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明希の家出

フローライト第六十六話

今回の奏空のことはかなり大きな問題になった。利成の時とは違って事務所側から記者会見まで開く羽目になった。マンションの前には記者たちがどこかに待ち受けていて、咲良は美園をつれて散歩にもいけなくなった。そしてそれだけではなく、奏空のグループのファンだったり、奏空のファンからもかなりな嫌がらせが咲良に対してあった。


美園のためにそれでは良くないからと、落ち着くまでまた天城家に行くことになった。咲良は嫌だったが、買い物にもうかうか出れない状態だったので仕方がなかった。


美園は六か月になり、ハイハイもできるようになっていた。一日中家にこもってばかりじゃよくないと明希も言う。


「もう、みっちゃんはどこでも行っちゃうね。奏空の時と同じ」と夕飯の時に明希が言った。


「奏空も?」


「うん、奏空もね、動けるようになったらあちこちあんまり動くから・・・見張っているのも大変で、知らないうちに勝手に階段を上ってて焦ったことがあったの」と明希が楽しそうに言った。


「そうなんですか・・・」


「うん、それでベビーサークルを買ったの。そしたらね・・・」と明希が笑ってから続けた。


「サークルを組み立てていざ入れようとしたらまったく入ってくれなくて・・・ようやく入れたらすぐに自分から出て行っちゃって・・・中に一緒にいた私を閉じ込めてね」


「アハハ・・・そうなんですか?」と咲良も笑った。


(奏空らしいな・・・)と思った。


 


夜は利成が先に帰宅した。奏空は連日帰りが遅い。まだ今回のことで事務所とは揉めているようだった。


利成がリビングに入って来た時にちょうど美園がドア前にいたので、危うくドアにぶつかりそうになった。利成がすぐ気が付いてドアを押さえた。


「あ、ごめん」と咲良は美園を抱きかかえに行こうとすると先に利成が美園を抱いた。


「もうこんなに動けるの?」と利成が咲良に美園を渡しながら言う。


「そうなんだ、あちこち行くから困ってるの」と咲良は言った。


「そう、奏空の時と一緒だね」と利成が言うと「それ、さっき私も言ったんだよ」とちょうどリビングに来た明希が笑いながら言った。それから「咲良さん、お風呂入っていいよ」と言う。


「あ、はい」と咲良が美園を下ろそうとすると明希が手を伸ばして「みっちゃん、おいで」と言った。咲良は美園を明希に預けると浴室に向かった。


明希はすごく美園を可愛がってくれていて、それはすごく嬉しかったが、反面咲良は複雑な思いだった。


(明希さん・・・利成の子だって思って・・・?)


ああ、どうなんだろう・・・と湯船に入りながら考える。


お風呂から上がると、明希が一人キッチンにいた。


「あれ?」と咲良が言うと「みっちゃん、眠そうだったから利成が寝かせてる」と明希が言ったので「えっ?!」と咲良は本気で驚いた。


「と・・・天城さんが?」と聞くと「そうだよ」と明希が笑顔になる。


咲良は半信半疑で寝室に行った。ドアをそっと開けると利成が一人ベッドに座っていた。咲良の顔を見ると「今、寝たよ」と言う。


「そう・・・ありがとう」と咲良は利成に笑顔を向けた。


(どうやって寝かせたんだろう?)と疑問。


「咲良、ちょっとこっちにおいでよ」と利成が言うので咲良は久しぶりに利成の仕事部屋に入った。


「何かかなり大変なことになってるみたいだけど、咲良は大丈夫?」


「まあ・・・大丈夫だけど・・・ちょっとネットがね・・・」


「ネット?」


「つい見ちゃったんだよ。私、かなり魔性の女になってる」


「アハハ・・そう?」と利成が笑う。


「笑い事じゃないよ。利成と奏空の親子と寝た魔性の女だよ?サイアク」


「まあ、でもある意味そうだから仕方がないよ」


「それ、利成が言う?ひどくない?」


「そうか・・・ごめんね」と利成はそう言ってソファに座っている咲良の隣にきた。そして咲良の頬に手を伸ばしてくる利成に少し焦る。


「ちょっと」と身体を少し離した。


「魔性の女なんでしょ?」と利成が唇を近づけてくる。


「ちょっと、ほんとに信じられない」と咲良は椅子から立ち上がった。


「奏空がいないとこじゃないと、咲良を口説けないからね」と利成が楽しそうに言った。


「明希さんが可哀そう」


「そう?」


「だって・・・美園のこと、明希さんはどう思ってるの?」


「・・・孫でしょ?」


「そうじゃなくて・・・」


「・・・咲良はどう思ってる?」


「何を?」


「美園のこと」


「私の子だよ」


「・・・俺の子なんでしょ?」


「・・・わかんないよ。調べてないもの」


「そうだね」


「もう行く」と部屋を出ようとすると利成に腕を引かれて抱きしめられた。


「ちょっとほんとに・・・」と身体を離そうとしたら利成が「少しだけこうさせて」と言ったので咲良は驚いた。利成がそんな弱気な言い方をしたのは初めてだった。


(何かあったのかな・・・)


そう思ってそのままにしていたが、階段を誰かが上ってくる音が聞こえてきたので、咲良は身体を離そうとした。けれど利成が離れようとしない。


「明希さんじゃない?」と小声で咲良は言った。


足音は隣の元々は奏空の部屋だったドアを開けている。


「利成?」と咲良が身体を離そうとしたところでいきなりドアが開いた。


「あっ!」と声を上げたのは奏空だった。


利成がようやく咲良から身体を離す。


「また?」と奏空が「いや、もうそろそろシャレにならないよ?」と利成を蔑むような目で見てから咲良の手を握った。


「そんなに咲良がいいなら、捨てなきゃ良かったじゃん」と奏空が捨て台詞のように言うと、利成が「そうだね」と平然とした顔で答えていた。


 


寝室では美園がスース―と寝息を立てていた。


「みーそーのーちゃん」と奏空が小声で顔をのぞき込んだ。


「起きちゃうって」と咲良も小声で言う。


「いや、もう疲れた」と奏空が机の前の椅子に座った。


「大丈夫?」


「こっちは大丈夫だけど、咲良の方はまずいね」


「何が?」


「ここに長居してるのはマズい」


「・・・・・・」


「隙あらば咲良を奪うつもりだよ」


「そんなことないって」


「いや、ある。ほんと利成さんの悪い癖。そろそろ改めて欲しいよ」


「・・・もうマンションに戻ってもいい?」


「そうだね・・・会見見た?」


「見てないよ」


「マジ?見てよ」と奏空が目の前にあったパソコンをつけた。


「イヤホンにしてよ」と咲良は後ろで寝ている美園の方を見た。


奏空がパソコンにイヤホンをさした。画面には記者会見の様子が映し出された。


奏空が一人、記者たちに囲まれている。


「え?こんなに?」


記者たちの人数に咲良は驚いた。


「そうだよ」と奏空が答える。


会見ではすでに結婚して入籍を済ませてあること、子供がもう生まれていることなど、利成と咲良との関係など、しつこく聞かれていた。


「あー・・・結構大ごとになってるね。だから言ったのに・・・」


「こっちはどうでもいいんだけど、メンバーから色々言われてさ・・・」


「グループの?」


「うん、どうもマズいよ。そっちの方が」


「そう・・・」


「俺が外れるとそれはそれで困るっていうんだよね」


「外れるって、グループをやめるってこと?」


「そう。俺はそれでもいいって言ったんだけど、他のメンバーがね・・・」


「ダメだって?」


「そう。俺が抜けるとグループ自体の存続が危ういって・・・大袈裟なんだよ」


「いや、それ大袈裟じゃないよ、きっと」


「だけど俺、謝る必要あんまり感じないからさ・・・そこなんだよね」


「謝って何とか続けるしかないよ」


「・・・今後は経過を見て、契約や何かを考えるって」


「経過?」


「売上、その他、まあお金だね」


「そう・・・」


「咲良はやっぱりここにいて。今は一人戻るのマズい」


「何で?」


「どうやら一部のファンが咲良に対してかなりヤバいことになってるって」


「ああ、それネットでみたよ」


「そう?過激な子もいるからさ」


「まあ、そうだろうね」


「んー・・・外には敵いないんだけどね、ほんとは。俺にしてみれば家の中の敵の方が手強い」


「利成なら大丈夫だよ」


「咲良はね。利成さんが大丈夫じゃないよ」


「どうして?」


「今、明希と完全に寝室別になってるんだよ。結婚以来初めてだと思うよ」


「そうなの?でも明希さん、普通に明るいけど・・・」


「まあ、ちょっと糸が切れた感じなんだよ。だから二人がピンチなわけ」


「ピンチとは?離婚とかじゃないよね?」


「そうだね・・・離婚はしないとは思うけど・・・利成さんてね、ああ見えて女性がいないとやっていけない部分があってさ・・・」


「いや、ああ見えてっていうか、元々女性がいないと利成はやっていけない人でしょ?」と咲良が言うと奏空が急に爆笑した。


「しっ・・・て」と咲良が慌てて唇に人差し指を立てて美園の方を振り返った。美園はまったく我関せずといった様子で眠っていた。


「もう、咲良が笑わすから・・・」


「だって、そうでしょ?」


「そうなんだよね・・・」と奏空が笑いをこらえている。


何を今更と咲良は思う。


「でも俺も咲良がいないと生きていけないよ」と奏空が言う。


「やだ、奏空まで利成みたいになってきた」と咲良が言ったらまた奏空が吹き出した。


「だからしっ・・・て」と咲良が言うと、美園が泣き出した。奏空が口を手で押さえている。


「もう、起きちゃったじゃん」と咲良は立ち上がって美園のお腹に手を当てて「は~い・・・大丈夫だよ・・・みっちゃん」と優しくぽんぽんと美園のお腹を叩いた。


美園が徐々に泣き止んでいき、また寝息をたて始めた。


「奏空、シャワーとかいいの?」


「ん・・・疲れた。明日の朝にするよ」


「そう、私はもう寝ようかな・・・」


「ん、先に休んでて。俺、ちょっと利成さんのところに用事あるから」


「うん、わかった」



利成と明希が上手くいってないなんて・・・。前に咲良が一緒にいた頃は、ほんとに仲が良さそうに見えたけれど、今回の自分とのことでやっぱり夫婦の間にひびが入ってしまったのだろうが?


次の日からそれとなく二人の様子を見ていたが、寝室を別にしてるという以外は、以前と変わらないように見えた。


(まあ、ちょっと利成が大人しい感じがするかな・・・)


奏空は新曲のためのレッスンでまた帰りが遅くなった。利成の方が大抵帰りが早い。ただ作詞作曲を任されている仕事が一つあって、利成は仕事部屋にこもっていた。


その日の夕方明希が「咲良さん、ちょっと出かけなきゃならなくなって・・・ごめんね。もし先に利成が帰ってきたらご飯を頼んでいいかな?」と言った。


「はい、わかりました。どこへ行かれるんですか?」


「ちょっとお友達に会うことになっちゃって・・・なるべく早く帰るね」と明るい声で言う明希。


「いえ、大丈夫だから・・・ごゆっくり」と咲良が言うと「うん、ありがとう」と明希は言い、出かけて行った。


利成が帰宅してもまだ明希が帰宅していなかったので、美園を利成に見てもらって咲良はキッチンで明希があらかじめ作ってあった夕食を温め直した。なるべく早く帰宅すると言っていたが、夕食を終えて時刻が夜の十時になっても明希が戻って来ない。


(ちょっと遅いんじゃないかな・・・)


咲良は心配になってきた。


咲良は美園を抱いて二階の利成の仕事部屋をノックした。


「はい」と返事を聞いてからドアを開けた。


「利成、明希さんまだ帰らないんだけど・・・ちょっと遅くないかな?」


そう言うと利成が部屋の時計を見た。時刻はもう十時半だった。


「そうだね、ちょっと遅いね」と利成も言う。


「ラインしてみたらどうだろう?」と咲良が言うと「そうだね」と利成がスマホを取り出した。


利成がラインを送信してから少し経つと奏空が帰宅した。


「ただいま。美園」とリビングでまだ起きていた美園に奏空が言う。


「おかえり」と咲良は言ってから「明希さんがまだ帰らないんだけど・・・」と奏空に言った。


「え?」と奏空が時計を見る。もう十一時を過ぎていた。


「どこに行ったの?」


「何かお友達のところに行くって・・・」


「そうなんだ・・・ラインはしてみた?」


「利成がしたんだけど返信はないって」


奏空が考える顔をしている。それから二階に上って行ったと思ったら、また奏空がリビングに戻ってくる。


「明希、変わった様子なかった?」


「んー・・・特には・・・」


「軽く身の回りのものがなくなってるようなんだけど・・・」


「えっ?!嘘?!」と咲良は美園を抱いて奏空と一緒に二階の明希の寝室に入った。確かに衣類などが少し減っていた。


「え・・・どういうこと?」と咲良は頭の中がパニックになった。


「・・・利成さんは仕事部屋だよね?」


「そうだよ」


奏空が明希の寝室を出て、利成の仕事部屋に行く。その後ろから咲良もついていった。


「利成さん、明希から連絡あった?」と奏空が聞いた。


「来てないよ」と特に焦った様子も利成にはなかった。


「明希、家出でもしたのかな?」と奏空が言うと「何でそう思う?」と利成が言った。


「身の回りのものが少し無くなってるんだよ」


そういうと利成が少し驚いた顔をしてから立ち上がった。仕事部屋を出て明希の寝室に入る。


「何となくだけど、衣類とか化粧品とか・・・」と奏空が言った。


利成が考えるような顔をした。それから部屋の隅にある小さめのチェストを開けて中を見ている。


「どうやら通帳もないから、ほんとに家出したかな」と利成が特に表情も変えずに言う。


「え?通帳も?ほんとに?」と咲良は利成の顔を見た。


「ほんとだよ」と利成が答えた。


「どうしよう・・・?奏空」


咲良が言うと奏空は「まあ・・・どうにもできないよね」と言った。


「ちょっと!そんなのんきに言わないでよ。もし何かあったんだったら困るから私からも明希さんに連絡入れてみる」


咲良は美園を奏空に預けて階下に降りた。自分のスマホで明希にラインをする。送信はされたが既読はつかなかった。


(ああ、どうしよう・・・私のせいだ・・・)


利成と奏空が二階から降りてきた。


「やっぱり既読も付かないよ・・・どうしよう・・・奏空」


「大丈夫だよ。きっと連絡してくるよ」と奏空が言う。


利成はキッチンに行って水を飲んでいた。それからリビングのソファに座って自分のスマホを見た。


「返信来たよ。咲良」と利成がスマホを咲良に見せた。


「え?ほんと?」と咲良は利成のスマホを見た。


<しばらく一人になりたいので、ごめんなさい。咲良さんの手伝いしてあげたかったんだけど、ちょっと今は無理みたいなの。でも、帰るとは思うから心配しないで>


(え・・・)


咲良は呆然とした。奏空も利成のスマホを見ている。美園が奏空の腕の中でグズグズ言い出したので、咲良は美園を奏空から受け取って抱いた。


「じゃあ、とりあえず無事みたいだから良かったってことだね」と奏空が言ったので咲良はカチンときた。


「奏空?!私のせいで明希さん家出したんだよ。のんきに言わないでよ」


「咲良のせいじゃないよ。明希自身の問題」と奏空が答える。


「違う・・・私のせい・・・」


「咲良のせいじゃないよ」と利成も言う。


「違うって。私のせいだよ」


涙が出て来た。自分は何をやっているのだろうと思った。


「咲良・・・」と奏空が言う。美園もグズグズと泣き出した。


「咲良、美園眠いんじゃない?いつもならとっくに寝てる時間だし・・・ミルク作ろうか?」と奏空が言った。


「うん・・・」と咲良は泣きながら頷いた。


「咲良、座ったら?」と利成に言われて咲良は利成の隣に座った。美園が利成の方を見て少し泣き止んだ。


「私、美園と田舎に帰るからって明希さんに言って」


咲良は言った。美園が咲良の胸に顔を擦りつけて来た。


「咲良が田舎に帰っても、明希は戻らないだろうから帰る必要はないよ」と利成が言った。


「そんなことない。やっぱり私がここにいて嫌だったのよ、明希さん。そうだよね、私だって逆の立場なら絶対嫌だもの」


「だからー咲良のせいじゃないって」と奏空がミルクが入っている哺乳瓶を持ってきた。


「温度、これくらい?」と奏空が咲良に哺乳瓶を渡した。咲良は少し自分の頬に瓶をつけてみてから「大丈夫」と言った。


美園がミルクを飲み始める。その姿を見ながら咲良は涙がまた出て来た。


「咲良って、大丈夫だから」と奏空が肩を抱いてきた。


「咲良が悪いんじゃないよ。悪いのは利成さん」と奏空が咲良の頬の涙を親指で拭ってから、美園を奪って自分の膝にのせてミルクをあげ始めた。咲良はティッシュペーパーを取って鼻をかんだ。


「何十年分のつけが今来ただけだよ」と奏空が続けて言った。


咲良が利成を見ると、特に表情も変えずにスマホを見ていた。


(もう・・・)


咲良が利成の顔を見つめていると、気が付いて「何?」と利成が言う。


「ラインでちゃんと言って。それと私は明日にでも帰るから」


「そう・・・でも咲良はある意味関係ないんだけどね」


「そうそう」と奏空も言う。


「でも・・・」


「・・・まず美園を寝かせて来るね」と奏空が美園を抱いてリビングを出て行った。


「咲良・・・」と利成が咲良の方を見て言う。


「明希はね、子供の頃から色んなことを我慢してきててね・・・きっと、それが全部嫌になったんだよ。俺とのことだけじゃなくね」


「利成とのこと以外にも我慢があったってこと?」


「そうだよ」


「だけど・・・今回は・・・」


「・・・俺も若い頃は今みたいなこと許せなかったと思うけれど、四十過ぎるとね・・・お互い思い残すことがないようにした方がいいと思うようになったよ。明希は今まで色んな社会の価値観にがんじがらめに生きてきて、結婚してからはずっと俺の言うことばかり聞いてきたんだよ。だからきっとやりたいこと思いっきりやってみてもいいかもね」


「利成の言うことばかりって、どういう風に?」


「そうだな・・・日常のことは大体ね」


「そうなの?」


「明希は好んでそうしてきたんだよ。その方が安心だったんだよ」


「そうなんだ・・・でも、好んでなら我慢じゃないでしょ?」


「そうだね・・・我慢じゃないかもしれないけどね」


「何かよくわからない・・・」


「そうか・・・咲良には明希の我慢はわからないかもしれないね」


「・・・・・・」


「明希とは幼馴染で結婚して・・・人生のほとんどを一緒に過ごしてきたからね。もしかしたら少し離れてみてもいいのかもしれないね」


「利成にもあるの?思い残してきたこと」


「・・・そうだね、あるかもね」


「何?」


「知りたい?」


「知りたいよ。やっぱり。利成には思い残したことなんてないような気がするものね」


「ハハ・・・そう?・・・そうだな・・・咲良とのことは思い残しがあるよ」


「私とのこと?」


「そう」


「私とのことって何?」


「・・・咲良を捨てちゃったことかな」


「また?嘘ばっかり」


「嘘じゃないよ」


「嘘・・・」と言いかけたら利成が咲良の手を握った。


「奏空じゃ物足りないでしょ?」


「何が?」


「色々」


「物足りなくなんてないよ」


「そう?」


「そうだよ。利成は明希さんと早く仲直りしてよ」


「仲直り?」


「そう。結局明希さんだって利成がこうじゃなかったら家出なんて・・・」と言ったら利成が咲良の身体を引き寄せた。


「咲良、奏空より俺の方がいいでしょ?」と耳もとで言われる。すぐ離れようと思うのに、いつも利成に抱きしめられると咲良は動けなくなる。


(何でだろう・・・)


何でなんだろう・・・。


その時リビングのドアが開いて奏空が顔を出し、今度は何も言わず呆れたような顔をした。咲良は慌てて利成から身体を離した。


(あ・・・)


咲良は立ち上がって奏空の横を通り抜けて階段を駆け上がった。


(何で涙?)


二階に上がって美園が寝ている部屋に入ってベッドに突っ伏した。


(バカだ、私・・・)


ドアが開いて奏空が入ってくる。


「咲良・・・」と背中から抱きしめられる。そして「咲良は悪くないよ」と奏空が言う。


「私が悪い・・・いつまでもこうなんだもの」


咲良は突っ伏したまま言った。


「ん・・・責めないで。大丈夫だから」


「何で奏空と結婚しちゃったんだろう・・・私ってバカだよね」


「咲良がバカなんじゃないよ。バカなのは利成さん」


「違うよ・・・私が弱いんだよ」


「弱くてもバカでもいいんだよ。みんな似たり寄ったりだよ」


「でも奏空は違うでしょ」


「俺も同じ」


「違うよ・・・奏空は強いよ。美園のこと愛してくれてるもの」


「美園は俺の子でしょ?愛して当たり前だよ」


「だって・・・」と顔を上げたら奏空が口づけてきた。


「利成さんがこうやって明希も咲良も悩ましてるんだよ。だから一番悪いのは利成さんだよ?咲良はもう自分のこと責めないで」


咲良が奏空の顔を見つめると「そんな顔しないでよ」と奏空が笑った。


「・・・明希さん、大丈夫かな・・・」


「大丈夫だよ。明希は強いんだよ。本人は気がついてないけど」


「そうなの?」


「そう。自分が弱いと信じてるだけ。ほんとは強いも弱いもないんだよ」


「・・・・・・」


「ついでに言うと、咲良は強いよ」


「今、強いも弱いもないって言ったくせに」


「ハハ・・・そうだよ。どっちも有りなの。弱いが悪いわけじゃないからね」


「奏空、ごめんね。私、奏空が大好きだよ」


「うん・・・そうでしょ?だって俺が咲良を大好きだからね」と奏空が笑顔で言う。


「ん・・・」


「だけど利成さんには渡さないからね」


「うん・・・」


咲良がうなずくと、奏空が抱きしめてきた。


「美園はどんな子になるのかな?」と奏空が咲良を抱きしめたまま言った。


「きっと、奏空みたいな子になるよ」


「ん・・・でもそれだと大変だよ?咲良が」


「アハハ・・・何で?」


「俺、まだまだ本気出してないからね。本気モードになるとかなり厄介だよ」


「じゃあ、本気モードになって。厄介な奏空も見てみたい」


そう言ったら奏空が咲良から身体を離した。


「そう?じゃあ、今から本気モードで行くよ。後悔しないでよ」と奏空が咲良に唇を重ねてからその場に押し倒してきた。


「ちょっと、美園が起きちゃう」


「寝てるから大丈夫」


(美園はきっと奏空みたいな子だと思うよ・・・)


咲良は心の中でそう思って、そう願った。

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