年越し蕎麦を用意していたら突然ベランダからうどん推し女神が飛びこんできた。
大晦日の夜、俺は年越し蕎麦を茹でる準備をしていた。
今年は奮発して、ふるさと納税で取り寄せた本格、信州手打ち十割蕎麦だ。エビ天ぷらも揚げたし、最高の一年の締めくくりだ。
「年越し蕎麦最高! 海老天蕎麦は至高!」
独り言を呟いていると、ベランダから物音が聞こえた。
「風でなんかとんできたのか?」
窓を開けると不思議な人が宙に浮かんでいた。
「私はうどんの女神。あなたを年越し蕎麦の魔の手から救いに来たわ!」
この部屋はアパートの4階だぞ?
なぜこんなところに女神が浮いてるんだ?
「救うって何? 」
「年越しに食べるのはうどんであるべきです。私はうどんを布教するために日本全国津々浦々、北は北海道から南は沖縄まで巡っているのです!」
「間に合ってるんで、お帰り下さい」
「もう蕎麦に洗脳されているのね。これはいけない! 魔法でうどんに変えてあげるわ!」
女神は懐から丼の飾りがついた魔法少女風のステッキを取り出し、振りかざした。
「え、余計なお世話……」
女神は俺の制止を無視してステッキを振り下ろした。
「うどんどんどん好きになれー、あそーれ!」
謎の歌とともに俺の台所が一瞬で眩しい白に包まれる。
光が消えると、まな板の上に置いていた信州蕎麦が、桐箱入り手打ちうどんに変わっていた。
「な……なんだこれ!」
「香川のうどん職人が丁寧に打った本場のうどんよ! ちなみに一セット5000円するからとくと味わって食べなさい!」
「いやいやいや、いらんがな! 俺のふるさと納税の十割蕎麦カムバーーーック!」
その場に膝から崩れ落ちる俺をよそに、女神は満足げな顔で笑う。
「大丈夫、新しい年を力強く迎えられるようにお餅も進呈するわ! 力うどんよ!」
「俺は蕎麦が食べたかったんだよ! 蕎麦がいいんだってー!」
女神は「アデュー!」と爽やかに手を振り、夜空へ飛び去ってしまった。
シンク下にしまっておいたカップラーメンや乾麺の蕎麦もことごとくうどんに変わっている。
俺は根負けして、うどんを茹でてすすった。
さすが一箱5000円のうどん。うまい。でも……そういう問題じゃない!
新しい年を迎えた瞬間、俺は心に誓った。
「来年こそは絶対に年越し蕎麦を食べてやる!」
空の彼方から声が聞こえてきた。
「ならば私は来年もうどんを布教しに来なければなりません!」
364日後に、俺はまた女神と攻防を繰り広げることになる。