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婚約者を妹に奪われた次は、男色公爵と偽装結婚ですか!? ~隠れた溺愛は重すぎるようです~  作者: てんつぶ


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9 ドレスでも宝石でも、鉱山だろうと買え

 今日のジュールの執務室は、普段以上に空気が重い。

 ここ一週間ほどジュールはずっと結婚に浮かれていたせいもある。

 まるで浮かれ気分など最初からなかったかのように怒りを滲ませる主の姿は、冷酷公爵と呼ばれるジュールに慣れたはずのリュカですら、恐ろしさを感じる。

 届いたばかりの報告書を読み上げながら、リュカは最後に個人的な総括を述べた。


「学園ではルネ様の悪評が流れていますが、意図的なものです。恐らく婚約者を奪った妹様が、広めているものかと思われます。人気のある方のようですからね」


 バキンと硬い音がした。

 ジュールの手元では握っていたペンが真っ二つに折れている。


「公爵邸にいらしてからの彼女の様子も、メイドたちから報告させていますが……噂は真っ赤な嘘だろうと思いますね。メイド一人一人の名前を覚え、些細なミスをしても庇ってくれる優しい方だと聴き取っています」

「当たり前だ。ルネは世界一美しく優しい」


 そこまではどうかとリュカは思うものの、意見を挟まない賢い従者だ。

 僅かに機嫌が上向いた様子に内心安堵しながら、リュカは言葉を重ねる。


「それと、どうやら随分妹様に搾取されてたようですね。本人は気付いてないようですが」

「搾取? 伯爵家の長子が?」

「僕がルネ様から直接聞きました。私物は殆どなく、装飾品は妹に持って行かれるのが日常だったと。メイドたちから裏取りも済んでいます。事実、持ち込んだものに年頃の娘らしいものはなく、落ち着いたデザインばかりだと。恐らく、亡くなったお母様のものでしょう」


 父親は気付いて見ぬ振りをしていたのか、そもそも気付いていなかった無能なのか。

 それによっては社交界での立場が変わるだろうと、リュカは背中に冷や汗をかく。ジュールのリュカへの想いは重く、盲目的だ。


「……しろ」

「はい?」

「贈り物を手配しろ。ルネに相応しいものであれば金に糸目はつけない。ドレスでも宝石でも、鉱山だろうと買え」


 さすがに鉱山は買わないだろうよ。リュカは内心苦笑しながらも、ジュールの気持ちは理解できた。

 愛した女性が不当に扱われているのだ。我慢などできるわけがない。


「贈り物といえば、ジャネット様のお誕生日も近いでしょう。一緒に手配しておきましょうか」

「いらん。姉上には婚約したことすら伝えていないのだ。面倒くさいことになるからな」

「ブラコンですからね」


 ジュールに似て派手な美人であるジャネットは、嫁いだ今も弟を溺愛しているのだ。苦笑しながらリュカは、どの店を使おうか頭の中で算段を立てる。


「リュカお前、ルネに惚れるなよ」


 突然、なんの心配をしているんだか。

 リュカはブハッと吹き出した。


「僕には可愛い恋人がいるって知ってるでしょ。ご心配なく。僕はジュール様ほど奥手じゃありません」

「ぐ……。まあいい、お前もほしいものがあれば一緒に注文してもいいぞ」

「太っ腹ですね。では遠慮なく鉱山でも」

「それは違うだろう」


 主の拗ねた物言いがおかしくて、リュカは声を上げて笑った。

 この人のどこが冷徹公爵なのだろうか。

 情に厚くて人を愛することができる、人間くさい男だと思う。


(早くルネ様と仲良くなればいいのに)


 そう思いながらリュカは、ジュールが穏やかな空気に変わったことを静かに喜んだ。


◆ ◆ ◆


 翌日の朝から、ルネの部屋は随分騒がしかった。

 多くの人が入れ替わり立ち替わり、大小様々なプレゼントを運んでくるのだ。


「まあまあ! こちらはマダム・モココの化粧品ですよルネ様! 顧客一人一人の希望通りの調香をするので有名なんです。旦那様は随分用意周到でしたのね」

「ルネ様~、靴が山のように届いて……ッ! こちら、どれから開けましょう!?」

「午前中の分だけで、帽子入れもクローゼットも一杯です! 他の服飾品はどちらにしまったらよろしいでしょうか」


 開けて確認する速度が追いつかず、昼過ぎになる頃には部屋の一角に箱が重なる始末だった。

 メイドたちは楽しそうだが、ルネはやや気が引けていた。

 どう考えてもこれは、一般的なプレゼントの域を逸脱している気がする。

 いくら公爵家とはいえ、偽装のために呼び寄せただけのルネにここまでお金をかけるのはもったいないのではないか。

 だがそう考えて、逆に「なるほど」とも思った。


(公爵様ともなれば、偽装結婚相手にもこれくらいしなければならないのね)


 下級伯爵家出身のルネは、ジュールの進言もあって殆ど物を持たずに嫁いできた。大切な物はそう多くなかったし、使い古しすぎたドレスはさすがに持ってくることを憚られたからだ。

 古いものを処分し大切な物だけ持ち込もうと思ったら、本当に身一つになってしまっただけなのだが、確かにみすぼらしかったのかもしれない。

 公爵夫人となるからには、これくらいのものは持っておけということなのだろう。

 楽しそうにはしゃぐメイドたちをよそに、ルネは自分の考えに納得して頷いていた。


「あら、この箱は少し違いますね」


 積まれたままのプレゼントの山の中から、シックな包装紙に包まれた箱をメイドが持ち上げ、たまたま近くにいたルネに手渡された。

 確かに他の包装紙はピンクや赤など女性的な色合いの物が多かっただけに、この深い紫色の箱は異彩を放っていた。

 ルネは、太いリボンの影にカードが挟まれていたことに気付く。


「あら、メッセージカードが……」


 なんの気なしに、ルネはそれを読む。


 ――愛するリュカへ


 ルネはバッと顔を上げ、大急ぎでカードをリボンの中へと隠した。


(これは……! ジュール様からリュカへのプレゼント……!) 


 仮初めの伴侶となるルネよりも、ジュールが気遣うべきは本命のリュカだ。

 なるほどこういう気遣いができる人なのだなと感心しながらも、ルネは万が一ジュールたちのことを知らないメイドがいることを考えて、サッと自分の後ろに隠した。


「少し出てくるわ」


 メイドに見つからないように箱を隠し、ルネは自室を後にした。

 さてこれをどう渡そうかと考えていると、廊下の向こうに丁度よくリュカの姿が見える。


「リュカ!」


「ルネ様。どうしたんですかお一人で」


 書類を抱えたリュカは、ジュールの手伝いをしていたのだろうか。


「あのこれ……私の荷物に交じって届けられたの。ごめんなさい、カードは読んでしまって」


 一度見てしまったカードを添えてリュカへと差し出す。

 リュカはなんのことかとカードを読み、理解した瞬間に顔を赤くした。


「わ、あ! これは……その、お見苦しいものを。すみません」


 綺麗な顔が朱に染まり、なんだか見ているルネの方がドキドキする。

 リュカも恋をしているのだ。

 他ならぬ、主であるジュールに。


「とんでもないわ。大変なこともあるだろうけど、私はリュカたちを応援してる立場だってこと、忘れないで」

「ルネ様……」


 二人は見つめ合い、それぞれが全く思い違いの感動に浸っていた。


 ルネはこのプレゼントは、ジュールがリュカに贈ったものだと思い込んでいる。

 リュカはといえば、まさか恋人が贈ってくれた荷物がルネの元で【ジュールからリュカへ】のプレゼントだと勘違いされているなんて、誰も思うまい。

 使用人の恋まで応援してくれる心優しいルネだと、リュカは感動に浸っていた。

 ルネがまさか【ジュールとリュカの恋を応援している】などと、思うよしもないのである。


 勘違いしあう二人だが、窓の外から喧噪が耳に入り同時にそちらを向いた。

 正面玄関の前に、見覚えのない馬車が停まっている。

 来客の予定は聞かされていなかったがとルネが振り返ってリュカを見ると「うわっ」と珍しく砕けた雰囲気の声を出す。

 馬車の扉が開くと、御者にエスコートされて一人の女性が降りてきた。

 豊かなうねりを見せる長い銀髪に、ゴージャスな美貌。落ち着いた色合いのドレスは最先端のものだろう。どこを切り取っても一流の貴族だと分かる女性だった。


「あれはジュール様のお姉様の、ジャネット様です」


 説明をするリュカの声はなぜか力ない。


「お義姉様ということ? 急いでお出迎えしなくちゃ」


 夫となるジュールの姉ならば、丁重にもてなす必要がある。

 まだ女主人ではないし偽装結婚ではあるものの、それでも対外的にルネは婚約者なのだ。

 少なくとも出迎えて、挨拶をするくらいして当然だ。


「うう~~ん、行かないほうが……いや、でもどうかな~」


 走るように早足で向かうルネを追いかけつつ、リュカは小さく呟く。

 ルネが階下に降りエントランスホールから玄関へと向かうと、既にジュールが姉を出迎えていた。

 先ほどは気付かなかったが馬車もフォーレ公爵家のものと勝るとも劣らない豪華さだ。

 馬車のエンブレムは、この国の三大公爵であるリュンカール公爵家ものが収まっている。

 美しい姉弟の瞳がリュカを見る。

 美貌の二人が揃って並ぶその様子は、まるで神々が降臨したかのようだ。

 ジャネットはジュールとよく似た雰囲気を持っている。

 しかし女性らしい体つきと二十代後半だろう風格が伴って、圧倒されるようだ。ジッと見つめられ、ルネは思わず顎を引いた。


「まさか、あの子があなたの婚約者?」

「そうです。既に嫁いだ姉上には関係ないと思いますが、なにか」


 カツンとヒールを鳴らし、姉がルネの元へと近づいてくる。

 そして文字通り、上から下まで舐めるようにジロジロと見下ろされた。


「あ、あの……わたくしルネ・ベルトランと――」


 タイミングを失ったルネが、挨拶をしようと腰を屈めた瞬間。


「挨拶は結構よ」


 冷たい言葉がルネの声を遮った。

 それから姉は扇で口元を隠し、ジロリとルネを見下ろす。


「公爵家の妻として相応しくないんじゃない?」


 思わず固まるルネをよそに、ジュールの姉は腕を組み、フンと鼻を鳴らした。


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