入口から聞こえてきた。
皆一斉にその方向に目を向ける。
そこには、金髪碧眼で色が白い、中肉中背の、顔立ちに少し幼さを残した美青年がいた。肩に美しい白鳩が乗っており、大きな鞄を持っていた。
「駄目だよ?道端の女の人にちょっかい出しちゃ」
青年は、チンピラ共が構えている拳銃も意に介さず、子供じみた笑みを浮かべて鳩を撫でている。
「テメェ何ニタニタしてんだ!!ふざけやがって!!」
こいつら「~やがる」使い過ぎだな、なんて思いながら一番若い男に体を押さえられている。いい加減放せよ。
「ふざけてはいないよ?ただ、『軍隊島』帰りとしては物足りないってだけだよ。だって弱そうだもん」
…………『軍隊島』……?
初めて聞く単語だ。
もしかして、都市伝説として囁かれている「民間に知られないように戦争をする為の人工島」の事だろうか。
あれは真実だったのか?
「『軍隊島』だかなんだか知らねぇけどナメんじゃねーよ!!ボコボコにしてやる!!」
馬鹿はそんな事は考えもせず、ただ青年に向かって殴りかかった。
が、
「グゲッ!!」
野郎は青年の回し蹴りを喉元に食らい、バタリと倒れた。あっけない。
「テメェ!!よくもニックを!!」
もう1人がいきり立って殴りかかりつつも、青年に逆に殴られてまた倒れた。
3人目は、私を解放して逃げた。
後に残ったのは、私と青年だけだった。
「あの、助けて頂いてありがとうございます……」
「いや、お礼はいいですよ。僕もいい肩慣らしになりましたし。……ああ、1つだけ聞きたい事があるんですが、カヴァリエーリ研究所ってどこですか?」
もちろん知っている。が、案内して大丈夫だろうか。
『Athena』とは思えないし、いいか。
「ああ、私知ってます。案内しましょうか?」
「その鞄って何が入ってるんですか?」
「これは精油とかですね。香水用の」
「彼、フランスで調香師をやってまして、その仕事道具です」
「兄貴は鼻が利くからな。においで個人の判別まで出来る」
「すごっ!」
謎の青年と研究所に行く途中で彼の連れと合流し、私達は4人になった。
1人は20代後半らしく、少しカールした赤毛に青い目、白い肌の超絶美女。背がスラリと高くてボンキュッボンな体。良い乳。どうも青年の彼女らしい。
もう1人は青年と同じく20代半ばくらいで彼と似てるし、髪や目の色も同じだ。「兄貴」って呼んでるし、妹らしい。小柄な美人だが、完全なる男口調で一人称は「俺」だったりする。兄より男らしい。
そんな3人を引き連れて、目的地に――あ、着いた。
「ここが研究所ですか?『Psyche』はどちらにいるのですか?」
「あの子達ならあそこですよ」
セルジオさんの所へ行き、自己紹介させる。
「僕らが何者かは、これを見れば分かると思いますよ」
そう言って3人は、上着をまさぐって「何か」を手に取った。
その「何か」を一目見て、私もセルジオさんも目を向いた。
それは、金色に光る、鳩の形をしたバッジだった。
「これは、『Olive Branch』の……!」
(シッ!僕達今指名手配中なんで!詳しくは中で話させて下さい!)
青年は、口走る私の口に指を当てて、小声で制止した。
「……分かりました。特別に中にお通ししましょう」
集会場へ行く間、これほど緊張した事は無かった。
中に入り、2階に上がった所で、私の脚に何かぶつかった。
見ればその正体は、ライトブラウンの髪にグリーンの目の、10歳くらいであろう可愛らしい少女だった。
「あ、ご、ごめんなしゃい……」
女の子は半泣きになっていた。
「いや、いいよ」
なんて言いつつ頭をなでなでする。
はて、この子は一体誰だ?とか思っていると、保護者らしき20代後半辺りの男性が少女に駆け寄って、
「すみません!うちの子が……」
と言って女の子を抱き上げた。女の子とは目の色が違って彼はブルー、長身で少し筋肉質なスポーツマンみたいな体格で、凛とした顔立ちの男前だ。
「あの、この子は……」
「この子はロッテといいまして、私の養子です。ちなみに私はベルンハルト・モルゲンシュテルン、イレーネの夫です」
「あ、私はキアラ……って、あの人結婚してたんですか?」
「えぇ。彼女が『Psyche』になった後結婚しまして」
イレーネさん、リア充だったんだ。
「そうでもないですよ。事件ありきの出会いでしたから」
そうなのか。
こんな感じでグダグダ喋っていたら、階段から当の本人がリーネちゃんと一緒に降りてきた。
「セルジオ、今日もお客さんがいらしているの?」
「はい。何でも、3人共『Olive Branch』のメンバーで指名手配中とか……。そこで、大っぴらに話を聞くわけにもいかず、敵意は無さそうなので通しました」
「分かったわ。詳しい事は私も聞くわ」
そんなこんなで、総勢7人で集会場に入った(ロッテちゃんは白鳩と遊んでいた)。
――ただ、私達がバッタリ出くわした時、イレーネさんも『Olive Branch』の3人も息を呑んでいたのが気になった。
その答えは、開口一番本人が言ってくれた。
「アッシュ君にマイリーちゃんにジャクリーヌさん。お久し振りですね」
「え!?知り合いなんですか!?」
「えぇ。私、『Olive Branch』初代メンバーの1人でして、創設にも関わりましたの。この赤毛の人、ジャクリーヌ・オリヴィエさんは同志で、金髪兄妹のアッシュ君とマイリーさんとは、創設者であり2人のお父さんでもあるニコラス・クロード大将の遺体を遺族に引き渡す際に会いました」
……整理すると、青年がアッシュ・クロード、金髪少女がマイリー・クロード、で、赤毛の女性がジャクリーヌ・オリヴィエか。
アッシュ・クロードは聞いた事がある。
2031年に、ミッドウェー諸島とハワイ諸島を頂点として逆三角形となる場所にある聖ミカエル島から軍を起こし、ハワイ諸島を占領した『平和省』とやらが打ち立てた新国家、セントマイケル帝国(何の事は無い、聖ミカエルを英語読みしただけだ)。この国は次々とオセアニア諸国を占領し、それを足掛かりについには資源の宝庫である東南アジアやオーストラリアにまで迫っているという。これがよりによって、女帝ギネヴィアを傀儡とした総督による独裁国家なのでアメリカやSEU(第二ヨーロッパ連合)は制裁を下したいところなのだが、軍隊自体が無いので不可能だそうだ。
しかし、ただ1つ対抗しうる組織がある。それが2028年から『平和省』と対立している反戦地下組織『Olive Branch』であり、そのリーダーがアッシュ・クロードという男だという。
そういう噂が一部の人間の間で語られているのである。
「そうですわ。その聖ミカエル島こそが『軍隊島』ですの。……あと、どうも私の裏人格が、その聖ミカエル島と逆三角形を作っている島の名前をあんまり聞きたくないみたいなので、今後は少し気を付けていただければ幸いですわ」
「え?……ああ、そういえばそうでしたね。黒歴史」
裏人格の正体を知る私達と、あとジャクリーヌさんはプッと軽く噴いてしまったが、アッシュさん達兄妹はポカンとしていた。
それに気付いてか、イレーネさんが軽く咳払いした。
「余談が過ぎましたね。ところで貴方はどうしてここに来られたのですか?」
あ、アッシュさん戻って来た(精神的な意味で)。
「実は、貴方がたが対立している『Athena』の生みの親である『Ultrasonic』と『平和省』が接近しているというのです。私達のメンバーは精々30人ほどなので、太刀打ち出来ません。そこで、同じ『鋼鉄花』で対立している『Psyche』に味方していただきたいなと思って来ました」
すると、イレーネさんは探偵みたいなポーズで考え込んだ。
「悪くない相談ではありますが……少し保留させて下さい。その代わり、もし隠れ家などが無いなら匿いましょう。同じ穴の狢であることには変わりないですし」
「すみません。もしここに何かあれば加勢しますので、お願いします」
こうして何だかんだ言って形式的に同盟が成立した。
これがさらなる波乱を巻き起こす事になるだろう。
もっとも、それが吉と出るか凶と出るかはまだ分からないが。
他に追加しよっかなーとか思ったんですが、蛇足っぽかったのでやめときます。