25 綺麗だ
「は? 全てルネに合うだろうが」
「え」
思いもしなかったジュールからの断定する言葉に、ルネは驚いて顔を上げた。
真剣なジュールの横顔が、ルネを見つめていた。
「もしも百歩、いや千歩譲ってルネに似合わない宝石があったとしよう。だがそれはルネが悪いわけではない。それを作った職人か、売りつけた店員か、選んだ人間のセンスが悪いだけだ」
あまりに堂々ととんでもない持論を断言するものだから、ルネは相槌すら打てずに目を真ん丸にした。
ジュールは腕を組み、フンと鼻を鳴らす。
「そもそも宝石は似合う似合わないではない。人に幸福を与えるか、否かだ。それを付けることで喜びが湧く、自信がつく、見ていて心が弾むならそれだけで正解だ」
ルネはハッと気付いた。
暴論かもしれないが、ジュールの言うことには確かに一理ある。
「俺がルネに贈りたい。それをルネが眺めて心を癒やしてくれたら、それだけで宝石の役割は全うしているのだ。違うか?」
「そう、かもしれません……」
贈り物とは、贈ってくれる人の気持ちを受け取るものだ。
ジュールがルネに与えたいと思っているのは宝石そのものではなく、そこに付随する幸福や感動なのだろう。
今までのルネなら、似合わないと固辞していた。
地味な自分に引け目を感じていたし、なにより「どうせ妹に持っていかれるのだから」と否定的だっただろう。
何気ないジュールの言葉は、ルネの心にジワジワと浸みこみ優しく満たしていく。
力強いこの人の側にいるだけで、勇気づけられる。ルネは自分の気持ちの変化に驚いていた。
「では……よかったらジュール様が選んでください」
「俺が?」
「恥ずかしながら、私は自分になにが似合うのか分かりません。地味な自分に宝石なんて、という気持ちもありました。ですからジュール様が、私に似合うと思ってくださるものがほしいです」
似合うものが分からないから選んでほしい。ルネはそう告げたつもりだった。
しかし裏を返せばジュールが望むものを身に着けたい、そう宣言しているようなものだが発言している当のルネは気付かない。
ジュールだけがわずかに目元を赤く染める。
「そ、そうか。そうだな、ルネにはもちろんなんでも似合うだろうが、ルネの輝きをより一層際立たせるなら……これだろう。これを出してみてくれ」
後ろに立つ店員に指示を出し、ガラスのショーケースから一つのアクセサリーを取り出した。
「髪飾り……? 可愛い」
ベルベットのトレイに乗せられたものは、真珠の付いた髪飾りだった。
淡い桃色の大きなパールが三つ並び、その周辺に小ぶりな真珠と宝石が品よく置かれている。台座はピンではなく小さめのコームで、後ろ髪に差してもよさそうだ。
「これだけ大きく、正円に近い真珠は珍しいですよ。その上この薔薇色。東方でしか採れない貴重な真珠です。公爵家の奥様に相応しい一品かと」
「えっ、あの」
つまりそれなりの値段がするものだ。
確かに可愛らしくルネは一目で気に入ったものの、そんな高額なものをねだるつもりはない。慌ててお断りしようとするものの、店員の説明にジュールは深く頷く。
「淡く光る真珠は、派手な輝きこそないが引き寄せられる魅力がある。闇夜を照らす月光のようなルネに相応しい」
ジュールは髪飾りを手に取り、ルネの耳の上に添えた。
柔らかい笑みを浮かべられてしまえば、ルネはもう断ることは難しい。
店内で値段を理由に断るのも、公爵であるジュールに恥をかかせる気もした。
ジュールに宝石を選んでもらえたことも、分不相応ではあるが素敵な理由を添えてもらえたことも、確かにどちらも嬉しいことだった。
「じゃあ、それにします」
はにかみながらルネがそう答えると、ジュールは持っていた髪飾りを栗色の髪の毛に差し込んだ。
「思った通りだ。似合うな」
置かれた鏡に映るルネの顔は、リンゴのように真っ赤だ。
以前もたくさんプレゼントを贈ってもらったが、こうして直接選んでもらうのはとりわけ嬉しい気がした。
「これは普段使いできるな。セットでイヤリングとネックレスもあるだろう? それと夜会ならばこれだけでは寂しい。添える大振りの髪飾りも出してくれ。ないなら作ってもらって構わない」
「えっえっ?」
「もちろんでございますとも。いつもありがとうございます!」
店員はルネが止めるより先に、あっという間に真珠のアクセサリー一式を用意してしまった。
大きな桃色の真珠がこれでもかと使われたネックレスとイヤリングは、もしも値段を聞いたら倒れてしまうかもしれない。幸か不幸か、ジュールも店員も値段を確認することなく取り引きが終わっていた。
(公爵家の買い物は、心臓に悪いわ……!)
嬉しいのか緊張なのか、もはや心臓の激しい鼓動はどちらが理由なのだろうか。
胸元を押さえながらルネは、ご機嫌なジュールに伴われ宝石店を後にした。
ルネがつけている髪飾り以外は、後ほど公爵家に届けられるらしい。
「あの……ジュール様。ありがとうございました。とても可愛くて、凄く気に入りました」
ルネはおずおずと隣を見上げる。
ジュールからは丁度、ルネの髪飾りがよく見えるせいだろうか。蕩けるような笑みを向けられて、ルネは一瞬息を飲んだ。
「綺麗だ」
ただ一言、褒められただけだ。
お世辞だと分かっている。
そう理解しているのに心がキュンとときめいてしまうのは、美しすぎるジュールが悪い。優しすぎるジュールが悪い。
ルネはどうにか高鳴る気持ちを抑えようと、頭の中であれこれと理由づけようとする。
「ジュ、ジュール様に選んでいただいてよかったです。昔から何がほしいのかよく分からなくて、父からも贈りがいがないと言われます。なにがほしいのか、好きなのか、自分じゃ分からないものですよね」
なんとなく口にした自分の言葉だったが、ふとそれはルネの核心をついている気がした。
今まさに、なにかがほしい気がした。なにかが好きな気がした。
それがなにかはまだ分からない。
ただ自分で分からないことは分かっている。
一瞬掴みかけた回答は、再びルネの手の中からスルリと抜け出てしまった気がする。
分かったような、さらによく分からない深みにはまってしまったような、不思議な気持ちだった。
「だが絵を描くのは好きだろう?」
「ええ、それは大好きです」
断言できることの数少ないものの一つだ。
「絵を鑑賞するのも好きなはずだ。屋敷の絵画を飽きることなく観ている、そうだろう?」
「え、ええ」
驚いた。ルネがフォーレ公爵家の調度品を見て回っていることに、ジュールは気付いていたのだ。
「それから刺繍も上手だ。好きでなければあれだけの腕前にはなるまい。昨日はアップルパイも好きだと教えてくれたな。今この辺で流行っている菓子は丁度、無花果の甘露煮を使ったものだ。ルネはこれも好きになるだろう」
思わず立ち止まるルネと共に、ジュールも歩みを止める。
ルネの髪に触れそうな距離に大きな手のひらが近づき、だが途中でゆっくりと下ろされる。ルネは少しだけ、触れられなかったことを残念に思った。
「数多の凡夫が平伏すほど多才なきみが、つまらない人間なわけがないだろう。世界中探したって、ルネより素晴らしい人間はいないのに」
お世辞にしては大袈裟すぎる誉め言葉だ。
だがジュールがいかにルネをよく見てくれていて、価値を認めてくれていることは伝わる。全部が全部お世辞ではないことくらい、熱量として伝わるのだ。
「ありがとうございます」
先ほどまで高鳴っていた鼓動は、トクントクンと穏やかに響く。
甘くて切なくて、だけど気持ちだけがどこまでも高揚していく。
「父の残した絵の具だけでは少ないだろう。あちらの通りに画材を扱っているいい店がある。案内させてくれ」
いるかいらないかではなく、行くのだというジュールの決定は、可否を答えにくいルネにはありがたい提案だった。
強引に受け取られる部分もあるのかもしれないが、これもまたジュールなりの気遣いなのかもしれない。
頷くルネにジュールは喜色を浮かべる。
街を歩く二人の間には、和やかな空気が漂っていた。




