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猫家主  作者: 泉田清
2/2

猫家主(ニ)

 両親の日課は朝のウオーキングだ。仲良く二人で並んで歩く。

 白ネコの前はイヌを飼っていた。雑種の小型犬。散歩にリードが要らないほど賢いヤツだった。が、ヤツも本能には逆らえなかったようだ。発情期を迎え、去勢してない彼は、散歩中に行方をくらました。それきり姿を見ていない。当時の両親の落胆ぶりはひどいものだった。

 しばらくして、両親はウオーキング中に白い子ネコの拾ったのだ。路上でカラスたちに囲まれていた。カラスを追い払うと、か細い体と声で「ニャー」と近寄って来たという。カラスに突かれたのか、後ろ足を引きずっていたが、家に連れて帰るとスクスクと大きくなっていった。


 何か月か経ち白ネコは去勢手術をした。そのころ私は酷い失恋をした。自分の「性格的欠陥」を思い知らされ、恋愛や結婚は出来ないと悟った。結婚できないヒトのオスは去勢したオスネコと何ら変わらぬ、去勢した白ネコを眺めているとそんな気がしたものだ。去勢すると声が高くなるとか、髭が生えなくなるというが、本当だろうか。そんなものは今の世では何の役にも立たない。もしかしたら、私自身も。

 大人しかった白ネコは、何年か後、突然発情期を取り戻した。夜中になると泣き喚く、という形で。バタバタと廊下を走り出したりもする。カラスに突かれた足も完治したようで、脱兎のごとく走り回った。2:00と4:00に最も活発になる。お陰で睡眠が分断された、何か月かして完全な不眠症に陥った。毎晩毎晩ドタバタ騒ぎだ。ある夜、我慢の限界が訪れた。ニャアニャアバタバタと走り回る、白ネコの首根っこをムンズととっ掴まえる。

 フーッ!と凄む白ネコ。「五月蠅い!」ヤツをフローリングの床に叩きつけた。もう一度叫ぶ。「五月蠅い!」。「何やってる!」驚いた両親が駆け付け、白ネコに蹴りを食らわそうとした私を制した。それ以降、白ネコは再びビッコをひくようになった。


 実家を追い出され、アパートで独り暮らしを始めると、恋人ができた。ヒトのオスとしての本能を取り戻したのだ。私は同じくらいの歳の、彼女とのセックスに夢中になった。が、今にしてみれば、彼女もまた本能を持て余したヒトのメスだったと理解できる。彼女のプライヴェートを何も知らない。微妙にその話題を避けた。きっと結婚に失敗したのだ。それを裏付ける陰湿性や「性格的欠陥」を時折垣間見せたが、童顔と子猫ような天真爛漫さを気に入っていた。何より体の相性がとても良かった。お互い愛情が芽生える事もなく、ただただ本能をぶつけ合うだけの仲だったわけだが。


 秋の、夕方における車の運転は西日に悩まされる。フロントガラスの真正面から、ルームミラーから、サイドミラーから、あらゆる場所から強烈な光が目に飛び込み、執拗に目を眩ませる。時折我が身を満たす彼女の面影のように。やはりまだ彼女に未練があるようだ。

 たどり着いたのは実家だ。忘れ物を回収しに来た。親の車が無い、両親共に出かけている。車を降りる。ニャーー、と、子猫のようなか細い鳴き声がした。白ネコが外に出ているはずがない。声の主は野良ネコのはずだ。高い所にでも上って降りられなくなったのか。見事な夕日が庭と家屋を照らしている。目を細め朱に染まる空を眺めた。ニャーー。どうも、夕日と鳴き声は不釣り合いだ。調和を乱す子ネコを探し出してやる。

 

 庭石、軒下、物置、あらゆる物陰を探した。ニャー-。声はすれど姿が無い。まったく、隠れているなら鳴かなければいいのに。鳴き声で居場所を報せるなぞ本末転倒ではないか。危機が迫れば隠れる、助けを呼ぶため鳴く、二つの本能の矛盾。子ネコ特有の天真爛漫さが垣間見える。

 ニャーー、ニャーー。声の感覚が狭くなってきた。居場所は近い。と、目の前にとぐろを巻いた巨大生物が現れた。石油タンクの上で蹲っている。ギョッとして後ずさる。そいつはニャーと鳴いた。灰トラの大ネコが、尻尾をくねらせ目を細めた。この体であの鳴き声とは、間違いなく何処かの飼いネコだ。こうやって飼い主の気を惹く。こういう手合いが最も嫌いである。無視して家の中に入り、忘れ物を回収した。

 白ネコが足元にやって来て、ニャア、一声鳴いて、足をクンクン嗅いだ。そのあと、興味がなさそうに家の中のねぐらへ姿を消した。家を出、鍵をかける。石油タンクの上の大ネコも居なくなっていた。飼い主の元へ帰っていったのだ。


 私だって帰る。エアコンのない、アパートの一室へ。家のカギをポストへ放り込んだ。未だ、実家は一匹の白ネコに占拠されているのだ。

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