第2話 Vtuberになるために
決意してからの俺の行動は早かった。
「ねぇ、パパ……お願いがあるの」
リビングのソファで新聞を読んでいた父が、顔を上げる。
「ん? どうした、葵」
俺は少しだけ言葉を選び、五歳児らしい間を作る。
それから――必殺の上目遣い。
「葵ね、自分だけのパソコンが欲しいな……」
一瞬の沈黙。
そして父の表情が、露骨に緩んだ。
「……パソコン、か。お勉強に使うなら……いいぞ?」
――落ちた。
内心でガッツポーズを決めつつ、俺はぱっと顔を明るくする。
「ほんと!? ありがとうパパ!」
「はは、そんなに喜ばれると悪い気はしないな」
……なお、その日の夜。
「あなた、相談もなしに何を買ってるの!」
「い、いや……葵がどうしてもって……」
「どうしても、じゃありません!」
リビングに響いた鈍い音と、父の短い悲鳴。
俺は部屋の隅で、そっと視線を逸らした。
……すまん、パパ。
————
世界一のVtuberになると決めたからといって、すぐに配信を始めるわけじゃない。
そもそも俺は、まだ五歳だ。
「だめよ、そんなの」
――と言われて終わる未来しか見えない。
だから、Vtuberとして表に出る年齢は十四歳と仮決定した。
理由は単純だ。そのくらいなら、親も反対しないだろうという希望的観測。
それまでに、できる準備はすべて済ませる。
「葵、パソコンで何してるの?」
背後から母の声がして、俺は画面を閉じた。
「えっとね、調べもの!」
「目、悪くしないようにしなさいよ?」
「はーい」
――嘘は言ってない。
Vtuber、ゲーム、配信機材。
それだけじゃない。この世界――地球の常識、歴史、情勢。
前世の知識が邪魔をする場面も多い。
だからこそ、基礎から叩き込む必要があった。
調べていくうちに、2つ分かったことがある。
Vtuberは企業勢、個人勢と2通りある。
企業勢のメリットは色々あるが後ろ盾になってもらえるのがでかい。
元々の企業の知名度も付いてくる。
個人勢のメリットはなんと言っても自由なところだろう。
企業勢ならある程度の制限が出てくる。
まぁ、俺の場合十四歳から始めるため大体年齢制限で引っかかる。
個人勢一択だろう。
そして次に、
Vtuberには“キャラ”が必要だ。
亜人、異世界人、天才、ポンコツ。
個性を前面に押し出して、初めて記憶に残る。
「……俺の場合、」
自然と考えがそちらに向く。
魔法。
それが最大の武器になる。
演出に使えば、誰にも真似できないことができる。
知能を一時的に底上げする魔法を使えば、技術習得も桁違いだ。
事実、俺はこの魔法で――
日本語、英語、中国語の三か国語を、一か月で覚えた。
もちろん、人前では年相応の話し方しかしていないが。
問題は、金だった。
Vtuber用のアバター、モデリング。
軽く調べただけでも、数十万円は当たり前。
父なら、頼めば出してくれるだろう。
だが――
「そんな大金、ダメよ」
母の声が脳裏に浮かぶ。
ならどうするか。
「……自分で作るか」
魔法で知能を引き上げ、技術を学ぶ。
理屈の上では可能だ。
実際、プログラムやモデリングの基礎は数日で理解できた。
――だが。
「……」
紙に描かれた、一枚の絵。
俺なりに描いた“美少女Vtuber”のラフだ。
「葵、上手に描けてるじゃない」
母が覗き込み、にこりと笑う。
「これは……お猿さん?」
「……」
猿じゃねぇ。
美少女だ。
言い訳じゃないが、模写なら完璧にできる。
だが、ゼロから生み出す“創作”は別物だった。
前世では剣を振るうだけの人生。
創造性なんて、育つ余地がなかったらしい。
「……練習するしかないか」
気づけば、猿は人くらいには進化していた。
多分。きっと。
「来年から、小学校よ」
夕食時、母が言った。
「しょうがっこう?」
「そう。お友達もできるわよ」
学び舎――。
サヴェージでは、貴族だけの特権だった場所だ。
「……ちゃんと、いけるかな」
思わず漏れた言葉に、父が笑う。
「大丈夫だ。葵は賢いからな」
「……そうかな」
前世を含めても、学校というものは初めてだ。
柄にもなく、少しだけ緊張している自分に気づいて、心の中で笑った。
(……らしくないな)
夜、布団の中で天井を見つめる。
この世界で、俺は誰にも本当の自分を見せていない。
親にも、だ。
だが――
Vtuberなら、違う気がした。
どんなことを言っても、
どんな存在を名乗っても、
それは“設定”として受け入れられる。
本当の俺を、世界に出せる場所。
その時、俺は――




