34 お茶会
穏やかな土曜日の昼下がり。
それはジュールからの突然の提案だった。
「お茶会……ですか? ジャネット様、いえ、お義姉さまのお屋敷で」
ルネは持っていたティーカップをソーサーに置いた。
「嫌なら断っておく。無理をすることはない」
ジュールは長い脚を組み換え、テーブルを挟んだ向かいでお茶を一口くちに運ぶ。
元から期待していなかったような口ぶりに、ルネは慌てた。
ジュールの心配など全くなく、むしろその反対なのだ。
「いえまさか! 嫌だなんて。光栄です」
ジャネットのことを考えると、自然とルネには満面の笑みが浮かんだ。
以前ジャネットが部屋に来てくれてからというもの、ルネにはなんだかジャネットが本当の姉のように感じるほど親しみを抱いていた。
麗しい姿ももちろんだが、はっきりと自分の意見を持っていること、それを恐れず伝えられること。ジャネットはルネの憧れの存在になっていた。
まさかお屋敷に招いてもらえるなんて。
「あ……。ジュール様と似ているんだわ」
はっきりと自分の意見を持っていること、それを恐れず伝えられること。
立場を振りかざすことなく、相手に真摯に向き合える部分もそうだ。
ジャネットに対して好ましいと思う部分は全て、ジュールと同じなのだ。
一人で納得していると、ジュールが身を乗り出してくる。
「なにが似ているんだ」
ルネの独り言は思っていたよりも大きく、どうやらジュールにも届いてしまったらしい。
わざわざジュールが気にするような内容でもないのだが。
「お義姉様とジュール様はよく似ているなと思ったんです。外見だけじゃなく、内面も」
ありのまま、むしろルネとしては尊敬を感じている旨を伝えたつもりだが、ジュールは眉根を寄せ渋い顔をした。
嫌だったのだろうか。
「ジュール様が小さい頃は、ジャネット様と一緒に生活してましたからね。良いお姉様ですがああでしょう」
「ああ、とは?」
押し黙るジュールの代わりに、リュカが笑みを浮かべながら教えてくれる。
「小さい頃から着せ替え人形にされたりあっちこっちと振り回されて、散々な目にあってたんですよ」
「まあ……」
「リュカ。余計なことを言うな」
その様子を思い浮かべて、ルネは微笑ましい気持ちになった。
「子供の頃のジュール様もきっと、とてもかっこよかったんでしょうね」
だから素直に感想を口にしたのだが、なぜか微妙な空気になる。
リュカも咳ばらいをして遠くを見ているし、ジュールは俯き、持っているカップからパキンと小さな音がした。
「あ、あの……私なにか変なことを言いましたか?」
失礼なことを言ったのなら謝らなくては。
だが顔を背けるジュールの代わりに、リュカが慌てて答えた。
「全然大丈夫です! 子供の頃のジュール様は結構デ……ふっく……、今の面影がなかったものですから。ルネ様が気付いていないだけで、どこかですれ違っていたかもしれませんね」
「どうかしら? ジュール様ほど目立つ方なら、記憶に残っていそうなものですけど」
「うぐ……」
俯くジュールの口から、カエルが潰れたような呻き声が漏れる。
リュカが小さな声で「ジュール様、お気を落とさず」などと囁く。
頭に疑問符が浮かびつつ、ルネはこれ以上深く聞いてはいけないのだなと察した。
お茶をまた、一口飲む。
シトリーとラヴィオの計画が頓挫してから、ルネの心は穏やかなものとなった。
彼らに腹を立てていたジュールも結局、表向きはなにもしなかった。
大ごとにはしたくないとルネが口添えをしたせいでもあるが、そのため学園内に通い続けているシトリーは以前よりも遠巻きにされているようだ。
前ならば周囲に大勢の生徒たちを連れて歩いていたものだが、一昨日見かけた際には一人で人目を避けるようにして歩いていた。
きらびやかな立場をなにより愛していたシトリーにとって、今回の件は手痛い勉強になったことだろう。
ルネが抱えていたシトリーに対する強い怒りは既に消え去ったものの、時折寂しさと悲しみが頭をよぎることはある。
可愛かった小さなシトリーが、どうしてああも変わってしまったのかと。ルネの接し方がよくなかったのではないかと感じることもあるのだ。
そしてジュールについて、ルネは深く考えることをやめた。
時折こうしてリュカとの触れ合いを目にするたびに、胸の柔らかい部分が引っかかれるような気持ちになる。
だがそれはルネ一人の勝手な事情だ。
ジュールはもちろん、リュカも何一つ悪いわけではない。
こうやって二人と共に、穏やかな時間を一緒に過ごせるだけで満足しよう。ルネはそう考え、自分の気持ちは完全に蓋をし、感情の奥底にしまい込むことにした。
つい思案に耽ってしまったルネの耳に、ゴホンと小さな咳払いが聞こえた。
「では明日、共に姉上の屋敷に向かおう。手土産は姉上から希望を聞いている。チョコレートとワインは俺が用意しよう。よければだが、最近ルネが作った刺繍作品があれば見せてほしいと言っていた」
「刺繍、ですか?」
お茶会の手土産としてはあまり聞かないが、先日来てくれたときもジャネットが気に入ってくれていたことを思い出す。
「姉上ばかり羨ましい限りだが、ホストが希望するのだから用意してやりたい。ルネ、適当なものはあるだろうか」
「もちろんです。もしなければ今から作りますので」
なにを作ろうか、これにしようか、ルネの頭の中は手持ちの図案でいっぱいだった。
ルネの描いたものはやはり洗練された図案よりも拙い。図書室で参考になる本を探そうかと、心はもう明日のお茶会へと浮き足立っていた。
「くっ……羨ましい」
「欲しいなら言えばいいのに」
そんな二人の会話はルネの耳には届かないのであった。




