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〜転生した元勇者は世界一のVtuberを目指す〜  作者: ina
第1章 Vtuber準備編
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第21話 本音・本心

少し前から決めていたことがある。


修学旅行が終わったら、ちゃんと話そう。

今まで隠してきた、本当の気持ちを。


————


家に帰ると、どこか懐かしい匂いがした。


玄関の灯り。

廊下の軋む音。

変わらない日常の空気。


「手洗いうがいしてきなさい」


「晩御飯用意してるから食べましょう」


「うん」


短い返事。

でも胸の奥は、少しだけ騒がしい。



夕食の時間。


テーブルには湯気の立つ料理が並んでいた。


味噌汁。

焼き魚。

小鉢に入った煮物。

それから、いつもより少しだけ豪華な唐揚げ。


「修学旅行お疲れさま、ってことでね」


母が柔らかく笑う。


「いただきます」


箸を取る。

いつもの味。

安心する味。


父が興味深そうに身を乗り出す。


「で? 京都はどうだった?」


「楽しかったよ」


伏見の街並み。

石畳の感触。

班行動で食べた抹茶スイーツ。

桜が土産を買いすぎて荷物がパンパンになったこと。


話しながら、自分でも驚くくらい自然に笑っていた。


両親は何度も笑い、時々驚き、そして嬉しそうに頷く。


「いい思い出になったね」


「うん」


その一言が、あたたかい。


ひと通り話し終えると、食卓に少し静かな時間が流れる。


箸の音。

湯気の揺れ。

時計の秒針。


胸の奥が、わずかに重くなる。


決めたのは、自分だ。


「ねぇパパ、ママ」


「ん?どうしたんだい?」


「どうしたの?」


二人とも、優しい目でこちらを見る。


逃げ道をくれない優しさ。


「…少しだけ、話したいことがあるの」


空気が、少しだけ引き締まる。


父が静かに頷く。


「それは、葵にとって大切なこと?」


「うん」


迷いはない。


「わかった。それで、どうしたんだい?」


喉が乾く。


でも、止まらない。


「…私、十四歳になったらVtuberになりたい」


言った。


言い切った。


空気が、止まる。


箸の触れる小さな音だけが、やけに大きく響いた。


父と母は驚いた顔をした。

でも、取り乱さない。


「Vtuber……?」


父がゆっくり聞き返す。


「うん。配信したり、動画出したりする人」


母が少し考えるように視線を落とす。


「どうしてそう思ったの?」


責める声じゃない。


確かめる声。


胸の奥の重さが、ほんの少し軽くなる。


「……前から考えてたの」


「誰かを楽しませる人になりたいって、ずっと思ってて」


「画面越しでもいい。誰かの時間を少しでも明るくできたら、それってすごいことだと思う」


「....」


...いや、これは言わなくていい。


そうわかっていながらも、1度決壊したダムは止まらない。


「⋯⋯Vtuberの世界なら、本当の自分を出せる気がする」


言ってしまった。

自分の声が、少しだけ震える。


でも、目は逸らさない。


「もう少し前から準備もしてる」


父が眉を上げる。


「準備?」


「うん。配信のことを調べたり、必要な機材を勉強したり」


「できるだけお金をかけないように、自分でできることは自分でやるつもり」


「トークの練習も、少しだけしてる」


母が目を丸くする。


「そんなに前から……?」


「うん。本気だから」


その一言に、嘘はない。


沈黙。


時計の音。


味噌汁の湯気が、ゆらりと揺れる。


逃げない。


ここまで来たら、最後まで。


「でも、私一人だと限界がある」


「配信環境とか、防音とか……どうしても家の協力が必要で」


「だから……協力してほしいの」


視線を逸らさずに言う。


食卓に、重たい静けさが落ちる。


父と母が、ゆっくり視線を交わす。


やがて——


「条件がある」


父が言った。


背筋が自然と伸びる。


「学校をおろそかにしないこと」

「途中で投げ出さないこと」

「危険だと判断したら、すぐに相談すること」


まっすぐな目。


「守れるかい?」


一瞬も迷わない。


「……守る」


即答だった。


母が小さく微笑む。


「やりたいことがあるのは、いいことよ」


「ちゃんと考えてるなら、応援する」


その言葉が、胸の奥にじんわり広がる。


父も頷く。


「無茶は厳禁。でも、本気なら支える」


喉が詰まる。


うまく声が出ない。


それでも——


「……ありがとう」


自然と、声がかすれた。


修学旅行が終わった日。


隠していた本心を、ようやく出せた。


いつもの食卓で。


変わらない日常の中で。


でも確かに。


私は、一歩だけ未来へ踏み出した。







——その夜


葵の部屋の扉は、静かに閉まっている。


廊下の灯りは落とされ、家の中はやわらかな暗さに包まれていた。


小さな寝息が、一定のリズムで続いている。


本気を言い切ったあとの、少しだけ疲れた顔。


けれどどこか、肩の力が抜けたような寝顔だった。





——リビング


食器は片付けられ、テーブルには湯呑みが二つ。


父が静かに息を吐く。


「……驚いたな」


母が小さく笑う。


「ええ。本当に」


少しの沈黙。


時計の秒針だけが、規則正しく刻まれる。


「前から準備してたなんてね」


「うん……あの子、本気なんだと思う」


父は腕を組み、視線を落とす。


「正直、簡単な世界じゃないだろうね」


「そうね。顔を出さなくても、危険はあるわ」


心配は尽きない。


画面の向こうにいるのは、見えない誰か。


善意もあれば、悪意もある。


それでも——


母が静かに続ける。


「でも、あんな目をするなんて、久しぶりに見た気がするの」


「……あぁ」


父もゆっくり頷く。


真っ直ぐで、逃げていなかった。


覚悟を持った目だった。


「やりたいことがあるって言えるのは、悪いことじゃない」


「ええ。自分の未来を自分で考えてる」


父は湯呑みに口をつける。


湯気がゆらりと揺れる。


「条件は出した。あとは、見守るしかない」


「ちゃんと話してくれたのが嬉しかったわ」


母の声は、やわらかい。


「隠したままじゃなくて、相談してくれた」


父が小さく笑う。


「信頼された、ってことかな」


「そうね」


しばらく、二人は静かに座る。


やがて母がぽつりとこぼす。


「……あの子、《本当の自分を出せる》って言ってたわ」


その言葉が、部屋の空気に残る。


「ねぇ、パパ……やっぱり葵は」


言いかけて、母は言葉を飲み込む。


父は少し考える。


確かに、時折遠くを見るような目をすることがある。


何かを抱えているような。


年頃だからかもしれない。


自分の中で整理しきれない感情が、あるのかもしれない。


それでも——


「まだ全部を話してくれた訳じゃない……」


父は静かに言う。


否定ではない。


責めでもない。


ただ、事実として。


「……そうね」


母も小さく頷く。


不安は消えない。


けれど、それ以上に——信じたい。


「本気なら、支える」


父が静かに言う。


「でも、守る」


その言葉は、強い。


母も頷く。


「ええ。絶対に」


二人の視線が自然と葵の部屋の方向へ向く。


閉ざされた扉の向こう。


小さな背中。


まだ子どもで。


でも、確かに前を向こうとしている存在。


父がゆっくり立ち上がる。


「明日、防音のこと少し調べてみるかな」


母が目を丸くする。


「もう?」


「やるなら、ちゃんと準備しなきゃ」


母がくすっと笑う。


「パパも甘いわね」


「親だからかな」


灯りが落とされる。


静かな家。


それぞれの部屋へ向かう足音。


そして——


葵の部屋。


小さな寝息は、変わらず続いている。


知らないところで、確かに支えられている未来。


その夜、家の中には

静かな覚悟が、もうひとつ生まれていた。

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