6 どうぞお任せください!
ルネが初めて伯爵家で迎えた朝は、慣れない環境のせいか普段よりも早い時間に起きてしまった。一人で簡単なワンピースに着替えて邸内を散歩していると、多くのメイドとすれ違った。
フォーレ公爵家では多くのメイドや下働きが働いており、皆朝からテキパキと仕事をこなしている。屋敷が広いせいか人数はベルトラン伯爵家よりも多い。
「本当に広いわ。それにメイドたちも皆、教育が行き届いていて気持ちがいい」
目が合うと皆、明るい表情で挨拶をしてくれる。
公爵家からみたら格下である伯爵家から、婚約者のうちに引っ越して来たのだ。悪く言われる可能性も考えてきたが、受け入れてもらえるに超したことはない。
ふとルネの脳裏に暗い影が落ちる。
(だけど、これからなのかもれしれないわ)
もしかしたら、ルネが妹に婚約者を奪われた情けない人間だと、メイドたちに情報が広がっていないのかもしれない。
ルネにとってあの婚約破棄の事件は、まだつい先日の話だ。
乾ききらない傷口がジクジクと痛む。
庭園に面した廊下を歩ききったルネは、窓の外から聞こえてきた話し声に足を止めた。 どうやら一階で洗濯をしているメイドたちが、外でおしゃべりをしているようだ。
「昨晩もリュカとジュール様は朝まで一緒だったわね」
「本当に仲がいいわね。見目麗しいお二人は大変絵になるわ」
メイドたちの話を聞きながらルネは「あら……」と呟き口元を押さえた。
どうやら主従であり恋人である二人は、公爵邸では理解を得ているようだ。
それがどこまで広まっているのかは不明だが、あれだけ堂々と振る舞っているのだから押して知るべしだ。
「なるほど」
納得したルネは、知らないうちに大きな声を出してしまっていたらしい。
窓の外にいるメイドたちが、ルネの姿に気付いて慌てて会釈をした。
「ルネ様おはようございます」
「朝のお支度をいたしますね!」
そうして彼女たちはそそくさとその場を離れてしまった。
残されたルネは静かに決意を新たにする。
(お二人の関係は屋敷内で公認の仲なのね。私は決して二人を邪魔しません、大丈夫)
メイドたちも、美しい主従の秘めたる恋を見守っているのだろう。
そこに突然現れたお邪魔虫が、ルネなのだ。
世間からの風よけとしての役割を、しっかり果たそうと心に誓う。
その誓いこそ既に現実より斜め上の方向を向いているのだが、それを指摘できる人間は残念ながら誰もいない。
「早いな」
後ろから声を掛けられ、ルネは驚いて振り向いた。
滑らかな低音は誰かなど、聞くまでもない。
ルネは腰を低くし、頭を下げた。
「おはようございます、公爵様。早起きしたので邸内を散歩させていただきました」
顔を上げると、朝日に照らされた神々しい美貌のジュールが、美しい従者を伴って立っていた。一晩中一緒だったと聞いたが、随分仲がいいようだ。
ジュールの隣でリュカがはにかむ。男性だというのに保護欲のような可愛らしさを感じてしまって、ルネの心が和む。
「……ジュールでいい」
「?」
「名前で呼んでほしいってことですよ、ルネ様」
疑問符を浮かべるルネに、すかさずリュカがフォローに入る。
「ジュール、様?」
「それでいい」
呼び慣れない名前を舌に乗せる。
ジュール様、ジュール様、とルネは頭の中で何度か反復した。
「来週から通常通り、共に学園に通学して貰う。結婚式は半年後だ」
唐突に告げられた予定に、思わずルネは目を見開いた。
てっきりもう学園は退学し、フォーレ公爵家の領地へ向かうものだと思っていた。結婚が半年後というのも、貴族にしては早急すぎる。
そんなに急ぐ理由などないだろう、そう考えてルネは思い出した。
(そうだわ、私は恋の風よけになるんだもの。学園で男色の噂を鎮めたいということだわ)
ルネが分不相応な家から求婚されたのは、あくまでジュールがリュカのために決めたことなのだ。
男同士、身分違いの恋で、非難されかねないリュカのために、ルネという防波堤を取り入れただけだ。
(早く結婚するのも身を固めたフリをして、恋人と安心して甘い生活を楽しみたいのね)
黙りこくったルネを心配したのか、リュカがおずおずと声をかける。
「ルネ様……? あの、本当に全てが性急ですよね。申し訳ありません。一週間で身の回りを整えていだきますので」
「いいえ、謝らないでくださいリュカ様。もちろん全て問題ありませんわ。どうぞお任せください!」
気持ちとしては胸をドンと叩いて決意を目に見せたいところだが、そこはやはりルネは淑女だ。胸元に手を当てるだけに留まる。
とはいえ、再び学園生活に戻ることへは多少の不安はある。
しかしそれ以上に今のルネは、この美しい恋人たちを守るという使命感に燃えていた。
妙にやる気のあるルネのその理由を分からないリュカは、困惑した様子で「よろしくおねがいしま、す?」と曖昧な相槌を返した。




