16 出会い
ジュールの父であるフォーレ公爵が存命な頃、母親はよく幼いジュールを伴って昼の茶会に参加した。
貴婦人だけではなく紳士も参加する、健全な昼の社交場だ。
多くの貴族にとって公爵夫人を呼べることは大変名誉なことであったし、母もそれを理解している。
その日も春の日差しが注ぐガーデンパーティーに、嫌がるジュールを連れて行った。
ジュールは茶会が嫌いだ。
もちろん子供だから夜のパーティーには参加したことがない。
つまりは、家族以外の人間と会うことが嫌いだった。
「この子は本当に人見知りで。次期公爵がこれではと、親心ながら心配なんですよ」
母の後ろに隠れるジュールを周囲に紹介しながら、母は美しい顔で困ったように微笑む。子供たちを愛する母にとって、もちろんこれは謙遜だ。
周囲もそれを分かって茶番に付き合う。
「そんなことありませんわ。とっても凛々しいお顔立ちですもの。これからですわ」
「賢さが一目で伝わりますものね。どうでしょう、うちの娘と年が近いですし今度一緒に」
「あら、うちの娘も年上ですが婚約者がおりませんの。紹介させてくださいまし」
ジュールは話を右から左に流しながらも、ほとほとうんざりしていた。
それから会話を楽しむ母から、そっと距離を取って歩き出す。
おしゃべりに夢中な大人から離れると一転、いくつかの子供たちがグループになって固まっている。
誰かがジュールを見つけた。
「おい見ろ、誰だよあの白豚」
「さっき綺麗な方と一緒だったわ。クスクス……拾われっ子かしら?」
意地悪な言葉が、幼いジュールの耳に真っ直ぐに飛び込んでくる。ああいった言葉には反応するだけ無駄だ。どうせ聞かせたくて言っている。
ジュールは悪口を言いあうグループをチラリとも見ず、真っ直ぐ前だけ見据えズンズンと前に進む。歩くたび、腹や腕の脂肪がたぷたぷと揺れる。
すると横から、おずおずと声がかけられた。
「あなた、次期公爵様なんでしょ? あっちで遊んであげるわよ」
ジュールよりも一つか二つ年上だろう令嬢は、謎の上から目線だ。ピンクまみれのドレスを揺らし、ジュールに媚びを売る姿は貴族らしいといえば貴族らしい。
ジュールはフイと顔を背け「結構だ」とだけ言い放つ。
「不細工のくせに生意気! どうせ身分しかないくせに!」
プライドを傷つけたのか、令嬢は眉を吊り上げてキイキイ叫ぶ。
(その身分がほしくて擦り寄るのがお前たちだろうが)
ジュールは内心毒づき、なにも言わずその場を後にした。
前方だけただ真っ直ぐに見据え、ジュールは広い庭をズンズン歩いていく。
(俺が醜いことくらい、ちゃんと分かっている)
歩くたびに腹の肉が揺れた。一度気になるとずっと意識してしまう。
半ズボンは太ももを圧迫して苦しい。また少し太ったかもしれない。
公爵家の待望の跡取り、それも年の離れた末っ子ということで、ジュールは母と姉に甘やかされて育った。
公爵当主である父は、さすがにジュールに愛のある厳しさで接していたが、王都のハウスタウンより領地で仕事をすることが多かった。
そのせいで年々コロコロと丸くなっていくジュールだったが、それでも母と姉にとっては可愛いようで、日々盲目的な愛を注いでいる。
それが全て悪いことではないが、貴族は美醜に敏感だ。
家族はそのままのジュールでいいといって、たくさんのお菓子や食事を用意してくれる。ついつい食べてしまう自分の弱さに落ち込んだり、少し我慢するものの結局その反動で必要以上に食べすぎたりと、なかなか体型を変えることはできない。
そう考えることすらジュールにとってストレスになっていて、気を紛らわすためにまた食べる……という悪循環の結果が今の真ん丸い体型だ。
次期公爵当主らしく、ジュールはプライドが高い。
誰かに頭を下げてまで遊んだり、会話を楽しみたいわけではないと強がっていた。
そうやって知らない庭をズンズンと歩き続けた結果、気付けば庭園の端、日陰が多い場所にジュールは迷い込んでいた。
どこだここ、と周囲を探っていると、急に気分が悪くなる。
「う……っ」
腹の奥からなにか込み上げてくるような、それでいて目が回るような変な感覚だ。
「こっちよ」
突然誰かに腕を引っ張られた。
振りほどく気力もなく、ジュールは蒼白い表情のままよろよろと歩いた。
「ここに座って。具合が悪いんでしょう? ここなら少し、風が通るから」
木陰が多い場所だが、確かにここだけ風が通り抜ける。
ジュールを引っ張ってきた少女は先に座ると、その隣にハンカチを敷いた。どうやらここにどうぞ、ということらしい。
女性にエスコートされるのは紳士のプライドが傷つくものの、今は意地を張っている場合ではなかった。
「……ありがとう」
ぶっきらぼうに言い放ち、ハンカチの隣に腰を下ろした。
少女はその様子を見て、フフッと無邪気に笑った。
素朴な笑顔にジュールの胸がドキリと跳ねるが、慌てて首を横に振る。
(どうせ俺が公爵家の人間だから優しくしてくるんだろう)
ジュールはフンと鼻を鳴らす。家族以外の誰もかれも、信じられない。
「横になったほうがいいかしら? お腹を押さえてるけど食べすぎたの? それとも空いてる?」
言われてジュールは「そういえば」と思い出した。
今日は茶会があるから、朝食も昼食も食べなかったのだ。白豚と陰口を叩かれるのが嫌で、少しでも体重を減らそうとした。
「どうせ、腹を空かせて倒れる無様な豚だとでも思ってるんだろ」
この少女もきっと、眉を吊り上げるか顔をひくつかせるか、同じような反応をするだろう。
しかしジュールの予想は裏切られる。
「え? 思わないわよ。お腹が空いたら誰でも具合が悪くなるわ」
ジュールの嫌な返答に気分を悪くした様子もなく、少女は首を傾げた。
それから「そうだわ、いいものがある」とスカートのポケットを探った。




