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婚約者を妹に奪われた次は、男色公爵と偽装結婚ですか!? ~隠れた溺愛は重すぎるようです~  作者: てんつぶ


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32 いいえ、トラネド様

 ジャネットと話をしたルネの気持ちは、確かに少し軽くなった。


 だからといってジュールと正面から向き合えるかといえば、そうではない。

 妹・シトリーやラヴィオとの問題は、まだ何一つ解決していないのだ。

 ジュールにしてみれば、風よけの妻とする女の身辺がややこしいだけ。下手をすれば本当にシトリーにとって変わられてしまいそうで、ルネは不安だった。


 月曜日が始まり、あっという間に日々が過ぎた。

 まもなく週末が近づいているのに、ルネはギクシャクとした態度のまま、今朝もジュールとリュカと共に登校していた。


「ルネ、最近どうだ」

「え、ええ……お陰様で穏やかにすごしておりますわ」


 ルネはうつむいたまま、視線を合わせることもなかった。

 屋敷内だけではなく馬車の中でも、毒にも薬にもならない話しかできず、話題ももちろん広がらない。

 一人で考えてもシトリーに対抗できるいい案が浮かばず、当然だがジュールの手を借りることもできない。

 ルネはいつもぼんやりと遠くを眺めるようになったし、唇からは時折無意識にため息が零れる。

 学園に到着しようとする馬車の中は、今日も微妙な雰囲気だった。


「それじゃあ、また放課後だな」

「ええ……」


 学園の玄関ホールに到着すると、ジュールはルネをエスコートすることなく離れていった。

 この一週間、ギクシャクした態度のルネにジュールは何度も歩み寄ろうとしてくれた。だがルネの方がそれを拒んだ。拒んだといういい方は正しくなく、戸惑っていた。

 自分がどうしてこうも揺れるのか、この腕を掴む権利が本当にあるのか、シトリーをどう対処するべきか、悩みはどんどん膨れ上がる一方だ。


 さらにはジュールと視線が重なるたびに、心臓のあたりがきゅうと切なくなる。

 色々なことが重なって、ルネはジュールにうまく接することができなくなっていた。

 そんなルネを気遣ってくれたのか呆れたのか、ジュールは少しずつルネと距離を置くようになっていた。

 本来ならば風よけとなる婚約者として、もっと周囲にジュールとの仲の良さを見せつけるように振る舞う必要があるだろう。


 だが今のルネにそれはとても難しく、よくないことだと思いながらもジュールが距離をとってくれることに甘えていた。

 それでも、こんな生活は長く続けられるわけもない。

 妹・シトリーや、元婚約者であるラヴィオの問題を早々に片付ける必要がある。

 ルネはまた無意識にため息を零しながら、教室へと向かう廊下を歩いた。


「おはようございます」


 教室の扉を開けて挨拶をするルネに、既に着席していた生徒からパラパラと挨拶が返ってくる。ちらとこちらを見て、なにも言わずに顔を背ける生徒もいた。


(また悪い噂が広まっているのかも……)


 真偽は分からないものの、ルネの気持ちはズンと沈む。

 学園に復帰した早々ジュールのことをあれこれ聞いてきた周囲は、早い段階で落ち着いていた。当初は仲睦まじいという声がルネの耳にも入ってきたが、最近はジュールとよそよそしい関係が続いている。

 そのせいで不仲説が浮かんでいるらしい。

 全てルネが招いたことではあるが、好意的な雰囲気に変わっていただけに堪える。

 なによりルネのせいで、もしジュールの男色が周囲に今より明らかになってしまったらと思うと怖かった。ジュールが傷つくことを想像するだけで、ルネのみぞおちのあたりはヒヤリと冷たくなる。


(どうしたら……)


 授業中も心ここにあらずのルネは、昼休みのチャイムが鳴ってようやく慌てて席を立ったのだった。

 



 以前は学園でもジュールと一緒に昼食をとることになっていたのだが、彼を前にするとルネの胸がなんだか詰まる感じがする。

 そのためあれこれと理由をつけて、フォーレ公爵家のシェフに頼んで簡単なお弁当を用意してもらっていた。

 ルネはそれを抱え、学園内にある庭園へと向かう。

 いくつもベンチや東屋がある、ルネには絶好の場所だ。

 だがその歩みも、廊下からスッと出てきた人物によって遮られる。


「やあルネ。この間の話、考えてくれたかな?」

「……ラヴィオ。いいえ、トラネド様。考えるつもりもありませんわ」


 廊下の影から姿を現したのは、先日ルネに「ジュールに捨てられたらまた婚約しよう」と厚顔無恥な提案をしてきたラヴィオだった。

 ルネはラヴィオの隣を抜け、廊下の出入り口から庭園へと向かう。


「家名で呼ぶなんて水臭いよルネ。ラヴィオって呼んでよ」


 無視して歩くルネの隣を、ラヴィオは諦めることなくついてくる。いったいどこまでついてくるつもりだろうか。


「同じベルトラン伯爵令嬢なら、公爵閣下はシトリーの方を選ぶよ。そうしたら捨てられたきみは、僕と撚りを戻すってだけ。なにも難しくないだろ?」


 ルネはため息をついて立ち止まった。

 周囲にはパラパラと生徒たちの姿がある。

 ラヴィオだってこんな中でおかしな振る舞いはしないだろう。


 撚りを戻すだなんて、偶然にも先日ジャネットにした話がルネの脳裏によぎる。

 細く撚られた糸と糸をさらに撚ることで、糸は頑丈なものになる。


 もしもラヴィオと撚りを戻してしまったら、きっと近い未来にその糸は切れてしまうだろう。

 それはラヴィオが悪いというだけではなく、ルネにはもう、彼に寄り添う気持ちがないためだ。


「もし私がジュール様に捨てられようと、あなたと結婚するつもりはありません。撚りはもう、戻らないわ」


 ルネはラヴィオを見つめゆっくりと、はっきりと言い放った。


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