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4. 月の砂

 そして振替休日を挟んだ翌火曜日、僕は授業が終わるや否や学校を飛び出してつきみの家に走る。


「天野はご家族の事情で海外に引っ越した」


 朝の会で、先生は顔色を変えずにそう言った。

 その言葉を聞いてから、その日の記憶はほとんどない。


 気付けば僕はつきみの家の前に立っていた。

 インターホンを鳴らしても、あの臨海学校の日と同じく何の反応もない。

 黒いドアの先に人の気配は全く感じられず、本当につきみはいなくなってしまったんだと僕は思い知らされた。


 そのままとぼとぼと帰ろうとして、ふと郵便ポストにおみやげを入れていたことを思い出す。

 あのイルカのスプーンはつきみの元に届いただろうか――期待をせずにポストを開いたところ、小さな袋が入っていた。


 目を()らしてみると袋には『(うみ)くんへ』と書かれており、僕は慌ててそれをポストから取り出す。

 袋の中には、銀色の砂が詰められた小瓶のキーホルダーと小さな手紙が入っていた。


『海くん、スプーンを見付けてくれてありがとう。お返しに月の砂をプレゼントします。私のこと、忘れないでね。つきみ』


 読み終えたところで、手紙の文字が(にじ)んで見えなくなる。


 ――あのスプーンは、神さまの落としものじゃない。


 つきみだってそんなことはわかっているはずだ。

 それでも彼女は僕を責めることなく、優しい言葉だけを残して去って行った。


 震える僕の口から、声にならない(うめ)きが()れる。

 つきみとの約束を破った罰として僕はつきみを(うしな)った――冷静に考えればその二つの出来事には何の因果関係もないはずだが、つきみがいなくなったというその事実が僕の心を打ちのめしていた。


 袖口で涙を拭って、つきみから渡されたキーホルダーを見つめる。

 小瓶を揺らしてみると、銀色の砂の中から金色に光る小さな月のモチーフが現れた。


 ――あぁ、これが僕とつきみを繋ぐ唯一の絆なんだ。


 僕は小瓶を優しく握り締める。

 このキーホルダーを持っていればまたいつかつきみに逢えるんだと、根拠のない自信を胸に(いだ)きながら。



 ***



「――つきみ」


 自身の口から(こぼ)れ出した声で、覚醒した。


 煌々(こうこう)とした人工的な光の(まぶ)しさに目を細め、現在地に気付いた僕は思わず口を押さえて周囲を見回す。

 終電に乗る乗客たちは僕に見向きもせず、(うつ)ろな眼差(まなざ)しでそれぞれの世界に浸っていた。

 腕時計は0時30分を示していて、自宅の最寄(もよ)り駅まであと20分程ある。

 僕はほっと安堵(あんど)の息を吐いた。


 ――あの頃の夢を見たのはいつ振りだろう。

 電車が走る規則的なリズムに揺られながら、僕も一乗客として自分の意識の沼に沈む。


 つきみが姿を消してから、もう15年近くの歳月が経過していた。

 あれ以来、僕の世界は元の平凡で退屈な色に塗り潰されている。

 一番後ろの席から教室中を見回してみても、二度と金色(こんじき)の光を見付けることはできなかった。

 まるで元からつきみの存在などなかったかのように。


 僕と花田さんの仲にも特別な進展はなかった。

 よく考えてみれば、僕が花田さんと二人で話した回数は数える程しかない。

 それにもかかわらず、何故あの時僕はつきみではなく花田さんのことを優先してしまったのか――そんな思いが(くさび)となって心の底に打ち込まれ、僕は女性と深い関係になることを避け続けてきた。


 それ以外は特段の問題なくとんとん拍子に大学まで進学し、平坦さを取り戻した僕の学生生活は終わりを告げた。



 ――しかし、そんな平穏な生活が社会人となった瞬間に一変する。

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― 新着の感想 ―
ここまで読みました。 不思議で、しかも「おとぎ話」っぽくはない未来屋ワールド。 楽しませていただきます。
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