5 この方がジュール様のお相手……!
どうやら足の遅い――といっても平均女性並みだが――ルネのためにゆっくりと歩いてくれているらしい。
(優しい方なのかもしれない)
いい絵だなんて言ってくれたのは、両親以外ではジュールが初めてだ。
フワッとルネの心が温かくなる。
「ルネ様。お待ちしておりました」
少し歩いた先に立っていたのは、可愛らしいと形容できる青年だった。
ゆったりとしたシャツにベストを重ね、揃いのズボンによく磨かれた革靴を履いている。
青年は黒髪を揺らし、人懐っこい明るい笑顔をルネに向けた。
「初めましてルネ様。ジュール様の側仕えをしております、リュカと申します」
以後お見知りおきを、リュカはそう告げると深く腰を折った。
側仕えだというリュカは品のある青年だった。華奢な体躯で、男性だと分かるが中性的な雰囲気がある。平民のようだが佇まいはまるで、大輪の華のようだ。
(は……ッ! この方がジュール様のお相手……!)
シトリーが言っていた「公爵様は美しい従者と恋仲」だという話を思い出す。
確かに二人が並ぶだけで絵になる。
背が高く身体に厚みのあるジュールの隣では、リュカの線の細さが一層際立った。
視線だけで語り合っている二人は、まさに一枚の絵画だ。
ルネは慌てて腰を折る。
「初めましてリュカ様。ルネ・ベルトランと申します。お邪魔にならないよう、精一杯務めますのでよろしくお願い致します」
「えっえっ? 僕なんかに丁寧にご挨拶をいただかなくてもいいんですよ! 呼び捨てにしてください!」
「そういうわけには」
形ばかりは本妻となるルネだが、実質この屋敷でジュールの隣に立つのはリュカとなる。
二人の恋路を邪魔するつもりはないということを、先に伝えなければならないだろう。
「リュカ」
ジュールが従者の名を呼ぶ。
そこには心持ち苛立ちが含まれているようだ。
やはり仮初めの妻となる女がしゃしゃり出て、愛する恋人と会話をされるのは気分がよくないのだろう。
リュカが近寄ると、ジュールはなにか耳打ちした。内容は聞こえないものの、リュカがフッと吹き出して空気が和らぐ。
親密な雰囲気だが、リュカが笑った拍子に足を滑らせ体勢を崩した。
「……ッと! すみませんジュール様」
よろけたリュカの細腰を当たり前のようにジュールが支えた。
周囲にぶわりと大輪の薔薇が咲き乱れるような、特別な空気が醸し出される。
ただの主従にはない雰囲気だ。
恋愛事には鈍いルネだが、これはさすがに察することができる。
(男色の噂はやはり本当だったのね……!)
もしかしたら男色ではないのかもしれない、頭の隅にほんの僅かにあった可能性が霧散した瞬間だった。
思いやる恋人たちを影ながら支えていくことこそが、ルネに求められることなのだ。
(頑張ろう。公爵様の役に立たなくちゃ)
改めて案内された自室の豪華さに目を白黒させながらも、今後の身の振り方を再認識したのであった。
◆ ◆ ◆
ルネを自室に案内した後、リュカはジュールと共に執務室へ戻った。
扉が閉まると早々、リュカは壁とジュールの腕の中に閉じ込められる。
「見たかリュカ、あれが俺の花嫁だという」
「見ましたよジュール様。可愛らしい方、ですね」
身長の高い主君を見上げると、頭上から大きなため息が溢れた。
「見ただろうリュカ、あの美しさ、愛らしさ。天使が俺を迎えに来たと思ったぞ!? あれが花嫁……俺は夢を見ているのか!?」
「はあ」
リュカは慣れた様子でジュールの腕を押しのける。
感激で震えるジュールの様子からは、先ほどルネに見せていたクールな公爵の姿はどこにもない。
「確かに可愛らしい方ですけどそこまででは……」
「は?」
「嘘です。ルネ様は最高、可愛い、天使、ビュリホー」
恐ろしい形相でリュカを睨みつけるジュールに、リュカは慌ててルネを褒め称える。
「お前が俺のルネを語るんじゃない」
「鬱陶しいな~~!?」
思わず失礼な本音が溢れるものの、ジュールは気にした様子はない。
没落した子爵家子息だったリュカを拾ってくれたのが、今ウンウンと唸っているジュールだ。その恩に報いたいとは思っているが、必要以上にへりくだることを主は望んでいない。
「はあ、今夜からルネと一つ屋根の下だ」
「それはちょっと発言が気持ち悪いですね。あとルネ様によそよそしくなかったですか。せっかく夢叶って婚約にこぎつけたのに」
「あれ以上近づいたら、尊さで四肢が爆散するだろうが!」
「はあ。なら爆散したらどうですか」
「馬鹿かお前は。ルネと結婚できなくなるだろうが」
「はあ……」
目の前のこの人が、学園では冷徹美麗公爵と噂される人物だろうかと、リュカはぼんやりと天井に視線を移す。
いかんせんジュールは、ずっとルネしか見ていない。
奇跡のような婚約に誰より驚いていたのはジュール自身だが、そろそろ落ち着いてはくれまいか。
この惚気なのかなんなのか分からない言葉を、もう長い間聞かされている哀れな従者を思いやってほしいところだ。
だがそんなリュカの祈りなど、幸せの真っ只中にいるジュールには聞き入れられない。
うっとりとした表情で愛しいルネへの愛を語るジュールはうっとうしいものの、貴族令嬢が見てしまったなら真っ赤になって卒倒しそうな色気がある。
「見たかリュカ。ルネの愛くるしい表情を。凜とした佇まいの中にも控えめな美しさがある。天使も裸足で逃げ出すだろう」
「あー、その話はもういいです」
そそくさと退出しようとしたリュカの襟首を、ジュールの手が掴む。
「俺がよくない。聞け! ルネが動くたびに揺れる髪の毛のなんと神々しいことか! あの輝きは他に類を見ない……!」
「ジュール様の銀髪の方がギラギラ眩しいですけど」
「いいから黙って聞け! 俺などルネの神聖さの足元にも及ばん! そもそもルネがいかに――」
懇々と語るジュールの話を右から左へと聞き流しながら、リュカは「その話こそ直接ルネ様にしては?」と思う。
とはいえ今以上に煩くなるから、リュカはそれを言わないだけの聡明さも持ち合わせている。
飾り気のないジュールの執務室の壁には、豪華な額縁に不釣り合いな、下手くそな刺繍が飾られていた。
お読みいただきありがとうございます。1/17は21時に六話目が更新、1/17以降は【毎日7時・21時】の2回更新となります。
ルネと公爵様のすれ違い、そして妹たちの末路……最後まで書き切っておりますので、ぜひお付き合いください。




