06
振り返った男性は海翔ではなかった。
顔や背丈はよく似ていたが、雰囲気は全然違っていた。
驚いた男性の瞳は動揺はしているが、眼差しが鋭かった。
「誰かと間違われていませんか?」
「ごめんなさい、知り合いに似ていたもので。」
迷惑そうに一瞬眉間に皺をよせた。
「本当にすみませんでした。」その場を去ろうとしたが、動揺しすぎて足がもつれしゃがみ込んだ。
彼は迷うことなく私の腕をとって立たせてくれた。
「大丈夫?幽霊でも見ましたか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
「申し訳ございません、遅刻しました。」
「連チャンか、やるな伊藤。」マネージャーが笑いながら言った。
「本当に申し訳ございません。」
「で、今日の理由は?」
「・・・寝坊です。」
「お前、本当に伊藤か?」
「申し訳ございません。」
「まぁ、いいよ。次からは気を付けて。」
「はい。」
すれ違いざまマネージャーは小声で「何かあったら相談に乗るから、いつでも来いよ。」と言った。
席に着いた私は少し大きな溜息をついてしまった。
周りの人は、いつもと違う私にざわめき立っていた。
それもそうだ、私は昨日まで遅刻をしたことなどなかった。それが連チャンとは情けない。
お昼休み、いつもの休憩室でお弁当を食べながら思い出していた。
海翔は調和を大事にし、いつも笑顔で人を笑わしていた。
そんな彼の周りにはいつも人が集まっていて、そんな彼が眩しかった。
今朝の男性からは、そんな雰囲気はまったく感じなかった。
少し神経質そうな顔に、強い眼差し、でも不思議と怖い感じではなく、逆に優しさを感じた。
見た目は海翔よりいくらか若く、伸びた黒髪を無造作にくくり、モノトーンの服装だった。
海翔は、明るい髪色にモノトーンの服より、色味のある服を好んだ。
表情だけでなく、異なる点は多いのに、なぜ見間違えたのが不思議で仕方なかった。
いくら顔が似てるっていっても、これはない。
私は疲れているのか?
折角、海翔のことに折り合いを付けながら穏やかな日々を紡いでいたのに、似た人を見ただけで
こんなに心を奪われるなんて。
まだまだ海翔は私の心に居座り続けるのだろうな、先は長い。