35 俺にもハグをしてくれ
翌日の日曜日。
ルネはジュールと共にジャネットの屋敷を訪れた。
リュカにも一緒に行こうと誘ったのだが、リュカもリュカでジャネットが少し苦手らしい。
「あいつも姉上の着せ替え人形になっていたクチだ。それも俺と違い、女物のな」
ジュールは馬車に乗りながら、先日の仕返しだとばかりにリュカの秘密を暴露していた。
だが成人しても見目麗しく中性的な美貌のリュカならば、子供の頃は天使だったに違いないとも思う。
ルネにはそんな趣味はないが、幼いリュカならば確かにドレスすら着こなせそうだ。ジャネットの審美眼に、ルネも内心小さく同意する。
「フォーレ公爵閣下、ご婚約者ルネ様。ようこそお待ちしておりました」
洗練されたリュンカール公爵家の従僕たちが、深く腰を折りルネたちを出迎えてくれた。
「わあ……!」
案内された庭園は、華やかな装飾やテーブルが施され、既に多くの貴族たちが談笑をしている。
固定のテーブルはあるようだがティーフードは別のテーブルにあり、自分で選ぶことができるらしい。それとは別にメイドや従僕たちが各テーブルをまわってティーフードやお茶を運んでいるため、どちらからでも好きに取って過ごせるようだ。
公爵家の甘味に舌鼓を打っている者もいれば、人脈を広げるために積極的に交流をしている者もいる。
初めて参加する大きなお茶会に、ルネは背筋を伸ばす。
周囲はルネたちよりも大人たちか、大人たちに連れられた小さな子が多く、ルネと同世代は少ないようだ。
ジャネットの知人が多いせいだろうか。
少しだけ違和感を抱きつつも、ルネはジュールにエスコートされながら席へと座った。
「緊張しているのか」
ルネは背筋をピンと伸ばし、普段よりもキリッとした表情を作っていた。
普段のルネを知っているジュールから、ルネの緊張は一目で分かるのだろう。
恥ずかしいような、少し嬉しいような気持ちでルネははにかむ。
「そうですね。母が亡くなってからは、こういったお茶会に参加することはなかったので」
「そうか」
「あ、でも……母が亡くなった直後、叔父の紹介で父と参加したかもしれません。小さな頃だから、あまり覚えてないですが……八歳くらいでしょうか」
「……そうか」
ジュールはわずかに目を伏せ微笑んだ。
「これからはきっとこういう機会が増えるだろう。心配ならいつでも俺を連れて行け」
「いつでもですか? お茶会は女性限定の場もありますよ」
「それでもついていこう。ルネのためならば、そうだな……ドレスを着るのも辞さない」
来るときの馬車内では、子供の頃女装させられていたリュカを不憫そうに語っていたというのに。
たとえ冗談でも、そう言ってくれる気持ちが嬉しい。
しかしそれとは別に、女装したジュールはきっと美しいのだろうなとルネは真剣に想像してしまった。
「……おそろい、しますか?」
「……しないぞ? 真剣に考えすぎだ」
頬杖をつき、クツクツと笑うジュールの表情は珍しく年相応に無邪気なもので、ルネは思わず魅入ってしまう。
そんなジュールの様子が、こちらを窺っている周囲のテーブルからも見えたのだろう。恍惚としたため息がいくつも聞こえてきた。
ルネは改めて、ジュールのことが好きだなと思った。
一緒にいるだけで、こんなにも幸せを感じてしまう。
甘い胸の疼きを宥めながら、いつかこの恋は落ち着き親愛の情へと変わる日を待つ。それまではジュールへの気持ちを、ただ大切に隠しておくだけだ。
出てきたティーカップに口を付けていると、相変わらず華やかなジャネットが笑顔でルネの元へ来てくれた。
今日のジャネットは艶のある紺色のドレスだ。大ぶりの薔薇が織られた生地が、太陽を受けて多彩な表情を見せる。
「いらっしゃい、ルネ。それからジュールも」
立ち上がり礼をしようとするルネを手だけで制し、ジャネットは「それより」と同じテーブルに腰を下ろした。
「お土産、受け取ったわ。ありがとうルネ。無理をお願いしちゃってごめんなさいね」
従僕に渡していた手土産がジャネットに渡っていたようだ。
ジャネットが希望していたルネの刺繍作品をいくつか箱に入れ、綺麗に包んでもらった。見せるだけなんていうつもりは最初からなく、ルネはジャネットに渡すため、一晩で仕上げたのだ。
「ジャ……お義姉様のために選ぶのはとても、楽しかったです」
「まあなんて可愛い子でしょう!」
ジャネットは、ルネの頭を胸元に迎えるようにして抱きついてきた。
豊満な胸元に顔を埋められる。抱きしめられたことにもその感触にも驚いて、ルネの顔が赤く染まる
。
「姉上。ルネを離してやってください。まったく……昔から変わらないな」
「あら、別にいいでしょう。私の可愛い妹なんですもの。ね?」
「え、えっと……はい。嬉しいです」
驚いたが、確かに嫌なものではない。
ジャネットからは好意しか感じない上に、ルネもまたジャネットのことを尊敬していたからだ。誰かに抱きしめられることなど、子供の頃以来で――いや、先日ジュールに抱きしめられたこともあった。
厚みのある逞しい身体を思い出して、ルネの顔はさらに赤くなる。
「じゃあルネ、俺にもハグをしてくれ。姉上ばかりズルい」
「えっ」
「まあ! 朴念仁がこの変わりよう。随分ルネに入れ込んでるのねえ」
「え、ええっと」
「当然だ。そうでなければ求婚などするまい」
ルネを挟んで左右から繰り広げられる姉弟の話に、周囲から黄色い声が上がる。




