表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光と闇の世界でも、君に恋をした  作者: 七海美桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

1話 期待と不安の前日

「本当に、地味よねぇ。もう少し、化粧でもすればいいのに」

「聞こえちゃうわよ――ごめんね。私たち、今日は予定があるから定時で帰らなきゃいけないんだ。じゃあ、よろしくね」

「いつも通り、お願いね」


 社内でも派手な同期二人に、残業確定な量の仕事を押し付けられた有栖川(ありすがわ)(はな)は、黙って押し付けられた資料を抱えた。

 新卒でこの会社に入社して、まだ一年目だ。一通りの仕事は覚えて、そろそろ上司から仕事を任せられるようになってきた。それでも、先輩たちよりはずっと仕事量は少ない。花が二人から渡された仕事は、多分朝に任せられた状態のままだ。彼女たちが就業時間、全く何もしていなかった証の重さなのだろう。


「……言い返せない、私が悪いんだもんね」

 花は諦めたように重いため息を零すと、書類を自分の机に置いた。そうして、珈琲を入れに給湯室に向かった。

 社内は、ほとんどの人が同期たちと同じように帰り支度を始めている。残業をするのは、決まった顔ぶりばかりだ。


 花は、自分の容姿に自信がなかった。高校や大学に通っていた時、友人たちは流行りのメイクをして可愛い服に身を包んで楽しそうにしていた。そかし花は、自分には似合わない。と、それを真似することはなかった。

 長い髪は首の後ろで簡単に一つにくくって、細い黒のフレームの眼鏡。白いシャツに、黒や紺のスカート。低いヒールの靴。確かに、同期たちに地味だと言われても仕方ない姿かもしれない。

 おしゃれをしようとすると、子供が背伸びをしているようで気恥ずかしくなる。おしゃれをするより、花は自分の生活を守る事が大事だったせいもある。


 でも、明日からは絶対に自分の仕事以外の残業は断る。花は珈琲が入ったカップを手に、再び自分の机に戻った。


 明日から配信される、『アルティメット・リベリオン』のためだ。このゲームがリリースされると知った花は、大好きなイラストレーターが手掛けたキャラ達に魅了された。今まではゲームもほとんどしたことがなかったが、配信前の情報を必死に集めて勉強をしていた。


 『アルティメット・リベリオン』は、参加したプレーヤーがエヴァンジェル王国である『光』陣営か、ナイトレイド皇国である『闇』陣営に分かれて戦うことになる対戦型の戦闘オンラインゲームだ。

 キャラクター作成は、まず男性か女性を選ぶ。そして、自分の顔をカメラで読み込んで作られる、魅力的なキャラクター。その数は豊富で、まず似た顔はそう作られないという。

 職業は、剣士、騎士、治癒師、魔術師、魔獣使いなど豊富にある。可愛らしいキャラで仲間と共に戦えると思うと楽しそうに思うが、チュートリアルが終わると『デス・リセット』という機能が発動する。ゲームの中で五回死亡してしまうと、初期値にまでリセットされてしまうのだ。

 このゲームは期間と目標が決まっていて、現実世界で一年以内に聖域と呼ばれる『ヴァルハラ』城を占拠した陣営が勝ちとなる。つまりゲームの中での敵はレベル上げ用の魔獣と、敵陣営のプレイヤーだけになる。


 ゲームにそう慣れていない花は、散々悩んで『治癒師』になる事を決めていた。他のキャラには、治療のスキルがない。傷を負うと、回復すためにはアイテムを使うしかない。唯一魔獣使いには魔獣のスキルで、微々たる回復をすることは出来る。

 戦闘系ゲームに不慣れな花は、五回死んでやり直しになる訳にはいかないと、回復師になるしか選択肢がなかった。



 ――ゲーム、楽しそうだなぁ……私に、出来るかな。


 仕事を片付けながら、花はその事で頭がいっぱいだった。だから自分を呼んでいる声に、遅れて反応してしまった。


「有栖川さん?」

「は、はい!」

 声をかけてきたのは、主任の桐葉莉世(きりはりせ)だ。花の心臓が、少し跳ねる。

 肩までの明るい色の髪に、切れ長の瞳。メイクだけではないと分かる整った顔で、更には完璧に仕事が出来る憧れの上司だ。

「あなたの仕事は、提出して貰っているはずよね? まさか、また押し付けられたの?」


 莉世は、花の机の書類を見てわずかに眉を寄せた。どうやら、同期の仕事の大半を花がやっていることを、薄々気づいていたらしい。

「すみません……」

 言い訳をする言葉が見つからず、花は莉世に頭を下げた。

「あなたに怒っているわけじゃないのよ。でもちゃんと断らないと、あなたの為にも彼女たちの為にもならないわよ?」

 謝る花を見て、莉世ははぁとため息を零してから表情を和らげた。

「はい。あの……明日からは、私断るように頑張ります! ご心配をおかけしまして、本当にすみません」

「明日から? 何か、理由があるの?」

 花の言葉に、莉世は不思議そうな表情になって首を横に傾げた。

「はい、明日から新しいことをやりたくて……だから、頑張って断ります!」

 思わず、大きな声が出てしまった。他のデスクの人たちが、二人に視線を向けてしまっていた。

「あ、わわわ……すみません」

 謝ってばかりの花に、莉世はくすりと小さく笑った。

「分かったわ。私も、明日からは仕事を早く終わらせて帰ることにするわ。一緒に、会社を出ましょう」

 莉世は花の肩をポンと叩いて、自分の机に戻った。二人を見ていた人たちも、自分の仕事に戻った。


 上司に恵まれて、よかったぁ……。

 莉世の背中に向かって拝むように手を合わせると、花は急いで残りの仕事を片付けた。



 九時には仕事を終え、花はパソコンの電源を落とした。集中したせいか、お腹がすいたことを思い出す。一人暮らしの花は、帰って自炊する気力がない。今日は、何か買って帰ろう。

「終わった? お疲れ様」

 帰り支度をしている花の横を通る莉世にそうねぎらいの言葉をかけられて、花は嬉しくて笑ってみせた。莉世も帰るのだろう、カバンを手にしていた。

「桐葉主任も、お疲れ様です。無事終わりました」

「なら、駅まで一緒に帰りましょう」

「はい!」

 花はリュックを背負うと、莉世の後に続いた。


「有栖川さん、夕ご飯は?」

「私一人暮らしなんですけど、今から作る元気がなくて……何か買って帰ろうかと思います」

「そう。私は、夫がいつも定時上がりだから作ってくれているの。美味しくて栄養のあるもの、食べるのよ?」

 莉世に夫がいたことを知らなかったので、意外だった。確かにこんなに美人なら、彼氏や夫がいても不思議ではない。仕事も出来て綺麗で、部下にも優しい……自分と違い過ぎる莉世に、花はうらやましい気持ちはあるがそれを(ねた)むことはなかった。


「明日からやりたい事って、どんな事なの?」

 莉世は、それが気になっていたらしい。並んで歩きながら、そう尋ねて来た。

「桐葉主任に、呆れられちゃうかもしれませんが……」

 花は、ゲームに参加したいからという子供みたいな理由を話すことを、少しためらった。

「あ、別に無理に話さなくてもいいのよ? 急に仕事の押し付けを断る決意したことが気になっただけだから」

 言いにくそうな雰囲気を感じたのか、莉世が少し慌てたようにそう口にした。

「いえ……これを、やりたくて」

 花はリュックサックのサイドポケットから、スマホを取り出した。そうして、『アルティメット・リベリオン』の攻略サイトを開いて莉世に渡した。


「これは……ゲーム?」

 花から受け取ったスマホを見て、莉世は尋ねる。

「はい、明日の正午から配信されるゲームなんです! 本当に明日が楽しみで……私、趣味とかなかったんで、新しく始まるこのゲームを頑張ってみようと思ったんです」

「へぇ、いいじゃない。明日から配信なら、スタートはみんな同じ。頑張り次第で、トッププレーヤーになれるわよ? 頑張って!」

 莉世は笑わずに、花を応援してくれた。それが嬉しくて、花は元気よく「はい!」と笑顔を向けた。

「じゃあ、私はこっちの線だから」

 スマホを花に返した莉世は、改札を抜けると花とは違う路線の案内を指差した。

「反対だったんですね。お疲れ様でした」

 花も急いで改札を抜けた。そうして、軽く頭を下げる。

「お疲れ様――頑張ってね!」

 莉世は軽く手を振ると、自分の乗る電車へと向かった。花は自分の乗る電車が到着したというアナウンスを聞いて、慌てて自分もホームへと向かった。


 明日は、いい日になりますように!

 途中コンビニで夜ご飯を買って帰った花は、『アルティメット・リベリオン』の配信前の攻略ページを遅くまで見ていた。


 このゲームが花の生活を大きく変えることになる。しかしそれを知ることがない今の花は、そろそろ夏が近づく夜にスマホの明かりに照らされながら幸せな気分で寝てしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ