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EP 3

石ころ金貨とインフレの危機

「責任を取る……? 何の話だ」

 龍魔呂は眉間の皺をさらに深くした。

 このエルフの娘は、転びそうになったのを助けただけで、何を結婚前夜のような顔をしているのか。

 ルナは両手を頬に当て、もじもじと身をくねらせている。

「だってぇ、あんなに強く抱きしめられて、頭まで撫でられて……。私、エルフの掟で、殿方に肌を許したのはお父様以外では初めてなんですぅ」

「事故だ。ノーカンにしろ」

「いえ! 恩を仇で返すわけにはいきません! このルナ・シンフォニア、誠心誠意お礼をさせていただきます!」

 ルナは鼻息も荒く、ドレスのポケットを探り始めた。

 だが、すぐにその動きが止まる。

 彼女の顔からサァーッと血の気が引いていく。

「あ……財布……森のどこかに落としたみたいです……」

「……そうか。なら礼はいい。俺は急いでる」

 龍魔呂は踵を返してバイクに戻ろうとした。

 関わってはいけない。長年の勘がそう告げている。この女は、トラブルの特異点だ。

「待ってください! お金なら、今作りますから!」

「あぁ?」

 龍魔呂が振り返った瞬間。

 ルナは足元に転がっていた拳大の石ころを拾い上げ、杖を振った。

「『マテリアル・チェンジ』!」

 眩い光が石を包み込む。

 光が収まった時、ルナの手の平に乗っていたのは、無骨な石ころではなかった。

 黄金の輝きを放つ、純金の塊だった。

「はいっ! これなら銀貨100枚……いえ、もっと価値があると思います! 受け取ってください♡」

 ルナは満面の笑みで、黄金の塊を差し出した。

 無邪気な善意。100%の感謝。

 だが。

 パチンッ!!!!

 乾いた破裂音が森に響いた。

「はうっ!?」

 ルナが額を押さえて蹲る。

 龍魔呂が放った『指弾デコピン』だ。

 闘気こそ乗せていないが、鋼鉄の指による一撃は、ルナの真っ白な額に真っ赤な紅葉を刻み込んでいた。

「な、何をするんですかぁ~! お礼をあげたのにぃ~!」

「馬鹿野郎」

 龍魔呂の声は、地獄の底のように冷え切っていた。

 彼はルナの手から黄金をひったくると、それをゴミを見るような目で見下ろした。

「てめぇ、経済エコノミーを舐めてんのか?」

「え、えこのみぃ……?」

 涙目のルナに、龍魔呂が詰め寄る。

「いいか。ゴールドってのはな、希少だから価値があるんだ。こんな道端の石ころみたいにボコボコ湧いてきたらどうなる?」

「えっと……みんなお金持ちになってハッピー?」

「アホか。金の価値が暴落して、パン一個買うのに金貨が山ほど必要になるんだよ。ハイパーインフレだ。物流は死に、商人は首を吊り、国は破綻して暴動が起きる」

 龍魔呂は小料理屋の店主だ。

 仕入れ値の変動や、通貨の価値には人一倍敏感である。

 汗水たらして大根一本を仕入れている横で、石ころを金に変えて買い物をされたら、真面目な商売人はやってられない。

 それは彼にとって「不正」であり「悪」だった。

「そ、そんな……私はただ、貴方にお礼がしたくて……」

「その善意が国を滅ぼすんだよ。二度とやるな」

 龍魔呂は黄金の塊を地面に投げ捨てた。

 ルナは呆然としていたが、やがてその瞳に、またしても怪しい光が宿り始めた。

(す、すごい……! 私のお金に目が眩むどころか、国の未来を憂いて叱ってくれるなんて……!)

 王族や貴族たちは、ルナのこの能力を見ると、こぞって媚びを売り、利用しようとした。

 だが、この男は違う。

 黄金を「ゴミ」と切り捨て、私を叱ってくれた。

(やっぱりこの人こそ、私のキング……!)

「申し訳ありませんでしたぁ! 私、浅はかでした!」

「……分かればいい」

 龍魔呂は懐から角砂糖を取り出し、口に放り込んだ。

 糖分でイライラを鎮める。

「それに、その魔法……永続じゃねぇな?」

「はいっ! 私の魔力が続く、3日間だけ本物の金になります! その後はただの石に戻りますよ~」

 あっけらかんと言うルナ。

 龍魔呂のこめかみに青筋が浮かんだ。

(3日後に石に戻る……? インフレどころか、完全な詐欺じゃねぇか)

 もしこいつが街で買い物をし、3日後に商人の金庫の中で金貨が石に戻ったらどうなるか。

 信用崩壊。大混乱。

 こいつは歩く経済制裁兵器だ。

「……おい、エルフ」

「ルナですっ♡」

「ルナ。お前、これからどこに行くつもりだ」

「えっとぉ、とりあえず真っ直ぐ進んで、世界を更地にしながら街を探そうかと!」

 龍魔呂は天を仰いだ。

 放置できない。

 こんな核弾頭を野放しにすれば、俺が平穏に暮らすための「社会」そのものが崩壊する。

「……乗れ」

 龍魔呂はバイクに跨ると、後部座席を顎でしゃくった。

「え?」

「街まで送る。その間、勝手な真似はするな。魔法も禁止だ。呼吸以外するな」

「は、はいっ! ご一緒しますぅ!」

 ルナは嬉々としてバイクの後ろに飛び乗った。

 そして、遠慮なく龍魔呂の背中に抱きつく。

「わぁ、硬い背中……安心しますぅ」

「チッ……(柔らかいな)」

 背中に押し当てられる豊かな感触を無視し、龍魔呂はエンジンを始動させた。

 ブオォォォン!!

 異世界の森に、再び排気音が轟く。

 最恐の元・処刑人と、最厄の天然エルフ王女。

 世界を揺るがす(主に経済的な意味で)コンビが、ここに結成された瞬間だった。

「きゃー! 速いですぅ~!」

「舌噛むぞ、黙ってろ」

 バイクは土煙を上げ、最寄りの街へと疾走する。

 そこには、善良な門番たちが平和に暮らしているというのに。

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