7話:広まる噂
翌日、学校へ着くとすぐに周囲の視線が自分に集中していると分かった。昨日の夜会での出来事が噂になっているのは明白だった。
(ああ……どうしてこんなことに……)
自分が「佳絶の令嬢」として名が広まっている事を痛感する。
しかし、それに加えてアランが「若き才子」として名を馳せていることも。彼らにとって私たちは噂の的だ。
私は教室に入ると、さらにその視線の強さを感じた。椅子に座った途端、クラス中の女子が集まってきた。
「アリシア様、昨日のダンスすごかったですね!」
「あのアラン様と踊ったなんて、まるで絵本に出てくる王子様とお姫様みたいでした!」
「本当に、お似合いですよね〜」
「もしかして、特別な関係なんじゃ……」
彼女たちは口々に質問、感想を述べて興奮気味に話しかけてきた。どうやら悪く思っているわけではなさそうだ。
生憎とエレナは別のクラスで、同じクラスのセレーナはまだ来ていないようだ。
「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて!アランはただの友達で、たまたま一緒にダンスを踊っただけよ」
本当のことを答えたつもりだったが、彼女たちは納得しないようだ。
「でも、アラン様が踊っているところなんて見た事なかったし、アリシア様だって今までは誘われても断ってたじゃないですか!」
「それにあの雰囲気、特別な関係みたいだったわ!」
私は内心で頭を抱えた。
(アラン、あなたのせいでこんなに噂されるはめになっちゃったじゃない!)
それに加えて、昨日の告白……のことも思い出して、少し顔が熱くなった。
「とにかく、本当にアランとは何にもないからっ!」
私は教室でのざわつきを抑えるように席に座り直したが、心の中はまだ落ち着かない。
(はぁ……これしばらく続くんじゃない?)
本でも読んで落ち着こうと思った矢先、教室のドアが開き誰かが顔を覗かせた。
声の主は先ほど噂されたばかりのアラン本人だった。
「おーい、アリシア!いる?」
教室の中は再びざわつき始めた。
「アラン様がアリシア様を呼び出してる!」
「やっぱり特別な関係なんじゃない?」
「それにしても2人、お似合いよね〜」
と、小声の囁きがあちこちで聞こえる。
(もう、これ以上ややこしくしないでよ……!)
内心で慌てつつ、仕方なく席を立つ。
「急にどうしたのよ、少しだけだからね」
私が小声で言うとアランは満足げに笑み浮かべ、私を廊下へ誘導した。
「で?用件は何よ?」
私は今日のこともあって腕を組み、あからさまに不機嫌な態度で彼に聞く。
「朝からずっと騒がれてたでしょ?大丈夫だった?」
「大丈夫なわけないでしょ……朝から色々聞かれて大変だったんだからっ!」
怒りが込みあがり、つい少し強めに言ってしまった。
「うっ……ごめんね?こんなに噂になると思わなくて……」
そうやって謝ってうつむく姿は大きい体とは反対に、存在しない耳と尻尾が垂れ下がっている大型犬の様に見える。
(うぅ……なんか罪悪感が……)
アランがしょんぼりと肩を落とす姿を見て、私は思わずため息をついた。
「別にアランが悪いってわけじゃないんだけど……」
そう言うと、アランはいつもの表情に戻る。
「うん。でも、俺がアリシアと踊りたかったのは本当だから。それに、昨日言ったことも、ね?」
「昨日言ったこと」そう言われて私はまた顔を熱くする。
「──っ!も、もう用がないなら戻るから!」
「あっちょっとまって、あと一つ用があるんだ」
そう言ってアランは私を引き止めた。
「用?」
「うん。今日の昼一緒に食べない?中庭のベンチで」
「ど、どうして私と?友達と食べればいいじゃない」
慌てていい返したが、アランは少し困ったように笑う。
「いや、他の人じゃなくて、アリシアと話したいこともあるし。それに、相談も」
「わ、わかったわよ……でもあんまり目立たないようにね!」
真面目な表情で言われて断れるわけもなく私は頷いた。
「分かった!それじゃあまた昼休みに待ってるから!」
アランは満足げに笑って手を振りながら去っていった。
その後ろ姿はまた、存在しない尻尾がぶんぶんと上下している大型犬に見えた。
(あれはもう、紛れもない大型犬よ……)