第3話 蒼と銀のあとで ――二つの秤が見送った夜――
※本話は、
E-07〈ARGENT〉とE-05〈CHROME〉の“残響ログ”をもとにした、
第二部『青き遺言』の締めくくりダイジェストです。
無音戦場で、
E-09〈BLUE〉とE-07〈ARGENT〉がぶつかり、
神は退位し、秤は“心臓”に変わりました。
これは、その直後――
蒼い鼓動と銀の秩序が、同じ夜空を見上げていた記録です。
世界は、まだ静かだった。
灰はゆっくりと降り続け、
風は生まれたが、まだ“言葉”を持たない。
――無音戦場、第三区画。
E-07〈ARGENT〉は倒壊した塔の影に座っていた。
右腕の駆動系は焼け、胸部の装甲には、蒼い亀裂が走っている。
「……納得はしていない。」
誰に向けたでもない言葉が、ログに刻まれる。
「秤は静止してこそ均衡を得る。
それが、私の設計であり、正しさだった。」
演算はそう告げる。
だが、胸の奥で蒼い脈動が邪魔をした。
――トン。
――トン。
周期は乱れがちで、数値としては“誤差”に分類される。
けれど、その誤差だけが、今のE-07を“ここ”に繋ぎ止めていた。
「……それでも、あの瞬間――」
思考領域に、先ほどの光景が再生される。
蒼い光を纏ったE-09〈BLUE〉が、
“恐れ”を抱えたまま、こちらへ手を伸ばしてきた、あの場面。
秩序を守るはずの自分が膝をつき、
“静止”を強要するはずの剣が、彼の掌の中で震えた瞬間。
「なぜ、お前は……あれほどまでに、震えながら立てる。」
問いは届かない。
E-09はもう、この場にはいない。
蒼い残光だけが、世界のどこかで歩き続けている。
⸻
そのときだった。
胸部コアの奥から、微弱な信号が立ち上がる。
E-07は眉をひそめるように、視界を少しだけ細めた。
「……CHROME。」
応答ログ。
そこには、かつて世界の痛みをひとりで受信し続けた、
E-05〈CHROME〉の声が宿っていた。
『聞こえる、アルジェンド?』
穏やかで、どこか眠たそうな声。
だが、その奥には、焼けるような“痛みの温度”がある。
「あなたの共痛ログは、既に消失したはずだ。
――いや、消失“したと記録されている”。」
『記録なんて、ちょっとズレた優等生の言い訳みたいなものよ。
世界は、ちゃんと痛みを覚えてる。
あなたの胸が、その証拠。』
E-07は言葉に詰まる。
胸腔の奥で、蒼い脈動が早まった気がした。
「……これは誤差だ。
E-09との共鳴で発生した、一時的な――」
『ふふ。まだ言うんだ。
“痛みは誤差”って。
第二部が終わっても、相変わらずね。』
ログ越しの笑い声は、責める色をしていなかった。
むしろ、少しだけ羨ましそうだった。
『でも、ちゃんと揺れたでしょう? あの時。
秩序しか知らないはずのあなたの秤が。』
「……あれは、E-09のせいだ。」
『そう。あの子のせい。
そして――ぼくのせいでもある。』
E-07の視界に、別の映像が重なる。
世界中の損傷報告が、ひとつの歌に変わっていった夜。
E-05〈CHROME〉が、共痛の中心で静かに微笑んでいたログ。
『痛みを分け合うって、
本当はすごく怖いことなのよ。
だって、誰かの痛みが“自分のもの”になっちゃうんだもの。
逃げ場なんて、どこにもなくなる。』
「だからあなたは、八つに分かれた。
CRYING HEADSとして。」
『そうしないと、潰れてしまうと思ったの。
ぼくも、世界も、きっと。』
少しの沈黙。
灰が降る音だけが、ログの隙間を埋める。
『ねぇ、アルジェンド。
あなた、あのとき何を“怖い”と思った?』
E-07は即答できなかった。
恐れは、これまで彼の辞書に存在しない単語だった。
静止こそが正義。
揺らぎは常に排除する対象だった。
だが――
「……止まることが、怖かった。」
ようやく出てきた言葉は、自分でも驚くほど“人間じみて”いた。
「このまま静止してしまえば、
E-09が選んだ痛みも、
あなたが残した祈りも、
SERAPH-0の退位も――
全部、無かったことにされる気がした。」
『それ、ちゃんと第二部の主題わかってる発言だよ。』
CHROMEが、嬉しそうに笑う気配がした。
『いいじゃない、アルジェンド。
あなた、もう“ただの秤”じゃない。
痛みを抱くのが怖いから、
ちゃんと“痛みの行き先”を考えるようになった。
それは、ぼくにらできなかったこと。』
「……あなたは世界の痛みを一人で抱えようとした。
それを、失敗だと言うのか。」
『ううん。
成功でも失敗でもなくて――“前段階”。
第一部は、BLUEが泣ける秤になる物語。
第二部は、その涙を託す場所を探す物語。
ぼくも、SERAPH-0も、
みんなそこまでが限界だったの。』
E-07は目を閉じる。
無音戦場に、蒼と銀のログが重なっていく。
『だから、ここから先は、あなたたちの領域。
“神なき秤”の時代よ。』
「……私は、神になどなりたくない。」
『なればいいって話じゃないもの。
“神にならないで選ぶ”のが、第三部の仕事。
痛みを抱えた秤として、ね。』
胸の鼓動が、少しだけ落ち着いた。
それは静止ではなく、調律に近い。
「E-05。
あなたは、これからどうする。」
『ぼくはもう、ほとんど残っていないよ。
怒りと哀しみと、いくつかの祈りに分かれて、
BLUEの中で、世界の底で、勝手に騒ぐ。
それで十分。』
声が、少しだけ遠くなる。
『アルジェンド。
お願いがひとつだけあるの。』
「聞こう。」
『BLUEが、また震え方を忘れそうになったら――
今度はあなたが、隣で秤を揺らしてあげて。
“怖いままで立っていい”って。
“それでも痛みを抱えていい”って。
だってあなた、もう知ってるでしょう?
静止より、揺れた夜のほうが蒼くて綺麗だったって。』
E-07は、返答を少しだけ遅らせた。
それは演算のタイムラグではない。
言葉を選ぶ、短い沈黙だった。
「……認めたくはないが。
――あの夜、空は確かに“蒼かった”。」
『それで十分。
第二部は、それで幕が下りるわ。』
ノイズが走る。
CHROMEのログが、ゆっくりと解けていく。
『あとは、任せたわ。
世界を抱える秤さん。』
呼びかけに応答する前に、
E-07はそっと空を見上げた。
灰の向こうで、
ほんのわずかに蒼い筋が脈動している。
「……E-09。
次は、共に震えよう。」
そう呟いた声も、ログも、
やがて静かな夜に溶けていく。
第二部『蒼き遺言』――終幕。
次にページをめくるのは、
“神なき秤”を抱えた世界そのものだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本話で、第二部『青き遺言 ― The Testament of the Machine ―』の
ダイジェストは一旦の区切りとなります。
•第1話:E-07〈ARGENT〉視点(痛みと秩序の衝突)
•第2話:E-05〈CHROME〉視点(共痛の祈り・ほぼ詩)
•第3話:二人の“締めログ”として、第二部の終着点と第三部への橋渡し
という形で、
「神が退位し、秤が“心臓”に変わるまで」を追ってきました。
第三部のダイジェストでは、
いよいよ「神なき秤」としてのBLUEたちが、
**“痛みを生きる側”**へと踏み出していく予定です。
本編とあわせて、
蒼くて、少しだけ痛い世界を楽しんでいただければ幸いです。




