第8話 運動会①
『これより、運動会を開催致します』
スピーカー越しのアナウンスが、校庭全体に響いた。
ざっ、と一斉に足音が止まり、視線が前に揃う。
開会宣言。
校長挨拶。
選手宣誓。
準備体操。
決まりきった流れだが、今日という日を実感させるには十分だった。
……いや、やっぱり校長挨拶は長い。
壇上で話し続ける校長の声は、途中から内容が頭に入ってこなくなる。
風に揺れる万国旗や、テントの端がぱたぱたと鳴る音のほうが、よほど意識に残った。
隣を見ると、桜はもう限界らしい。
つま先で小さく跳ねそうになったり、腕をぶらぶらさせたりと、明らかに落ち着きがない。
「……あおいちゃん、まだ終わらないのかな?」
精一杯の小声で話しかけてきた。
「校長の話が長いのは世界共通だよ」
「もう少し我慢できる?」
そう言いながら、軽く桜の袖を引く。
「……うん」
口ではそう答えたものの、体は正直だ。
今にも動き出しそうな雰囲気が全身から伝わってくる。
桜だけじゃない。
周りを見渡せば、ほかの一年生も同じようなものだった。
きょろきょろと視線を動かしたり、靴のつま先で地面をこすったり。
(まぁ、無理もないよな)
———
ようやく、校長の話が終わる。
拍手が起こり、校庭の空気が少しだけ軽くなった。
その瞬間を逃さず、桜が小声で話しかけてくる。
「あおいちゃん、ようやく終わったね」
「これで終わり?」
「この後は選手宣誓、その次に準備体操だよ」
「ふへぇ……まだあるのー?」
心底うんざりしたような声だ。
「準備体操が終われば、開会式は終わりだから」
「もう少しだけ頑張って」
「あともう少し!」
「やっと体、動かせる!」
嬉しそうに声を上げたせいで、周囲の視線が一瞬集まる。
「こら、桜。静かに」
注意すると、桜は慌てて口を押さえた。
ちょうどそのタイミングで、選手宣誓が終わる。
高学年の代表が、少し緊張した声で宣誓を終えると、拍手が校庭に広がった。
そして——
『次は準備体操の為、間隔を空けて並んでください』
アナウンスが流れた瞬間、校庭の空気が一気に動いた。
「ほら、桜。動いて」
「やっと動ける!!」
待ちきれなかったと言わんばかりに、桜は一歩前に飛び出す。
その勢いに少し引っ張られつつ、俺も指定された位置へ移動した。
クラスごと、学年ごとに間隔を空けて整列する。
赤、青、黄……色とりどりのジャージが校庭に並び、朝の日差しを受けてやけに眩しく見えた。
『それでは、準備体操を始めます』
スピーカーから流れてきた音楽に合わせて、体操が始まる。
腕を上げて、伸ばして、回す。
普段の体育と同じ動きのはずなのに、今日は妙に気合が入る。
『いち、に、さん、し!』
先生の掛け声が響く。
あちこちから、少しずつズレた声が返ってくるのも、こういう行事らしい。
横を見ると、桜は全力だった。
腕を伸ばすたびに、ジャージの袖がぱたぱたと揺れる。
「あおいちゃん!」
「ちゃんとやらないとケガするよ!」
「……桜、真面目だね」
「だって運動会だもん!」
その一言が、妙に胸に残った。
体操が進むにつれて、体が温まっていくのが分かる。
校庭の緊張感も、少しずつ和らいでいった。
最後の深呼吸を終えると、準備体操は終了した。
『これで開会式を終わります』
『本日の競技は、次の順番で行います』
アナウンスが、今日一日の流れを告げる。
午前中は——
短距離走。
次に、綱引き。
そして、組体操。
その後、待ちに待った昼休憩。
午後は——
大玉転がし。
玉入れ。
最後に、全学年リレー。
どれも、練習してきた競技ばかりだ。
「いよいよだね、あおいちゃん」
桜が小さく、でも嬉しそうに言う。
「……うん」
胸の奥が、少しだけ高鳴る。
校庭では次の競技、短距離走の準備が始まっていた。
競技は1年生→6年生と順番に行っていくため1年生は大抵最初に準備をする。
「あおいちゃん!ほら!わたしたちからだよ!」
「うん...わかった」
桜に手を引かれ待機場所に向かう。
手を引かれたまま、その背中を見ながら歩く。
桜の背中を見て歩いていると、
このまま無事に運動会が終わることを願った。
何故かそう願ってしまった。




