婚約破棄代行ブッタギル ※会社名です
婚約者の部屋に繋がる扉を開けて。
しかし、そこにいた人物を目にして、私は密かにため息をこぼした。
……またいるわ。
そんな落胆を表に出すことなく、私はにっこりと笑う。
今、鏡を持っていないため、自分で自分の顔を見ることはできないが……
公爵令嬢にふさわしい笑顔を作ることができたと思う。
「お招きいただき、ありがとうございます、殿下」
「よく来てくれたね、嬉しいよ。ただ……公の場でないのなら、そのような堅苦しい言葉遣いは不要だと言っただろう?」
キラリと輝くような笑顔を見せたのは、ゼハート様。
この国の第一王子であり、そして、私の婚約者だ。
困っている人がいれば手を差し伸べずにはいられないほど、優しく。
国難に見舞われた時は思いもよらぬ策で解決するほど、賢い。
私にはもったいないくらいの方だ。
政治的な婚約ではあるのだけど、それを抜きにしても、ゼハート様と一緒になれることを喜び、幸せな未来を思い描いていた。
……幼い頃は。
「優しいお言葉、ありがとうございます。ですが、日頃からしっかりとしておかないと、いざという時に失敗してしまいそうなので」
「クラリスはとても優秀だから、そのようなミスはしないだろう?」
クラリス。
それが私の名前だ。
ゼハート様にそう呼んでいただいた時は、幼い頃は胸をときめかせたのだけど……
今はもう、なにも感じない。
というか、逆に少し嫌な感じがしてしまう。
そうなる原因はただ一つ。
「ゼハート、クラリスとて人間よ。失敗する時は失敗してしまうもの……彼女の言う通り、プライベートだとしても、日頃からしっかりとした態度をとるようにした方がいいわ」
もう一人の人物……アレクシア様が、そう言う。
この国の王妃であり。
そして、ゼハート様の母親。
私とゼハート様のプライベートな場のはずなのに、なぜか、当たり前のようにアレクシア様がいる。
それについて疑問を持っているのは、私だけ。
ゼハート様は、アレクシア様がいて当然、という態度を取る。
今までも、これからも。
ずっと取り続けるのだろう。
「なるほど……確かに、母上の言う通りかもしれませんね。僕も注意しなければ」
「ゼハートなら大丈夫。そうやって、すぐに間違いを認めることができて、反省して、学ぶ姿勢を見せてくれるのだから。なにも問題ないわ」
「はい、ありがとうございます、母上!」
アレクシア様に褒められて、ゼハート様は、とても嬉しそうな顔になった。
まるで、宝石が輝いているかのよう。
……あんな顔、私には一度も向けたことない。
「っと……少し話が逸れたな。クラリスも来たことだし、お茶会を始めるとしよう」
「はい、ゼハート様」
「今日は、クラリスの好きな菓子を取り寄せてみた。どうだろうか?」
「まぁ、ありがとうございます。とても嬉しく思いますわ」
「そうか、喜んでもらえてなによりだ。うむ……さすが、母上だな」
「……アレクシア様がどうかされたのですか?」
「なに。今日のお茶会を開くにあたり、どのようなものを用意すればいいか、母上に相談してな。そうしたら、キミの好きな菓子を取り寄せればいいと、そう助言をいただいたのだ」
「……そうですか」
ゼハート様が私の好きなものを覚えていてくれた。
……なんていう、小さな喜びが急速に冷めていく。
「母上、ありがとうございます」
「お礼なんていいのですよ。ただ……ゼハートも、これくらいは自分で考えられるようにならないとダメですよ。女の子の心を、しっかりと掴んでおかないと」
「はっ、その通りですね」
「とはいえ、余計な心配かしら? ゼハートは、とてもしっかりしているから、女の子に酷い扱いをすることはないし、現に、クラリスに優しくしているし……ふふ。母親として鼻が高いわ」
「いえ、僕なんてまだまだ……母上に、こうするべきだ、こうした方がいいと、日々、助言をいただいているからこそ。いつも感謝しています」
「息子を思いやることは、母として当然のことよ」
「その当然のことを、当然と思ってしまってはいけないと思います。しっかりと、こうして感謝を伝えておかなければ」
「まあ。本当に、ゼハートはよくできた子ね。こんな子と婚約することができて、クラリスも幸せでしょう?」
「……はい、そうですね」
突然、話が飛んできて、少し慌てた。
ここで、私も会話に参加するべきだろうか?
そう思い、口を開こうとして……
「ただ、お茶の選択は少しいただけないかしら?」
「僕は、なにか間違えてしまったでしょうか……?」
「少し香りが強いわね。女の子は、品のいい香りは好きだけど、クセが強すぎるものは好まないのよ?」
「なるほど、そうでしたか! てっきり、いい香りのものを選んでおけばよいと……とても勉強になります」
「ええ、その調子で学んでちょうだい。わからないことがあれば、どんどん教えてあげるわ」
……私は、この香りは好きなのだけど。
でも、そんなことを言える雰囲気ではなくて。
それと、ゼハート様とアレクシア様が、いつものように二人の世界を作り、二人だけで話をしてて。
「……はぁ……」
二人に気づかれないように、私は、こっそりとため息をこぼす。
……今日のため息は、最高記録を更新するかもしれないな。
――――――――――
「はぁああああああああああぁぁぁーーーーー………………」
お茶会が終わり、家に帰り。
自室に戻ったところで、私は特大のため息をこぼした。
「疲れた……本当に疲れたわ……」
ゼハート様と婚約して、幼い頃は幸せだった。
彼に恋をして、結婚できることに笑顔が止まらなかった。
でも、ゼハート様は、いくら歳を重ねてもアレクシア様と一緒にいて、母親離れができていない。
そのことに疑問を持つことなく、当たり前と考えている。
アレクシア様もまた、子離れできていない。
ゼハート様と一緒の時間を過ごして、あれこれと口出しすることを当たり前と考えている。
今日みたいに二人の世界を作るのは当たり前。
むしろ、今日はマシ。
酷い時は、私がやってきたことにすら気づかず、二人で話を続けていく。
「もう少し……本当にもう少しでいいから、なんとかならないのかしら……?」
ゼハート様と結婚したら、私は、妻として彼を支えることになる。
私生活だけではなくて、公務にも関わることになるだろう。
そのための勉強も積んできた。
だから。
一度だけ、アレクシア様についての問題に苦言を呈したことがある。
親離れできていないのではないか?
少し距離を取るべきではないか?
言葉はもっとオブラートに包んだものの、内容的には、このようなことを口にした。
すると、どうだろう?
いつも穏やかなゼハート様があからさまに不機嫌になり、「クラリスが口を出すようなことではない!」と怒鳴りつけてきたのだ。
その反応で、私の恋心は完全に冷めた。
ダメだこれ。
「とはいえ、婚約は続いているわけで。もう数年したら、私は、ゼハート様と結婚しないといけないわけで。でも、まともな結婚生活を送れるなんて、とてもじゃないけれど思えるわけがないわけで……あぁもう。なんか、未来に絶望しかなくてまともにものを考えられなくなってきたかも……」
ゼハート様と結婚したら、もれなくアレクシア様もセットでついてきて。
そして、今までと同じように、私に……というか、ゼハート様に干渉してくるのだろう。
「二人共、悪い方ではない。悪い方ではないのだけど……」
親離れと子離れがまったくできておらず、自覚もなしで、本当に質が悪い。
「私……本当に、このままゼハート様と結婚しないといけないのかしら……?」
さらにため息がこぼれて。
それで、最高記録を更新するのだった。
――――――――――
「お嬢様。お嬢様にお会いしたいという、お客様が見えていますが……」
「客?」
とある日。
自室で勉学に励んでいると、我が家の執事がやってきて、そう告げてきた。
はて?
今日は、特に来客の予定はなかったはずなのだけど。
「どちらさまかしら……名前は?」
「シェフィと名乗る女性で、お嬢様と同じくらいの方です」
「シェフィ……知らないわね」
「なにやら、お嬢様の運命を変えることができる商売をしていると言っておりまして……とても怪しいのではありますが、しかし、内容を考えると、まずはご報告してお嬢様の判断を仰ぐべきかと思いました」
「私の運命を……?」
私の運命……それは、ゼハート様と結婚すること。
それを変えることができる?
突然すぎる話だ。
普通は詐欺を疑うだろう。
ただ、運命を変えるという言葉はとても魅力的で……
「……いいわ。ここに案内して」
「よろしいのですか?」
「今は特に忙しいわけではないし、話を聞くくらいなら。あ、もちろん、きちんとボディチェックなどはしてちょうだいね?」
「はい、もちろんでございます」
執事は礼をして部屋を出ていく。
……そして、待つこと10分ほど。
一人の女の子を伴い、執事が戻ってきた。
「お嬢様、こちらの方でございます」
「はじめまして、クラリス様。私は、シェフィと申します。こうして、お話できる機会をいただけたこと、深く感謝いたします」
普通の女の子……よね?
とても礼儀正しいけど、でも、特別な感じはしない。
強いて言うのならば、知り合いのやり手の商人に似た雰囲気を持つ。
「私の運命を変える商売をしている、と聞いたのだけど?」
「はい。私は、最近、この国にやってきまして……そこで、クラリス様の話を聞きました。もしかしたら、この方は私の商いの相手となるのでは? と思い、独自に調査をしまして……こうして、直接、参った次第です」
「……」
怪しい。
怪しいのだけど……
しかし、どこかで彼女の話に惹かれている私がいる。
話を聞くだけ。
話を聞くだけなら……そう自分をごまかすように言い聞かせつつ、次の言葉を紡ぐ。
「私の運命を変えると、とても大きなことを口にしているのだけど、それはどういう意味かしら? あなたは、どんな商いをしているのかしら?」
「クラリス様と二人きりにしていただけないでしょうか?」
「……なぜ?」
「内容が内容なので、できる限り、当人以外に話を聞かれたくありません。それだけの大きな話、と考えていただければ」
「……」
迷う。
執事は、話に乗るべきではないと、目で訴えてきていた。
ただ、ボディチェックを受けているはずだから、危険はないはず。
もしかしたら、素手で戦えるほどに強いのかもしれないけど……
そうだとしたら、家に招いた時点でアウトだろう。
「……わかったわ」
「お嬢様!?」
「大丈夫、心配はいらないわ。私の勘だけど、この人は、本当に商いをしたいだけ。私を害する意図はないと思う」
「し、しかし……」
「お願い。扉の外で控えていていいから、今は、二人きりにさせて?」
「……かしこまりました」
渋々ではあるが、執事は話を受け入れてくれて、部屋を出ていった。
シェフィは、にっこりと笑う。
「さすが、クラリス様。懸命な判断です」
「お世辞はいいわ。それで、どういうこと?」
「……クラリス様は、現状に満足していますか?」
その問いかけに、思わずドキリとしてしまう。
「クラリス様は、このままなにもなければゼハート様と結婚します。ゼハート様が王位を継げば、クラリス様は王妃となり、国母になるでしょう。そうして、この国の舵取りをゼハート様と『二人』で行うことになるでしょう」
『二人』という部分を強調して言う。
もしかして……
シェフィは、ゼハート様とアレクシア様の問題に気づいている?
私が隠している本心に気づいている?
心臓の鼓動が早くなる。
「……なにが言いたいのかしら?」
「クラリス様は、回りくどい話は好まれない様子。なので、ズバリ言わせてもらいますが……」
シェフィは、とても不敵な表情で言い放つ。
「ゼハート様との婚約を破棄したいのでは?」
「っ!?」
心臓の鼓動が早くなりすぎて、ショックで止まってしまうのではないかと思った。
この子……やはり、気づいて……
まずい、まずい、まずい。
私がこんなことを考えているとゼハート様に知られたら?
いや、ゼハート様だけじゃない。
アレクシア様にも知られたら?
追放とか家の取り潰しとか、最悪の展開しか思い浮かばない。
それだけ事は大きく、私が勝手できる要素はゼロだ。
もしかして、シェフィは、このことで私をゆするつもり……?
だから、こうして二人きりに……
「あ、勘違いしないでくださいね? 私の商いは……まあ、ちょっと歪んでいますが、犯罪などではありませんから。この話をしたのも、クラリス様のためを想ってのことです」
「そう……なの?」
「ゆすられると思いましたか? 安心してください。決して、そのようなことはいたしません。というか、クラリス様の願いを叶えてさしあげたいと思っています」
「……は?」
あまりにも予想外の言葉に、ついつい間の抜けた声がこぼれてしまう。
いや、えっと、あれ……
どういうこと?
え? は? え?
大混乱。
うまく言葉を紡ぐことができず、何度も瞬きを繰り返してしまう。
そんな私を見て、シェフィは苦笑。
ただ、優しく語りかけてくる。
「あはは、驚きますよね。突然、こんなことを言われたら」
「そ、それは……ものすごく……」
「でも、私は本気ですよ? 詐欺の類ではなくて、神に誓い、真実です」
「私の願いを……知っての発言なのかしら?」
「もちろん」
シェフィは、しっかりと頷いてみせた。
嘘はない。
全て本気の言葉。
態度がそう告げていた。
そして、笑顔と共に告げる。
「クラリス様の願いは、ゼハート様との婚約破棄……違いますか?」
「そ、その通りだけど……でも……あ、あなたはいったい……?」
「私は……婚約破棄代行です♪」
――――――――――
「……」
数日後。
私は自室のベッドに寝たまま、うずくまるようにして頭を抱えていた。
「やった……やってしまった……」
あの時は、婚約破棄代行を名乗るシェフィが女神のように見えて。
すがるような思いで依頼をした。
ただ、後々で冷静になり。
私は、とてもまずいことをしてしまったのでは?
シェフィが失敗したら、当然、私が依頼したこともバレるわけで……
その時は、かなりまずい事態になる。
具体的に言うと、公爵家が傾くか。
あるいは、私が追放されるくらいの、そんなまずい事態。
後になって恐ろしくなり、私は部屋に引きこもり、震えていた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
とんでもないことをしてしまった。
時間を巻き戻せるのなら、シェフィと話をしていた時に戻り、依頼の撤回を……
「……しないわね」
たぶん。
同じ時間を繰り返したとしても、私は、シェフィに依頼をしていただろう。
それくらい、ゼハート様と結婚したくない! と思っていた。
「はぁ……もう、なるようになるしかないわね」
ひとしきり怯えたせいか、今度は、開き直ることができた。
シェフィがうまくいっても、うまくいかなかったとしても。
あるいは、詐欺とか、まったく別の話だったとしても。
どのような結果でも、全てを受け入れることにしよう。
公爵令嬢らしく、毅然とした態度を見せようではないか。
「よし。そうと決まれば、彼女を探して、どうなっているのか話を聞かないと……」
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
扉がノックされて、執事の声が届いてきた。
「ええ、どうぞ」
「失礼いたします」
「どうしたの?」
「先日の女性が、再びお嬢様を訪ねてきたのですが……」
「えっ、シェフィが!?」
思わず大きな声を出してしまう。
「早くここに案内して! あと、人払いもお願い。彼女と二人きりに」
「それは……かしこまりました。すぐに手配いたします。ただ、ボディチェックなどは……」
「ええ、それは止めるつもりはないわ。しっかりとお願い」
「はい。では、失礼いたします」
――――――――――
「こんにちは、クラリス様。ごきげんいかがですか?」
「シェフィ!」
私は再び落ち着きを忘れてしまい、慌てて彼女に詰め寄る。
「あの依頼の話よね!? あれから、どうなったの!? 私はどうなるの!?」
「落ち着いてください」
シェフィはにっこりと笑い、
「全てうまくいきましたから」
そう、信じられないことを告げてきた。
「うまく……いった?」
「はい、うまくいきました。クラリス様とゼハート様の婚約は、まもなく破棄されるでしょう」
「で、でも、そのような話、私はまだなにも……」
「お嬢様」
再び扉がノックされた。
「ど、どうぞ」
「お話中、失礼いたします。旦那様から、今夜はとても大事な話があると、すぐにそう伝えてほしいと言われまして……二人に、という話にもかかわらず、失礼いたしました」
「大事な……それは、どういうものか聞いている?」
「……詳細はわからないのですが、ゼハート様との婚約を見直す、というようなことを」
「っ!?」
ふらりと、驚きで倒れてしまいそうになる。
シェフィが慌てて私を支えてくれた。
「大丈夫ですか、クラリス様?」
「お嬢様……!?」
「あ、いえ……ええ。大丈夫、大丈夫よ……ごめんなさい、さすがに驚いて」
「お嬢様の苦しみ、悲しみ、私には察することができず……」
「あ、ううん……いいの。特に、そういうことはないから」
「お嬢様?」
「……ひとまず、その話は了解したわ。きちんと、夜の予定は空けておく。とりあえず、今はシェフィと二人にしてくれない?」
「……かしこまりました」
心配そうにしつつも、執事は部屋を後にした。
二人きりに戻ったところで、改めてシェフィと話をする。
「いったい、どういうこと……?」
「今、聞いた通りですよ。クラリス様とゼハート様の婚約は破棄される……それが、私の仕事ですからね。あ、もちろん、クラリス様や公爵家が不利益を被ることはありません。婚約破棄できたけど追放されたとか、まったく笑えませんからね。そういうところのフォローもバッチリです! むしろ、ゼハート様、王家が慰謝料を払うことになるかと」
「そんなこと……」
あまりにも都合がいい。
私は夢でも見ているのだろうか?
「……いったい、どうやってゼハート様との婚約破棄を? 私ならともかく、まったくの他人のあなたが……?」
「えっと……そうですね。婚約破棄代行を仕事にしている私は、それを成すための方法の一つに、ぶっちゃけてしまうと脅迫を含んでいます」
「王家を脅したの!?」
「安心してください。脅迫といっても、痛い目に遭いたくないなら従えとかではなくて、弱味をバラされたくなければ言うことを聞いてね? というヤツなので」
それはそれで、問題なのでは……?
「まずは、真正面から、まともな交渉をする。それで受け入れてもらえないのならば、対価を提供する。それでも話を聞いてもらえないのなら、色々と……本当に色々な手段をとっています」
「その色々は……聞かない方がよさそうね」
「今回の場合は、ゼハート様は、頑なにクラリス様との婚約破棄を受け入れてくださらず……仕方ないので、弱味を攻めることにしました」
「あのなんでもできてほぼほぼ完璧なゼハート様に、そのようなものがあるのかしら……?」
「王族とて人間。弱味の一つや二つ、抱えていますよ」
「……それは、いったいどのような弱味なのかしら? 私達の婚約は、気持ちだけで成立しているわけではなくて、そうそう簡単に破棄することはできないのだけど……」
「あー……気になりますか。気になりますよね。とはいえ、うーん……」
シェフィが苦い表情に。
どうしたのだろう?
「けっこう衝撃的な話なので、クラリス様は聞かない方がいいと思うのですが……」
「聞かせて」
「……後で文句を言いません?」
「言わないから、聞かせてちょうだい」
「はあ……わかりました。あくまでもクラリス様が望んだということ、忘れないでくださいね? 実は……」
シェフィは、それっぽい雰囲気を作り出すためなのか、声を潜めて言う。
「……ゼハート王子は、親離れできていないだけではなくて、アレクシア様のことを、そういう目で見ていたようですよ?」
「は?」
「そしてまた、アレクシア様も、子離れできていないだけではなくて、ゼハート様のことを、そういう目で見ていたとか」
「は?」
あまりの衝撃的な話に、「は?」としか言うことができない。
それは、つまり……
究極のマザコン、みたいな?
「蛇の道は蛇といいますか。そういう、とても人様に話すことができない秘密というものは、私、わりと簡単に捕まえることができまして。その情報を元に婚約破棄を求めたところ、喜んで応じていただけました」
「それはまた……なんていうか……」
「あ、私の心配は大丈夫ですよ? 陛下に話は通しておいたので、今頃、あの方達は、私に構うヒマなんてないでしょうからね。クラリス様に対する、無自覚ないじめ。それだけではなくて、おぞましい不貞行為。ゼハート様は廃嫡ですね。アレクシア様は、隠居という名の生涯監禁でしょうか」
「それはまた……なんていうか……」
驚きのあまり、同じ言葉を繰り返すことしかできない。
「と、いうわけでして……これにて、私の仕事は完了です。クラリス様は、この後、無事に婚約破棄に至るでしょう」
「……ゼハート様と、婚約破棄できる……」
「クラリス様は、まだ若い。そして、本当の意味で優しく、聡明な方。いくらでもやり直しはできるでしょう。これからは、自分のために生きてください」
自分のために生きる。
その言葉は、深く胸に響いた。
今までは、ゼハート様のために生きると考えてきた。
それを当然のことと受け止めて、自分の気持ちは二の次。
でも……
もう、そんなことはしなくていい。
自分のことを一番に考えて、自分のために生きていい。
「私、は……」
気がついたら涙がこぼれていた。
嬉しいのに。
笑いたいのに。
でも……
涙が止まらない。
「いいんですよ」
そっと、シェフィに抱きしめられた。
「ここには私しかいません。今のあなたは、公爵令嬢ではなくて、ただのクラリスです。だから、なにも気にすることなく、泣いていいんですよ」
「……少し、胸を貸してください」
「はい、どうぞ」
そして……
私は、少しだけ泣いた。
――――――――――
『ゼハート王子とクラリス公爵令嬢の婚約破棄!?』
そんな見出しの新聞が発行されて、街はちょっとした混乱に陥っていた。
それもそうだろう。
この人達なら安心だ、と国の未来を任せていた二人が、いきなり破局するなんて誰も予想していない。
いったいなにが起きた?
国の未来は大丈夫なのか?
王子は次にどのような行動に出る?
人々はぷちパニックだ。
「これ、私のせいかと思うと、ちょっとだけ心が痛く……ならないか」
私は、仕事をしただけ。
そして、望まない婚約を強いられそうになっていた人を助けただけ。
そこに誇りこそあれ、後悔なんてない。
公爵令嬢だから我慢しろ?
国のために耐えろ?
ふざけるな、だ。
「婚約って、ものすごく大事なことだからこそ、それを破棄する自由もないといけないと思うんだけど、それが許されない風潮だからねえ……うまくできないっていうのなら、私が代わりにやるだけ。それが、私の仕事であり、使命のようなものだからね♪」
故に、私、シェフィは婚約破棄代行を続けている。
そして、今日も誰かの婚約破棄を代わりに務める。
「婚約破棄したい人、いませんか? 代わりに婚約破棄してあげますよ?」
読んでいただき、ありがとうございます。
ちょっとジャンルに迷ったのですが、恋愛がメインではないので、
こちらのハイファンタジーに投稿しました。
楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
感想などもいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。