3 公爵様は、従者との男色を隠すために求婚したんでしょうね
夜。父親であるペルドラン伯爵が帰宅した。
ベルトラン伯爵領では今の時期、養蚕業が忙しい。数年前の天候不順により、蚕が病気になって以来、代替わりした仲介商人に絹を買い叩かれていた。売り上げは税収に繋がり、最近は領民の頑張り空しく、減少の一途を辿っている。
どうにか品種改良や生産向上させたいと普段は領地に籠もりっきりの父親だが、社交シーズンともなればそうは言ってられない。
せめて社交界で直接売り込みをできればと頑張っているようだが、なかなか結果には繋がらないようだ。
疲れた表情の父親がジャケットを脱ぐより先に、おしゃべりなシトリーがラヴィオとの恋愛劇を楽しそうに語る。
父が尻餅をつくようにソファに座り込み、頭を抱えるのも無理はない。整髪料で固められた、白髪の交じる栗毛が乱れる。
そんな父親の姿をシトリーはキョトンと見つめ、そしてルネは申し訳なさげに俯いた。
「それで婚約者をすげ変えたのか……なんてことだ」
家同士が決めた婚約とはいえ、子供たちだけの一存で覆せることではない。
父親の頭の中ではラヴィオの家へどう話をするべきか、考えていることだろう。
シトリーは、父親が思った好ましい反応ではなかったことが不満な様子だ。頬を膨らませ、父の隣にボスンと腰を下ろす。
「だって彼がお姉様じゃ嫌だって言うんだもの! 嫌われてるのに結婚したら、お姉様だって可哀想よ。ね?」
嫌われているのに。
その言葉はルネの胸に痛みを伴って突き刺さる。
今日中庭で繰り広げられた、一人の男を巡って婚約破棄された出来事はあっという間に学園に広がった。チラチラと同情的な視線が与えられ、ルネは午後の授業が針のむしろのようだったことを思い出す。
父親は大きなため息を吐く。
脱いでいなかった帽子を頭から外すと、近くで控えていたメイドがそれを受け取った。
「しかしルネはいいのか」
そう問われても、ルネはすぐには答えられなかった。
ここで嫌だと言っても、ラヴィオの心はシトリーのものだ。愛し合う二人を引き裂いてまで結婚を求めるほど、シトリーもラヴィオに恋慕の情があったわけではない。
とはいえ一方的に婚約者を奪われて、笑顔で許せるほど大人でもなかった。
「ルネと結婚してもらいラヴィオに伯爵を譲るつもりだったが。これではこの家は――」
「私はいいの……いいのよお父様」
父親の言葉を遮るように、慌ててルネは大丈夫だと口にする。
「好き合った二人が結婚したほうが、幸せになれるわ」
自分の言葉で傷つくのだから世話がない。
愛されたかったわけではない。ただ不要なのだと、邪魔なのだと放り出されたことが悲しいだけだ。
せめてもう少し内々で、あんな見世物にならないよう気を配ってもらえたら、ルネは二人を素直に祝福できたのかもしれない。
シトリーは無邪気にルネに抱きつく。
「さすがねお姉様! いつも譲ってくれてありがとうっ」
ふわふわとした栗毛には、今朝ルネの宝石箱から持っていったヘアピンが光る。ピンク色の小さな宝石が三つならんだそのヘアピンは、シトリーによく似合っていた。
きっと去年から既に、ラヴィオの心はシトリーに傾いていたのだろう。ルネにはちっとも似合わない色だ。
はしゃぐシトリーの姿に父親はこめかみを押さえ、これからのことを算段しているのだろう。だが父親はふと、胸ポケットを探る。
「しかしそうなると、これが届いた理由が分かった」
取り出されたのは上等な、真っ白な封筒だ。
既に開封されている封筒は、黒い封蝋が揺れている。
「求婚の手紙だ。ルネを妻にほしいと、出先に届いたものだ」
「なによそれ」
不満げな声を出したのはルネではない。シトリーだ。
抱きついていた姉の身体を突き飛ばし、父親の隣に駆け寄った。
「婚約破棄されたばかりのお姉様なんかに? そんな物好き、誰よ」
「フォーレ公爵閣下だ」
父親の言葉に、さすがのシトリーも息を飲む。
ルネはありえない人物名に、大きく目を見開いた。
「フォーレ公爵がルネに結婚を申し込んできた。学園での騒動を見たのだろう。新たな婚約者がいないのであれば、すぐにでも妻に迎え入れたいと」
この国の三大公爵の一つが、フォーレ公爵家だ。
王の末姫が降嫁したこともある由緒正しい名家で、家柄・財政ともに他の公爵家と比べものにならないほど力を持つ。王家に勝るとも劣らない国の重要貴族だ。
「あの若き公爵ジュール・フォーレ様が? なんでお姉様なんかに!」
妹に睨みつけられても、ルネだって理由は分からない。
ジュールは学園内でも有名な人物だ。
外見的に優れているのはもちろんだが、十九歳という若さで、亡くなった父に代わり公爵位を得ている。
そんな公爵にまだ婚約者がいないとなれば、学園内でチャンスがあるのではないかと狙っている女生徒は少なくない。
ただその硬質な雰囲気と他を寄せ付けない態度で、孤高の人物となっている。
もちろんルネも顔こそ知っているものの、喋ったことすらない。
そんな男が突然ルネに求婚しているのだ。
「なんで私じゃなくて傷物に求婚の申し出があるの? お姉様なんて、地味で面白みもないのに!」
「わ、分からないわ……」
「シトリー。言葉を慎みなさい」
不満を隠さないシトリーの語気は荒く、姉であるルネを非難する言葉が並ぶ。
窘める父親を前に口をつぐむが、その表情は不機嫌を訴えている。
「しかしルネ。どうする」
「え……?」
「普通であれば格上の公爵家からの縁談だ。我が家を離れ、嫁入りとなってしまうが……今回の件もある。今のルネでは普通に婿を取るどころか、結婚相手を探すことも難しいだろう」
長子であるルネは婿を取り、このベルトラン伯爵家を支えていくつもりでいた。少なくとも今日の昼まではそうだった。
父親は心配しているのだ。
妹に婚約者を奪われたルネに、今後まともな縁談が来ないことを予想している。
実際地味な外見のルネだ。父親の心配は当たることだろうとルネも自覚している。
しかしその上で父親はルネに問うてくれるのだ。
「これ以上ない話だろうが、ルネはどうしたい」
「わ、私は――」
ルネが答えようとしたところで、タイミング悪く部屋の扉が外から叩かれた。
入って来たのは父親の侍従で、どうやらなにか至急の話があるらしい。
姉妹に目配せだけすると、父親は部屋の外へと行ってしまった。
二人きりになった部屋の中は、居心地の悪い雰囲気が漂う。シトリーがイライラとした様子を隠さず、大きなため息が室内に響く。
「ああなるほどね! お姉様、分かったわ私!」
突然、シトリーが大きな声を出した。
それから立ち上がったシトリーは、両手を胸の前で組む。ルネの前でしゃがみ込むと、眉を下げ瞳を潤ませた。
「可哀想なお姉様。公爵様は、従者との男色を隠すために求婚したんでしょうね」
「どういう、こと?」
思わず聞き返すと、シトリーは口元を歪めて笑った。
「知らないの? 公爵様は常に美しい従者、リュカ様と一緒なのよ。つまり……お姉様は秘密の恋の隠れ蓑」
ルネは大きく目を見開いた。
あの美しい公爵様が男色家だなんて。
この国では禁じられてはいないが、公には許されていない。よくて秘密の恋人だ。
当主ともなれば、子を成すことを迫られる場面があるだろう。
「どんな美女が迫っても、冷たくあしらわれると有名だもの」
「そうだったの……」
全く知らなかったジュールの性的指向を聞かされて、遠い世界だと思っていた男色家がこんなに近くにいたのかとルネは大層驚いた。
そのせいでシトリーが小さく小さく呟いた「そんな噂はないけど、絶対そうでしょ」という言葉は、不幸にもルネの耳には入らない。




