冒険者になろう!①
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エスメラルダの様子ときたら、まさに傑作だった。
俺の壮大なる野望を前に、完全に気圧されていたようだ。
俺が言葉を尽くせば、人一人を惹きつけることなど実にたやすい。サリオン公爵家は既に掌中に収めたと見てよいだろう。
エスメラルダには俺の為──—いや、母上の為に、アステール家の忠実な尖兵となってもらう。
だが、サリオン公爵家との繋がりだけでは不十分だ。母上が世界を真に掌握するためには、より多くの貴族家を味方に引き入れる必要がある。恐怖による支配は容易い。しかし、それでは母上の御心に沿わない。母上が望むのは真の忠誠——心からの服従だ。
そのために、まず排除せねばならない巨大な壁があった。
借金という名の枷だ。
アステール公爵家は今、莫大な負債を抱えている。前当主ダミアンが外法の儀式に必要な触媒を求め、際限なく借財を重ねた結果だ。その負債を清算しなければ、貴族としての信用は地に堕ちる。いかに俺が圧倒的な力を有していようと、金銭的信用を欠いては他家との交渉すらままならない。
母上がこの問題で苦労されていることは、俺も痛いほど理解していた。しかし、これまで積極的に介入しなかったのには理由がある。母上が助けを求めなかったからだ。
現在、アステール公爵家は母上が取り仕切っている。つまり母上の領分だ。それを俺が勝手に侵すなど、不敬の極み。母上の采配に口を出すなど、許されることではない。
だが、今回は違う。母上は「覚悟を決めよ」と仰った。
その言葉の重みを、俺は正確に理解した。これは明確な指令だ——遠慮を捨て、全てを使って道を切り開けという命令に他ならない。
ならば動く──この世のすべてを母上の掌に置くために。
俺の思考は加速する。借金返済には当然ながら金が必要だ。魔術を使えば、金など容易く作り出せる。錬金術──卑金属を貴金属に変える古来の秘術もある。だが、それは禁忌中の禁忌。世界経済を混乱させる重罪であり、公爵家がそれに手を染めれば信用失墜どころでは済まない。母上の覇道に泥を塗るわけにはいかない。それに、そういった魔術由来の生成物などたやすく検知されてしまうという問題点もある。
ならば、正当な手段で金を得る必要がある。しかし、どうすれば良いのか。
貴族の収入源は限定的だ。領地からの税収、事業からの収益。だがアステール家は領地を持たない宮廷貴族。事業もダミアンの代でほぼ壊滅している。手っ取り早く大金を得る方法など存在するのだろうか。
俺は一人では答えが出ないと判断し、ある人物を呼ぶことにした。
「フェリ」
控えていたフェリが音もなく姿を現す。影のような存在感。
「はい、若様」
「グラマンを呼べ。至急だ」
「承知いたしました」
フェリは一礼し、部屋を後にした。
グラマン──グラマン・セラ・ロックガルドはアステール家に古くから仕える老執事だ。先々代のアステール家当主“星の魔女”、アリステラ・イラ・アステールの代から仕えていた。要するに年寄というわけだ。そして年寄といえば知恵者の代名詞。劣等年寄ならば呼吸するゴミに過ぎないが、グラマンは違う。何かしらの知恵を持っているはずだ。
◆
数分後、規則正しいノックと共にグラマンが入室した。
「お呼びでしょうか、坊ちゃま」
「うむ」
俺は椅子に座ったまま、単刀直入に切り出した。
「金が必要だ。手っ取り早く、大金を稼ぐ方法はないか」
瞬間、グラマンの眉が吊り上がった。
「坊ちゃま、手軽に金など稼げるものではありませぬ!!」
いきなりの説教。グラマンでなければ縊り殺していたところだ。俺は内心で舌打ちをしながらも、平静を装って問い直す。
「分かっている。だが必要だ。案を出せ」
グラマンは髭を扱きながら、当然といった様子で言った。
「ならば働くことですな!」
働く?
その言葉の意味を、俺は一瞬理解できなかった。ああ、なるほど——俺に劣等のような真似をしろと言うのだな。貴族が自ら汗を流して働くなど、通常ならばあり得ない。それは劣等のすることだ。
だが──まあ、それも良い。
母上の為に働く。悪くない響きだ。むしろこの身を粉にして母上に尽くすことこそ、俺の至上の喜び。
「よかろう。だが、具体的に何をどう働けば良い?」
グラマンは待ってましたとばかりに頷いた。
「さすがは坊ちゃま。話が早うございます。しかし、貴族が働くと申しましても、出来ることは限られております」
「構わん。言ってみろ」
「例えば、他家への魔術指導。あるいは、王宮での役職。しかしこれらは時間がかかります。手っ取り早く大金を、となりますと……」
グラマンは思考を巡らせた後、ぽん、と手を打った。
「ございます! 一つだけ、ございますぞ!」
「なんだ」
「冒険者などどうでしょうか!」
冒険者──国家に属さず、自らの力で魔物討伐や遺跡探索を生業とする者たち。確かに、高難易度の依頼をこなせば莫大な報酬が得られる。だが同時に、危険を伴う仕事でもある。貴族が、ましてや公爵家の嫡男がそんな野蛮な真似をするなど、前代未聞だ。
「……ほう」
だが、俺は思わず口元を緩めた。
危険? それがどうした。この俺に、危険などという概念は存在しない。むしろ、存分に力を振るえる好機ではないか。魔物を狩り、その素材を金に変える——実に単純明快な構図だ。
「グラマン、悪くない案だ。すぐに──」
「お待ちください!」
突然、フェリが声を上げた。いつの間に戻っていたのか、扉の傍に立っている。
「若様を冒険者になどさせるわけには参りません! グラマン殿、あなたは何を考えているのですか!」
フェリの普段の冷静さが崩れていた。その瞳には明らかな怒りが宿っている。
グラマンは鼻を鳴らした。
「だまらっしゃい、小娘が!」
「こ、小娘!?」
フェリが絶句する。グラマンは杖を床に突き立て、朗々と語り始めた。
「坊ちゃまはいずれアステール家を継ぐお方。そしてアステール家はただの貴族家にあらず! 始祖カカセオが遥か星界より降臨して以来、アステール家は常に世界の中心にあった……とされておる! まあ儂もそんな昔の話は知らんがな!」
グラマンの声は部屋中に響き渡った。
「だがの、小娘よ。偉大なる血統を継ぐ者が、温室で育っていて良いはずがない! 坊ちゃまには様々な経験が必要じゃ。荒波に揉まれ、修羅場を潜り抜けてこそ、真の支配者となれるのじゃ!」
フェリはグラマンの勢いに押されていたが、すぐに気を取り直した。
「……でしたら、私も若様に同行させていただきます! 若様お一人を危険な場所に行かせるわけには参りません。私が必ずお守りいたします」
「どうでもいい」
俺は苛立ちを隠さずに言った。
「そんな些末な議論はどうでもいい。早く冒険者となった後のプランを考えろ。金を稼ぐ具体的な方法だ」
グラマンは咳払いをして、再び話し始めた。
「はっ、失礼いたしました。実は坊ちゃま、この世界には様々な脅威が存在しております」
グラマンの目が鋭く光った。
「古代遺跡に潜む守護獣、暴走した魔導兵器、そして──大魔獣と呼ばれる恐るべき存在たち。これらは通常の冒険者では太刀打ちできぬ強敵です。かつての魔王ですらそれらの存在を“災厄”と位置づけ、手を出さなかったほどです。ですがその分、討伐報酬は莫大です」
グラマンは指を立てた。
「例えば、北方の氷原に棲むという『凍てつく災厄』フロストワイバーン。その討伐報酬は金貨十万枚。東の砂漠に君臨する『砂塵の暴君』デザートタイタンは金貨二十万枚。そして伝説級の大魔獣ともなれば──一攫千金ですじゃ!」
グラマンの顔に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「坊ちゃまの実力ならばこれらの魔獣など朝飯前。あっという間に借金など返済できましょう」
なるほど、確かに理に適っている。通常の依頼をこなすより、遥かに効率的だ。
「フェリ」
俺は従者に視線を向けた。
「お前が同行したいなら勝手にしろ。だが、足手まといになるなら置いていく」
「承知いたしました、若様」
フェリは深く頭を下げた。
「グラマン、冒険者登録の手続きをするにあたって必要なものを揃えろ。ただし──」
「承知しております。身分は秘匿、偽名を使用。変装も必要でございますな」
「うむ、佳きに」
グラマンは話が早い所が好きだ。しかし説教臭い所は嫌いだ。




