後編(エルディス視点)
エルディスは大人しいと思っていたフェリアが思いっきり頬をぶん殴って来たので、唖然とした。
機嫌は取って来たつもりだ。
母がフェリアに公爵夫人の仕事などを教えてくる傍に付き添ったり、共にダンスを練習したり。
今日のフェリアはとても綺麗だし、ダンスも完璧だった。
だから、機嫌を取る為に、フェリアの耳元で囁いた。
「愛しているよ。フェリア。私の愛しい婚約者」
「わたくしのどこを愛しているのです?政略だとおっしゃったでしょう。失礼致しますわ」
思いっきり頬をビンタされてしまった。
フェリアは背を向けて会場から出て言ってしまった。
慌てて後を追いかけようとしたら、姉のグランディアが傍にやってきて。
バシっと扇で頬を叩かれた。
「何をやっているの。エルディス。すぐに追いかけなさい」
「追いかけようとしたら姉上が」
「ともかくすぐに追いかけなさい」
フェリアは馬車に乗って家に帰ってしまったようだ。
それも我が公爵家の馬車で。
姉が乗って来た馬車があるはずだ。
探したらもう一台。馬車が止まっていた。
御者に、
「アシェル伯爵家まで至急だ。いや、途中で花屋によっていこう。薔薇の花束を買っていく。フェリアを怒らせてしまった」
「かしこまりました」
馬車を走らせて、王都の商店街の花屋に寄った。
公爵家の令息たる私が、花屋で花を買うだと?いつもは使用人に買わせていて、自分で買った事はないぞ。
赤の薔薇の花を売っているだけ買って、馬車が薔薇の花だらけになってしまった。
薔薇の花に埋もれながら、アシェル伯爵家についた。
薔薇の花束を抱えながら、なんとか客間に通して貰う。
御者が気の毒に思ったのか、残りの薔薇の花束を持ってきてくれた。
慌ててアシェル伯爵夫妻と、子息のピエールがすっとんできた。
エルディスは夫妻とピエールに向かって、
「フェリアを怒らせてしまった。謝罪をしたい。この私がわざわざ薔薇の花を沢山買って、謝罪に訪れたのだ。フェリアを呼んでくれ」
フェリアが呼ばれて客間に入って来た。
薔薇の花束の一つを差し出しながら、
「フェリア。すまなかった。こうして謝罪に訪れてやったんだ。この薔薇の花を受け取って欲しい」
「いりませんわ。訪れてやったんだって。訪れなくてよいのに」
「何を怒っているんだ?」
「貴方とわたくしは政略です。愛しているだなんて嘘を言ったからですわ」
「機嫌を取らないとまずいだろう」
「機嫌を取る為に???ありもしない心を言ったのですか?」
「だから、こうして謝罪に」
「いりません。謝罪もお花もお持ち帰り下さい」
「持ち帰れだと?持ち帰るのは大変な量だ。受け取れ。受け取って欲しい」
「いりません」
アシェル伯爵夫妻が、
「有難うございます。受け取ります」
「押し花にしてもいいですわね」
「そうそう、ドライフラワーとやらにしても」
フェリアが叫ぶ。
「こんなに沢山、押し花やドライフラワーなんていらないわっ」
エルディスは立ち上がって、
「明日は公爵家に来る日だな。迎えに来る。機嫌を直しておけ」
そう言ってその場を後にした。
婚約者の機嫌を取るのは本当に大変だ。
フェリアに愛しているって言ったのに、何がまずかった???
翌日、アシェル伯爵家に迎えに馬車で行って、昨日の事を謝ったが口を利いては貰えない。
馬車に乗って貰えたから、なんとか安堵したけれども。
ガルド公爵家に着いたら、母とは仲良く話をしている。
でも、自分とは話をしてくれない。
姉グランディアがやって来て。
「女心を解っていないわね。貴方。いきなり愛しているって言ったって、そりゃ怒るわよ」
「だって、愛している訳ではないし、政略だし、でも機嫌を取らないと。婚約者でいずれは夫婦だ」
「女性は愛されたいのよ。例え、政略でも。フェリアはとてもいい子じゃない?公爵夫人として足りない所は今、教育中よ。フェリアを逃がしたら我が公爵家もせっかくの事業提携も困る事になるし、しっかりとその心を掴んでおきなさい。わたくしだってフェリアとは仲良くしたいわ。可愛い甥や姪も見たいわ。だから頑張りなさい。本当にフェリアの事を愛してあげなさい」
「でもでもだってだな。フェリアはつまらない」
「はぁ?つまらないですって?フェリアでなくても、ぶん殴りたくなるわ。わたくしが王太子殿下の婚約者になったら、貴方をまずはぶん殴ってあげるわ。お祝いに」
だって、フェリアはそりゃ、努力家だし、ダンスも大分上手くなった。でも、真面目過ぎてつまらない。
木陰で淫らな令嬢と口づけをしたり、愛を囁き合ったり、最近は控えているけれども。そういうドキドキがないからつまらない。
でも、母と仲良く話している姿を見ていると、心が温まる。
母と仲が良い結婚相手が一番だというけれども、まさにその通りだ。
フェリアを誘って庭に出た。
綺麗な薔薇の花が沢山咲いている。
「この間はすまなかった。薔薇が欲しければ、言ってくれれば、庭師に摘ませるぞ。色々な薔薇の種類が我が庭にはあるから、好きなだけ持っていくがいい」
「この間の花が沢山ありますから必要ありませんわ」
フェリアはぽつりと、
「貴方のお母様。ソフィア様はとても素敵で良い方ですね。わたくし、あんな素敵な公爵夫人になりたいと思っております。例え、貴方に愛されなくても」
「愛さないだなんて言っていない」
「わたくし相手ではつまらないでしょう。貴方はとても美しいもの。でも結婚しなくては両家の為に。我慢して結婚して差し上げます」
「が、我慢してっ???私はこんなに美しいのだぞ。君は私の事を好きではないのか?」
「嫌いですわ。政略だから仕方なく結婚して差し上げます」
「いやいや、それは変だろう?私に惚れない女性はいないはずだ」
「そろそろ帰らないと。失礼致しますわ」
「送っていこう」
「送らなくても結構です」
あああっ。私程の美男のどこが悪いのだ?解らない。
何だかフェリアに嫌われてしまった。
ともかく、フェリアの機嫌を取らないと。
翌朝から、毎日、王立学園に行く、フェリアの送り迎えをエルディスはすることにした。
馬車の中で交流を図るのだ。
アシェル伯爵家の馬車に乗り込もうとするフェリア。
エルディスはさっそうと馬車で乗り付けて、
「こちらの馬車で。私と一緒に登校しよう」
「えええっ?一緒にですの?一緒じゃなくて結構ですわ」
「いやいやいや、せっかく私が送ってやると言っているんだ」
「お断りします。忙しいでしょう。エルディス様。ですから、わたくしは一人で」
「いやいやいや、送らせてくれ。是非とも楽しく婚約者の交流をだな」
「楽しくありません。わたくしが緊張します」
「頼むから緊張しないでくれっ。ともかく一緒に馬車で登校しよう」
学園まで対面で馬車に乗る。
会話がない。まったくない。
フェリアは窓の外を眺めていて、エルディスは会話に困ってしまった。
馬車が王立学園の門の前で止まる。
エルディスは馬車を降りて、フェリアが馬車から降りるのに手を差し出した。
フェリアは手に手を添えて、馬車を降りる。
「有難うございます」
「当然だ」
ふと、声をかけられた。
「エルディス様っ。エルディス様ではありませんか」
「きゃぁ。本物だわ」
「素敵素敵素敵っ」
夜会デビューは17歳と決まっている。それより、幼い令嬢達はまだ夜会であった出来事を知らないのだ。
皆、エルディスに群がって来た。
エルディスは自分の容姿に自身がある。
キラキラの金の髪を背に流して、ちらりと令嬢達を見れば、令嬢達は悲鳴をあげた。
「きゃぁ。素敵素敵素敵っ」
「エルディス様がこちらを見たわ」
「なんて素敵な」
「エルディス様。貴方が噂の。わたくし、隣国から留学しに来た、マリーアと申します。隣国の王家の王女ですわ」
品のよい女性が近づいて自己紹介をした。
この女性がマリーア王女。銀の髪のそれはもう美しい王女だ。
「初めまして。私がエルディス・デ・ガルドと申します」
「噂通りの美しさですわね。そちらが貴方の婚約者の」
「はい。私の婚約者のフェリア・アシェル伯爵令嬢です」
フェリアは頭を下げて、
「フェリア・アシェルです」
「まぁ、冴えない女。こんな女が貴方の婚約者だなんてなんて可哀そう」
あああっ。この王女、火に油を注ぐような事を言うなっーーとエルディスは思った。
ここで対応を間違えると詰む。
フェリアの手を取り、エルディスは、
「私の愛しい婚約者を侮辱しないで貰いたい。マリーア王女様。私にとって例え、冴えない女だとしても、フェリアは愛しい婚約者だ」
「そうですの。この女が。失礼致しますわ」
ふんと背を向けてマリーア王女は付き添いの人達とその場を去って行った。
しっかりとフェリアを擁護したぞ。
フェリアに横を向かれてしまった。
「冴えない女だとしてもは余計ですわ。失礼致します」
あああ、またフェリアを怒らせてしまった。
遠くに、ウルド・マード伯爵令息、フェリアの確か従兄弟だったな。彼の姿を見たので、走り寄って聞いてみた。
「私はエルディス・デ・ガルドだ。フェリアの婚約者だ」
「あ、あの、私に何か用事で?」
「フェリアの機嫌を取る方法を知りたい」
「えええ?フェリアと喧嘩したんですか?」
「私はフェリアに愛されたいんだ。こんな美しくて素晴らしい私をフェリアが愛してくれない」
「お気の毒に」
「他人事にしただろう?」
「他人ですから」
「おいおい。ウルド君。マード伯爵家を潰されたいのか?」
「とんでもない。勝手に潰さないで下さい」
「だったら、どうしたらフェリアに愛される?従兄弟の君ならいいアイディアも浮かぶだろう」
「手作りでお弁当でも作ってみたらどうです?」
「はぁ?私は公爵家の息子だぞ。弁当なんて作った事はない。いつもシェフが私の為に素晴らしい料理を用意してくれる。弁当だと?馬鹿にしているのか?」
「そんな自分に自信を持って美しいエルディス様がお弁当を作ってくれたら、フェリアも感激するんじゃないでしょうか」
「フェリアが感激して、私に愛しているって言ってくれるというのだな」
「保証はしませんが」
「よしっ。解った。弁当を作るぞ。さっそく明日から」
エルディスは燃えた。
翌朝、早朝、屋敷の厨房へエルディスが行けば、責任者であるシェフが真っ蒼な顔をして、
「何か不都合がありましたか?」
「弁当を作る」
「はい?」
「教えてくれ。愛しい婚約者に弁当を作りたい」
「でしたら、私がお作りを」
「私自身が作りたいのだ。教えてくれ。まずはパンの切り方だな」
簡単なサンドイッチから作ってみた。
いやいや、パンを切って、バターを塗って、ハチミツを塗って、ハムを挟んで色々と面倒だな。サンドイッチだけじゃ物足りないという事で、から揚げを作ろうとしたら止められた。
から揚げは初心者には難しいらしい。卵焼きの作り方を教わったが、それも焦がしてしまった。
なんとか形にして、弁当を作り、朝、馬車で迎えに行った時に、馬車の中でフェリアに手渡した。
「私が作った弁当だ。食べるがいい」
「え?エルディス様が作ったお弁当ですか?」
「この私が作ったのだ。何か言う事はないか?」
「ええと、有難うございます」
「それだけか?愛しているとか。泣いて感激するところではないのか?」
「あの‥‥‥」
「なんだ」
その時、馬車に衝撃が走った。
御者の悲鳴が聞こえる。
ドアがバンと開けられて、首に刀を突き付けられた。
「これは上玉だな。二人とも。降りて貰おう」
護衛が後ろに二人いたはずだ。二人とも姿が見えない。
こんな王都の通りで?
襲撃にあうだなんて誰が思うか。
フェリアを庇って、エルディスは、
「この女性は勘弁して欲しい。私はガルド公爵家の息子だ。ガルド公爵家に言えば、金がとれるぞ」
人相の悪い男は、エルディスに向かって、
「誰が勘弁するか。ほほう、ガルド公爵家の令息か。これは金になるぞ。そっちの娘も貴族だろう。二人まとめて、さらって金を取れば‥‥‥」
馬車の外へ引きずり出された。
通りからいつの間にか裏道に馬車が止められている。
人相の悪い男が三人、こちらをニヤニヤと笑って見ている。
ともかく、フェリアだけでも逃がさないと。
自分はどうなってもいい。
思いっきり男の一人に脇にあった土を手にとり、投げつけた。もう一人に体当たりをし、叫んだ。
「フェリア。走れ。通りまで逃げろ」
フェリアは背を向けて、通りまで走っていった。
三人目が怒り狂って、エルディスの背にナイフを突き立てた。
痛みが走る。目の前が暗くなる。
数人の足音が通りから聞こえたと思ったら、気が遠くなった。
「大丈夫か?」
「聖女アシェリーナが一緒にいて運が良かったな」
「ともかく病院に運んだ方がいい」
「馬車に乗せるか?」
目を覚ますと、心配そうにフェリアがこちらを見ていた。
涙を流しながら、
傍に皮鎧を着た女性がいて、彼女が聖女アシェリーナなのだろう。
「動くな。とりあえず止血して傷は治した。だが、血が多く出過ぎた。病院へ行ったほうがいい」
金髪美男が、
「こちらの女性は聖女だ。男まさりだがな。運がよかったな。我がヴォルフレッド辺境騎士団に助けて貰えるとは」
四人の男達と一人の女が、エルディスを見つめていた。
縛られた三人の賊が道に転がされている。
フェリアが泣きながら、
「わたくしを助けてくれて有難うございます。エルディス様。命があってよかった」
「当然だろう。君は私の婚約者だ」
「本当に、生きていてくれてよかった。よかった」
泣くフェリアを抱き締めて、この時、初めてフェリアを愛しいと感じた。
この温もりを一生守っていきたいとエルディスは強く思った。
両親や姉にこの事件の事を話したら、凄く心配された。
姉グランディアは、
「王都も物騒になったわね。わたくしが王太子妃になったら、大掃除をするから安心して頂戴」
「姉上、リセル王太子殿下の婚約者に決定したんですか?」
「わたくし以外に誰が婚約者になるとでも?当然だわ」
姉上が王太子妃になる。徹底的に王都のゴミを片付けるだろう。
姉上は過激だからな。
血を沢山失ったので、しばらくベッドで静養することになった。
フェリアが見舞いに来てくれた。
「無理をなさらずにゆっくり静養して下さいね」
真っ赤な薔薇の花を花瓶に飾ってくれて。
「エルディス様は何色の花が好きなんですの?わたくし、知らなくて。以前、真赤な薔薇の花をくださったのでそれを飾ってみましたわ」
「いやその、私は実は花にはあまり興味がなくて。色々と庭に薔薇が咲いている事は知ってはいたが。君が買ってきてくれたのか?」
「この間のお礼ですわ。これからはお互いの好きな物を沢山知っていきましょう」
フェリアが手を握りしめてくれる。
幸せを感じた。
フェリアが王立学園を卒業し、卒業パーティが行われた。
隣国の王女マリーアがしつこく、手紙を送ってきたので、姉上経由から王太子殿下に頼んで、苦情を言って貰ったらぱたりと手紙が来なくなった。
フェリアをエスコートして、卒業パーティを楽しむ。
綺麗な赤のドレスを着てダンスを踊るフェリアはとても美しかった。
エルディスはフェリアの耳元で囁いた。
「愛しているよ。フェリア。私の愛しい婚約者」
フェリアも微笑んで、
「愛していますわ。エルディス様」
今度はビンタされなかった。
エルディスはフェリアの唇にそっとキスをした。
もうすぐ結婚を控えている。
やっと両想いになった二人。
卒業パーティの曲は華やかに流れて、二人の将来を祝福しているかのようだった。
二人は三か月後に皆に祝福されて結婚した。
男の子二人に恵まれて、仲睦まじく幸せに暮らした。
ガルド公爵家もアシェル伯爵家も結びつきにより、さらに発展した。
バル王国ではグランディアが後に、リセル王太子と共に即位し、最強の王妃として語り継がれた。
社交界はグランディア王妃を頂点に華やかな時代を迎えた。
女性だけの茶会ではグランディア王妃の傍にはいつもフェリア・デ・ガルド公爵夫人がいて、貴族の女性達は二人に頭が上がらなかった。
バル王国は美しき宝石が溢れる国として、更に栄えたと言われている。




