10 もう妻気取り?
ジュールの姉は、名前をジャネットといった。
年の離れたジャネットは既に結婚して子供もいるという。
少し、いや大変なブラコンで、連絡もしていないのに結婚するという話を聞きつけて来たということらしい。
突然やってきたジャネットを出迎えたのち、フォーレ姉弟、そしてルネとリュカといった面々で応接室へ移った。簡単な挨拶を交わし、ジャネットとルネの身上をジュールが説明してくれたが、そこからずっとジャネットはルネを見ようともしない。
もちろん大好きな弟と話したい気持ちは分かるが、ジュールがルネに水を向けようとしてもジャネットが全てそれを遮るのだ。
明らかに敵意がある。
ルネは困り果て、眉を下げる。
なぜか初対面から嫌われているのだ。婚約者として夫となる人物の身内に、どう対応すれば好かれるのか分からない。
「ジャネット様、お茶のお代わりは――」
「結構よ」
「では散歩でもご一緒に――」
「自分の実家よ? あなたに案内されるいわれはないし、好きに過ごすわ」
ジャネットが来て早々、ルネが歓迎の意を示すものの全てこうして却下されている。
ブラコンだと聞いているため、格下の伯爵家から嫁ぐルネが気に入らないのだろう。それにしても取り付く島もない。
「結婚前だというのにもう妻気取り? そもそも婚約者が婚家で生活するなんて聞いたことないわ」
「やめろ姉上。どうしてそんなにルネに対して当たりが厳しいんだ」
いよいよジャネットの言葉がルネを責めるものへと変わるが、ジュールが庇ってくれた。
可愛い弟に諫められたことが気に入らないのか、ジャネットは扇をパチンと鳴らす。
「求婚したのも屋敷に来るよう頼んだのも俺だ。ルネは悪くない」
「なによ」
事実を述べるジュールの言葉に、ジャネットは不機嫌そうな声を出す。
ルネはと言えば、まさかジュールに庇ってもらえるとは思っていなかった。じわりと胸に温かいものが広がる。
それと同時に改めて「男色の隠れ蓑として、頑張ってみせる」という気持ちにさせられたのだ。
見つめ合うジュールとルネの様子を見て、ジャネットは眉をひそめる。
「長旅で疲れたわ。部屋に行きます」
ソファから腰を上げるジャネットを追うように、慌ててルネも立ち上がる。
「ではお手伝いを――」
「結構。フォーレ公爵家は婚約者をメイドのように使うと思われてるの? 不愉快だわ」
そう言い放つと、ジャネットはヒールを鳴らしてさっさと部屋を出て行ってしまう。
残された三名の間には、なんとも形容しがたい微妙な雰囲気が漂った。
「姉がすまない」
ジュールがルネに頭を下げる。
「昔から過保護な姉だ。相談もなしに結婚を決めたせいで腹が立っているのだろう。先ほども言ったがルネは悪くない。根回しをしなかった俺に、責任がある」
自分に非があるときっぱりと言い放ち、ルネに対して真摯に謝罪する。
当初、婚約破棄されたばかりのルネに求婚する公爵当主はどんな人物かと恐る恐るやってきたものの、ジュールは気遣いのできる人だった。
子供だけの学園生活でさえ、親の権力を笠に威張り散らす生徒も少なくなかった。
下の家の者を手下のように使い、上の家の人間には頭を下げる。
少なくともそれは貴族の生き方でもあるし、ルネもそれが全て悪いとは思わない。
ただジュールのように、誰にでも公平に接する人は好ましく感じられた。
「ジュール様、私の方こそすみません。ジャネット様の気分を害してしまいました」
「構わなくていい。あの人は誰を妻に迎えても文句を言うだろう。放っておいて大丈夫だ」
だが傷ついてはいないだろうか。
本当に放っておいて大丈夫なのか。
ルネが落ち着かない気持ちでいると、ジュールが僅かに口角を上げた。
「心配するようなことはない。公爵家の娘として生きてきた人だからな。並の男より胆力がある」
「頭脳明晰な方です。なによりあの学園でフォーレ公爵令嬢として貴族たちを席巻してきたんですよ。あれは拗ねてるだけです」
ルネより付き合いの長い二人がそういうのならば、そうかもしれない。
見た目の印象同様に、強い女性なのだろう。
しかし大事な弟、それも公爵夫人となる人間が地味でパッとしない相手なら、姉としてヤキモキするのも理解できた。
しかし既にもう嫌われているルネにできることはなにもないのかもしれない。
(ジャネット様は、ジュール様とリュカの関係をどこまでご存じなのかしら)
メイドたちの会話から察するに、使用人たちの間ではうっすらと知られている様子だった。ただしその範囲がどこまでなのかは、ルネもまだ把握できていないため迂闊な行動はできない。
姉であるジャネットならば、ジュールを応援してくれているのだろうか。
それとも貴族らしからぬ行動だと非難しているのだろうか。
ジャネットとリュカの間に、わだかまりはないように見えた。
とはいえ、ここは慎重に確認を進めなければいけないだろう。
ルネは心の中で小さく頷いた。




