第5話 入学式と家族同士の交友
「前を見て、ゆっくり歩きましょう」
言われた通り、前を向く。
左右に視線を向けると、保護者席が見えた。
――いた。
父は、こちらを見つけた瞬間に満面の笑みを浮かべている。
母は、少しだけ緊張した顔で、まっすぐ俺を見ていた。
――保護者席。
「……入ってきたわ」
母が小さく言った。
「葵、あそこだね」
父は身を乗り出しかけて、母に肘で止められる。
「ちょっと、静かにしなさい」
「だ、だって……」
「分かってるから」
母の声は落ち着いているが、指先はわずかに強張っていた。
小さな背中。
新品の服。
少しだけ緊張した歩き方。
「……大きくなったわね」
「まだ六歳だけどな」
「それでもよ」
母は目を細める。
「ちゃんと、前を向いて歩いてる」
父は、ふっと息を吐いた。
「……心配しすぎ、かな」
「親なんて、そんなものよ」
————
席に着く。
椅子は俺の身体に合わせた小さなサイズだ。
前に座ると、自然と足が床につく。
周囲を見渡す。
隣の桜は、少しそわそわしている。
後ろの子は、きょろきょろと落ち着きがない。
……正常だな。
俺だけが、場違いなほど冷静だ。
「これより、〇〇小学校 入学式を始めます」
司会の声が、体育館に響く。
全員、立つ。
(……立つのか)
着席。
起立。
礼。
説明通りだが、なかなか忙しい。
校歌斉唱。
新一年生は歌わない。
(そのうち覚えるんだろうな)
校長が壇上に立つ。
白髪混じりで、穏やかな顔をしている。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
長い。
とにかく長い。
内容は――
・友達を大切に
・元気に挨拶
・勉強と遊びの両立
サヴェージで聞いた演説と、大差ない。
(どこの世界も、言うことは同じか)
来賓挨拶。
また長い。
途中、桜が小声で囁いてきた。
「ねぇ……まだおわらないのかな?」
「……多分、まだ」
「えぇ……」
小さく肩を落とすさくらを見て、少しだけ笑いそうになる。
————
「新入生代表、言葉」
代表の子が壇上に上がり、練習した言葉を一生懸命読み上げる。
拍手。
「これにて、入学式を終了します」
ようやく、だ。
拍手が起こり、先生の指示で再び立ち上がる。
(……終わったか)
周りから拍手を貰いながら体育館を出る。
————
先生の指示に従い、俺たちは再び教室へと戻った。
教室ではこれからの学校生活についての簡単な説明があり、
その後、一人一人に教科書が配られる。
新品の紙の匂いが、やけに強く鼻についた。
とはいえ、今日は入学式だけ。
授業が始まるわけでもなく、それで本日の学校行事はすべて終了となった。
午後からは家族で外食に行く予定を立てている。
親の元へ向かおうと席から立ち上がった、その時。
「あおいちゃん! そとまでいっしょに行こ!」
隣の席の桜が、ぱっと顔を輝かせて声をかけてきた。
「うん……いいよ」
短くそう答えると、桜は両手をぎゅっと握って跳ねる。
「やった!
あおいちゃんはこの後どうするの?」
「私は……親と、ご飯……」
言葉を選びながら答えると、桜は一瞬きょとんとした後、すぐに弾けるような笑顔になる。
「わたしも!
パパとママとおすしやさん行くんだ!」
そして、思いもよらない提案が飛んできた。
「あおいちゃんも、あおいちゃんのパパとママも、いっしょに行こうよ!!」
……桜ちゃん?
君、コミュ力が高すぎないか?
「……親に聞かないと、分からない……」
俺がそう言うと、桜はあっさりと頷いた。
「そっか! たしかにそうだね!」
切り替えが早い。
この年齢でその柔軟さ、正直見習いたい。
「あ! パパとママだ!」
桜の視線の先を見ると、桜の両親らしき大人がこちらに向かって歩いてきていた。
「桜! 見てたよ!」
「おう、立派だったな、桜」
父親と思われる男性が、少し誇らしげにそう言う。
「桜? 横にいる子は新しい友達かい?」
「うん!
あおいちゃんっていうの! 可愛いでしょ!」
「ははは、そうかい」
そう言って、桜の父親は俺の方に視線を向けてきた。
「あおいちゃん、少しさわがしいところがある子だけど、仲良くしてやってくれると嬉しいな」
「はい……」
とりあえず、礼儀正しく頷く。
そこへ、タイミングを見計らったように俺の両親も合流した。
「あら? 葵が来ないから、こっちから来たわよ」
「葵! 立派で可愛かったぞー!」
……頼むから人前では少し静かにしてくれ。
「葵、そちらの方は?」
「隣の席になった桜ちゃんと、その両親だよ」
「おお、なるほど!
早速新しいお友達ができたのか! さすが葵だ! 天才!」
「パパ、そうじゃないでしょ!」
母がいつものように一発父に入れる。
母は慣れた様子で桜の両親に挨拶をする。
「すみません、うちのが……
私、葵の母の美晴です」
「こっちの親バカが、父の裕二です」
……ん?
思わず、俺は口を挟んでしまった。
「え……パパって、裕二って言うんだ……」
その瞬間、父は信じられないものを見るような顔をして――
次の瞬間、目から雫を一粒、ぽろりと落とした。
「葵?
パパの名前、知らなかったの?」
「そんなにパパに興味ない?」
母が呆れたように言う。
「はいはい、後でいくらでも泣いていいから。
今はシャキッとして」
容赦がない。
それを見て、桜の父親が豪快に笑った。
「はっはっはっ、微笑ましい家族ですな。
私は桜の父の、蓮です」
続けて、桜の母が微笑みながら頭を下げる。
「母の華です」
「「「「よろしくお願いします」」」」
親同士の挨拶が続く中、退屈してきたのか、桜が父親の袖をくいくいと引っ張った。
「ねぇねぇ!
あおいちゃんの家も、外でご飯食べるんだって!」
「あおいちゃんと、いっしょにたべたい!」
「あらあら、桜はいつも急ね」
桜の母が苦笑する。
「いきなり言っても、葵ちゃんのご家族も迷惑でしょ?」
そこへ、俺の父が一歩前に出た。
「いえいえ、迷惑だなんて」
「もし良ければ、本当にご一緒しませんか?」
「え、いいんですか?
桜の無茶ぶりなんで、全然気にしなくても大丈夫ですよ?」
父は少し照れたように頭を掻く。
「うちの葵は、幼稚園も保育園も行ってなかったので……
桜ちゃんが、初めての友達なんですよ」
「何かの縁だと思いますし、家族同士仲良くしたいんです」
――さらっと、俺のぼっち事情が公表された。
おい、父よ。
「そういうことなら、是非」
「桜、葵ちゃんのご両親に、ありがとうは?」
「あおいちゃんのパパとママ、ありがとう!」
「さくらちゃん、うちの葵は少し喋るのが苦手なところがあるかもしれないけど……よろしくね」
「うん!!」
過去一番の笑顔を桜は見せた。
(出会ってから数時間)
こうして――
俺がほとんど会話に参加することなく、
家族同士の食事会が決定した。
……まあ、悪くない。
たぶん。




