それは破滅への道かもしれない
愛されたいと思った。
抱きしめられたいと思った。
この人なら大丈夫だと思ったのに。
彼が抱きしめるのは別の人。
「君には僕なんて必要ないよ」
そして別れの言葉も同じ。
「室長。どうかしました?」
「別なんでもない」
仕事に私的な悩みを持ち込みたくない。
そう決めていたのに、今日はぼんやりしてしまったらしい。
目の前に座る部下が心配そうに私を見ている。
「なんでもなくないですよ。体調悪そうですよ」
「いや、大丈夫だから」
立ち上がり傍によってきた部下に私は手を振ってこたえる。
「我慢しなくていいのに」
部下は私の手を掴むと、腰を落として耳元で囁く。
耳が弱い私は、びくっと震えてしまった。
「何度も、何度もあなたを手に入れるために、あいつらを蹴散らしてきたのに。あなたは同じような男にばかり目を向ける。僕ではだめですか?」
「どういう意味だ?」
「「君になんて僕は必要ないよ」」
それは昨日のあいつの言葉。
ううん。
昨日だけじゃない。
私と別れる男はいつも同じことを言う。
「あなたには別の男は必要ない。あなたには僕が必要だ」
部下は私の手をまだつかんだまま、囁く。
その声はいつもの彼と違って艶があって、耳をふさぎたくなる。
だって、それを聞くだけで心が震える。
「僕に助けを求めてくれれば、僕はいつだって答えるのに。抱きしめてほしいですか?愛を囁いてほしいですか?」
それは私が求めたもの。
どうして、彼は知っているんだ。
「僕がこれから、あなたをずっと愛する。だからもう二度と他の男に目を向けないで」
部下がそんなことを思っているんなんて、私は知らなかった。
彼はいつも冷静で、私の命令に忠実な部下だった。
「なぜ、こんな」
「もう我慢ができなかったんですよ。今日のあなたはとても無防備で、隙がある。いつものあなたはどこにいったんですか?」
「隙?なに?」
何を言っているか、わからない。
ただ、私は疲れていた。
愛を返してくれる人がいなくて。
私を抱きしめてくれる人がいなくて。
「何もわからなくてもいい。ただ僕に身をまかせて」
彼に引き寄せられ、私はそのまま彼の腕の中に収まる。
彼の体温が伝わってきて、泣きたくなった。
温もりがずっとほしかった。
こんな風に。
「もっと早く行動を起こしておけばよかった。周りくどいことをせず。あなたはまだ僕のことを好きじゃない。でもあなたは誰かに愛されたがっている。僕はあなたを愛してあげます。だから、僕と堕ちてください」
彼は私の部下だ。
私がゲイであることは、社内では知られたくない。
だから、私は彼と関係をもってはいけない。
だけど、私は彼が与えてくれる温もりが嬉しかった。
だから、答えた。
「もっと抱きしめろ。何も考えれなくなるくらい」
「承知しました」
耳もとで囁かれ、背中に回された手に力がこもる。
それから強引に唇を重ねられた。
「もうあなたは僕のものだ」
その独占欲が私は嬉しかった。
これからずっと彼は私を見てくれる。
彼のものになれる。
私の頭から社会的地位や、その他もろもろのことが消え去った。
破滅へ道かもしれない。
だけど、私は彼から与えらる愛に溺れたかった。