08
それから私は身近なとこから、一歩を踏み出そうと決めた。
まず、少しで良いから他者と関わりを持つ努力をすること。
『檸檬』なら気軽に話掛けて貰える分、自分も話やすいので最初の一歩は『檸檬』で。
そう思ってから一週間も経てば効果は見えてきた。
「おはようございます!今日もいつものラテで良いですか?」
「おはようございます。ええ、でも今日は少し気分を変えてアイスで。
昨日の珈琲は、いつもより更に深みがあって、美味しかったです。」
「良かった、昨日の豆はオーナーが試作用に取り寄せた豆で、思ったより焙煎が上手くいったので
お得意様に提供させてもらいました。」
「お得意様って良い響きですね、ありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそ毎日来てくださって、ありがとうございます。」
自分の好きな物について会話をするのって楽しいってことを久し振りに思いだした。
「おはようございます。」朝の社内は、皆忙しそうに始業の準備をしている。
同僚の山口さんが私に話掛けてきた。
「おはようございます。伊藤さん今日一緒にお昼食べないですか?」
急な話で驚いて「私お弁当ですけど。」
「知ってます。私も今日お弁当なので。」
彼女は私より年下だが、仕事ができる明るい女性だ。
今の私には眩し過ぎて、意図的に少し距離を取っていた。
昼休み、「伊藤さんどこでお昼食べてます?いつもいつの間にか姿が見えなくなってて。」
「いつも古い休憩室に行ってます、あそこは人が少ないないので落ち着いて食事できます。」
「そっか、じゃぁ今日はそこへ行きましょう!」
私は戸惑いながらも休憩室へ案内した。
「わぁ、こんな場所あったんですね。ちょっと懐かしい感じ。」彼女は楽しそうに言った。
「良かったです、気に入って頂いて。」
彼女とお弁当を食べいる自分が不思議でしょうがなかった。
「伊藤さん最近良いことありました?」
「どうしてですか?」
「以前と比べて、表情が柔らかいです。だって以前は話掛けるなオーラを発していましたから。」
「え!?そうですか?まったく意識していなかったです。」
「高橋マネージャーなんて、いつも伊藤さんに話しかけたいのに上手く話しかけられなくて右往左往しているのをよく見ましたよ。」
「えっそんなに話しかけ辛かったですか?」
「今はそんな感じではないですよ。こうやってお話できて良かった。
またご一緒させてもらって良いですか?」
「もちろん、私で良ければいつでも。」
そう人が感じるってことは、自分では上手く日々を過ごしているつもりでも、実際は鎧をまとっていただけかもしれない。