表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自由

作者: Jiecai

自由というのは思ったより怖い。

誰にも縛られてないはずなのに「こうあるべき」がこびり付いてとれない。制服のシャツのボタンを上まで閉めた僕を鏡は『普通』だと映してくれた。その普通がどうしても苦しかった。



風が、髪を撫でていく。

 春の朝、学校へ向かう道すがら、まだ咲ききらない桜の花が、ふわりと舞った。

 そのひとひらが肩に落ちたとき、僕は、立ち止まってしまった。


 窓ガラスに映る自分を、ふと見てしまったから。

 少し伸ばしはじめた髪。前髪がまつげの上に触れるたび、くすぐったくて、でも、どこか安心する。

 制服のシャツの下に合わせた、紺のプリーツスカート。母のタンスから借りたやつ。

 今日はリップも、少しだけつけてみた。透明だけど、光に当たると少しきらめく。

 ――これが、“好きな自分”だ。


 でも、好きな自分を出すのは、怖かった。

 怖い。

 誰かに見られることが。

 誰かの言葉に、また僕は刺されるんじゃないかと。


「なにその髪、女みたい」

「男のくせに、キモ」

 過去に言われたことなんて、いくらでもある。

 “男”はこう、“女”はこうって、決めつける言葉に、僕はいつも、居場所をなくしていた。


 本当は、小さい頃からずっと、可愛いものが好きだった。リボンとか、ふわっとしたスカートとか、ピンクの色合いとか。

 女の子みたいだって言われることに、最初は意味なんてわからなかった。でも、みんなが笑ったから、それは“ダメ”なことなんだって、思い込んでしまった。


 僕は、なんで生まれてきた姿と、好きなものがこんなにずれてるんだろう。

 どうして、“普通”に生きるだけで、こんなに疲れるんだろう。

 「自由になりたい」って思うのに。

 いざ、自由になろうとすると、足がすくむ。

 自由って、明るいはずなのに、その手前にある影が、どうしようもなく深いんだ。

 そんな僕の手を引いてくれたのが――速斗だった。


「透は、好きな格好すればいいじゃん。

 俺は、そういう透が一番かっこいいと思うけど」

 初めてリップを塗って、学校に行こうとした朝。玄関の前でずっと動けなくて、時間だけが過ぎていった。鏡の中の自分は、何度見ても不安で、恥ずかしくて、でも、どこか誇らしくて。

 その全部がぐちゃぐちゃに混ざって、吐きそうになっていたとき、速斗が言ってくれた。


「好きなものを好きだって言う透の方が、ずっとかっこいいし、……めっちゃ可愛いよ」

 その言葉で、心の奥にずっとあった、閉じた扉が、少しだけ開いた気がした。


 それから、少しずつ、僕は“好き”を身にまとうようになった。リップも、ピン留めも、スカートも、ぜんぶ。好きなものを着ると、不思議と背筋が伸びる。呼吸が、深くなる。

 でも、誰もが受け入れてくれるわけじゃない。

 教室のドアを開けるたび、誰かの視線を感じた。

 目を逸らされることも、ひそひそと笑われることもあった。


 それでも、速斗は変わらなかった。

 いつも通りのトーンで「今日の透、いいじゃん」って言ってくれた。

 わざとらしくない、照れ隠しみたいな笑顔で。

 そのたび、僕のなかで“怖さ”と“好き”の天秤が、少しずつ傾いていった。

 好きって、強い。

 でも、それを信じるまでが、すごく、長い。


 ある放課後、雨が降る校舎裏のベンチに座っていたら、一人の後輩が声をかけてきた。

「先輩って、男……ですよね?」

 戸惑った表情。でも、攻撃的ではなくて、ただ、真剣だった。


「うん、男だよ」

「なのに……そういう格好、して、平気なんですか?」

 僕は少しだけ、黙った。

 傘の中にこもる雨音が、静かに響いていた。


「怖かったよ。今も、怖いことある。……でもね、好きなものを“ないふり”してる、隠してる自分の方が、もっと怖かったんだ」

 その言葉は、もしかしたら自分に向けたものだったのかもしれない。

 彼女は目を伏せて、それからふっと、小さく笑った。


「……私も、本当はスラックスがいいんです。スカート、落ち着かなくて。でも、言えなくて」

 そのとき、僕は気づいた。

 “自分を出すこと”は、自分のためだけじゃないってことに。

「それ、刺繍? すごく綺麗だね。……無理して隠すより、そうやってさりげなく出してる方が、ずっと素敵だと思う」


彼女は一瞬きょとんとしたあと、ふっと微笑んだ。

それは、小さな解放がほどけるような笑顔だった。

傘の向こう、灰色の空のすき間に、うっすらと光が射していた。

そのとき僕は、自由になることが、誰かの勇気にもなれるんだと、初めて知った。


 文化祭が近づいてきた頃、ファッションショーの参加者を募る掲示板の前で、速斗が僕に言った。

「なあ、出なよ。“自由”がテーマなんだろ? 透以上にぴったりなやつ、いねーよ」

 僕は笑った。震える笑いだったけど、嘘じゃない、笑いだった。


「……俺さ、透が“好き”を着て、ステージに立つとこ見たいんだよ。絶対、誰かの光になるからさ」

 そのとき、胸が熱くなった。

 涙があふれそうになって、でも、こらえた。

 それは、誰かに見せるためじゃなく、自分自身の“自由”を祝うためだった。


 文化祭の日。僕はステージに立った。

 白いブラウス、淡いレースのスカート、髪には小さな花飾り。ライトが照らす。僕の足元に、光の道ができる。


 一歩踏み出すごとに、過去の自分が少しずつ剥がれていく。

 「男だから」なんて誰かの声も、「普通でいろ」なんてルールも、今の僕にはもう必要なかった。


 観客席のどこかから、速斗の声が響いた。

「透――!! 最高に、かっこいいよ!!」

 その声を背中に感じながら、僕は笑った。

 スカートが揺れる。リップが光る。

 僕は今、“好き”を身にまとって、ちゃんとこの世界に立っている。僕はもう怖くない。


 自由ってのはきっと何かの上に立っていると僕は思う。怖さの上にこの美しさはあるのだと。

誰かの評価なんか気にしないで自分の好きな自分を、自分が1番好きでいられるのならそれがきっと自由なのだと思う。


あなたの『好き』はきっとあなたを輝かせる羽になる。傷つけられても、それを折らない勇気がきっとあなたを輝かせる。輝ける場所はある。どうか、自分の美しさを信じて欲しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ