幕間:人形劇場
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宵闇が翼を広げてカリステ公爵領の領都「テアトルム」を包み込んでいる。
石畳の街路に月光が薄く差し込む中、建物の影から音もなく人影が現れた。
五つの影は素早く、しかし目立たぬよう街の外れへと向かう。
冒険者然とした恰好をしてはいるがしかし、その動きには奇妙な統一感があった。
まるで一つの意思に導かれているかのように、歩幅も速度も完璧に揃っている。
街の門を抜けると彼らは速度を上げた。
徒歩だというのに、その移動速度は尋常ではない。
暗闇の中を滑るように進んでいく。
それから半刻ほど後、また別の五人組が同じルートを辿る。
そしてさらに半刻後にもう一組。
計三隊、十五名の人影が、夜陰に紛れてオルケンシュタイン山脈へと向かっていった。
山脈の麓に差し掛かると、先頭を行く一隊が立ち止まった。
険しい岩肌がそびえ立つ山脈は、通常の登山では何日もかかる難所である。
しかし彼らは躊躇することなく、背中のローブを大きく広げた。
ばさり、という音と共に、彼らの背から巨大な翼が展開される。
月光を受けて鈍く光るそれは、明らかに生物の翼ではなかった。
金属とも石材ともつかない奇妙な素材で精巧に作られた人工の翼。
羽根の一枚一枚まで緻密に再現されているが、その不自然な光沢が作り物であることを物語っている。
五人は一斉に地を蹴り、夜空へと舞い上がった。
山脈を越える彼らの姿は、まるで巨大な猛禽類の群れのようにも見えた。
◆
ユグドラの大森林は死の気配に満ちていた。
かつて生命力に溢れていた巨木たちは立ち枯れ、地面は黒く変色している。
腐臭が漂う中を、十五の人影は隊列を組んで進んでいく。
誰一人として言葉を発しない。
しかし彼らの動きは完璧に連携していた。
前衛が警戒し、中衛が周囲を索敵し、後衛が背後を守る。
まるで百戦錬磨の傭兵団のような練度だった。
不意に、前方の茂みが大きく揺れた。
黒い瘴気を纏った騎士──デュラハンが、錆びた大剣を構えて立ちはだかる。
通常なら上級冒険者でも苦戦する相手だ。
だが、人影たちは歩みを止めることすらしなかった。
隊列から二人がするりと前に出る。
その動きは流れるように滑らかで、デュラハンが剣を振り上げる前に、既に間合いを詰めていた。
一瞬の交錯。
人影たちがデュラハンの横を通り過ぎると同時に、黒鎧の騎士は崩れ落ちた。
胴体は真っ二つに、手足は関節から切断されている。
月光に照らされて初めて見えたのは、人影たちの腕から伸びる巨大な刃だった。
肘から先が変形し、鋭利な刃と化している。
それもまた翼と同じ、生物のものではない異質な武器だった。
そうして森の奥へ、さらに奥へ。
途中、アンデッドが何度か現れるが、彼らの前には皆揃って同じ末路を晒した。
やがて彼らの前に、おぞましい塔が姿を現す。
白骨と腐肉で築かれた冒涜的な建造物。
犠牲者たちの苦悶の表情が、塔の表面に浮かび上がっている。
『なに、モノだ……』
朽ちた声が、木立の陰から響いた。
ゆらりと姿を現したのは、ボロボロのローブを纏った骸骨の魔術師──リッチである。
空洞の眼窩に青白い炎を宿し、周囲には無数の魔術書が浮遊させているそれは、“万禍のカペラ”という非常に強力な個体である。(ユグドラ公国②参照)
カペラは侵入者たちを値踏みするように見回した。
『貴様ラ……何者ダ……?』
返答はない。
十五の人影は、ただ静かに塔を囲むように展開していく。
『答エヌカ……ナラバ……』
カペラの骨の掌に、紫電が迸った。
詠唱破棄──高位の魔術師のみが成し得る高等技術。
『死ネ!』
雷撃が、最も近い人影に向けて放たれた。
轟音と共に稲妻が炸裂し、標的の人影を直撃する。
ローブが焼け焦げ、その下から姿を現したのは──。
『ナ、ニ……?』
カペラの声に、初めて動揺が混じった。
そこに立っていたのは、人ではなかった。
目も鼻もない、ただ口だけがぽっかりと開いたのっぺりとした顔。
肌は陶器のように滑らかで、関節には金属の継ぎ目が見える。
「ワタ、ワタタアシは、"プーイー・G"……」
人形がたどたどしく口を開いた。
「こン、ばンわ……よル、です、ネ」
別の人形も口を開く。
「ツキが、きレい……デス」
「アシたも、いイ、てンきに、なル、でショウ」
人形たちは、まるで世間話でもするかのように、脈絡のない言葉を紡ぎ始めた。
『ゴーレム……!』
そう、ゴーレムだ。
しかしただのゴーレムではない。
これらは十二公家が一家、カリステ公爵家に伝わる血継魔術"人形劇場"によって生み出された特殊なゴーレムだ。
『小癪ナ……!』
カペラは浮遊する魔術書を次々と開き、複数の魔術を同時に発動させた。
炎の渦、氷の槍、風の刃が人形たちに襲いかかる。
◆
人形たちは思い思いの方法で攻撃を回避、あるいは受け流していく。
ある者は体を柔軟に曲げて炎をかわし、ある者は腕を盾のように変形させて氷槍を弾いた。
「おハよウございマス、ここはテアトルム──」
炎に焼かれた人形が、溶けかけた顔で呟く。
「納税は、火ノ月中ニ、シマショウ」
そう言いながら、損傷した部分が見る見るうちに再生していく。
まるで粘土を捏ね直すように、元の形を取り戻していった。
カペラは次々と高位の魔術を繰り出す。
火球、氷槍、精神を破壊する呪詛。
しかし人形たちには精神がない。
呪詛は意味を成さず、物理的な破壊も一時的なものでしかなかった。
それでもカペラの猛攻は凄まじく、人形たちの半数は原型を留めないほどに破壊された。
砕かれた頭部、千切れた四肢が地面に散乱する。
だが残った人形たちは、まるで何事もなかったかのように前進を続けた。
「やあ、そこを右に曲がると宿屋があるヨ!」
「武器ハ、装備シナイト、イミガアリマセン」
「時ニハ、逃げるコトも大事デス」
人形たちが一斉にカペラへと殺到した。
『来ルナ!』
カペラは全身から瘴気を噴出させ、結界を張り巡らせる。
しかし人形たちはその瘴気さえも意に介さず、結界に取り付いた。
一体が結界に触れると、その部分から奇妙な振動が伝わってくる。
まるで結界そのものを分解しているかのように、魔力の構造が崩れ始めた。
『バカナ……!』
カペラの驚愕も束の間、結界は音を立てて崩壊した。
人形たちの手が、カペラの骨に触れる。
「ヤスムことも、しごトでスね」
「グロリア、グロリア──」
「縺翫? 繧医≧縺斐*縺? ∪縺」
人形たちの言葉はまるでとりとめがない。
それが返って狂気的に聞こえる。
そうして人形たちは解体作業を始めた。
まず指の骨を一本ずつ外していく。
次に手首、肘、肩の関節を丁寧に分解する。
カペラは抵抗しようとしたが、人形たちの膂力は凄まじい。
魔術の行使もできなかった。
人形たちに触れていると、魔術の構築ができないのだ。
まるで波打ち際で砂の城を作るように、魔力を魔術として形成することができない。
『ヤメ……ロ……!』
肋骨が一本、また一本と抜き取られていく。
背骨も下から順番に取り外され、最後に頭蓋骨が胴体から離された。
青い炎を宿していた眼窩の光が、徐々に弱まっていく。
「嗚呼」
人形の一体が、カペラの頭蓋骨に向かって呟いた。
「よイ、ゆメ、を」
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完全にバラバラにされたカペラの骨は、整然と地面に並べられていた。
まるで解剖学の標本のように、部位ごとに分類されている。
生き残った人形たちは、その周りに円を描くように立っていた。
「きらきら、ト、ヒカル、夜空」
「大きなお目目が、ミテイルヨ」
「せいなる、カナ、聖なるかな──」
彼らは踵を返し、屍の塔へと向かった。
それぞれが塔の異なる部分に取り付き、解体を始める。
骨と肉で作られた塔は、人形たちの手によって丁寧に、しかし容赦なく分解されていく。
人形たちは時折、意味不明な会話を交わしながら作業を続けた。
「アめ、が、ふリ、そウ」
「カえル、の、うタが、きコえ、ます」
「ヨる、は、しズか、デス、ね」
斬り、引き裂き、抉り。
時には何やら怪しい液体を噴霧して、指先から炎を噴射し。
残った人形たちは朝になるまで塔を破壊し続ける。
休むことなく、淡々と、狂ったような会話を続けつつ。




