38 なによ! なによ!
ジュールの冷たい言葉は続く。
「亡くなったルネの母が、妹のように慕っていたメイドの子供、それがお前だ。早世したメイドに代わって、ベルトラン伯爵家が家族として迎え入れた」
「な、なによそれ! いい加減な話よ! だって私には小さな頃からベルトラン伯爵家で暮らした記憶があるもの!」
「ベルトラン伯爵家のメイドだったから当然だろう。夫を亡くし、病に臥せって寝込みがちだったお前の実母の代わりに、ルネの遊び相手として過ごしていたと聞いている。そうだな、ルネ」
亡くなった母からはずっと「本当の妹のように、家族のように接してほしい」と言われていたのだ。
そのためルネは昔からシトリーを妹のように扱っていたし、シトリーの母であるメイドが亡くなってからはさらに大切にしてきたつもりだった。
ルネは力なく、小さく頷いた。
「覚えてないのも仕方ないわ。あなたの実母が亡くなったとき、シトリーはまだ六歳だったもの」
ルネの父であるベルトラン伯爵も、最愛の妻の遺言を守りシトリーを娘として受け入れた。その結果、実の娘であるルネよりも気を使い可愛がっていた傾向はある。
だがそれがどこでどうなったのか、シトリーこそがベルトラン伯爵家の娘であり、ルネがメイドの子供だと勘違いすることになるとは。
「そもそも私がメイドの子供であれば、わざわざ婿を取ってベルトラン伯爵家を継ぐことはないでしょう? ルネ、魅力的なあなたに婚約者がいないのは、その出自があるからよ。政略結婚ではなく、好きになった人と自由に結婚してほしいとお父様が思っていたから」
ベルトラン伯爵家の秘密を、ルネはついに公にしてしまった。
気分は晴れず、むしろ重い。
学園の教室などというところでルネの出自を詐称するものだから、ジュールも訂正するしかなかったのだ。
噂など、真偽はさておきいくらでも作ることができるのだから、放っておくのは危険だからだ。結果として、長く伏せていたシトリーの出自を公にしてしまうこととなったが、公爵夫人となるルネの出自を偽られることの方が問題になる。
「髪の色が似ていたせいか? なぜメイドの子供が、ルネを差し置いて自分が貴族令嬢だと思い上がったのか。俺には分からないな」
棘のあるジュールの言葉に、シトリーの肩がわななく。
「なによ……なによ! じゃあ譲りなさいよお姉様! 可哀想な妹に、ジュール様をちょうだい! いいでしょ! ジュール様だって、私の方が可愛いし魅力的でしょ!」
シトリーの言葉は、以前のルネなら揺らいでいたかもしれない。
地味で冴えなくて、妹のシトリーよりも劣っていると思っていた。
伯爵家内では、早くに実の両親を亡くしたシトリーに優しくしてあげようという意識もあって、父はルネよりもシトリーを甘やかしていた部分もある。ルネもまた、それを姉として受け入れていた。
だが今のルネは違う。
「譲らない……いいえ。私が、譲りたくないの」
そうきっぱりと言い放つ。
譲れないのではない、譲りたくないのだ。
ジュールとリュカの関係を、シトリーがどう引っ掻き回すのかという不安。
シトリーより劣る自分が、たとえ偽りであってもジュールの隣に相応しいのだろうかという不安。
抱えていたそんな不安など、ルネの「ジュールの側にいたい」という想いが易々と飛び越えていく。
許されるなら一秒だって、好きな人の側にいたい。
「だからごめんなさい、シトリー。他のなにを譲っても、ジュール様だけは譲りたくないわ」
断言するルネは、まるで小さな光の粒子を身に纏うように輝いて見えた。
ルネに派手さはまるでない。
だが大人しいルネの外見も内面も、今この瞬間、新しいものへと変化していくようだった。
ジュールは目を細め、ルネの肩を抱きよせた。
「ルネよりも魅力的な女性はいない。お前と結婚するなど、天地がひっくり返ろうとありえない」
「ジュール様……」
まるで愛されているかのような言いぶりに、ルネは一瞬心が躍った。
しかしすぐにルネは後ろに控えていたリュカを見た。
傷ついてはいないか、苦しんではいないか、それが気がかりだった。
しかしリュカは思いのほか穏やかな笑みをルネに向けていた。ルネと目線が合うと、大きな音をたてて拍手をする。
拍手はリュカから周囲へと広まり、まばらだった音が大きな喝采へと変わっていく。
気付けば廊下に面した窓の外にも多くの生徒がいて、ことの成り行きを見守っていたようだ。
「なによ……なによ! なによ!」
シトリーは大粒の涙を零しながら、幼い子供のように地団駄を踏む。令嬢らしからぬ粗暴な行動は彼女の出自が知られた今、さらに非難の目を強めるだけだ。
周囲からはちらほらとシトリーへの批判的な言葉が聞こえてくる。
ルネに仕掛けてきたことはもちろん許せることではないが、ルネとしてはシトリーがあまりに可哀想だった。
「シトリー……」
「触らないで!」
思わず伸ばした手を、シトリー自らに叩き落とされる。
それからシトリーはキッとルネを睨みつけ、そのまま走って廊下へと出て行ってしまった。
緊張していたルネの身体から、一気に力が抜けた。




