EP 4
門番の戦慄と、初めての屋台
ルミナス帝国の辺境、城塞都市バルド。
国境を守るこの街の正門前は、異様な緊張感に包まれていた。
「と、止まれぇぇぇぇッ!!」
門番の男が、裏返った声で叫び、槍を構える。
無理もない。
街道の向こうから、土煙を上げて爆走してくる「鉄の塊」と、そこから降り立った男の風貌が、あまりにも凶悪すぎたからだ。
赤と黒のジャケット。
返り血のような柄のズボン。
そして、ヘルメットを脱いだその顔。
鋭すぎる眼光は、見る者全てを獲物として品定めしているようで、眉間の皺は歴戦の殺し屋のそれだ。
ただ立っているだけで、周囲の気温が数度下がったような錯覚を覚えさせる威圧感。
鬼神、龍魔呂である。
「……あぁ?(なんだ、通せよ)」
龍魔呂はただ、「通行許可を求めた」だけだった。
しかし、極度の緊張状態にある門番の脳内では、こう変換された。
『命が惜しけりゃ、道を開けろ。さもなくば貴様らのはらわたをブチ撒けるぞ』
「ヒ、ヒィィッ! 魔族か!? いや、人型の高位魔獣か!?」
「人間だ。……めんどくせぇな」
龍魔呂が懐に手を入れる。
門番たちが「武器を出す!」と半狂乱になりかけた、その時。
「待ってください~! 怪しい人じゃありませんよぉ~!」
龍魔呂の背後から、ひょこっとルナが顔を出した。
風でボサボサになったプラチナブロンドを手櫛で整えながら、ニコニコと門番に歩み寄る。
「えっ……エルフ? しかも、その髪色は……」
門番たちが動きを止める。
ルナはドレスのポケットを探り、「あれぇ? どこでしたっけ~」とごそごそやった後、一枚の豪奢な金属プレートを取り落とした。
カラン、と乾いた音が石畳に響く。
そこに刻まれていたのは、世界樹と月を模した紋章。
エルフの王族を示す、絶対不可侵の証。
「――ッ!? し、失礼いたしましたァァッ!!」
ガシャガシャと音を立てて、門番たちが一斉に土下座した。
この大陸において、エルフの王族に弓を引くことは、世界樹(およびその守護者たち)を敵に回すことと同義である。国家転覆レベルの失態だ。
「姫様とは露知らず! ど、どうぞお通りください!」
「は~い、ありがとうございますぅ。行きますよ、龍魔呂さん♡」
ルナが龍魔呂の腕に抱きつく。
龍魔呂は「チッ、目立つな」と舌打ちしつつ、怯える門番たちの脇を通り抜け、堂々と街の中へと足を踏み入れた。
◇
街の中は活気に溢れていた。
レンガ造りの建物が並び、露店からは肉を焼く匂いや、香辛料の香りが漂ってくる。文明レベルは中世ヨーロッパ風だが、所々に魔法の明かりが灯っているのが特徴的だ。
龍魔呂は路地裏にバイクを止め、スキル『地球ショッピング』の「収納機能」に格納した。
そして、人通りの少ない広場の隅にあるベンチに腰を下ろす。
「さて、現状確認だ」
龍魔呂は角砂糖を一つ口に放り込み、ガリりと噛み砕いた。
隣ではルナが「私も欲しいです~」と口を開けて待っていたが、無視した。
「俺たちの所持金はゼロだ」
「えっ? 私、さっき金塊を作りましたけど……」
「捨てたろ。あんな時限爆弾使えるか」
龍魔呂は電子ボードを空中に展開し、残高を確認する。
女神ルチアナから初期チャージされていたのは1万円分。
バイクのガソリン代や、先ほどの角砂糖購入で、残りは9,500円ほどだ。
「この街の通貨レートを確認するぞ。そこの屋台、串焼き一本いくらだ?」
「えっとぉ……銅貨2枚って書いてありますね」
銅貨1枚が約100円と仮定すれば、200円。妥当な物価だ。
宿に泊まるには、二人で最低でも銀貨数枚(数千円)は必要だろう。
「稼ぐぞ」
「はいっ! どうするんですか? 魔物狩りですか? それとも山賊退治?」
「屋台だ」
龍魔呂は短く告げた。
血なまぐさい仕事は、DEATH 4だけで十分だ。表の顔である「料理人」として、真っ当に商売をして稼ぐ。それが彼の流儀であり、精神安定剤でもあった。
龍魔呂は『地球ショッピング』の検索バーに『屋台 セット』と入力する。
【業務用 お祭り屋台キット(組立て式) 5,980円】
【プロパンガスボンベ(小) 3,000円】
【カセットコンロ(業務用ハイパワー) 4,000円】
「……少し足が出るな。ルナ、お前何か売れるもん持ってねぇか?」
「ええっ? ドレスしかありませんよぉ……あ、そうだ!」
ルナはポンと手を叩くと、杖を振った。
「『クリエイト・ベジタブル』!」
ボロン、ボロン。
何もない空間から、丸々と太った大根が3本転がり落ちた。
ただの大根ではない。表面が真珠のように輝き、瑞々しいオーラを放つ「世界樹の魔力を吸った最高級大根」だ。
「……ほう」
龍魔呂が一本手に取り、匂いを嗅ぐ。
土臭さは皆無。圧倒的な糖度と、深遠な植物の生命力を感じる。
これなら、下手に味付けするより、素材の味を生かした方がいい。
「悪くねぇ。これを売る」
「わぁい! 龍魔呂さんの手料理ですね!」
龍魔呂は残高ギリギリで『屋台キット』と『地球の調味料』を購入した。
プロパンガスは高いので、煮炊きはルナの火魔法で代用させることにする(火力調整ができるかは不安だが)。
◇
三十分後。
広場の片隅に、異様な屋台が出現していた。
木材とトタンで組まれた、昭和レトロな雰囲気漂う屋台。赤提灯が揺れている。
そして、その暖簾の奥に立つのは、殺し屋のような目つきで包丁を研ぐ男と、ニコニコと団扇を扇ぐ絶世の美女エルフ。
鍋からは、湯気と共に、この世界には存在しない「極上の出汁」の香りが立ち上っていた。
カツオと昆布の合わせ出汁。そこに『白だし』と、隠し味の『味の素』。
琥珀色のスープの中で、ルナ製の大根がコトコトと踊っている。
「……いい匂いだ」
龍魔呂が味見をする。
口に入れた瞬間、大根がホロリと崩れ、凝縮された旨味が爆発した。
ルナの規格外食材と、地球の化学調味料(魔法の粉)の悪魔合体。
これは、もはや兵器だ。
「ふんふふ~ん♪ おいしそうですねぇ~」
「つまみ食いすんなよ。客が来るぞ」
龍魔呂の言葉通り。
広場を行き交う人々が、足を止め始めていた。
「なんだ、この匂いは……?」
「嗅いだことのない香りだ……腹が減る匂いだ……」
遠巻きに見ている群衆。
だが、誰も近づこうとしない。
理由は単純。
店主(龍魔呂)の顔が怖すぎて、「注文したら殺される」と思われているからだ。
「……誰も来ませんね」
「チッ。やはり立地が悪かったか?」
龍魔呂が不機嫌そうに包丁をダンッとまな板に突き立てた瞬間、客たちがビクッとして一歩下がった。
立地の問題ではない。
だが、その沈黙を破る者が現れた。
「くんか、くんか……」
人混みをかき分けて現れたのは、茶トラ柄の猫耳と尻尾を持つ、小柄な男だった。
鼻をひくつかせ、恍惚の表情で屋台に近づいてくる。
「こらたまらん……! この出汁の香り、ただもんやないで! それに、この大根から漂う魔力……間違いなく一級品や!」
ゴルド商会のシルバーランク商人、ニャングルである。
彼は龍魔呂の殺気よりも、「極上の商品の匂い(=金の匂い)」に釣られてやってきたのだ。
「大将! これ一杯なんぼや!?」
ニャングルがカウンターに銀貨を叩きつける。
龍魔呂はニヤリと笑った(客からは獰猛な肉食獣が笑ったように見えた)。
「銀貨一枚だ。食ってみな」
ルミナス帝国における、伝説の小料理屋『鬼灯』。
その最初の客が、今、大根にかぶりつこうとしていた。




