前編(フェリア視点)
「エルディス様っ。今日もキラキラ煌めいているわ」
「ダンスをっ。わたくしとダンスを踊って下さいな」
「いいえ、わたくしとっ」
フェリアは壁際に立って、そんなエルディスを見つめていた。
ウエーブのかかった長い金の髪を背に流して、キラキラに光っているエルディス。
エルディスはとてもとても美しい。
エルディスは壁際に立っているフェリアの傍に来て、
「君は私の婚約者なのだから、ファーストダンスはフェリアと踊ろうと思っている」
フェリアは17歳。社交界にデビューしたばかりの令嬢だ。
「わたくしはダンスが苦手ですから、どうか他の方と踊って下さいませ」
「そうか?フェリアがそう言うのなら」
フェリア・アシェル伯爵令嬢はそれはもう、目立たないおとなしい令嬢だ。
茶の髪を一つに縛って、貴族なら誰でも通うバル王国の王立学園の教室でひっそりと本を読んでいるようなそんな令嬢だ。歳は17歳。
そんなおとなしいフェリアには婚約者がいる。
そう、エルディス・デ・ガルド公爵令息だ。
それはもうエルディスは金髪に青い瞳の美しい青年で。
歳は20歳。政略で結ばれた婚約者である。
王立学園は卒業しているので、学園には来ない。
エルディスは華やかな夜会が好きでよく、フェリアを誘って来る。
フェリアは夜会に行くのは嫌なのだが、誘われたら行かなければ失礼だと思い、迎えに来れば馬車に乗って出かける。
しかし、ダンスは苦手なのだ。
社交界デビューをしたばかりのフェリアに取って夜会は苦痛だった。
だからダンスもせず壁際に立って、ただ時間が過ぎるのを待っている。
エルディスは令嬢達と会話を楽しみダンスを踊る。
そこへ、同じクラスの親友 エミーリア・カルミル伯爵令嬢とその婚約者のウルド・マード伯爵令息が声をかけてきた。
ウルドの方は同い年の従兄弟である。幼い頃からの顔見知りだ。
ウルドとエミーリアは気遣ってくれた。
「エルディス様は酷いな。いつもフェリアを放っておいて、自分だけ楽しんで」
「そうよね、わたくしだったら、もっと婚約者の事を気遣うわ」
フェリアは有難く思う。
「有難う。二人とも。政略でなければ、エルディス様と婚約を結ばないわ。両親は喜んでいるの。両家が結ばれれば、事業で収益が見込まれるし、いずれわたくしが、公爵夫人になるんだって言って。でも、わたくしみたいな気が弱い女には無理よね。なんとかして婚約解消をしてもらって他に道を探したいわ」
ウルドが頷いて、
「隣国へ留学してみたらどうかな。何か新しい道が開けるかもしれないよ」
エミーリアも、
「フェリアは、隣国に行ってみたいと言っていたものね」
フェリアも頷いて。
「そうね。わたくしもそれを考えていたの。王立学園の事務局に聞いてみようかしら」
アシェル伯爵家である我が家が、ガルド公爵家との縁を喜んでいるのは良く解っている。
でも、わたくしに公爵夫人は無理っ。
何度も両親に言ってみたけど、無理だわ。
だから、隣国で自分の出来る事を探してみるのはいいと思った。
翌日、王立学園の事務局に行って、留学の案内書を貰った。
一月の留学経験が出来るコースがあるとの事。
何か自分に出来る事が見つかるかもしれない。
しかし、エルディスが翌日、家まで来て、
「王立学園の事務局に留学についての書類を貰ったと聞いた。君は私の婚約者だろう?そろそろ我が家に来て、母に屋敷の事とか教わったらいいと思ったのだ。だから、留学なんて許さない。どういうことだ?私と婚約を解消したいのか?」
フェリアの父と母であるアシェル伯爵夫妻は青くなって。
「婚約解消だなんてとんでもない」
「そうですわ。フェリア。謝りなさい」
兄ピエールが頭を下げて、
「申し訳ございません。エルディス様。妹は未熟で。」
フェリアはエルディスに向かって、
「わたくしに公爵夫人は無理です。ですから婚約解消して下さって構わないわ。わたくしは隣国で自分の出来る事を見つけたいの」
我慢できなかった。
そもそも、この婚約自体、嫌だった。
しかし、両親が勝手に結んでしまったのだ。
ガルド公爵に気に入られている父、アシェル伯爵。
名門ガルド公爵家に嫁げば、アシェル伯爵家にとって名誉だ。
アシェル伯爵家が行っている鉱石発掘事業にも、ガルド公爵家が協力してくれるという。
鉱石の中には宝石になる石も含まれているのだ。
ガルド公爵家の持つ商会で貴族相手に売ってくれれば、凄い儲けになる。
解っている。何度も両親や兄に言われ続けていた。
でも、もう耐えられない。
自分の人生を棒に振るのは嫌だ。
エルディスはフェリアに向かって、
「この私との婚約を解消して欲しいとは。夜会では私と踊りたがる令嬢は多い。この通りの美しさだ。そしてガルド公爵家は名門だ。何もお前と婚約を継続しなくても、引く手数多で相手に苦労することはない。お前が謝れば婚約を継続してやってもいい」
両親と兄がフェリアに向かって、
「謝りなさい。フェリア」
「そうよ。フェリア。我が伯爵家の為に」
「フェリア。頼むから」
フェリアはエルディスを睨みつけて、
「わたくしは社交は苦手です。壁際で立って夜会が終わるのを待っているのは苦痛です。わたくしより、ふさわしい令嬢は沢山いるでしょう。ですから婚約解消して下さいませ」
エルディスはチっと舌を鳴らして、
「あああ、婚約解消出来たらどんなに良い事か。私も両親から、アシェル伯爵家の鉱山は出資する価値がある。アシェル伯爵家との縁は絶対に結びたいと念を押されている。だから、お前と婚約を解消する訳にはいかぬ。留学は許さない。婚約解消も許さない。いいな。来週から我が公爵家に勉強に来るがいい」
「嫌です。わたくしは留学します。隣国で出来る事を探したいの」
「はぁ?隣国で出来る事なんて夢物語にすぎないだろう。ただお前は逃げたいだけだ」
「ええっ???逃げてはいけないと言うの?わたくしは自分の人生をレールにひかれているのは嫌なの」
「それが貴族としての在り方だろう。貴族が嫌なら市井で暮らすがいい。毎日毎日、慎ましく働いて苦労して、貧乏で苦しむがいい」
「そういう言い方ってないでしょう。わたくしはわたくしなりに懸命に道を探しているの」
「だから。令嬢としての教育はどうした?しっかりとした教育を受けてきたのなら、貴族としての生き方を優先させるべきだろう。ガルド公爵家との縁だ。有難く受け取るがいい」
「だから嫌だって言っているでしょう。隣国へ行ってみなければ解らないじゃないの」
「なら、私がついて行く。一週間、隣国へ旅行に行こう。隣国がどんな所が共に見て来よう」
「婚約解消をする殿方と一緒に旅行なんてしたくありませんわ」
「こちらが一緒についていってやると言っているんだ。有難く受け取れ」
「受け取りたくありませんっ。お断りします」
ハァハァ。何だか疲れてしまった。
エルディスも疲れたらしく。
「ともかく、留学は許さない。来週に我が公爵家に来て、母上に公爵家の事を色々と学ぶがいい。これは命令だ。いいな」
背を向けてエルディスは帰って行ってしまった。
両親と兄に泣きつかれた。
「頼むから、婚約解消なんてやめてくれっ」
「そうよ。我がアシェル伯爵家にとっては名誉な話なの」
「鉱山で採れた宝石もガルド公爵家の販売網で売ってもらえると話が進んでいる。婚約解消をしないでくれっ」
あまりにも両親と兄に頼まれるから、フェリアは我儘を言えなくなった。
確かにアシェル伯爵家の為にもこの婚約を続けなくてはならない。
でも、エルディスと顔を会わせるのも苦痛で嫌だわ。
学園でまた、ウルドとエミーリアに相談した。
ウルドはため息をついて、
「確かに伯父さん、伯母さんにとっては、ガルド公爵家の縁は大事だよな」
エミーリアも頷いて、
「ここは貴方が我慢するしかないんじゃない?わたくし達もいつまでも子供でいる訳にはいかないんだから。わたくしも両親に言われたの。いい加減に、現実を見つめなさいって」
ウルドもエミーリアの手を握って、
「そうそう。私はエミーリアと上手くやっているけれども、いつまでも学生気分はマズイよなぁって。留学は諦めて、エルディス様に歩み寄ってみたら?」
仲良さげな二人を見て、フェリアは羨ましいと思った。
自分もこんな風に気楽に接する事が出来る婚約者が欲しかったな。
来週からガルド公爵家に行かねばならない。公爵夫人から色々と教わる為に。
気が重かった。
あっという間に日が過ぎて、ガルド公爵家に行く日が来てしまった。
週末の休みの日に、毎週、王都のガルド公爵家に通い、夫人に色々と教わるのだ。
朝、馬車でエルディス自身が迎えに来た。
「迎えに来てやったぞ。馬車に乗るがいい」
手を添えられて、馬車に乗り込むフェリア。
隣にエルディスが座るが気が重い。
互いに無言で、馬車は進む。
エルディスはぽつりと、
「私には姉がいるのだが、気が強い。母より姉に気を付けてくれ」
「えええっ?余計に気が重くなってきたわ」
「そんなに嫌か?私と結婚するのが」
「公爵夫人になるのが気が重いのです。わたくしには無理だわ」
ガルド公爵家に着いたら、さっそうと現れたのが、エルディスの姉のグランディアだ。
「あら、貴方がアシェル伯爵令嬢?エルディスの婚約者ね。わたくしがグランディア・デ・ガルドよ。よろしくお願いね。母の代わりにわたくしが貴方を徹底的に仕込みます。いいわね」
「よろしくお願い致します」
「わたくしは、リセル王太子殿下の婚約者候補で、いまだに婚約者に決定していないの。他にも婚約者候補が数人いるものですから。でも、わたくしが選ばれるのが当然よ。わたくしはなんせ、ガルド公爵家の娘ですもの。グランディア・デ・ガルド。わたくし程、素晴らしい女性はいないわ」
だ、大丈夫かしら。この人。と思ってしまった。
エルディスは姉グランディアに向かって、
「母上の所へ連れて行く。姉上に預けたら、余計、フェリアに逃げられそうだ」
「何ですって?わたくしはグランディア・デ・ガルド。最高の女性よ。オホホホホ」
エルディスはフェリアの手を引いて、母であるガルド公爵夫人に会わせてくれた。
ガルド公爵夫人ソフィアは、フェリアに向かって、
「わたくしがソフィア・デ・ガルドですわ。フェリア。貴方の教育はわたくしがやります。よろしくお願いね」
優しそうなガルド公爵夫人に、フェリアは安堵した。
ガルド公爵夫人は、ガルド公爵家の事をお茶を飲みながら、色々と教えてくれた。
歴史から現在に至るまで。ガルド公爵家の事業から。エルディスも共にいて、一緒に聞いている。
ガルド公爵夫人は、
「今日はここまでね。二人でテラスでお話でもしてらっしゃい」
「有難うございました」
夫人に礼を言う。そして、エルディスと共にテラスに出た。
グランディアが待ち受けていて。
「さぁ、わたくしとも交流致しましょう。フェリア。沢山、お話をしましょう」
エルディスがグランディアを追い出した。
「姉上。婚約者同士の交流を邪魔しないで下さい」
「えええ?わたくしだってフェリアと交流したいのっ」
渋々出ていった。
「姉上は、隣国に行っていた。だが、王太子殿下の婚約者候補にと名が挙がって戻って来た。我がガルド公爵家の宝石商の支店を出すための下準備をしていたのだけれども。王家は余程、ガルド公爵家と縁を結びたいらしい。まぁ我が家は名門だからな」
「あの、わたくしでは力不足ではないかとも思うのです。わたくし、気が小さいですし」
「これから学んでいけばいいではないか」
「エルディス様は色々な女性に好かれておりますわ。わたくしみたいな女性ではなくても」
「だから、君のアシェル伯爵家と縁を結びたいと、別に君の事が好きな訳ではない」
「そう、そうですよね。政略ですもの」
何だか解っているけど悲しかった。いつも壁に立って夜会が終わるのを待つ夜は辛かった。だから婚約解消したかったのに。
エルディスはフェリアの傍に来て、
「いやその‥‥‥いつも夜会の会場で君の事を放っておいてすまなかった。母上に怒られたところだ。君が婚約者なのだから、もっと気遣うべきだった。申し訳なかった」
頭を下げた。フェリアは慌てて、
「いえ、わたくしがダンスが下手なのがいけないのですから」
「一緒に練習をしよう。公爵夫人になるからには、社交で夜会に出なくてはならない。苦手とは言ってはいられない。勿論、私が気を付けて君の事を助けるから」
ガサっと茂みからグランディアが顔を出した。
いや、この人、聞いていたのかしら?
「オホホホ。わたくしが色々と教えて差し上げますわ。貴族の社会は魑魅魍魎。わたくしが王妃になった暁にはフェリアには力になって貰わなくてはなりませんもの。わたくしの言う事を聞いていれば、貴族の化け物令嬢達なんて、毒舌でやり込める事なんて簡単ですわ」
エルディスが慌てて、
「姉上は引っ込んでいて下さい。茂みになんていないで下さい」
「あら。わたくしだってフェリアと仲良くっ」
メイド達に頼んで、グランディアは回収されていった。
エルディスはフェリアに、
「姉上は変わっているけれども、まぁ悪い人ではないので。これからもよろしく頼むよ」
何だか色々と疲れたけれどもこの家でやっていけそうなそんな気がした。
王宮で夜会が開かれた。
フェリアはエルディスにエスコートされて夜会の会場に入った。
今まではここで、放置されていたけれども、今回はフロアの中央に進み出てダンスを踊る。
グランディアや公爵夫人にしっかりと、色々と教育を受けた。
ダンスもエルディスと沢山、練習してきた。
胸を張って、金色の煌めくドレスを翻して、フロアの中央に立つ。
エルディスに手を添えられて、ダンスを踊る。
「まぁ、フェリアったら見違えるように綺麗になって」
「悔しいわ。でも、どうせ、ぼろが出るわよ」
「そうね」
身体がスムーズに動いて、エルディスのリードも素晴らしくて。
二曲、三曲と続けてダンスを踊った。
エルディスにエスコートされて、フロアの中央から飲み物を飲みに行けば、令嬢達がエルディスに群がる。
「次はわたくしと」
「いえいえ、わたくしと踊って下さいませ」
エルディスはにこやかに、
「私は婚約者以外と踊らない事にしたんだ。フェリアと休憩を取る。失礼するよ」
エルディスがフェリアに飲み物を手渡してくれた。
「今宵のフェリアはとても綺麗だ」
「有難うございます。エルディス様も素敵ですわ」
グランディアがリセル王太子殿下と共に現れた。
人々がどよめく。リセル王太子殿下がグランディアをエスコートしてきたのだ。
婚約者がグランディアに決まるのではないか?そう皆、噂した。
キラキラのドレスに美しい金の髪をアップして現れたグランディア。
令嬢達に向かって、
「あら、皆様。ご機嫌よう。我がガルド公爵家が認めた婚約者がフェリア・アシェル伯爵令嬢ですわ。何か文句がおありになって?」
令嬢達は青くなって、
「いえいえ、何もありませんわ」
「そうですそうです。でも、フェリアでは荷が重いのではないかと」
「フェリア。言ってやりなさい」
フェリアは勇気をもって、令嬢達に言ってやった。
「わたくしは来年、エルディス様と結婚致します。貴方達の顔は良く覚えておくわ。社交界で居場所がなくなることを覚悟することね」
エルディスがフェリアに、
「まぁまぁ、私も悪かったのだし、勘弁してやってくれ。これから彼女達も我が姉グランディアとフェリアに忠誠を誓うだろうよ」
令嬢達は頭を下げて、
「忠誠を誓います」
「決して逆らいませんわ」
グランディアがホホホと笑って、
「では許してあげるわ。これからもわたくしとフェリアを敬い奉る事ね」
リセル王太子は苦笑いをしながら、グランディアの手を取って、
「さぁ、行こうか。グランディア」
「そうね。では参りましょう。王太子殿下」
エルディスはフェリアの手を取って、
「さぁフェリア。夜会を楽しもう」
フェリアも頷いて、
「楽しみましょう」
遠くで親友のエミーリアとウルドが手を振っている。
フェリアもにこやかに手を振り返した。
エルディスと再びダンスを踊る。
エルディスはフェリアの耳元で囁いた。
「愛しているよ。フェリア。私の愛しい婚約者」
だから、思いっきり頬をビンタしてやった。
「わたくしのどこを愛しているのです?政略だとおっしゃったでしょう。失礼致しますわ」
何だか頭に来た。
だからだから思いっきりぶん殴ってしまった。
二人の恋はまだこれから。
夜会の曲は華やかに流れて、二人の将来を祝福しているかのようだった。




