39 両想い
緊張していたルネの身体から、一気に力が抜けた。
ふらつくルネを、ジュールの腕が支える。
力強い腕だ。それに、先ほどルネを庇ってくれたときの言葉。たとえこの場をしのぐための偽りだとしても、ルネの魂は深く揺さぶられたのだ。
封印していた恋心の蓋は、もう閉じることが難しい。
「リュカ……ごめんなさい」
野次馬に残っていた周囲の学生たちを帰していたリュカが、ルネの言葉で振り向いた。
ああ、なんて綺麗なひとなのだろう。
だがリュカは見た目だけではなく、心まで綺麗なひとなのだ。
ルネは大好きな二人の役にたつという役目を、最後までやり遂げられなかった。それを心から悔やんだ。
「私、好きになってしまったの」
この気持ちを黙ったまま、愛し合う二人の側にいることはできないだろう。
ひと気のなくなった教室に、ルネの決意を込めた言葉は大きく響いた。
「リュカの恋人を、好きになってしまったの!」
「僕の恋人をですか!? いつ!?」
「殺す。殺す殺す殺す…………」
死地に赴くような決意のルネ、自分の恋人にいつ会ったのかと驚くリュカ、リュカの恋人に呪詛を吐くジュール。
全員が自分以外の反応を見て「あれ?」という顔をした。
それから三人が顔を見合わせる。
「……リュカの恋人は、ジュール様よね?」
「はあっ!? やだやだやだ! 金を積まれても嫌ですよ! なんですかそれ、ほら腕に鳥肌が立ちました!!」
リュカは自分の袖をまくって、鳥肌の立った腕を見せつけてくる。
本当に嫌がっているようで、嘘をついている感じではない。
すかさずジュールも言葉を重ねてきた。
「どうしてそうなる! 十年前から俺が好きなのはルネだけだと言っているだろうが!」
聞いたことがない。
ルネを好き? 十年前から?
ルネの脳内は混乱を極める
「ええ……ッ? えっ、私はジュール様とリュカの禁断の恋を隠すための、偽装結婚相手です……よね?」
「ない! 十年間、今の今まで虎視眈々とルネを奪う機会を狙っていただけだ!」
「ジュール様のことは弟のように可愛いですが、恋愛感情はないです!」
力いっぱい否定されて、ルネの膝から力が抜けた。
慌ててジュールの腕が抱きとめる。
「もしや、俺が求婚したときからずっとそう思っていたのか? だからなにも聞かず、すぐ結婚に応じた?」
「だ、だって婚約破棄されたばかりの傷者に、ジュール様みたいな方から求婚されるなんて、なにかあるのかなって……。それにジュール様とリュカは秘密の恋人同士だってシトリーが……あ」
そこでようやくルネもシトリーの嘘に気がついた。
公爵家に迎えられるルネに嫉妬して、嘘をついたのだろう。ルネはまんまと乗せられていたのだ。
ジュールとリュカのため息が聞こえる。
「ごめんなさい私……ずっと勘違いしてたのね。二人は恋人同士なんかじゃ」
「ない」
「ないです」
謝罪の言葉に、ジュールとリュカの強い否定が被った。
今までルネがよかれと思ってやってきたこと、恋仲の二人のためだと空回りしてきたこと、様々な出来事が蘇り、ルネは恥ずかしさで顔を赤くした。
「ほ、本当にごめんなさい! お似合いのカップルだと思ってて、私、二人のためなら頑張ろうって」
熱くなる頬を押さえながら、ルネはつい言い訳を重ねてしまう。
「どうしましょう、とても失礼なことを考えていたんですね。言われたことを鵜呑みにして。まさかジュール様が好きな相手がリュカじゃなくてわた――え?」
ルネの動きが止まる。
自分で言って、気がついた。
赤かったルネの頬が、さらに真っ赤に染まっていく。
「そう。俺がずっと恋をしているのはルネ、きみだ。ようやく信じてくれたか?」
「え……え、ええ?」
ジュールが慈しみの目でルネを見つめてくる。
婚約してから何度も向けられたこの視線は、親愛を込めたものだと思っていた。
あまりに優しくルネを見つめるせいで、何度勘違いしそうになったか分からない。
しかしこれは、勘違いではなかったのだ。
「本当に……? リュカじゃなく、私なんかを?」
「やめてください……」
げんなりしたリュカが小さく呟く。
ジュールは喉で笑う。
「俺が好きなのはルネだよ。その、ちゃんと伝えてなかった俺も悪かったな」
「ジュール様は相当、ヘタレてましたよ」
「うるさいぞリュカ」
思いもしなかった展開に、ルネの頭はうまく回らない。
愛し合う二人の傍にもういられないと、この立場に別れを告げるつもりで告白をしたのに。
(どうして私は今、ジュール様の腕の中にいるのかしら)
夢なのかもしれない。
ルネがおずおずと自分の頬をつねろうとした指を、ジュールの手がそっと制する。
「夢じゃない。だが、俺も夢みたいだ。ずっと好きだったルネと本当の両想いになったんだからな」
胸に熱いものが込み上げる。
何度も繰り返し気持ちに蓋をしてきた。
ただ側にいるだけで幸せだと、自分を誤魔化してきた。
だがジュールと想いが通じ合っていたのだと知ってしまった今、蓋をしてきた恋心が、もう我慢したくないのだと溢れ出す。
「……ッ、ジュール様……! 私、私、ジュール様のことが好きです!」
自分たち以外、誰もいなくなった教室にルネの告白が響く。
ジュールは僅かに目を見張り、それから子供のように破顔した。
「俺もだよ、ルネ」
きつく抱きしめられて息が止まるかと思った。
でもこの込み上げる喜びの中でなら、死んでもいいと思った。
「夢じゃないんですね」
もしも夢ならば醒めないでほしい。
そう願うルネの身体を、ジュールの腕が強く強く抱きしめた。




