6話 新しい友達
今日は、サンドイッチを作ることにしていた。最近お昼に野菜を食べていなかったので、少し早く起きて先ずはパンをトーストする。
まだ料理が得意! とは言えない花は、料理レシピサイトを見て簡単で美味しそうなものを探した――千切りキャベツに、スライスチーズ、ハム。ちょうど冷蔵庫にある食材でできるレシピを見つけると、早速用意を始めた。
キャベツは、千切りされたものが入ったパックだ。安くて一人暮らしにはちょうどいい量なので、冷蔵庫に入っている頻度は高い。その千切りキャベツをからしマヨネーズで和えると、チーズとハムを挟んでラップで包んで半分に切る。
美味しそうな断面! 上手に出来たので、花は少し嬉しくなった。それから、パンの包みに記載されている賞味期限と残っているキャベツを見比べて、同じものをもう一つ作った。
変じゃないよね?
会社の前で、花はしばらく立っていた。通り過ぎる人は、違う部署の人ばかりで彼女を気にする事ない。
「何してるの?」
「ひゃぁ!」
後ろから肩を叩かれて、花は変な声を上げた。そこには、茅ノ間が立っていた。
「髪型変えたんだ? 夏らしくていいじゃん、メイクも最近少しずつ頑張ってるみたいだね」
やはり、漆戸がいないと茅ノ間は花に好意的だ。花の変化に「やるじゃん」と小さく笑っている。
「へ、変じゃないですか?」
花は、自分の姿に自信がなく、足がすくんで会社の中に入れなかった。ジェルでセットした柔らかなパーマがかかったボブカット。眉を整え、薄くアイシャドウとアイライナーを引いた。ファンデーションとピンクのチーク。まだ淡い色のままのリップ。今日も、コンタクトを付けている。
「変? 何言ってんの、可愛くなってきてるじゃん! それより早く入らないと、遅刻するよ」
きょとんとする茅ノ間の言葉に、花は慌ててスマホを取り出して時間を見た。始業開始まで、十分前だ。
「あー! ごめんなさい、急ぎましょう!」
「あはは、有栖川も抜けてるところあるんだね」
茅ノ間はおかしそうに笑って、花の手を掴むと足早にビルの中に入った。そうしてエレベーターに向かい、オフィスがある十五階に向かう。
茅ノ間の行動に少し驚いた花は驚いた顔のまま彼女についていったが、自然に笑みが浮かんでいた。同期というだけだった茅ノ間との距離が、ぐっと近くなった気がする。
「おはようございます」
茅ノ間と揃ってオフィスに入ると、もう出社してきていた人たちから「おはようございます」と挨拶が返って来た。
「おはよう――あら、有栖川さん。随分イメチェンしたのね? 似合っているわ」
みんなパソコンや資料に目を向けたまま挨拶していたので気付かなかったのだろう。莉世は二人に顔を向けて挨拶したので、花の変化に気が付いたようだ。その言葉に、みんなが顔を上げると花に視線を向けて、少し驚いた顔をしていた。
「へえ、いいじゃん」
和景がそう言うのも聞こえて、花は少し顔を赤くした。
「感想は、またあとでね。今はまず、荷物を置いて来て。仕事が始まるわよ」
莉世のその言葉に、花と茅ノ間は慌ててロッカーに荷物を置きに行った。
今日は、漆戸は休みらしかった。漆戸が仕上げていなかった急ぎの書類は、花と和景に割り振られた。
「あたしも手伝います」
と、茅ノ間が莉世の元に来たのが意外だった。花と和景は、思わず顔を見合わせた。
漆戸の分の仕事が増えたが、三人でやるといつも通りに進んだ。キリがいい所で、昼休みになる。
「俺、コンビニ行ってくるわ」
一緒に昼を食べる約束をしている訳ではないが、和景はそう言ってエコバックと財布を手に出て行った。
「あんたら、付き合ってるの?」
弁当箱を手にした漆戸が傍に来て不思議そうにそう尋ねると、花は慌てて首を大きく横に振った。
「違います! 同じゲームをしているんで、お昼にご飯食べながら一緒にやってるだけなんです」
「へぇ、ゲーム? 何のゲームやってるの?」
意外にも、茅ノ間はゲームの話に食いついてきた。彼女はずっと漆戸と一緒にお昼休みも過ごしていたので、今日は花とお昼休みを過ごそうと思ったのだろう。
「よかったら、お昼一緒に食べませんか? そのゲームの話もしたいです」
「え? いいの?」
茅ノ間が、少し申し訳なさそうな顔になった。今まで、漆戸が主導とはいえ花にずっと仕事を押し付けて来ていたのだ。お昼を一緒に過ごしてくれると言うは花に、申し訳なく思っているのだろう。そんな花から誘ってくれたのが、茅ノ間を戸惑わせていた。
「茅ノ間さんがゲーム仲間になってくれたら、嬉しいです。黒梅くんも、きっと歓迎してくれますよ!」
花の言葉に、茅ノ間は少し照れたように小さく笑った。
「ありがとう。じゃあ、一緒にご飯食べよ」
いつもの休憩室で、花は和景が戻る前に『アルティメット・リベリオン』について説明した。パズル系ゲームだと思っていた茅ノ間は、意外そうに話を聞いていた。そうして、花に教えてもらった攻略サイトを眺めている。
「あ、マロン! マロンじゃん!」
茅ノ間が魔獣使いのページを見たとたん、少し大きな声を上げた。
「マロン?」
「この子だよ、この子!」
茅ノ間は、自分のスマホを花に見せた。そこには、魔獣使いが使えるモンスターの一部が紹介されていた。茅ノ間が指さしているのは、犬系のモンスター一覧だった。その中の、茶色系の兎に似た『ルミエール』だった。
「このこは、火を使うモンスターだね。光陣営のモンスターだよ」
「このこ、あたしが小学校の頃に飼ってたマロンにそっくりだよ! あたしも、このゲームやる! マロンと遊びたい!」
茅ノ間がルミエールを見る目は、優しさにあふれていた。余程可愛がっていたのだろう。まさか彼女がこのゲームをやりたいと言い出すとは、花は思ってもいなかった。
花がゲームのダウンロードから教えている所で、和景が姿を見せた。
「茅ノ間?」
「ごめーん、お邪魔してる。あたしも、ゲーム仲間になったから、よろしくね!」
和景は少し驚いた顔をしたが、花に顔を向けるとからかうように小さく笑う。
「『アルティメット・リベリオン』の布教者だな、有栖川は――で、茅ノ間は何やるか決まってるのか?」
いつものように席に座ると、和景は見慣れた珈琲にストローを刺していた。
「魔獣使いやる。光陣営にいるルミエールって子を使いたいんだー。有栖川に聞いたら、ゲームの操作は簡単だって聞いたし」
茅ノ間はキャラクター作成をしながら、和景に返事をする。
「へえ、意外だな。お前なら、ナイトレイド皇国の剣士でもやるかと思った」
「闇とか、格好いいよねー。確かに、このこがいないならそうしたかも。黒梅のキャラは?」
「秘密。有栖川にも教えてないよ」
花は、仲良く話している二人を見て少し驚いていた。未だに、花は同期とはいえ二人と話すときに他人行儀差が抜けない。うらやましいな、と少し寂しくなった。
「写真、撮ってやろうか?」
キャラクター作成は、花が難儀したアバター用撮影のところにまで来たようだ。茅ノ間はスマホを掲げて、あちこちに動かしだした。
「自分が可愛らしく映るポイント知ってるから、大丈夫だよ。ありがと」
茅ノ間はさっさと撮影を終えると、次に出た画面に肩を落とした。
「このキャラクター作成時間って、長い?」
「長いです。アバター作りが、結構時間かかるみたいですよ。仕事終わる頃には、出来上がっています」
花の言葉に「残念」と呟いて、茅ノ間はスマホを脇に置いた。
「なら、ご飯食べよう。ごめん、二人を待たせたね」
「気にしないでください。じゃあ、いただきます!」
花はランチバックからラップに包んだサンドウィッチが入ったボックスを取り出した。
「今日は、おにぎりじゃないのか」
「野菜を食べようと思って……」
「まさか、二人ともゲームしながら食べれるように、ご飯には気を遣ってるわけ?」
和景と花の会話に、茅ノ間がびっくりした顔をした。
「俺はいつもパンを食べてるだけで、変わってないよ。有栖川が、このゲームに命かけてるんだって」
「ち、ちが……」
本当はそうなのだが、茅ノ間にまで知られるとさすがに恥ずかしい。
「ふーん、そんなに面白いゲームなんだね。あたしあんまりゲームやってこなかったから、楽しみだよ」
茅ノ間が巾着の中から弁当箱を開けて、それから「はぁ?」と続けた。少し怒った顔をして、弁当箱の蓋を開けた。
「やっぱり! 間違えたな、ママ!」
小ぶりの弁当箱の中には、鳥ハムのようなものとブロッコリーとゆで卵しか入ってなかった。
「筋トレでもしてるのか?」
その弁当箱を覗き込んだ和景が、少し驚いたような声音で尋ねる。
「違うよ! 健康診断が近いパパの弁当箱だよ!」
その言葉に、思わず花と和景が噴き出した。
「あはは、確かに高タンパク低カロリーの食事だもんな。茅ノ間の親父さん、健康診断ヤバいんだな」
「そうだよ、最近お腹が出て来て血圧も高いんだから! こんなドジっ子ママと、未だにラブラブだし!」
頬を膨らまして余計な情報まで暴露してから、茅ノ間はため息を零した。
「足りるわけないじゃん……」
「あ、あの!」
花は二人の会話に、勇気を出して割って入った。
「これ……特別美味しい訳じゃないですが、食べてくれませんか? 消費期限が近かったので、作りすぎたんです」
ランチバックから取り出していなかった、もう一人分のサンドウィッチを取り出した。花の言葉に、笑っていた和景と肩を落としていた茅ノ間が彼女に視線を向けた。
「いいの?」
「むしろ、食べて下さい!」
朝、頑張って作ったキャベツたっぷりのチーズハムサンドだ。茅ノ間は「ありがと!」と一つに手を伸ばして、もう一つを和景に渡した。
「え?」
渡された和景は、不思議そうに茅ノ間を見た。
「あたしは、お弁当とこれ一個で十分だよ。黒梅は野菜食べてないんだから、貰っておきな」
そう言われて、今度は花に視線を向けた。
「うん。黒梅くんにも食べてもらえると嬉しい」
花は、出来る限り笑ってそう言った。もっと美味しいものを作ればよかったな、と思いながら。
「ありがとう、頂くよ」
黒梅は、少し優しげな眼をして早速花が作ったサンドウィッチを口にした。
そうして三人はお弁当を食べながら、『アルティメット・リベリオン』について楽しげに話して昼休みを終えた。




