13 ルネは世界一美しいだろうが!
ジャネットは身体の内側で荒れ狂う怒りを宥めながら、カツカツとヒールを鳴らす。
(なによあの子! なんて生意気な子なの!)
公爵夫人であり、ジュールの姉であるジャネットに怯むことなく自分の意見を言ってきたのだ。その度胸だけは認められるが、真っ向から「私たち二人は愛し合っている」だなどと、数々の悪評を抱えている娘がよく言ったものだと思う。
もちろんいい意味ではない。
悪い意味で、よくもまああんな大ぼらを言えたものだ。
「ジュール!」
ジャネットは公爵家の執務室を、ノックするやいなや返事も待たずに勢いよく開けた。
机に向かっていたジュールが顔を上げ、ソファで書類整理をしていたらしいリュカも入室してくるジャネットを見た。
リュカの正面ソファにドカリと、しかし優美に腰を下ろしたジャネットは、肩に掛かる自分の髪の毛を手で払う。
「あの子、私に向かってあなたと心から愛し合ってると宣言してきたわよ。ねえ、本気なの? 本気で妻にする気?」
「ルネが、俺と愛し合っていると? そう言っていたのか」
パアッと表情を明るくする弟に、ジャネットはげんなりとする。
あのジュールが、この年齢になって恋に溺れるなんて思ってもいなかった。
「あんな子のどこがいいの? 地味だし、悪い噂ばかりじゃない」
どうせ悪女と気付かない女に入れ上げているのだ。惚気でも返ってくるのだろうと思いながら、ジャネットは問う。
しかし返ってきたものは思ってもいないものだった。
「それは違う」
真っ直ぐにジャネットを見つめ、ジュールはきっぱりと言い切る。
「姉上の耳に入っていたとは思わなかったせいで、否定しきれず誤解をさせたようだな。しかしその噂は捏造されたものだ」
これを見てくれ、とジュールはリュカに目配せさせると、ジャネットの元に紙束を用意させた。
怪訝に思いながらも、ジャネットはその紙に目を落とす。
文字に目を走らせていくジャネットの瞳は、次第に大きく見開かれる。
「……これ、本当なの?」
ジュールは静かに頷いた。
書類にまとめられた内容は、ジャネットが見聞きしたものとは全く違うものだった。
「妹の婚約者だった男を、姉であるルネが地位をちらつかせて奪ったと聞いていたわよ」
「嘘ですね。むしろ妹が横恋慕して婚約者を奪った、が正しいようです。ルネ様のご実家である伯爵家のメイドが証言しています」
確かにジャネットは、学園に通う女生徒を中心に聴き取りを行わせた。
あの年頃の娘であれば、交友関係に全ての人柄が出る。
そう思っていたのだが、もしそれが意図的に誰かがばらまいた噂だとしたら――。
ジャネットは自分の調査に対する間違いを感じつつも、まだルネに対する偏見を抱いていた。
「家では美しい妹に嫉妬して虐めていたと聞いたわよ」
「ルネは世界一美しいだろうが!」
「すいませんがジュール様は静かに。ジャネット様、報告書を見てください。普段から妹様がルネ様の私物をほしがった、と書いてあります」
ルネの実家であるベルトラン伯爵家のメイドの証言だ。
確かにジャネットは、そこまで調査の手を広げていなかった。
「実際、当公爵家のメイドたちも、ルネ様の私物の少なさに驚いておりました。僅かな貴金属に最近作られたものはなく、持ち込んだドレスも数枚。もちろん、身一つでいいから早くきてほしいとジュール様は望まれましたが……それにしても少ないと」
リュカの言葉は続く。
ジャネットはまだ、聞かされた内容を信じきれていない。
しかし実際に対峙したルネが、悪女と呼ばれる人物像とはかけ離れていたことは、ジャネット自身も薄々気付いていた。
調査不足のせいで一方的にルネに悪女のレッテルを貼っていた――そのことを素直に認めるには、公爵夫人のプライドが邪魔をする。
「僕自身も、ルネ様が実家で妹になんでもあげていたと聞いていますが、ご本人はそれを当然と思っている節があります。日常的に、搾取されていた様子」
「まさか。婿を貰って伯爵夫人になる予定の娘が、搾取?」
搾取する方ではなく? まだ悪女のレッテルを剥がしきれないジャネットは、そう言いかけた。
だが視界に悲痛な面持ちのジュールを見つけて、口を閉ざす。
「ジャネット様」
諫めるようなリュカの声に、ジャネットは無言で席を立つ。
それから一人、部屋の外へと出ると脳内を様々な考えが巡る。
確かにジャネットはルネを敵視していた。
もしかしたらジャネット自身、大事な弟を奪った娘だという先入観で正しく物事を見られていなかったのかもしれない。
評判の悪女だと先に聞いてしまい、そうであればいいと思ってしまった部分も少なからずある。
そして今となっては杜撰だった調査で、ルネという女の悪事が次から次へと出てきたことで、ジャネットは安堵した部分もあった。
これでジュールの結婚を阻止できる、と。
急ぎ足で進めていた歩みを止め、ジャネットはその場に立ち尽くした。




