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〜転生した元勇者は世界一のVtuberを目指す〜  作者: ina
第1章 Vtuber準備編
12/26

第11話 運動会④

次は、組体操だ。

組体操だけは他の種目とは違い、勝負というわけではない。


どちらかといえば、

運動会の流れを一度落ち着かせる、箸休めのようなものだ。


本来、1年生の組体操はとても簡単な内容しか行わない。

転んでも大きな怪我をする心配はなく、

「できた」という達成感を味わうためのものだ。


実際、最初の演目はその通りだった。

二人組で手をつないでのバランス、

低い姿勢での簡単な形。


桜も楽しそうに、俺の方をちらちら見ながら体を動かしている。


だが――

組体操の最後の演目だけは、少しだけ違った。


少人数で組み、

ほんの少しだけ難易度が上がる形。


もちろん、その分まわりには教師や補助の大人が配置されている。

万が一に備えて、だ。


……本来なら、問題は起きないはずだった。


だが、その時。


ほんの一瞬。

教師が別の場所に注意を向けた、その隙に――


桜の足が、わずかにずれた。


「あ――」


声にならない声。

バランスを崩し、体が傾く。


倒れても、危険な高さじゃない。

冷静に考えれば、大きな怪我はしない。


けれど――


「桜っ!」


そんなところまで、俺の思考は届かなかった。


体が勝手に動いた。

反射的に、魔法を使っていた。


桜の体が地面に叩きつけられる直前、

ふわりと、不自然なほどやわらかく勢いが殺される。


まるで、見えない手に受け止められたように。


次の瞬間には、

桜は尻もちをついただけで、その場に座り込んでいた。


「だいじょうぶかー!」

「ケガはないか!」


遅れて駆け寄る先生たち。

周囲からも、少しざわめきが起きる。


「だ、だいじょうぶです!」

桜はそう答えて、立ち上がった。


結果だけ見れば、ただの小さな転倒。

誰も、何もおかしいとは思っていない。


――幸い、周りにはバレなかった。


だが。


桜だけは、違った。


立ち上がったあと、

真っ直ぐ、俺の方を見ていた。


驚いたような、

それでいて、何かに気づいたような目で。


……ああ。

本人には、バレたな。


そう、直感で分かった。


組体操はそのまま続行され、

何事もなかったかのように、無事に終わる。


拍手が起こり、

2年生の組体操の準備が始まる――


桜は、俺のそばに小さく近づいてきた。


「……ねぇ、あおいちゃん」


小さな声。


「さっきの、なに?」


俺は、答えに詰まる。


誤魔化すには、

少し遅すぎたみたいだ。




————



俺は少しだけ悩んでから、答えた。


「今は人が周りにいるから、あとで話そう」


結局は、先延ばしだ。


「うん、わかった」


桜は迷いなく即答した。

……俺のことを、信頼してくれているのだろう。

本当のことを話してくれると、そう信じて。


それが分かるからこそ、少しだけ心が痛んだ。


嘘をついていたつもりはない。

だが、本当のことも言っていなかった。


その代償が、今来ただけだ。

これからも関わるなら、いずれは必ずバレていただろう。


そうして、全学年の組体操が終わり、昼休憩となった。


だから俺は――


「桜、少し校舎に入って話をしよう」


そう提案した。


桜は一瞬だけ真剣な顔になって、頷く。


「うん、わかった」


親に心配をかけないよう一声かけてから、校舎に入る。


1年2組――

いつも授業を受けている自分たちの教室。


中に入ると、二人の間に静かな沈黙が流れた。


今から話す言葉次第で、

桜との関係が終わってしまうかもしれない。


そう思うだけで、喉が締めつけられ、声が出なくなる。


すると、桜の方から口を開いた。


「あおいちゃん、くみたいそうのとき……たすけてくれたの、あおいちゃんだよね?」


……もう、バレている。

隠せない。


「……うん」


「そっか!ありがとう!」


桜は、屈託なく続ける。


「おちるかもっておもったとき、ほんとうにこわかったんだ」


「でもね、そのときにあたたかいものをからだにかんじてね、とってもあんしんしたの」


「よくわからないけど、そのあたたかいものは、あおいちゃんだってすぐにわかったの!」


「だから、あおいちゃんありがとう!!」

「それだけいいたかった!」


その言葉を聞いて、思わず問いかけてしまう。


「……桜は、なんで気味悪がらないの?」

「なんでおかしいと思わないの?」

「なんで離れようとしないの?」

「なんで感謝するの?」

「なんで……」


言葉が、止まらない。


すると桜は――

少し不思議そうに、こう聞いてきた。


「あおいちゃん、いたいの?」


「……え?」


「だって、あおいちゃん、ないてる……」


言われて、初めて気づいた。

目から、大きな雫がぽろぽろと落ちていた。


「なんで……」


慌てて拭おうとするが、止まらない。



すると——


「……あおいちゃんから、ぜったいにはなれないよ!」

「あおいちゃんが、はなれて!っていっても、はなれない!」

「だから、ひとりでなかないで……」

「あおいちゃんがいたいのは、さくらもいたいから……」


そう言って、桜はぎゅっと抱きついてきた。


いつもなら、引き離していただろう。

でも今は、そんな気力はもう残っていなかった。


涙が溢れるのを止める気力すら、

もう、なかったのだから。









—————


しばらくして、ようやく落ち着いた。


俺はもう精神が肉体に適応したのだろう。

前世では考えられないほどの痴態を晒してしまったのだ。

そう、思うことにした。



桜は俺から少し離れ、机の横に立ったまま、何も言わずにこちらを見ている。

急かすことも、問い詰めることもない。


……それが、逆にありがたかった。


俺は一度、深く息を吸ってから、桜に声をかける。


「……桜、少し聞いてくれる?」


桜はすぐに頷いた。


「うん」


「全部は話せない」

「だけど、言える部分だけは話す」


そう前置きしてから、言葉を選ぶ。


嘘はつかない。

だが、すべては言わない。


その境界線を、慎重になぞるように。


「私には……普通の人にはできないことができる」


桜は驚いた顔をするかと思ったが、ただ真剣に耳を傾けていた。


「さっきの組体操のとき」

「桜が落ちそうになったとき、俺がしたのは……力で支えたんじゃない」


「見えない力で、体を守った」


桜は小さく目を見開く。


「それって……まほう?」


「……そう」


短く、はっきり答える。


「どうして使えるのか、とか」

「いつから使えるのか、とか」

「それは……今は話せない」


「でも、桜を助けたのは本当だ」

「咄嗟で……考えるより先に体が動いた」


一瞬、沈黙が落ちる。


桜は俯いて、何か考えているようだった。


……拒絶されても仕方ない。

怖がられても、おかしくはない。


そう覚悟した、その時。


桜は顔を上げて、にこっと笑った。


「やっぱり、あおいちゃんだったんだ」


「……え?」


「だってね」

「こわいって思わなかったもん」


「まほうでも、なんでも」

「あおいちゃんがたすけてくれた、っていうのはかわらないよ?」


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「それにね」

「さくら、あおいちゃんがだれにもいわないでっていったら、いわない」


「ひみつ、まもるよ」


「……ありがとう」


やっと、それだけ言えた。






———


今は、昼休憩の時間だ。


「あおいちゃん!おなかすいたね!」

「はやくパパとママのところで、ごはんたべよ!」


桜は、いつもと変わらない屈託のない笑みでそう言った。

その笑顔が、今の俺にはひどく心地よかった。


……さっきまでのことが、嘘みたいだ。


校舎を出る前に、俺はそっと魔法を使う。

泣いたせいで赤くなっていた目元と、わずかな腫れを消すために。


ほんの一瞬。

誰にも気づかれない程度の、ごく小さな魔法。


……の、はずだった。


それを、桜はしっかり見ていた。


「おぉ!!すごい!!」


目を輝かせて、身を乗り出す。


「いまの!いまの!」

「あおいちゃん、ほんとにまほうつかえるんだね!」


今世では、誰にも見せていなかった力。

隠し続けてきた秘密。


それを見た桜は、怖がるどころか——

全力で、褒めてくれた。


「かっこいい!」

「さくらね、すっごくうれしい!」


胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。


「……ありがとう」


「えへへ!」


桜は満足そうに笑い、また俺の手を取った。


「ほら、いこ!」

「おべんとう、たのしみ!」


引っ張られるまま、一歩踏み出す。


……秘密は、増えた。

でも、それを重荷だとは思わなかった。


少なくとも今は——

桜の隣を歩けていることが、ただ嬉しかった。


そう思いながら、俺たちは観客席へと向かった。






————



観客席に戻ると、

レジャーシートの上で両親と桜の両親が待っていた。


「おーい、葵!」


父がこちらに気づき、軽く手を振る。


その直後、少しだけ表情を変えて俺を見る。


「……葵、もう大丈夫なのかい?」


心配していることが分かるそんな声で。


「うん」


短く、でもはっきり答える。


「……そうか。なら、よかった」


それ以上、父は何も聞いてこなかった。

母も、桜の両親も同じだ。


(……何か気づいているのか)


泣いたことか。

それとも、もっと別の何かか。


けれど誰も踏み込んでこない。

まるで——俺が話し出すのを、待っているみたいだった。



「ほらほら、座って座って!」

「お昼にしよっか!」


桜の母の一声で、空気が和らぐ。


それぞれが弁当を広げ始め、

ふたを開けた瞬間、あちこちから感嘆の声が上がった。


「わぁ……!」

「からあげだ!」

「たまごやきもある!」


桜は目を輝かせて、自分の弁当と俺の弁当を交互に見る。


「あおいちゃんのもおいしそう!」

「さくらのとこうかんする?」


「……一個だけなら」


「やった!」


嬉しそうに唐揚げを差し出してくる。


こちらも卵焼きを渡すと、

桜は頬をぱぁっと緩めた。


「おいしー!」


その様子を見て、思わず笑ってしまう。


「葵ちゃん、ちゃんと食べられてる?」

桜の母が気遣うように聞いてくる。


「はい、大丈夫です」


母も少しだけ安心したように微笑んだ。


「いっぱい動いたからね。しっかり食べないと」


「午後も競技あるしな!」

父がそう言って、またカメラを構える。


「パパ、今は食べる時間」


「は、はい……」


母の一言で、父は素直に引き下がった。


——いつも通りの光景。

いつも通りの昼休み。


でも、さっきまでの出来事を知っているのは、

俺と、桜だけだ。


桜は何事もなかったように弁当を食べながら、

時々、ちらっと俺を見て笑う。


その笑顔を見て、思う。


(……もう少しだけ、この時間が続けばいい)


午後の競技が始まるまで、

俺は静かに弁当を口に運んだ。







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