表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/116

ママとすやすや

 ◆


「ハイン、おいで。今夜はあんなことがあったし、私も少し心細い思いなのです。それに、途中で終わってしまったというのもあるから……ね?」


 母上はそう言って、顔を僅かに赤らめる。


 ただそれだけで、俺はもう堪らない気分になってしまった。


 天才の俺をして、その感情に名前を付ける事ができない──単なる喜怒哀楽には収まらない想い。


 母上が好き好き大好きというハピネスな想い!


「おいで」と言われればすごく嬉しい。


 しかし同時に、強い罪悪感も覚える。


 俺も理解してはいるのだ。


 通常、母親と子供がこの様にして睦み合う事などありえないという事を。


 俺もいい年だ、馬鹿みたいに甘えてばかりではいられない。


 母上は俺が親離れ出来ない事をさぞ嘆いておられるだろう。


 当たり前だ、子供の成長を願わぬ親がどこにいるのか。


 分かっている、分かってはいる、だのに──


 ・

 ・


「ママ、どうか怯えないでください。あのようなトカゲなどは……もごもご」


 母上が俺を抱きしめる。


「私が、……僕が、いるかぎりママに指一本触れさせませんッ……魔王軍がなんだというのでしょうか、アステール公爵家は星継ぎの大家!うぎ……み、耳元に息を吹きかけるのは、どうか……」


 俺が……いや、アステール公爵家がどれ程偉大で、どれ程強大なのかを母上に示し、魔王軍恐るるに足らずという事をお教えしたいのだが、母上は意地悪をしてくる。


「お、大いなる星の前で、魔王などは、ま、まお、ま……」


 俺は言葉に詰まってしまう。


 母上に抱きしめられたせいで安心し、眠くなってしまったのだ。



「ハイン、あなただけが背負う必要はないのです。どうか周りの力を頼ってね。そしてあなたの愛は、ん……私にはちゃんと伝わっています。ほら、よしよし、頑張ったんだからそのままおねむしましょうね……」


 母上は俺の頭を二度撫で、三度撫で……背中をとんとんと叩く。


 俺の強靭な精神力を以てしても睡魔に抗えない。


「ほら、我慢しないの」


 四度目の撫でで俺は屈し、あっさりと眠りこけてしまった。


 ・

 ・

 ・


 ◇


 私はバルコニーで全てを見ていた。


 恐るべき邪竜と、邪竜もろとも空までもを貫く光の柱を。


「あ、あの光は…………」


 その光はあまりにも眩く、美しく、そして破滅を強く予感させた。


 お父様は帝都防衛のために王城から使いがきており、城に詰めている。


 恐らくはアステール公爵家にも出撃命令はでるだろうが、現当主であるヘルガ・イラ・アステール様は厳密に言えば()()テー()()()()()()


 つまり、次期当主であるハイン・セラ・アステールに対して出撃命令が下る筈。


 ただ、ハインはまだ十分に成長しておらず、王城はサリオン家のみで防衛にあたろうと()()()考えていたようだ。


「あれは、まさかお父様が?」


 ただ、自分で言っておきながら私は懐疑的だった。


 私が知る限り、お父様にあのような力はない。


 それに私はお父様が張り巡らせた数百もの攻勢結界が、脆いガラスの如く次々と破られた所を見ていたではないか。


「否。あれはサリオンの業ではない。あれはアステールの業よ」


 私は不意に背後に現れた気配に気付いた。


「おじい様!」


「フォーレがだらしないのでな。隠居した儂も一働きせねばならんかとおもっておったら……」


 フォーレとはお父様の事で、サリオン公爵家の現当主だ。


 ただ、その力の多寡は知れており、2年もすれば私の方が魔術に関しては上回ってしまうだろう。


 ちなみにおじい様は、老いてなおサリオン公爵家でもっとも優れた業を誇る。


「アステールの業……では、まさか」


「うむ。アステールの嫡男じゃろうな。恐るべき魔力、恐るべき魔術よ。先代当主であるダミアンを既に超えておる」


「ハインが……」


 私はハイン・セラ・アステールに複雑な感情を抱いている。


 というのも私とハインは婚約関係にあるのだが、私は彼の内に魔を見てしまった。


 私とて貴族だ、人を見る目はそれなりにあると自負している。


 その目から見て、ハインという人物は厄の塊のように思えてならなかった。


 力はあっても、ただそれだけでは意味がない。


 だから婚約なんて破棄をしたかったのだけれど、公爵家同士の婚姻ともなると政治的な側面が大きくなってくる。


 私情でのみ破棄することはとてもできなかった。


 だから私はハインがしっぽを出すのを待つことにした。


 婚約関係は結びつつ、なるべく関係を疎遠なものとし、それがハインの感情を逆撫でして無体な行為を強いてきたりするようならそれを理由に婚約を破棄……という事だ。


 もしくはそこまで回りくどいやり方をせずとも、勝手に取り返しのつかない失策をして婚約維持が難しい状態になるのを待つというのもアリだ。


 というか、後者の方が可能性が高いと思っていた。


 なのにハインは問題行動どころか、普段の素行も貴族の模範とも言うべき立派なものだった。


 そして感情を逆撫どころか、無である。


 私と婚約している事を忘れてしまったかのように、あちらから全く話しかけてすらこない。


 私は私で完全に無視しては良くないと思い、機をみては話しかけようとはしているのだが、全く相手にされない。


「ところでエスメラルダよ、お主はハインとは上手くいっておるのか?」


 言われてしまった。


「は、はあ……そう、ですね……適切なお付き合いをさせていただいております、が……」


 私はしどろもどろにそんな風に答えてしまう。


「……アステールの嫡男の何が気に入らないのかは知らんがの、彼奴が何かやらかしたか?これまで注視した限りでは、むしろ優等生の部類じゃと思うがの。言っておくが、お主の私情一つで破棄して良い婚約ではないぞ」


「……分かっております」


 まさか全く交渉を持っていないなどとはとても言えない。


 だが、もう私も何らかの行動を起こさなければいけないようだ。


 関係を修復するのが最善だろう、あれほどの力を持ち、更に貴族としての責務をはたしているハインと婚約が頓挫したとあれば、サリオン公爵家の立場がなくなる。


 その場合、恐らくは完全にこちらの有責になるだろう。


 なにせ私はハインと関係を進展させる努力を怠っていたのだから。


 最悪、体を使ってでも気を惹く必要があるだろうか?


 正直、とても気が重かった。


 ◆◆◆


 本来の歴史では、ハインとエスメラルダとの婚約は頓挫している。


 というのも、アステール公爵家が帝都防衛の任を果たさなかったからだ。


 そのおかげでエスメラルダはハインに完全に見切りをつけ、"空喰い"オルムンドを撃退したアゼルを意識するようになる。


 何もかもが上手くいかず、鬱憤を溜め続けるハイン。


 この間、着実に魔王の器に足る負の感情で魂を穢していく。


 だが、平行世界のハインの魂はピュアなままだ。


 実母との愛の形を模索するマザコンというと響きは悪いが、魔王が介入する余地はこれっぽっちも存在しなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いたやつ。

幼い頃、家に居場所を感じられなかった「僕」は、再婚相手のサダフミおじさんに厳しく当たられながらも、村はずれのお山で出会った不思議な「お姉さん」と時間を共に過ごしていた。背が高く、赤い瞳を持つ彼女は何も語らず「ぽぽぽ」という言葉しか発しないが、「僕」にとっては唯一の心の拠り所だった。しかし村の神主によって「僕が魅入られ始めている」と言われ、「僕」は故郷を離れることになる。
あれから10年。
都会で暮らす高校生となった「僕」は、いまだ“お姉さん”との思い出を捨てきれずにいた。そんなある夕暮れ、突如あたりが異常に暗く染まり、“異常領域”という怪現象に巻き込まれてしまう。鳥の羽を持ち、半ば白骨化した赤ん坊を抱えた女の怪物に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったとき。
──目の前に現れたのは“お姉さん”だった。
「お姉さんと僕」

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「その追放、本当に正しいですか?」誤った追放、見過ごされた才能、こじれた人間関係にギルドの「編成相談窓口」の受付嬢エリーナが挑む。
果たしてエリーナは悩める冒険者たちにどんな道を示すのか?
人事コンサル・ハイファンヒューマンドラマ。
「その追放、本当に正しいですか?」

阿呆令息、ダメ令嬢。
でも取り巻きは。
「令息の取り巻きがマトモだったら」

「君を愛していない」──よくあるこのセリフを投げかけられたかわいそうな令嬢。ただ、話をよく聞いてみると全然セーフだった。
話はよく聞きましょう。
スタンダード・異世界恋愛。
「お手を拝借」

パワハラ上司の執拗な叱責に心を病む営業マンの青年。
ある夜、彼は無数の電柱に個人の名が刻まれたおかしな場所へと迷い込み、そこで自身の名が記された電柱を発見してしまう。一方、青年を追い詰めた上司もまた──
都市伝説風もやもやホラー。
「墓標」

愛を知らなかった公爵令嬢が、人生の最後に掴んだ温もりとは。
「雪解け、花が咲く」

「このマンション、何かおかしい」──とある物件の真相を探ろうとする事故物件サイトの運営者。しかし彼はすぐに物件の背後に潜む底知れぬ悪意に気づく。
「蟲毒のハコ」

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ